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IPO準備/上場会社でひと工夫 Part.08 - 業務分掌と業務範囲のジレンマ -

 IPO準備会社と上場会社。それぞれ立場は違いますが、意外にもその悩みどころや解決策に共通点があります。ここではその " ひと工夫 " をご紹介します。
 今回は、特にIPO準備期の会社の業務分掌と業務範囲についてのひと工夫です。



業務分掌にご注意ください

 会社がIPO準備に入るにあたって、まず主幹事証券会社や監査法人等から聞かれることとして「規程類は整備されていますか?」があります。ガバナンス、コンプライアンス、内部統制・・・いろいろな意味で必要なのですが、まずは会社が定めたルールに基づいて経営・事業・労務管理等を行なわれることに重要な意味を持っています。

 IPO準備において、よく誤った理解をされてしまうことのひとつに「IPO準備のために規程類を整備する」があります。これは内部統制体制を整備するにあたって内部統制の目的である「法令遵守」(コンプライアンス)のためと理由付けされるのですが、これは誤りです。その逆で、その会社に十分な法令遵守の体制と姿勢があり、規程類が整備され運用もなされているからこそ株式上場が可能となります。これは他の記事でもご紹介しています金融庁・企業会計審議会の「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」(以下「2023J-SOX改訂版」といいます)のうち「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」(以下「監査基準」といいます)の内部統制の定義に次のように示されていることが理由です。


1.内部統制の定義

  • 業務の有効性及び効率性とは、事業活動の目的の達成のため、業務の有効性及び効率性を高めることをいう。

  • 報告の信頼性とは、組織内及び組織の外部への報告(非財務情報を含む。)の信頼性を確保することをいう。

  • 事業活動に関わる法令等の遵守とは、事業活動に関わる法令その他の規範の遵守を促進することをいう。

  • 資産の保全とは、資産の取得、使用及び処分が正当な手続及び承認の下に行われるよう、資産の保全を図ることをいう。

(出典:監査基準9ページ)


 内部統制の4つの目的のひとつ「法令遵守」は、内部統制が法令遵守を整備することではなく、法令遵守を促進することを目的としています。このようにみると、IPO準備のために規程類の整備をするのでは本末転倒で、元々法令遵守しているところ、さらに内部統制体制を充実させることで法令遵守を促進する経営方針、社風、ガバナンス体制等になっていることが前提となって、はじめてIPO準備に取り掛かることができるということになります。


 さて、IPO準備で欠かせないのはコンプライアンス・ガバナンスの体制です。欠かせないというのは、規程や組織図等が目に見える形で文書化され実施されているなど実効性のあること証明することが必要だからです。このときに必要な規程は、職務権限(決裁権限)に関する規程と業務分掌に関する規程です。この2つの規程を制定する際に、皆さんは困ったことがありませんでしたか?
 例えば、実態として特定の社員に業務が集中しているので、部門・部署で業務を分掌すると複数の部門・部署に跨ってしまうことになったり(実態としてヨコ兼務している)、部門・部署のメンバーが少ないために特定の社員が役職を兼務し、決裁権限が集中してしまったり(タテ兼務)しているような状況です。このタテ・ヨコ兼務については、IPO準備の際に主幹事証券会社や監査法人からいろいろご指摘を受けてこれの解消等の対応に苦労された方も多いかと思います。

 ここでタテ・ヨコ兼務を解消するなどの対応を検討する前に、まずは業務分掌と実務としての業務範囲の確認、これに組織と人員配置の調整、業務フローへの落とし込みを行うことをお勧めします。特に組織と業務分掌は、一般的な形に捉われずそれぞれの会社の形があって良いものです。その形を作るときに、ひと工夫が必要となります。



【ひと工夫1】ガバナンス体制を重視した組織・業務分掌にする

 IPO準備前に、主幹事証券会社や監査法人によるレビューでいろいろご指摘を受けるポイントで必ず指摘されるのは「タテ・ヨコ兼務の解消」です。これを解消しなければならない理由は、皆さんもご存知のとおりガバナンスの観点で、それぞれの部門・部署の業務執行を監督・牽制する必要があるためです。
 これを理解したうえで、さて解消の対応を・・・その対応の前に、まずは会社の組織と業務分掌を再確認することをお勧めします。その際には、会社の組織と職務分掌は、その会社のサイズ(売上規模、従業員数等)や経営方針等を考慮した形になっているのかを見直すこともお勧めします。例えば、IPO準備に際してしっかりとした組織編成をしなければと考え、管理系部門内は経理、財務、人事、法務、総務の部門を設置し、事業系部門は営業、営業管理等の部門を設置していく・・・。このように部門を設置すればそれぞれの業務分掌と役割分担は明確になりますが、部門が増えれば従業員も必要となり、昨今の人材不足を考えたら人員配置がとても難しいです。このように、いきなり組織編成から検討をしはじめると、必ず人員配置のところで行き詰まります。また、これの人員配置の行き詰まりを解消するために、まずはタテ・ヨコ兼務・・・という悪循環になることが多いのではないでしょうか。

 この悪循環になる前に、まずは「当社はこの組織と職務分掌で良いのか?」を考えてみることをお勧めします。理由は、先の例のような役割に応じた部門に分けて設置する前に、業務の実態を見たうえで業務を分掌し、これに部門を当てはめる方が効率的ですし、無理の無い形の組織編成とガバナンス体制を構築することが可能です。例えば、皆さんの会社に経理部門がありますが、いざIPO準備に入ると経理には今まで以上に役割が増えます(例:決算早期化、四半期ごと決算、開示など)。そうなるとそれら増えた部分の業務を内製化せずに外部に委託することをお考えになることもあるでしょう。また、業務の外部委託は管理系部門だけでなく、事業・営業部門でも検討可能な時代です。このように業務を外部委託するのであれば、その外部委託を管理する責任者は必要ですが、わざわざ会社内に部門を設置する必要はありません。

 そして「当社はこの組織と職務分掌で良いのか?」を確認できたら、次に確認するポイントは「その組織と職務分掌で、それぞれの部門・部署の業務執行を監督・牽制することができるか?」です。IPO準備ではこのポイントが重要になります。つまり、いくら会社の職務分掌を考えて効率的に、効果的に組織編成したとしても、それぞれの部門・部署の業務執行を監督・牽制することができなければ、上場は難しいですし、その状態で上場したとしても、上場後に不祥事・不正行為が発生するリスクの低減は難しいでしょう。IPO準備に必要なのは、ガバナンス体制を重視した業務分掌にして上場後に不祥事・不正行為が発生するリスクの低減を行うことです。


 ガバナンスの無い会社は無いと思います。ただし、IPO準備では文書化等の方法でそのガバナンスをしっかりと証明する必要があります。文書化できなければ、そのガバナンスは不十分です。しかし、他社のガバナンス体制をご自身の会社に流用する・型にはめることは避けた方が良いでしょう。なぜなら、他社のガバナンス体制はその会社のサイズや経営方針等を考慮した形になっているものなので、ご自身の会社のそれを考慮したものではないからです。そのためにも、ガバナンス体制を重視した組織と業務分掌を作るにはひと工夫が必要なのです。



【ひと工夫2】タテ・ヨコ兼務を解消するときに考えること

 ガバナンス体制を重視した組織・業務分掌にしたうえで、タテ・ヨコ兼務を解消することに着手できるのですが、必ずしもタテ・ヨコ兼務をすべて解消することがIPOの絶対条件ではありません。逆にガバナンスの観点で、それぞれの部門・部署の業務執行を監督・牽制する必要があるのですが、その監督・牽制に支障が無いのであれば、タテ・ヨコ兼務は可能なのです。ただし、この記事はこのタテ・ヨコ兼務をお勧めするものではありません。むしろタテ・ヨコ兼務はコンプライアンス、ガバナンスの観点で説明しようとすると少なからず矛盾点が出てきます。タテ・ヨコ兼務は無い方が良いでしょう。これをご理解いただいたうえで、皆さんの会社のサイズや経営方針等を考慮してもなおタテ・ヨコ兼務が生じてしまうときに考えるひと工夫をご紹介します。

 タテ・ヨコ兼務を解消するときに考えることは、その兼務している方々の業務の実態です。まずはその兼務している方々の業務の実態を把握してこれを組織図と業務分掌と見比べ、業務フローに落とし込んだうえでコンプライアンス、ガバナンスの観点で支障があるかどうかを検証します。ここで今回の記事のテーマに挙げている「ジレンマ」が生じます。そのジレンマは、特に設立が間もない会社、スモールビジネスからはじめてこれを展開している会社など、ベンチャー企業、スタートアップ企業といわれる会社に多いと思いますが、社長と番頭格のコアメンバー(中心人物)が会社を盛り立て、その勢いでIPOに進んでいく場合、社長としては信頼の置けるコアメンバーがそれぞれの分野でそれぞれの才覚に応じて事業・業務をすすめて責任を果たしてもらいたいと思うでしょう。そのコアメンバーが多ければ業務分掌上問題ないのですが、2名程度と少ない場合は要注意です。この場合、その僅かな人に会社の業務範囲と決裁権限が集中することになります。このような状況でIPO準備に入ろうとすると、必ず問題となるのが業務・権限の集中(業務範囲)とタテ・ヨコ兼務(業務分掌・決裁権限)のジレンマです。ここで解決すべきポイントは今回の業務分掌と業務範囲の見直しなのですが、大抵の場合は権限の分散・移譲に話が進んでしまうことです。


 内部統制の4つの目的からみても、例えば権限の集中とタテ・ヨコ兼務が「業務の有効性及び効率性」に直接大きな支障を生む原因とは考えられません。では内部統制上権限の集中とタテ・ヨコ兼務のどこに問題があるかといえば、コンプライアンス・ガバナンスの観点で見たときの監督・牽制機能が有効かどうかというポイントです。その裏付けとして、権限の集中とタテ・ヨコ兼務がある場合でも監督・牽制機能が有効であることを証明することができたうえで上場を果たしている会社があります。ですから、むやみにすべてのタテ・ヨコ兼務を解消することと権限の分散・移譲を目的とせず、部門・部署の業務執行を監督・牽制する機能が十分に有効である業務分掌と組織編成を構築することを目的としてください。

 また、各部門の業務範囲の見直しと並行して各従業員の業務範囲の見直しを行うことをお勧めします。信頼の置ける従業員に責任ある業務が集中してしまうことはよくあることです。それに社長・経営者としても、信頼の置ける従業員に責任ある業務を担ってもらいたいという考えを持つことは自然なことですが、責任ある業務が集中してしまうことで決裁(職務)権限も集中してしまい、結果的に不祥事・不正行為のリスクが残るまたは増えてしまうのであれば、内部統制の意味が失われます。ここでは思い切って人に貼り付く業務を分散させるか、その従業員の業務範囲に合わせた組織に再編するか等を検討することをお勧めします。従業員の業務範囲に合わせた組織に再編する簡単な例として、人事に強い方が総務業務も担っている場合は、組織も総務と人事を分けるのではなく総務人事部門を統合するような感じです。


 タテ・ヨコ兼務の解消は、IPO準備会社だけの問題ではありません。上場会社、特に上場直後の会社でも起こりうる問題です。上場会社でこのような問題が起きた場合、株主総会で質疑の的になるかもしれませんし、この問題が原因で不祥事・不正行為が発生したらそれこそ会社の一大事です。今回ご紹介したようなちょっとしてひと工夫をしておくことで、一大事にエスカレーションするリスクは低減できるでしょう。
 ほんの少しのひと工夫が、会社を守ること、企業価値の向上につながります。



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