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幸せは相対的なもの?

学生時代、初めて途上国に行った。そこでの日々は、わたしの価値観を壊した。

わたしは先進国で暮らす方が途上国に暮らすよりも幸せだと、勝手に心のどこかで思っていたのだ。無意識に。だから途上国の人々の暮らす姿はそういう風に眼に映ると、本当に勝手ながら思っていた。

でもそうじゃなかった。そこにはそこで生活する人々の暮らしがあって、それはお金の尺度で測って出てくる指標なんかが基準じゃなくて、その人たちが幸せと思えば幸せで、そもそもそこを比べるということ自体が間違っていることに気づいた。

幸せは相対的なものではなくて、絶対的なものだ。

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昨日。わたしは今の生活について嘆いていた。この生き方が本当に幸せなのかと。

そして相方は言った。

「人はどこまで行っても嘆き悲しむことを見つけるんだよ。たとえ何かを成し遂げたり、たくさんの富を得ても、周りを見回してどこかに必ず不満を見つけ出すよ。」

ということは、だ。やっぱり幸せは相対的なものなの?自分の周りの人々や、過去の自分と比べたりして、今は幸せだとか幸せじゃないとか一喜一憂するの?

一つ言えるのは、幸せかどうか決めるのは自分だということ。他の誰かじゃない。

だから誰かが、「ほら見てごらんよ、あの人はあんなに不幸せそうで、それに比べたら君は幸せだよ」なんて言われても、全然響かない。

だから問題は、どうやって自分が幸せかどうかを決めるのかなのだけど、なんかやっぱり周りや過去の自分がどうとかよりも、今の自分がどう感じているのかだと思う。

でもその感じていることを構成する要素は、やっぱり周りや過去の自分に影響されているのだろうか。今いる場所が最適かどうかを決めるのは、過去からの経験の積み上げでもあるし。

考え出すとわからなくなってきた。もういっそのことこんなことを考える間もないほど、忙しくて充実した日々が送りたい。と言ってみたこれこそが、それが今求めている幸せなのかもしれない。


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