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掌編小説【薔薇喪失】

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美貌の公爵こと麗人薔薇柩による美と幻想への耽溺。 最も美しいものを失い、自らの美貌に処刑された貴公子の、優美な日常と殺伐の物語。 掌編小説。耽美小説。幻想文学。幻想小説。
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2024年1月の記事一覧

掌編小説【薔薇喪失】21.青い血と昼間の亡霊

掌編小説【薔薇喪失】21.青い血と昼間の亡霊

 交差点の一帯には、白い闇が蟠っていた
 歪んだ現実の中で、歩く人々から闇が匂い立つ。喪服のような外套から、霧よりも細かい闇がほどけている。濃密な白っぽさが、黄昏とは違う色で、すれ違う人々の顔を隠していた。麗人は細かい闇に包まれた雑踏に紛れていた。何処にも存在しない、交差点だった。
 麗人は目を凝らした。闇の霧に隠れた人々は、透けて見える。粒子は細かいのに血のように濃密な霧の中に居ながら、灰色の影

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掌編小説【薔薇喪失】20.華麗なる脚本のルリユール

掌編小説【薔薇喪失】20.華麗なる脚本のルリユール

 大鎌の先端が毛皮のマントの端を刺した。逃れたマントは裂けて破れた。黒影に追われながら、ルイは重たい身体で走っていた。目的地はない。逃げられれば何処でもよかったのである。ルイを追いかけて来るのは死神の群れのように見えたが、群をなす者たちは奇怪な笑い声を上げて各々が持つ鎌や鉈、鉄棒を振り回している人間だった。死神が着ている服を模した黒いマントをかぶって、群れの数を増やしては追って来る。
 生まれ持っ

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掌編小説【薔薇喪失】19.マスカレードルージュ

掌編小説【薔薇喪失】19.マスカレードルージュ

 壁に薔薇が咲いていた。近づきながらよく見ると、咲いているのは仮面だった。薔薇で出来た精巧な造りの仮面がずらりと壁にかけられて、近づく者を無言で見つめていた。全部で十一の仮面がある。
 そこは魔都の土の下で眠る地下廟だった。表向きに存在する墓所ではない。此処に亡骸はなく、儀式的で象徴的な聖域として、ひっそりと隠れ佇んでいる。魔都を支配してきた公爵家の歴代当主、その死面を飾り祀り、華麗なる一族の絢爛

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掌編小説【薔薇喪失】18.何処へも行けないこの場所で

掌編小説【薔薇喪失】18.何処へも行けないこの場所で

 鋭い足音の残響が、何処までも何処までも長く、放たれていた。一瞬前に放たれた足音は響いているにも拘らず、何処にも撥ね返らずにまっすぐ遠ざかる。続く足音も、先へ行った足跡の笑い声を追いかけるように、不気味な声を立てながら闇の先へと吸い込まれていく。かつて、笑い合って遊んでいた存在の匂いはない。あるのは闇と、闇を透かすことに慣れた明眸、亡霊のように揺れる燭台の炎だけだ。
 硬い床を歩いている時に感じる

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掌編小説【薔薇喪失】17.きっと寂しい愛の話

掌編小説【薔薇喪失】17.きっと寂しい愛の話

 これは何の物語なのだろう。揺れる炎が囁いていた。
 これは何の涙なのだろう。これは寂しい、愛の話だ。

 薔薇庭園(ゴレスターン)は燃えていた。時計の針が高速で振れる深更の闇の中で、潤いが存在しない、渇きに飢えた都は炎の時間を迎えている。都が死の眠りについている、水のない場所での禊(みそぎ)が都市を浄める時間を、麗人が住まう薔薇王の住処だけが取り残されていた。麗人は、屋敷の中から外を眺めていた。

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掌編小説【薔薇喪失】16.ふたりはともだち

掌編小説【薔薇喪失】16.ふたりはともだち

「……支配人は、いるか?」

 真夜中の繁華街、闇街の支配人が運営する高級キャバレーに見慣れない客が現れた。「ムーラン・ルージュ」は初見の客は入れない高級店である。その上に経営者である支配人が居るかどうかを尋ねた背の高い男は、ダークスーツと同じ色のソフト帽に纏めた髪をしまいこんで、目深にかぶった帽子の庇の下で怠そうに煙草をふかしていた。店に不審者が入れないように見張っている犯罪組織出向の黒服に物怖

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掌編小説【薔薇喪失】15.恍惚の旋律

掌編小説【薔薇喪失】15.恍惚の旋律

 不穏の始まりのようなピアノの音色が、影のひしめき合う箱状の世界に響いていた。集まっていた影たちは、息を殺してピアノの音を追いかけるように、耳を傾けている。天井から、空気を切り裂く白い光が射られたのはそのときで、硝子細工のように繊細な、芸術品と言っていい均整と造形の美しい指先が、鋭く照らされる。ピアノの鍵盤から、そっと離れる指先──不穏で激しい電子音が瞬くと共に、ピアノを囲っていた『薔薇に毒された

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掌編小説【薔薇喪失】14.悪辣な炎

掌編小説【薔薇喪失】14.悪辣な炎

 その揺らめきが、光に擬態した淡い闇であったことに気がつくと、麗人は夢から醒めた。淡い、思い出の、闇の中から。
 薔薇庭園(ゴレスターン)はまだ炎に包まれていた。業火の勢いの向こうに、かすかな暁闇が見える。吐き気がして目を覚ました。都は死に包まれていた。ベッドの中の麗人はシーツに包まれながら、額に落ちる長い髪を一房、指先で払った。麗人の美貌は、青白さよりもおぞましい色褪せ方をしていた。それでも美貌

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掌編小説【薔薇喪失】13.革命のグランギニョル

掌編小説【薔薇喪失】13.革命のグランギニョル

 醜く太った少年は、籠の中に囚われて、鎖されていた。白百合に囲まれながら、綺麗な王冠をかぶって、籠の中にいた。牢獄ではない。見上げても天井が見えないくらい高い、細長い籠の中で、少年は小さな目を瞬いた。咲き誇る白百合が、不穏に揺れていた。百合の群れの中に、赤い薔薇が一輪だけ、肩身が狭そうに小さく咲いている。少年──ルイは籠の柵に近づいた。籠の外には、内側と同様に白百合が咲いている。濛々と濃い花粉の匂

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掌編小説【薔薇喪失】12.薔薇うさぎと波打つ現実

掌編小説【薔薇喪失】12.薔薇うさぎと波打つ現実

 小屋の褥は薔薇だった。奇妙なことに背が伸びない、赤い薔薇。他の花に例えるならば、その広がり方は芝桜に似ていた。薔薇の花は大きいが、棘がない荊棘が──それは果たして荊棘と言えるのか──蔓と葉を伸ばして横に絡み合い、高貴な織物を機織(はたお)るように、薔薇は編み込まれて咲いていた。美しいけれども、単純に美を感じていい類の美ではない薔薇の存在感だった。厚いベルベットのような花びらの巻かれている間に、何

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掌編小説【薔薇喪失】10.始まっていた失楽園

掌編小説【薔薇喪失】10.始まっていた失楽園

 黒い巨城を囲む広大な薔薇庭園の片隅に、庇のある小屋があった。薔薇の花壇に囲まれたカフェテラスのような佇まいの場所に、屋外用のテーブルと、一人分の席がある。麗人は薄手のストールを羽織って、雨の匂いがする風に吹かれながら、硝子のカップに瓶を傾けていた。ワインにしては色濃く、血液にしては黒みのない液体が、静かに注がれる。結わいていない黒緑色の柔らかな波を打つ髪を一房、ピアスの穴に穿たれた耳にかけて、麗

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掌編小説【薔薇喪失】09.雨の死骸と鎖された唇

掌編小説【薔薇喪失】09.雨の死骸と鎖された唇

 麗人が買ったものは、傘ではなくて、薔薇だった。
 青いレンズの色眼鏡に、夕闇の涙が滴る。鋭く美しい、長い睫毛に縁取られた明眸が、眦の険をぴくりとさせる。指先だけが露出した手のひらを暗い空に向かって開くと、ぽつぽつと、小雨ではあるが、雨が降り始めていた。緩く横に結わいた黒緑色の長い髪、目にかかった横分けの前髪を、麗人はそっと指先で払う。厳つい色眼鏡のレンスの下で、深海色の瞳が、寂しい雨を見つめてい

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掌編小説【薔薇喪失】08.人生の終焉を飾るために

掌編小説【薔薇喪失】08.人生の終焉を飾るために

 眼下に見下ろせる薔薇庭園の遥か遠くの何処かから、金木犀の匂いが風に乗って漂っていた。薔薇庭園の向こう、広い敷地の先にある門を、麗人は見つめた。黒地に白く大きな薔薇模様をあしらった大判のストールを肩にかけて、黒いシャツの襟をかき寄せる。
 麗人がいたのは、城のバルコニーだった。ラム酒を垂らしたコーヒーが冷え切って、重ね置かれた分厚い本の山を築いた隙間で肩身が狭そうにしている。雑然としたテーブルの中

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掌編小説【薔薇喪失】07.薔薇庭園にみる海

掌編小説【薔薇喪失】07.薔薇庭園にみる海

 背の高い薔薇の木の下、冷たい石の褥に横たわり、麗人は一人だった。麗人の所有物である城、その敷地は車が通れる一本道を除いて薔薇園になっている。石畳に入ったひびからも新たな薔薇が咲き、薔薇以外の花は存在しない、豪奢な庭であった。しかし、それでいて花壇の間の小径は寂しい色を続けている。病を忘れて乾いた病葉が、土の上を覚えている。

 薔薇の獰猛が支配する庭に緑は萌えることはない。薔薇によって廃されて滅

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