美貌の公爵こと麗人薔薇柩による美と幻想への耽溺。
最も美しいものを失い、自らの美貌に処刑された貴公子の、優美な日常と殺伐の物語。
掌編小説。耽美小説。幻想文学。幻想小説。
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2024年1月の記事一覧
掌編小説【薔薇喪失】09.雨の死骸と鎖された唇
麗人が買ったものは、傘ではなくて、薔薇だった。
青いレンズの色眼鏡に、夕闇の涙が滴る。鋭く美しい、長い睫毛に縁取られた明眸が、眦の険をぴくりとさせる。指先だけが露出した手のひらを暗い空に向かって開くと、ぽつぽつと、小雨ではあるが、雨が降り始めていた。緩く横に結わいた黒緑色の長い髪、目にかかった横分けの前髪を、麗人はそっと指先で払う。厳つい色眼鏡のレンスの下で、深海色の瞳が、寂しい雨を見つめてい
掌編小説【薔薇喪失】08.人生の終焉を飾るために
眼下に見下ろせる薔薇庭園の遥か遠くの何処かから、金木犀の匂いが風に乗って漂っていた。薔薇庭園の向こう、広い敷地の先にある門を、麗人は見つめた。黒地に白く大きな薔薇模様をあしらった大判のストールを肩にかけて、黒いシャツの襟をかき寄せる。
麗人がいたのは、城のバルコニーだった。ラム酒を垂らしたコーヒーが冷え切って、重ね置かれた分厚い本の山を築いた隙間で肩身が狭そうにしている。雑然としたテーブルの中
掌編小説【薔薇喪失】07.薔薇庭園にみる海
背の高い薔薇の木の下、冷たい石の褥に横たわり、麗人は一人だった。麗人の所有物である城、その敷地は車が通れる一本道を除いて薔薇園になっている。石畳に入ったひびからも新たな薔薇が咲き、薔薇以外の花は存在しない、豪奢な庭であった。しかし、それでいて花壇の間の小径は寂しい色を続けている。病を忘れて乾いた病葉が、土の上を覚えている。
薔薇の獰猛が支配する庭に緑は萌えることはない。薔薇によって廃されて滅