ほぼワンオペ我が家のライフライン #あの日のLINE
我が夫はよく“漁”に出る。と言っても漁師ではない。夫は一年の半分は出張で不在、東京にいても夜中というか早朝に帰ってくることが多く、私は2歳の娘と9時に寝て早朝3時頃(魚河岸タイム)から活動しだすゆえ、「我が家は漁師家庭スタイルでいこう」ということになっている。
我ながら意味不明だが、共働き核家族で、呼吸と同じレベルで働くウルトラ忙しい夫を理解し、俗に言うワンオペ・アウェイ育児を乗り切るためには、少しでも前向きな言葉で家族のかたちを捉えないとやっていられない。
行き詰まったときの合言葉は、「漁師家庭はどうしているのかね?」
物理的な距離がある私たちの主なコミュニケーションはLINE。家のこと、仕事のこと、たわいもないこと、常に何かしら飛び交っているが、圧倒的に多いのが娘のことだ。
五感全開、おぼつかない言葉で個性と感情をありのままに表現する娘の言動に目が離せない。そう、娘は生まれてこのかたずっと"今が一番かわいい"を更新し続けている。
「鯛のだし汁に小躍りしてる!」
「食パン一斤かぶりついてるわ!」
「千疋屋のフルーツサンドの味を覚えてしまった」
「掃除を手伝ってくれたよ」
「三河弁が出た!」(※私の実家の方言)
「男の子といちゃついてたぞ」
「裸でトイレに15分以上立てこもって出てこない」
「すぐに服を脱ぐ、裸族です」
できる限りその瞬間を写真にとらえ、リアルタイムで夫に共有する。裸で駆け回った挙句、ラグの上にうんちを漏らした時でさえ、ぎゃーと叫び呆れながらも、ブツの写真を撮って「うちに犬がいる」と送るほど。
夫に送ったLINEのタイムラインや写真・動画の一覧を見返してみると、慌ただしい毎日の中で忘れてしまいそうな、娘の成長に対する驚きや喜び、突っ込みどころ満載な日々の記憶が思い出される。
泣き顔や裸の写真も多くて、かわいいだけじゃない子育てのリアルが詰まっているようにも思う。急にイヤイヤスイッチがONになって腹話術の人形並みに顎を落として涙も汗も鼻水もぜんぶ垂れ流しジタバタ全身全霊で泣きわめくとき、着せても着せても服を脱いでとにかく明るく家中を駆け回っているとき(娘の場合穿いてないので安心できない)。私はその姿を撮って夫に送ることで少し呼吸を置いて、イライラを鎮める。
……が、鎮まらない感情もある。娘はめちゃくちゃかわいいし存在そのものがいとおしい。夫の仕事を尊敬しているし、応援したい。それでも、物理的な子育ての大変さに疲弊し、長引く夫不在にさみしさや我慢のようなものが募ってため息が漏れることもある。
遠距離は、自由を謳歌できた新婚時代は勝手な妄想で愛を育むのに一躍買ったかもしれないが、子どもが生まれた今は不満をむくむくと膨らませてしまう。そして、弾けそうになったときは、他の誰でもなく、夫にその切実な想いをぶつける。
この時期、私も夫も仕事が忙しく、お互いに心に余裕がなかったのだろう。LINEを振り返って見てみると娘の写真はいつもより少ない。
私も夫も現在の漁師家庭スタイルがベストだとは思っていなくて、それぞれの働き方と家族のかたちを模索している真っ最中。私は2年間ずっと夫に働き方改革を要請している。どれだけ想いを伝えても、夫が理解を示しても、変わらないどころか忙しさが増す現状に、途方に暮れて白目をむく。
理由はなんだったか、1時間ほど泣きわめく娘の背中を「大丈夫、大丈夫」とさすりながら、泣きたくなっていたのは私だった。
追い詰められている。いや、追い詰めている。並大抵のことでは動じない夫も、このときばかりは少し焦ったか、私たちは平日の朝からLINE通話で話をした。と言っても私がほぼ一方的に弱音を吐いて、夫はひたすら「そうだね」と受け止めた。
スマホ越しに声を聞いて顔を見ただけでほっとわだかまりが溶けていくような感覚がした。文字だけでは伝えきれないものがあるのだな(逆に面と向かっては飲み込んでしまう言葉もある)。夫が私たち家族に無関心なわけではないこともわかって、想いを伝えたら、なんだか心の靄が晴れてスッキリ!
そしてその週末、夫はおそらく無理をして帰ってきた。ほぼ2ヶ月ぶりに!パパがいることに興奮しテンションMAXはしゃぎすぎた娘は早々に電池切れ。出かける途中、こくり寝息を立てていた。図らずも夫婦ふたりの時間ができて、一緒に行きたかったエスニック料理屋で、娘のこと、お互いの仕事のこと、家族でやりたいこと、たくさん言葉を重ねた。漁のオフシーズンに海外旅行も計画した(パスポート切れに前日に気づいて行けなかったけど)。
翌日の日曜、私は気心の知れた友人たちと昼から夕方まで、手間と心が尽くされた料理とワインを堪能し、あてもなく言葉を放った。
お腹と心を満たし外に出ると、とっぷり日が暮れていて、無性に夫と娘に会いたくなって、心でスキップをしながら小走りで帰宅。「ただいま〜!」と玄関を開けると香ばしい匂いが漂う。部屋はピカピカで、食卓で「みて!ちゅるちゅる〜」と夫がつくったパスタに前のめりな娘。
夫はどれだけ娘が泣きわめいても戸惑いもせず、掃除も料理もなんでもできるので、私はなんの準備も心配もなく、一人出かけてお母さんじゃない時間を過ごせる。
なんだ、やっぱり夫、最高じゃないか。
翌日から夫は海に戻ったけれど、LINEで行き交うのは私の不満ではなく、娘の写真や家族旅行の計画。「家族で行きたいところ」と題したノートをつくって、一緒に行きたいお店や場所、やりたいことをリストアップしている。夫が帰ってきたら…と心待ちにする時間も悪くない(かもしれない)。
そこから2週間後、夫はようやく漁を終えて帰ってきた。相変わらず夜中まで忙しく働いていたけれど、朝食を一緒に食べられるだけで、週末一緒に過ごせるだけで、ふと笑みがこぼれてしまう。子育てにおいて自分しかいないという緊張がほどけるからなのか、夫がいるだけで安心する。
夫と娘はこれまでの時間を取り戻すかのように、アクロバティックに戯れて宙を舞い、世界堂でスケッチブックと絵の具とクレヨンを手に入れて、絵を描いている。私には娘を投げる筋力も絵心もないので、パパとしかできない、共通の遊びが見つかったようで何より。
夫は娘の絵ばかり何枚も描いている。娘が描いたのは、「パパと〜かあちゃんと〜○○ちゃん(娘)!」 こんなにも人間らしい絵を描いたのは初めてで、私には家族3人で笑っているように見えて、ほろり涙腺が緩む。娘が生まれて初めて描いた人間、家族の絵はそのまま夫の誕生日プレゼントとなった。
同じような顔で寝息を立てる娘と夫の寝顔を眺めて、そっと布団から抜け出し、味噌汁を拵えてごはんが炊けたら、「朝だよ〜!」とカーテンを開けてふたりを起こす。食卓を囲んで「いただいきます」、準備をして「行ってらっしゃい」とふたりを送り出す。少しでも多く、そんな、なんでもない日常が重ねられたらいい。
あの日、不満をぶつけなかったら。通話をしていなかったら。夫が帰って話を聞いてくれなかったら。当たり前のように一緒に笑え合えなかったかもしれない。大げさかもしれないけれど、それくらい些細なことの積み重ねで家族の関係性は変わってしまうのだとも思う。
年が明けてさっそく明日から夫は漁に出る。今年はもう少し家にいてくれることを願っているし、夫も働き方を変えると言ってはいるけれど、地続きの2020年、きっとすぐに現状は変わらない。だから私は、不満も感謝も湧いた感情は飲み込まず、娘と過ごす日常の中に散りばめられるしあわせのかけらを拾い集めて、夫にLINEを送り続ける。期待しすぎず、あきらめず。
娘が描く家族が、いつまでも3人で笑っていられますようにと。
この記事は、LINE株式会社のオウンドメディア「LINEみんなのものがたり(https://stories-line.com/)」の依頼を受けて書き下ろしたものです。
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