蒼穹のカンパネルラ [短編小説]
探し物は、ふいに目の前に現れた。懸命に探していた時はどうしても見つからなかったのに、諦めて忘れた頃に、こうして急に現れたりする。いったい誰が、こんないたずらをしているのだろう。神様だろうか。それとも妖精の類なのか。美玲は、古い段ボール箱の中にしまわれていた懐かしい台本を手に、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「どうしたの?」
母親の奈津美が、手の止まっている美玲に声をかける。奈津美も、週末には都内のワンルームマンションへ引越す娘のために荷造りを手伝っていた。
「これって、お兄ちゃんが使ってた台本だよね」
そう言って美玲は、手にした台本を奈津美に向けた。以前、この街にある市民プロジェクトが公演した『銀河鉄道の夜』の台本だ。表紙に赤い油性マジックで、イニシャルであるRの文字が書かれていた。食器を一つひとつ新聞紙でくるんでいた奈津美は、驚いた顔でそれを見つめる。その反応からして、間違いなく亡くなった玲人のものだろう。
「ずっと探していたのに。そんな所にあったのね」
奈津美は美玲から台本を受け取ると、愛しいものの帰還を労うように指先で表紙を撫でた。美玲と兄の玲人が一緒の舞台に立った最後の作品だ。
はじめは予算も規模も小さいプロジェクトだったが、市からの助成金がおりたことによって、一気に注目が集まった。台本には新聞の折り込みになった当時のチラシも挟んである。六年前の美玲と玲人の写真が並んでいた。
プロジェクトの趣旨は、演劇や音楽など「自分を表現する」芸術をツールにして、青少年の育成に役立てようというものだった。脚本と演出を担当したのは、地元で小さな劇団を主宰していた女性で、奈津美の古くからの友人だ。美玲にとっては、演技を教えてくれた最初の恩師でもある。
幼い頃から彼女の劇団に通っていた美玲と玲人は、最初からキャスト候補だった。特に美玲は、将来も演技の道を志そうと決め、大学受験も芸術学部を目指していた時期だ。大手のプロダクションにスカウトされ、中学生の時にはテレビドラマに準主役として出演もした。この頃は学業を優先させていたが、すでに将来有望な若手女優として注目され始めていたので、むしろプロジェクトの広告塔になってほしいと恩師から出演を望まれた立場である。
一方、兄の玲人は法学部に通う大学生で、将来は弁護士を志望していた。とっくに演劇からは遠ざかっていたが、演目が宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』だったことに魅かれたようで、快く参加を承諾した。
おそらく玲人にも天性の才能があったのだろう。役柄になり切っているという点では、昔から美玲より玲人の方が評価は高かったかもしれない。
実際、市長までが特別審査員として招かれたキャストオーディションでも二人は別格だった。市の公報を見て応募してきた他の出演希望者たちとは、はじめから比較にならない。結局、美玲が主役のジョバンニ役、兄の玲人がカンパネルラ役にキャスティングされた。兄妹でダブル主演の舞台になったのである。
「お兄ちゃん、すました顔で写っているわね」
奈津美は荷造りの手を止めて、チラシの写真に見入っている。美玲は、そんな母親の背中が以前よりだいぶ小さくなったと感じた。
兄の玲人は、大学三年の冬に亡くなっている。ちょうど舞台の翌年だった。それも川での水難事故による溺死だ。冬のゼミの合宿で宿泊したロッジの近くだった。
溺れかけていた小学生を救った玲人は、まるでその身代わりになったように、命を失ったのだ。冬場だというのに降り続けた長雨で水量が増していたのが災いしたのだろう。玲人の遺体を引き上げた地元の自警団の人たちがそう語っているのを、奈津美と一緒に駆けつけた美玲は聞いた。
玲人の葬儀に出席した人たちは、誰もが『銀河鉄道の夜』の舞台を連想していたに違いない。それほど、玲人が演じたカンパネルラは見事だった。
ケンタウルス祭の夜、舟から川に落ちたザネリという同級生を助けるために自ら川へ飛び込んだカンパネルラ。演じた役柄と同様の亡くなり方をした兄は、銀河鉄道に乗れたのだろうか。あれから五年が過ぎた今も、美玲はよくそんなことを思った。
美玲が大学の志望を芸術学部から文学部に変えたのも、兄の死が影響していたのは間違いない。玲人が亡くなった後、部屋を整理していた美玲は、兄が本当は法律よりも文学を志したかったのではないかと感じた。特に宮沢賢治に関する書籍の数は尋常ではない。賢治が書いた作品はもちろん、研究者たちの本や特集が組まれている雑誌が山ほどあった。もともと兄は宮沢賢治が好きだったから、市民プロジェクトの舞台にも参加したのだと合点がいったのだ。
演技の道は現場で鍛えればいい。むしろ大学では演技を深めるための教養を身につけよう。そう考えた美玲は、兄の蔵書の中で見つけた宮沢賢治の研究者が教授をしている大学の文学部に進んだのだった。
「もうすぐ命日だね」
美玲はずっと物思いにふけっている母親の背中に声をかけた。まだ引越しまでには数日の余裕がある。ずっと見つからなかった玲人の台本が出てきたのも、何か意味があるのかもしれない。
美玲と奈津美の間では、玲人の死について語るのが、何となくタブーになっていた。自分がこの家を出て行った後のことを考えると、一度じっくり兄のことを話しておくのに、ちょうど良い機会なのではないかと美玲は思った。
「本当なら法科大学院も卒業して…もう、司法試験にも合格してたよね」
ずば抜けて頭の良かった玲人が、途中で挫折することなど考えられなかった。あんなことがなければ、きっと順風満帆な人生が待っていたはずなのだ。だが、微塵の疑いもなく投げかけた美玲の言葉に、母親の奈津美は意外な返事をした。
「どうかしらね。あの子、法律に幻滅していたから」
「そうなの?」
正直、美玲は驚いていた。やはり、文学への志が強かったのだろうか。美玲の脳裏に、おびただしい数の兄の蔵書が改めて浮かんだ。
「お兄ちゃん、一度だけ童話作家になりたいって話してくれたのよ」
「えっ、いつの話?」
「ちょうど、この『銀河鉄道の夜』に出演している頃だから、大学二年生の時ね」
美玲にとっては全くの初耳だった。奈津美は、話しながら何かを探すように台本のページをめくっていく。ちょうど一幕と二幕の間に、目的のものを見つけたようだ。「やっぱりあった」と言って、奈津美は美玲に開いた台本を見せた。
「お兄ちゃんが書いた童話よ。稽古中に書いたんだって見せてくれたわ」
そこには、懐かしい文字が並んでいた。見慣れていたはずでも、当時の兄の年齢を超えた今になってみると印象がずいぶん違う。男性には似つかわしくない細くて綺麗な文字だった。そこから伝わってくるのは、とても繊細な心の持ち主だったのではないかという雰囲気だ。部屋を整理した時に、ノートやレポートを幾つも目にしたはずなのに、そこに書かれた文字は、全く別人のもののような気がした。
「いつもはパソコンで書いてたみたいだけど」
奈津美にそう言われて、玲人がいつもノートパソコンを持ち歩いていたのを思い出した。「これはたまたま手書きだったのね」と、母はもう一度台本を自分の方に向けて読み始めた。手書きなのは、稽古中に思いついた童話を忘れないうちに書いたということなのだろう。
「どのゼミに入ればいいかって、ずいぶん悩んでいたわ」
「お母さん、さっきお兄ちゃんが法律に幻滅してたって言ったよね?」
美玲が一番引っかかったのはその言葉だった。文学への思いは後で知った事だが、弁護士になりたいという夢は兄から直接聞いていたからだ。とても幻滅していたとは思えなかった。
「そうよ。法律は本当に弱い人を守れないって言ってた」
母親の顔がわずかだが苦痛に歪むのを、美玲は見逃さなかった。
「そうか…お兄ちゃんが何かする時の動機は、全部それだったものね」
それ以上話すと母子家庭という言葉が出そうになって、美玲は言葉を濁した。そうなのだ。玲人は苦しんでいる社会的に弱い立場の人たちを救いたいと願っていた。
玲人は、父親が亡くなって母親が一番苦しかった時代を知っている。食べるものがなくて、ひとつの林檎を母子三人で食べなければならなかった頃を、美玲以上にはっきりと覚えていたのだ。
兄はカンパネルラというよりも、ジョバンニだった。父親が不在となり、病気の母親と一緒に暮らす少年。いつだったか、「俺も姉さんが欲しかったよ」と言っていたのは、ジョバンニを自分自身に重ねていたからなのだと、美玲はその時はじめて気づいた。
思い出は次々と幼い頃には気づけなかった真実を突きつけてくる。それは記憶の断片ばかりで、確かなつながりのないままに漂っていたものにすぎない。だが今、たった一冊の行方知れずだった台本が、その中に書かれた玲人の思いが、陽の当たる場所に再び現れた。その瞬間から、誰も知らなかったひとつの物語が動きはじめたのだ。
「その台本、しばらく私が持っててもいい?」
美玲の問いかけに、母親は何も言わず微笑みを返した。名残りを惜しむように抱きしめた玲人の台本を奈津美が差し出した時、愛しむように両手で受け取りながら、美玲はひとつの計画を思いついていた。
片付けた兄の荷物を、もう一度確認してみよう。兄が使っていたノートパソコンは、パスワードが分からなかったために開けなかったことを覚えている。まだ高校生だった美玲は、いつかパソコンに詳しくなったら挑戦しようと一式を箱に詰めた。きっと今日見つかった台本のように、段ボール箱の中で再び陽の下に出られることを待っているはずだ。
玲人が台本に書いていた童話には『それからのジョバンニ』というタイトルがつけられていた。北の海で遭難したと思われていたジョバンニの父親が無事に帰って来た後の後日談になっている。何度読み返しても、まだ続きがありそうだった。
ベッドの中で玲人の台本をめくっていると、懐かしい匂いに包まれていくように感じる。幼い頃、兄と一緒に布団で眠った思い出が蘇ってきた。明日は早く起きよう。そう思ったのを最後に、美玲は甘い眠りの中に溶けていった。
◇◇◇ ◇ ◇◇◇
翌朝、母親の奈津美が仕事に出かけてから、美玲は早速兄の荷物を確認し始めた。奈津美は近所のデイサービスで高齢者介護の仕事をしている。夕方までは帰ってこない。それだけの時間があれば、奈津美が帰ってくるまでにかなりの成果があるだろう。美玲は心のどこかで楽勝だと思っていた。
ところが、昼前にはその考えが甘かったことを思い知らされる。五年の歳月は、記憶をひどく曖昧にしていた。パソコンをしまったはずの箱を見つけだすだけでも三時間以上かかってしまったのだ。
途中で他の書類は見ないことに決めた。童話作家になりたいとまで思っていた兄が、大学関係の書きものと、自分の作品を混ぜているとは考えられない。それでポイントをパソコンに絞ったら、やっと探していた箱に辿り着けたというわけだ。そうでなければ、夜までかかっていたかもしれない。
しかし、パソコンを見つけてからも一苦労だった。まず一緒に入れていた電源コードが違う。他の箱をひっくり返しても合うコードがない。幸い、美玲が使っているものでも対応できて、やっと電源を入れることが出来た。
次の問題はパスワードだ。ここでダメだったら、もう潔く業者に頼もうと美玲は思っていた。ちゃんと事情を話せば、まさか盗品ではないかと疑われるようなことはないだろう。でも、そう思いながらもやはりお金と時間はかかってしまう。できることなら自分で開けたかった。
パスワードは、文系と理系で好んで使うタイプが違うと友人に聞いたことがある。文系の人は意味のある言葉を好む傾向にあるらしい。ちなみに理系は、文字と数字を組み合わせた記号化を試みやすいそうだ。だから美玲は、文系の兄が好みそうな言葉を中心にして候補を10個あげた。
生年月日や名前に関連するものも一応は考えてみる。だが、一番可能性が高いのは宮沢賢治に関するものではないかと推理した。案の定、アルファベットでジョバンニと入れたらログインできた。その瞬間、昨夜台本が見つかったのは、やはり意味があったのだと美玲は思った。
兄のものだとはいえ、人のパソコンを覗くのは緊張する。もしも得体の知れない、たとえば過激な裸の画像などが入っていたらどうしようかと思いつつ、兄も男なのだから女の裸の一枚や二枚あっても動揺せず大目に見ようと覚悟を決めた。
だが、そんな心配は杞憂に過ぎなかったとすぐにわかる。デスクトップの上には、フォルダがひとつだけ置かれていた。壁紙は馬頭星雲の鮮やかな画像で、その中のひときわ輝く星の上にフォルダは置かれている。美玲がクリックすると、中には5つのフォルダとワードのデータがひとつ入っていた。
ワードには「美玲へ」というタイトルがついている。
見た瞬間、美玲は全身に鳥肌が立った。五年前のこの部屋と、今という時間が強制的につながれた気がした。隣に玲人の息づかいさえも感じる。
ふいに、台本に書かれていた鳥捕りの男が言った「不完全な幻想第四次の銀河鉄道」という台詞が頭に浮かんだ。不可思議な時間だった。
しばらく迷った末に、美玲はそのデータを開いた。横書きで一枚にまとめられた手紙の文面が目に飛び込んできた。
一息にそこまで読んで、美玲はいったんデータを閉じた。指先が震えている。だが、激しく動揺はしているものの、不思議なことに大混乱はしていない。心の奥底に沈んでいた闇の中から、思い当たることが次々と浮上してきている。美玲は心を整理するために、自問自答した。
兄は同性愛者だった…イエス。自分はそれに気づいていた。そうなのだ。女の裸など、パソコンに入っているはずはないと、わかっていたはずだ。
舞台に出ていた頃も、玲人に好意を寄せる女性は多かった。美玲自身、兄を紹介してほしいという願い事を何度もちかけられただろう。だが、その中の誰一人とも、玲人はつき合ったことがない。
はじめに思い至った時は、正直戸惑いもあった。だが大学で宮沢賢治を研究しはじめたことで、美玲の考えはだいぶ変わったといえる。宮沢賢治が互いに「恋人」と呼び合うような親しい間柄にあった保阪嘉内のことを知ったからだ。
『銀河鉄道の夜』には、賢治が保阪嘉内と二人で登山し、語り合って夜を明かした体験が色濃く反映されているという。ジョバンニを賢治自身とするなら、カムパネルラは保阪嘉内だと考える研究者も数多くいた。玲人もそうだったのだろう。同性で愛しあうということに、美玲はむしろ純粋な精神性を感じてさえいた。
次に、兄はエイズに罹っていた…ノー。そんなことは微塵も知らなかった。だが確かに、いつしか玲人はお気に入りの食器しか使わなくなり、片付けもすべて自分でするようになっていた。洗濯も同様である。意味はわからなかったが、美玲や母親との接触を避けるようにしているのかと訝った事は何度かあった。もし自分が玲人の立場ならどうしただろう。兄のような忍耐強さは、とても持てないと美玲は思った。
そして、自分は玲人と血が繋がっていない…イエス。すでに美玲はその事実を知っていた。それは、兄の荷物を片付けている時、戸籍謄本の写しを見つけたからだ。玲人が亡くなるまでは、もちろん実の兄妹だと思っていた。疑う余地など全くない。「玲」の字が一緒なのも、血のつながりの証のように感じていた。だから無理やり押しつぶした思いもある。
だが、兄は赤ん坊の頃に交通事故で実の父母を亡くし、二人の友人だった父の養子になったのだ。名前の「玲」の字は、後から生まれた妹との絆を結ぶための父母の配慮だった。美玲という名前が母と兄から一字ずつもらったものである意味が分かった時、彼女は泣いた。
だが三歳年上の玲人は、もっと早くからおぼろげに真実を感じとっていたのかもしれない。戸籍謄本の写しは、その確認のために玲人が取り寄せたものなのだろう。
ひとつ、大きなため息をつく。指先の震えはおさまっていた。ひとまず心の整理がついた美玲は、手紙の続きを読むことにした。
読み進むごとに文字がぼやけていく。いつの間にか涙がとめどなくあふれ出していた。文字を読んでいるのか、兄の声を聞いているのか、だんだん分からなくなってくる。だが、目を閉じたら何もかもが消えてしまっていそうで、美玲は懸命に目を開いていた。
本文はそこで終わっていた。だがデータの下の数字は2ページあることを示している。美玲はキーボード上の矢印を押して、カーソルを次のページに進めた。ポイントを少し小さくした文字が遠慮がちに並んでいた。
◇◇◇ ◇ ◇◇◇
いつの間にか、部屋には西陽が射しこんでいた。もう何度も美玲は兄からの手紙を読み返している。時計は4時を過ぎていた。奈津美が帰るまでは、まだ時間がある。
美玲はUSBメモリーに玲人の手紙を移し、パソコン本体からは削除してゴミ箱を空にした。続けて5つのフォルダもUSBにコピーしていく。奈津美にはパソコンを預けておこう。玲人の童話を読んだ母親がどんな感想を抱くか、美玲は興味があった。
一つひとつのフォルダには、5つから8つの物語が入っている。一日に一作ずつ読み込んでも一ヶ月はかかるだろう。都内のマンションに引っ越してからの最初の日課にしよう。ちゃんと感想を書き込んで、今年のお盆には玲人のための送り火を焚こうと美玲は考えていた。
最初の主演映画が決まっていた。『銀河鉄道の夜』ではないが、宮沢賢治の童話が原作になっている。大学で宮沢賢治を研究していたことがプロデューサーや監督の目にとまった。教養を深めたことが早速演技の仕事に繋がっている。美玲の役柄は、宮沢賢治の妹のトシと若き童話作家の二役だった。
もしかしたら玲人が書いた童話を世に出すチャンスかもしれない。この時期にデータが見つかった事にも、きっと意味があるはずだ。美玲は急に夜が待ち遠しくなった。そこには銀河鉄道に乗った玲人がいるのだから。
「今夜から毎晩夜空を眺めるからね」
美玲は改めて懐かしい兄の台本を抱きしめながら、そうつぶやいた。
冬の夜空は、どの季節よりも星がきれいに見える。天の川を見るなら夏の方が良いのは確かだ。夏の天の川は銀河系の中心方向を見るから、集まっている多くの星が見える。反対に冬の天の川は星が少ない周辺部分を見ることになるからだ。だが、今はむしろその方が夏までの楽しみになる気がした。
東京では天の川が見えないというけれど、そんなことはないのだと教えてくれたのも玲人だった。街の照明が目に入らない暗がりで、しばらく目を慣らしてから夜空を見上げれば、そこに見える星の数は違っている。
心から愛していた。それでいながら、兄妹だからという理由で必死に諦めた人。玲人が最期に書いた手紙の相手が自分だったということが美玲を幸せな気持ちで満たしていた。
玲人の手紙に答えるように、美玲もジョバンニがカンパネルラに話した最後の台詞を、はっきりと声にしてみる。最後に二人で立った舞台の記憶がよみがえってきた。
「僕はもう、あんな大きな闇の中だって怖くない。きっとみんなの本当の幸いを探しに行く。どこまでも、どこまでも、僕たち一緒に進んで行こう」
その時、ずっと部屋の中を漂っていた玲人の気配が、静かに天へと昇って行ったように感じた。この人生での舞台が終わったのだというように。
窓は沈んでいく夕陽の光で真っ赤に染まっている。『銀河鉄道の夜』で描かれている烏瓜の燈火は、こんな色をしているのかもしれない。美玲はオレンジ色の光に包まれながらそう思った。
今にも降りていこうと待ち構えている夜のとばりの向こうから、ポーっと夜汽車の汽笛が響いてきた気がした。
※子どもの頃から宮沢賢治の作品が大好きでした。
「ほんとうの幸いとは何なのだろう?」
賢治の『銀河鉄道の夜』には、その答えそのものよりも、問い続けていくことの大切さが書かれているように感じます。
だから私も書き続けていく。そんな思いを込めて、この小説を書きました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
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