【時事】例の車椅子の人と合理的配慮についての私見

 車椅子の人の炎上は過去に、乙武氏の飲食店入店拒否騒動、伊是名氏の無人駅対応騒動など、枚挙にいとまがないですが……今回、新たに車椅子インフルエンサーなる中嶋涼子氏の車椅子階段昇降騒動。
 現役の介護職の私としたら、かなり思うところがあります(その思うところは、一番最後に書きます)。

 もちろん、このような炎上騒動を起こす方は車椅子ユーザー全体から見ればごく一部でしょう。ですが、あと1ヶ月もしないうちに改正障害者差別解消法が施行となるこのタイミングでこの炎上騒動は非常に懸念すべき状況だと考えています。

・改正障害者差別解消法の合理的配慮について

 以下の情報を参照してお話します。

  まず、改正障害者差別解消法で定義されている合理的配慮ですが、以下のように示されています。

リーフレット「令和6年4月1日から合理的配慮の提供が義務化されます!」4ページ目より抜粋

 今までは、この「合理的配慮の提供」は行政機関のみ義務があり、事業者は努力義務とされてきましたが、4月1日からは事業者も義務化されます。
 今回、争点となっているのも、この「合理的配慮の提供」の部分です。

・今回の映画館スタッフの対応は合理的配慮に欠いた対応だったのか?

 中嶋氏はイオンシネマシアタス調布のグランシアターという快適さを追求した特別席に座るため、1人で映画館に行き、過去3回は映画館スタッフが4段の階段を車椅子階段昇降、シートへの移乗介助行った。今回の4回目で支配人みたいな人が来て

 (前略)今後はこの劇場以外で見てもらえるとお互いいい気分でいられると思うのですがいいでしょうか。

https://twitter.com/NakashimaMinion/status/1768551963111927926

と言われたと、中嶋氏は合理的配慮の欠いた対応だったと主張してます。
 しかし、ここに以下のような事実が加わるとどうでしょうか。

  • この映画館には車椅子で映画を視聴できるスペースが用意されている

  • 中嶋氏は映画館へ、グランシアターは車椅子対応できるスペースなのか、確認せずに予約を行っている

  • 中嶋氏は映画館へ、当日は車椅子対応が可能かの事前確認をしていない

 障害を持たない人と同じように映画館で映画を観るために階段昇降を求めていた話から、車椅子用スペースを確保して合理的配慮がなされていたのにもかかわらず度を越えた要求をした、という話に変わってくるのではないでしょうか。

 今現在の情報では、その車椅子用スペースへの案内があったかは分かりませんが、普通に考えれば、支配人みたいな人が上記の発言に至る前にそういった案内はしていたのではないかと思います。
 残念ながらイオンシネマを運営するイオンエンターテイメントは謝罪文を掲載して従業員を守らず逃げに入ってしまい、映画館スタッフ側の話が聞けないため、「建設的対話」を通じて相互理解を深める努力を双方が行ったのかは分かりませんが、少なくとも中嶋氏側に「建設的対話」のための努力があったとは思えません。

 ただ、これだけの情報でも、

 車椅子用のスペースが確保され、必要に応じてそのスペースへの案内があれば、「障害を持たない人と同様に映画館で映画を観る」ための合理的配慮は満たされている。

と言えます。

 また、車椅子の階段昇降を断ったことは「合理的配慮に欠いた対応ではなく度を越えた要求である」としているのは、車椅子用スペースの有無だけでなく、

④その実施に伴う負担が過重でないときに

の部分に抵触するからです。
 どうして抵触するのかは次の車椅子階段昇降リスクでお話しします。

・車椅子階段昇降のリスク

 Twitterで何度も発信していますが、改めて結論を言うと……

 車椅子の階段昇降は、介護の専門職でも他に手立てがないか検討して、とり得る手段が他になく、どうしても必要な場合に行う介助方法です(もしくは災害等の緊急時)。

 車椅子自体、本来持ち上げて移動することを前提としていません。介護現場でやむを得ず行うことになっても、できる限り男性の身体介護経験者(さらに可能なら力がある男性)を集め、導線上の安全確保をきちん行い、声を掛け合い動くタイミングを合わせて介助します。

 素人でもやっている場面を見たことある、何を大げさな。

と思うかもしれませんが、安全性や介助者が体を痛めるリスクがあることについて一切考慮されていません

 介助中に何らかの原因でバランスが崩れた場合、車椅子に乗っている人を落下させてしまうことはもちろん、介助者が階段から転落や車椅子の下敷きになって怪我を負う可能性もあります。
 何度も言いますが、介護現場で車椅子階段昇降を行うのは、他に手立てがない場合の最終手段として行います。

 また、重大事故が起きず無事に介助できたとしても、介助者の体には大きな負担がかかります
 車椅子の重量は一般的に10〜20kg程度(電動になると30kgくらいの物もある)。そこに乗っている人の体重(日本人の平均体重)を加えて合計で約60~80kg。これを介助者4人で均等に分散できたとしても1人あたり約15~20kgの重量を持ち上げることになります。普段の生活の中でこれほどの重量の物を持ち上げる機会はあるでしょうか。
 介護の仕事ならまだしも、善意のボランティアで行って体を痛めても自己責任です(駅員やスタッフの場合はその会社によって違うためなんとも言えませんが)。

 今回の場合、車椅子用のスペースを確保してすでに合理的配慮が満たされている状況で、重大事故のリスクがある車椅子階段昇降を行う必要性は低く、車椅子階段昇降は負担が過重な内容と言えます。
 もし、車椅子用のスペース以外の特別席で視聴したいのであれば、中嶋氏がご自身で介助者を手配して同行支援を受けることが適切な対応です。

・終わりに

 一昔前と比べて、差別解消の意識が高まり、バリアフリーが進んでますが、まだまだ課題が多い問題です。それと同時に、障害者側の権利意識の高まりから、一部の度を越えた権利主張に多数側が振り回されているのも大きな問題となっていると感じます。
 今回の件でも、映画館側が中嶋氏の度を越えた権利主張に対して、安易に3回対応してしまったことも騒動を大きくした原因の1つだと思います。これがまかり通ってしまったら、今後多くの事業者やそこで働くスタッフが車椅子階段昇降を安易に行わなくてはいけなくなってしまいます。
 イオンエンターテイメントにはきちんと合理的配慮の範囲について言及して頂きたい。

 障害者に限らず、これからは少数側の幸福も一緒に考えていくべきことですが、少数側の幸福のために多数側が負担を強いられる世の中が正しいとは思いません


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