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「あの人は絵が上手い」は金にならない

昔、ずいぶんお仕事をいただいた出版社から新刊案内が届いてました。

相変わらず面白そうなタイトルが並んでるんですが、やっぱり技術系の本はいいお値段ですね。部数もそう多くは出ないでしょうから仕方がないとは思いますが。

私がフリーランスになったのは出版産業がピークを迎えた頃だったので、駆け出しの私にもなんとか入り込む余地がありました。仕事は著者指名、編集プロダクション経由のほか直発注いただく出版社もいくつかあって、おかげさまでスタート時の苦しい時を食いつなげました。

やり取りはほとんどメールだったのに、どういうわけか口コミで仕事が広がることもあってずいぶん助けていただきました。

ある時、その技術系出版社の編集担当からメールをもらいまして。
「多分近いうちに営業部から仕事の依頼が行くと思うけど、断ってくれ」と言われたことがあります。

この一回だけでしたが、「手伝ってやってくれ」ならいざ知らず、わざわざ情報を回して「断ってくれ」と言われたのにはさすがに驚きました。

さすがに不審に思ったので詳細を聞くと、どうも年賀状のイラスト図案集を作るらしくとにかくイラストレーターの頭数が欲しいらしい。社内事情で無碍には断れずメールアドレスは教えたけれど、点数は異様に多いし単価も安い。とても正面切って紹介できる仕事じゃないし、こちらの仕事をやってほしいから断ってくれと。

この時は、「ありがたい」でもない「うれしい」でもない、なんというか不思議な感情を抱いたことを覚えています。

似たような経験はほかにもあります。

クライアントから、いかにもそれらしい「今風のアニメっぽい」感じにしたいという指定があったようで「ウチの絵柄じゃ無理ですね」とお断りしたんです。今どきその類ならネットサービスでいくらでも見つけられるでしょうし、その方が安上がりでしょうとお伝えしたんですが、それはリスキーなのでしたくないと仰る。

さんざん粘られて、仕方なく縁故を頼って何人か紹介したんですが、提案するイラストレーターの中に私の絵も入れたいから、できる範囲のダミーと似寄りのサンプルを出してくれと言うんです。ほかは彩色サンプルなのにウチだけモノクロダミーじゃ変でしょうと主張したんですが、可能な限りウチに落とす方向に持っていくから出せ、と押し切られました。

この2つの話は、どちらもウチが「上手いかどうかは問題にしていない」という点で共通しています。

当たり前ですが、お金をもらう以上描き手はプロです。
プロである以上は顧客のニーズに 100% 応えるのは当然であり、そこに何%上乗せできるかが勝負です。

しかもそれをどの程度の力でできるかが、プロとして儲かけられるか儲からないかの境目になります。毎回毎回 200% の力を出しきらなければ 100% に応えられないのなら、儲かる以前にこちらが倒れますからね。

発注する側の「上手い」は「十分基準に達している」という意味であり、描く側の「上手い」は「より上手い」という意味なんでが、これは案外見落とされがちです。

もちろん「ギリギリ許容値」と「これはイイ」と思える仕上がりとで顧客の評価が異なるのは当たり前なんですが、「何%上乗せできるか」の上乗せ分がなにも絵が「より上手い」ことである必要はどこにもないんですね。

「いや、オレの求める絵はもっとこうでなければならないんだ……」というのは止めませんが、それはアマチュア時代にやってください。
「お客が文句言わないんだから、これでいいんだ」と勉強しないのも止めません。一分一秒ごとにあなたの絵は陳腐化し、仕事はなくなります。

なによりも上乗せしなくてはいけないのは「信用」であり、それは納期厳守だったり、提案力や読解力、ミュニケーション力といった、普通の社会人に普通に求められるものとなんら変わらないんです。

「価格」は強力なプラス要素ですが、これは身を切りますから避けるのが無難です。それに先方も予算内であれば無理に安くしろとは言わないはずで、その予算が元々異常に低いのなら、その仕事はやるべきではありませぬ。

フリーランスとして口コミで広がって欲しいのは「あいつは上手い」より「あいつは頼りになる」という評価です。

人は後悔しなさそうな選択をする生き物ですから、頼りになるスタッフがいれば、敢えて変化を望むようなことはしません。従って図案集で忙殺される前に手を打ちますし、企画を妥協させても安定したチーム構成を望みます。そして仕事は安定していき、あなたは顧客にロイヤリティ(Loyalty)を与えることができます。

逆に不安定なチームがあればそこは狙い目です。
「誰かいい人いないかな?」は至宝の台詞です。

ここで言う「いい人」は「上手い人」ではありません。
「上手くなりたい」のは分かりますが、それは「当たり前」のことです。
「上手くなっていく」のもプロとして当たり前。

そして稼げなければ、舞台から降りざるを得ないのもまたプロの定めです。
いまや引退の身ですが、若いフリランサーには「まずは商売をせいや」とお伝えしたいところです。

まぁ、老害だわな。んじゃ、またね。


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