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怠惰大学生は瀬戸内海の夢を見る【あさきゆめみし、えいもせず】


大学生の二月は忙しい。



まず挙げられるのは、やんごとなき数の課題レポート

書けども書けども一向に終わる気配を見せない文章地獄は、針山地獄や熱湯地獄よりもよほど苦行である。閻魔大王様は、コスト的にも効率的にも人道的にも優れている課題地獄を導入すればいいのにと思う。

次は、鬼の冬季練習

スポーツ選手にとって、冬季練習は自分を強くする大切なものであるというのは分かる。分かるんだけども不健康で怠惰な大学生を正月早々走らせるのは頂けない。正月の練習なんてババ抜きかハンカチ落としで十分なのだと私は主張する。
※彼の中での正月は1月~6月とされています。

さらにバレンタインデーもある。

でもこれは私に関係ない。


そして最後に、最大級の祭典、テスト週間がある。

このテスト期間中、生き生きしているのはテストの存在を忘れて遊び惚けている一部の人間のみである。この一部の人間たちも、テスト期間であることに気づくとそこらで慟哭しているので実質0だ。

※万が一心からテストが楽しみだという人がいたならば、「そんなわけないだろ」と怒りながらも、内心ちょっと尊敬しちゃう。


もう分かったであろう。

そんな訳で私は今超絶忙しい。



そして疲れてもいた。

締め切り間近のレポートを必死になって書くも、だんだんと瞼が落ち、思考が意識の深淵に沈んでいく。

「寝たら駄目だ、
 ここで寝たらお前は死ぬぞ!」

雪山で遭難し寝そうになっている隊員への名文句を自分に言うことで睡眠から脱却しようとするも、場所は炬燵&ストーブという最悪のシチュエーションである。寝ても首が痛くなる程度の危機感しかなく、私は瞬時に気を失った。場所が悪かったな、隊長。

気が付いたら、私はベッドで寝ていた。

「あれ、炬燵で寝てたはずなんだけどなあ」と独り言ちる。

何の夢を見ていたのかを思い出そうとしたが、はっきりと思い出せない。というか思い出すのを脳が拒否していた。どうやら嫌な夢だったらしいと勝手に納得して考えるのを止めにし、一先ず私はベッドから抜け出して階下に向かった。



朝食後、私は机に向かう。文芸部に所属している私は、締め切り間際の小説を仕上げなければならないのだ。まあでも私は元々文章を書くのが好きなので苦にならない。書けば書くだけ原稿用紙に文章が埋まっていくのが、やはり快感である。

そう言うわけで小説を書き始めようとしたところ、突然ピロリン♪とスマホが鳴った。画面を見てみると、知らない番号からの通知である。訝しがりながら通知を開いてみると、何とそれは私が小さい頃に好きだった人から来ていたものだった。メーセッージは「ひさしぶり!」のみだったが、それだけで私に衝撃を受けさせるには十分である。何故ならば私はお坊さんもかくやと思われる女っ気の無さ、現実世界で仲いい女子などほぼいないのだ。



当然のごとく、慌てふためきながら返信する。

「久しぶりすぎてびびびびっくりしたたたた笑急にどうしたん?」

すると返信がすぐに返ってきた。

「いやキョドりすぎ笑久しぶりに話してみたくてね」


そこからテンポよく会話が弾む。

「そういや、君はどこ大行ったの?」

「私は○○大だよー。今テスト期間で萎えてる笑」

「マジか!俺んとこも今週末からテストだ」

「テスト憂鬱だよね、、笑」

「いや、俺は割とテスト好きやけどな笑」

「ええ!?君変わってるね~笑笑」


何の変哲もない会話が続くだけで、幸せな気持ちになれるから恋は不思議だ。私は夢中になって彼女と会話し続けた。すると、

「ねえ、〇〇さえ良かったら一緒に瀬戸内海行かん?」

彼女からまさかの提案があった。思わずスマホを持ってた手が震える。

「もちろん!楽しみだ」

「やったー!じゃあ私も楽しみにしとくね!!」

彼女からの返信に思わず頬が緩む。そして咆哮すると、思いっきりベッドに飛び込んだ。

「はっ!」

私は炬燵でうずくまっていた。頭が徐々に覚醒し、どうやら自分は課題レポートを書いている最中に寝てしまったことを理解した。

「さっきのは、ただの夢か……。」

夢だと分かった瞬間、一気に切なくなった。悪夢も大概だが、あまりにも現実とかけ離れた幸せに夢を見たときの絶望感たるや、喩えようのない凄まじいものがある。

私はただでさえ寝不足で真っ青な顔色を、さらに青くしてレポート課題に取り組み始めた。あまりにも青かったので、端から見たら人間でなくナスが課題レポートを書いているように見えただろう。何ならナスの方がよほど私よりも知能があるのだから、ナスだった方が良かったかもしれない。


しかしやはり私は瀬戸内海を諦めきれなかった。こんな真冬に海に入るのかは置いといて、何としても久しぶりに彼女に会いたいと思ったのである。

夢を現実に―。難しいというただその理由だけで、その一手を諦めてしまうのは物足りない

私はしばし思い悩んで、彼女のLINEを追加した。そして「ひ、さ、し、ぶ、り」と順に入力する。

さあ、何て来る。

私の耳の中では執拗に波の音が響いていた。




……。

こうして私はある一歩を決断して進んでみた。

その結果、私はほんのちょっぴりだけ成長し、同時にレポート課題を提出し忘れる。



 



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