「ラブリー」 4
第4章 祝福
「そういうわけで、私、小説家になりました」
会社で社長に報告をすると、社長が目をまん丸にした。
「藤崎、小説なんか書いてたのか…」
「ええ、将来の夢ですから」
「すごいね」
木之内さんが、スマホで情報を調べてつぶやく。
「○○出版の賞とか、デカいな…」
「銀賞ですけれどもね」
もちろん謙遜で、私としては会心の出来だと思っているし、すごい賞をいただいたと思っている。
「17日は授賞式があるので、会社休みます」
「おう、それはいいが」
社長は、私の手をぎゅっと握った。
「…お前、会社辞めないよな…?お前にいなくなられたら困る」
「ありがとうございます」
社長がそんなことを言うなんて思っていなかったから、ビックリはしたけれども、私の中でそれに対しては答えが出ていた。
「辞められないですよ。賞ひとつ取ったくらいで食ってはいけませんもの」
「…まあ、そうだよな」
社長は手のひらの力を抜いた。手、デカいな…。私は社長の手の中から自分の手を抜く。
「ウチの彼、公立中学の教員5年目ですし、一人で働かせるわけにはいきません」
…そう言って、私はふと現実に戻った。
「…ってか、結婚していませんし…」
「今日飲めない?」
連絡をくれたのは、みのりんの婚約者で聡太さんの弟、修二くんだった。
彼とももう長い付き合いなので、何の気もなく「いいよー、何食べに行く?」くらいの簡単な返事をしてしまった。
…けど、私の帰りを待ち構えていたのは、なんと高校の時の同級生が合計5人。集まってくれていたのだ。
「やだ、康太郎くんに逸海くん!懐かしい!」
そのほかにはみのりん、みはるん、修二くん。何かというと一緒に行動していた6人だった。
「藤崎先生が賞をお取りになったと聞いて」
康太郎くんはニヤッと笑いながら私を小突いた。この人は営業職についていて、パリッと糊の効いたシャツと、センターラインのピシッとしたスラックスを履いている。
これ以上向いている人はいないと思うくらい、営業職向きの人だ。人の懐にポンと入っていってしまうタイプ。
もう一人の逸海くんは、昔からの夢を叶えて今は社会人サッカークラブに所属しながら会社員として働いている。
この人も大きな夢を叶えた一人だ。高校の頃は大人しくて静かで、真っ黒の髪をしていたけれども、今は金色の短髪で目立つ。
「みんな、夢叶えてていいなあ」
私がつぶやくと、みはるんが私の肩をポンと叩いた。
「何言ってるのよ、今日はあなたが夢を叶えたお祝いをする予定で集まってるんだからね」
駅前の焼き鳥屋の一角で乾杯をしていた私たちは、しばらくぶりに会う二人と私を中心に楽しく飲んでいた。
みのりんがキャビンアテンダントの夢を叶えつつあることも話題になったし、そして何より婚約したてなことも今回のトピックの一つだ。
「いろいろあるんだなーみんな」
康太郎くんがため息をついた。
「そりゃ、何年だっけ?高校の頃から付き合ってたお前らが結婚するのはわかるけどね」
「康太郎はエミリとどうした?」
修二くんが康太郎くんに高校の時の彼女について言及すると、康太郎くんはちょっと首を振った。
「エミリは今台湾にいてね。今後どうしようかは話し合い」
「えー」
「大丈夫」
康太郎くんはニヤリと笑った。
「何度も別れてはくっついてるんだよね、俺ら。これくらい乗り越えてやるさ」
「ところで」
逸海くんが口を開く。
「修二、お前んとこの兄さん元気か」
逸海くんも康太郎くんも、聡太さんのことを知っている。康太郎くんなんて、進路について結構相談に乗ってもらってたのを覚えている。
「元気だよ…ねえ?瑠璃ちゃん」
修二くんが私に目配せをする。そう、修二くんと聡太さんはたまにしか会わないし、毎日顔を見ているのは私なのだ。
「元気よ。今日も家にいるんじゃないかしら」
「え、瑠璃ちゃん一緒に住んでるの?ってか、結婚してるの!?」
康太郎くんが…突いてはいけないツボを突いてしまった…。
「ん」
私は笑ってみせる。
「同棲してるだけよ。そろそろ1年半くらいかしら」
「えー、てっきり修二より先に結婚してるんだと思ってたわ」
康太郎くん…みのりんも、みはるんも、康太郎くんをいつ止めようかというそぶりを見せていた。
「まあ、まだ兄さん、俺らより3歳くらい年上でしょ、26とかじゃん?早いでしょまだ」
逸海くんが助け舟を出してくれる。
「修二が早すぎるだけで」
「俺は確かに世の中的に言って早いわ…職場でもびっくりされたもん、23歳だろ?って」
私はみんなからお祝いの赤い万年筆をいただいて、「これからも頑張れ」って言われてきたけど…
みんながみんななりに先に進んでいる…私だって大いなる一歩を踏んだのに、なんでこんなに「置いていかれてる」感がするんだろう…。
もうさ、お姫様みたいな白いレースフリルふりふりのネグリジェでも着てみれば、何か吹っ切れるんだろうか?
飲み会の後に家に帰ってヨレヨレのΤシャツを着る頃には、彼はお布団の中ですやすや眠りについていた。
授賞式があった次の日、新聞の文化欄とかインターネットニュースとかに私の名前が出た。
私は、普段買っていない新聞を数紙買ってきて記事を切り抜いた。
昨日のためにとびっきりの一張羅のワンピースを着て雛壇に座っていた私は、もうクタクタだった。私は主役ではなくて準主役なのだけど、緊張するにはもちろん緊張した。
金賞は定年退職してから文章を書き始めた70くらいのおじさんだった。
社会に出立ての私とのコントラストはなかなかフォトジェニックだったんじゃないかな。
会社でその作業をやっていたら、聡太さんからスマホに連絡があった。
「ウチの職場でも話題になってる」
昨日は、一緒に来てもらっていた。彼も、入職以来のスーツに身を包み、私をエスコートしてくれた。
ひな壇の私を、招待客の後ろの方の座席からニコニコしながら見守ってくれていた。
「それでさ」
彼からの連絡は続く。
「明日なんだけど、内々でお祝いしない?レストラン行こう」
「え、どこ?」
「○○ホテルの最上階のとこに予約取ったから、仕事帰りに現地集合で」
「えー!?」
びっくりした。海際の高層ホテルの一番上、かなりの高級レストランだぞ…?
普段、一緒にご飯食べに行く場所って牛丼屋さんとかファミレスとかなので、あまりの落差に驚いた。
でもまあ…私の夢を掴んだお祝い、ちゃんとしてくれようとしてるんだな…。
正直なところ、ここで賞を一度取ったからって、この先が約束されているわけではない。
もちろん夢は開けた。文壇に「藤崎瑠璃」という名前が一度は登場したのだ。それは確かだ。
でも、これから先、面白いものをコンスタントに書いていかないことには、社会から忘れられてしまう。身が引き締まる。というか、少しビビる。
なんとなく手放しに喜んでいない自分がいて、もちろん周りがとっても喜んでくれてお祝いしてくれるのは嬉しいのだけども、まだ自分の先行きがはっきりしていない私としては…
今までと何が変わるのだろう?
という、謎の寂寥感が付き纏っているのだ。寂寥感?確かに、変だけど、それが一番今の気持ちに近い。
ああ、そうか、「賞を取る」という目標がクリアされてしまった寂しさだ…。
私はこの後、何を目標にやっていくのだろう?
一度目標がクリアされてしまって、それだけを寄る辺として生きてきた身としては、つっかえ棒を外されたみたいな気持ちになっているんだ。
…寄る辺は、それだけじゃないはず…そちらの方は、私一人で決められることではない。
このまま同棲を続けていくのだろうか?
彼は私のことをどうしたいと思っているんだろうか?
なんだか、鎧を身ぐるみ剥がされて、何と戦ったらいいのかわからなくなっている気分だった。
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