「ラブリー」 2

第2章 無理ですそれは


私はお酒は好きだし、飲める方だと思っている。

いいことだとは思わないけど、中学生の頃からパパの晩酌に付き合っていた。パパは家でも日本酒とか焼酎とか飲む人だったから、私もそういうのを普段から飲むようになっていた。

だから、「甘いのしか飲めない」っていう若者女子らしさを私に求められても困る。


「藤崎さん、見た目と違って飲むねえ」

今日は会社の納涼会で、あまり気が進まなかったけれども仕方なく出てきた。プライベートの時間はプライベートとして使わせていただきたいのに、なんとも前時代的なことをするものだ。

私の隣で飲んでいるのは、先輩の男性で、木之内さんという。よくお世話になっている人なのだが、基本仕事の話しか話したことがない。丸メガネとベストがよく似合う、ちょっとしたオシャレさんだ。

「ええ、おかげさまで」

乾杯のビールを干した後に、焼酎をロックで舐めていた私、黙って飲んでいたい気分だったのに、そうもいきそうにない。

「俺、藤崎さんと話したかったんだよね」

木之内さんはそんなにお酒、強くなさそうだ。ビールがジョッキに半分残っていて、レモンサワーがやはり半分くらいのところで止まっているのに、顔が真っ赤。


「全然余計な話しないじゃん?藤崎さんって」

「そりゃ、仕事に来ているわけですから」

愛想無いな、と、自分でも思う。まあ、昔からなのだけれども、私はそんなに人と仲良く話ができるタイプではないのだ。本当に気を許した相手としかおしゃべりが弾まない。そういう性質の生き物なんだ。


「嫌われてないよね、俺?」

別に木之内さんだから無愛想なわけではない。仕事はさっさと終わらせて、家に帰りたいだけなのだ。家に帰って、聡太さんとビール飲んで、それから小説を書きたいだけ。


「藤崎は誰に対しても余計な話しないよねえ」

反対側の隣から、社長がツッコミを入れてきた。木之内さんは30歳くらい、社長は40歳前くらいの男性。あとは現在お産を控えてテレワークをやっている女性が一人いて、これでうちの会社は全員。

「俺もこの人がどんな人だか全然知らないわ」

社長は若干失礼気味の人だ。

体格が良くて、ニコニコしていて、いい感じのおじさん。だからこんなに失礼でも社長やっていられるのかな。

逆に失礼なところがあるから、私の方も失礼であることができる。気楽でもある。


「知らなくてもいいんじゃないでしょうか?仕事に支障はないと思いますし」

「え、でも、会社にいる時間って人生の1/3よ?それを一緒に過ごす相手のこと、多少知っててもいいんじゃない?」

木之内さんは食い下がる。

私はちょっと面倒くさいなと思いながら、焼酎の3杯目を舐め始めた。やっぱり焼酎は芋だね。

「私なんて別に、知って面白い裏話無いですよ。木之内さんは何か持ってるんですか?ネタ」

「俺は、別に何もないな…彼女もいないし、家に帰って寝るだけだ」


「彼女もいないし」に社長が反応した。

「木之内、ひょっとして藤崎に気でもある?」

「いや、そういうわけではないですけど」

木之内さんが両手を胸元で振ると、社長は楽しそうに笑った。

「藤崎、実に魅力的な人だし、ないとは限らんな。面白いやつだ」


「無理ですそれは」

私は4杯目の焼酎に手をつけた。ついでにサーモンディップをクラッカーに塗って、ポイっと口に放り込んだ。

「私、同棲してますし」


「えー!?」

木之内さんと社長が、ほぼ同時に変な声を上げた。

「藤崎、彼氏いるの?」

「いたらおかしいですか?」

「いや…別におかしくない…うん、おかしくないな…」

社長はははは、と笑い、

「嫁はどっか他で探せ」

と木之内さんに言い飛ばした。

「ふん」と鼻を鳴らして、木之内さんは一向に減らないレモンサワーのグラスを眺めていた。

「あれ、木之内、実はほんとに?」

…社長はつくづく失礼だ。これって何たらハラスメントに当たらないだろうか?


いや、私には大事な人がいますから。下手するとパンイチで部屋をうろうろする大事な人ですけど。

私は畳み掛けるように言った。

「だいたい、会社は交際相手を求めにくるところじゃありませんし、私真面目に働きますし、それじゃだめですか?」

「…まあ、そうだな。藤崎は優秀だし、真面目だし、ちょっとズレてるし、面白くて大変よろしい」

社長は豪快に笑った。私の何がちょっとズレてるんだ?



…流石に、飲みすぎたらしい。

気づいたら6杯の焼酎を飲み干していて、ちょっと足元が怪しくなっていた。

木之内さんも社長も、何やら責任を感じてくれたらしくて「送っていくよ?」と言ってくれたんだけど、人の手を借りて帰らなくてはならないほどではない…


と、思っていた。


アパートの最寄駅に着いた頃には、私はすっかり真っ直ぐ前を歩けなくなっていた。

こんなこと、今までなかったんだけどな。

千鳥足ってこういう感じ?という、まさにそういう感じでヨタヨタと歩く私は完全にただの酔っ払いだったし、前に進んで歩いていなかった。

こりゃ無理だ。

聡太さんに助けを求めたけれども、スマホに打ち込む文字がどうしても正しく文章を書いてくれない。

「駅なんだけど、迎えにきてください。歩けない」

と書いたつもりが、

「駅あんななな 迎えにっっってだ 歩けな」

って打っていた。


どうやら私は、駅入り口の柱の下で座り込んで、そのままうとうとしてしまっていたらしい。

「瑠璃ちゃん!」

青い顔をした聡太さんが私の顔を覗き込んで、やっと私は目をこじ開けた。

「ありがとう」

そう言ったつもりだったけど、どんな音になっているのか私にはわからなかった。呂律が回っていないのは自分でもわかる。

「飲み過ぎだよ!」

彼は怒った口調でそう言うと、私をひょいと背負った。

「全く、こんなところで寝るんじゃないよ危ないな」


口調とは裏腹に、背負った手で私のお尻をポンポンと優しく叩いた。

「どうしたの?嫌なことでもあった?」

「ううん、」

私は、アルコールで麻痺した脳みそでちょっと考えて…やっぱりそうだったんだな、と納得しながら呟いた。

「私、放っておくと他の人に取られちゃうぞ」


「ん?どうしたの?」

「私、実に魅力的な人らしいぞ」

社長に言われた言葉を思い出しながら言ってみる。

「藤崎は優秀だし、真面目だし、ちょっとズレてるし、面白くて大変よろしい、って言われた」

聡太さんはクスッと笑った。

「何、ちょっとズレてるの?」

「そこんところは私としては気に入らない。ズレてないと思うんだけど」

「まあ」

彼はずっと、私のお尻をポンポン叩いていた。

「会社の飲み会で足腰立たなくなるまで飲むのはだいぶズレてはいるよね…」


「そういうことじゃなくて!」

私はちょっと大声を上げた。

「お付き合い始めてもう7年だよ!同棲して1年半!それがどういうことを示しているか、あなた分かる?」

大声を上げたけど…私のお尻を叩く彼のリズムがあまりにも気持ちよくて、

「分かるよ、それに関しては…」

までしか聞かないで眠ってしまった。何やってるんだ私。



次の日は土曜日で、私も聡太さんもお休みの日だった。

だからいつまで寝ていても問題はないんだけど、私は…二日酔いで頭痛がひどくて目が覚めてしまった。

「あいたたた…」

すぐ隣では短パンに肌着の聡太さんがあられもない姿でよく寝ていた。夏になってからは大抵こんな格好で家にいる。ゆるいにも程がある。

「やっちゃった…」

遮光カーテンの隙間から夏の日差しが漏れている。いかにも暑そうな光だ。時計を見ると、もう9時半を超えていた。

「水、飲もう…」

立ち上がると、足元はまだフラフラする。


私も、いつものヨレヨレのTシャツにスウェットで寝ていた。

これじゃあ、色気もへったくれもないわね…しかも酔っ払いときた…。

こんなんじゃ「結婚してくれ」もあったもんじゃないよ…。

コップに水道水をジャっと注いで、飲み干した。水道水は夏の日差しに温められていて、温くて美味しくなかった。


私、どうかしてる。

そう、間違いなく、みのりんの婚約指輪を見てからこうなったんだ。

でも、このまま居心地がいいだけで色気も何もない生活を、私たちはずっと続けていくんだろうか?

すやすやと寝ている聡太さんの隣に滑り込んで、私もそのまま二度寝を決め込むことにした。ピッタリとくっついて寝ようとしたら、暑かったらしくて、彼は寝返りを打って向こうを向いてしまった。


次 → https://note.com/runadolls7/n/nddeaced5bca8

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