昼カラからの歌い納め

今年も1年を健康に過ごすことができてよかった。

コロナ禍も終わったのだが、結局、コロナ禍が始まってから終わるまで、一度もコロナワクチンを打つことなく、コロナにもかからず、丸4年を乗り切ったことに、周りの人から「いったいなぜ?」と不思議がられた。

特に、この12月は、コロナ禍も含めてあれやこれや1年を振り返ったから、自然とそういう話題になった。

実際に、私の職場でも、これまで私と同様に元気だった(コロナワクチンは打っていた)人も、「とうとうコロナ陽性になってしまった」と言って、最後に残ったのが私だけだったのだ。

なぜかっていうのは、このnoteでもちょくちょく触れたが、おしゃべり好きな人と長時間話すな、マスク着用が自由になったからと言って職場ではマスク着用は続けろ、というのを、私は自分に言い聞かせながら、自己流の対策を徹底したからである。

ちなみに、職場以外では、私は完全にマスクを外している。

今日は、コロナ禍明けの初めての年末の歌い納めとして、昼カラに行ってきた。

約3時間、解放感に浸りながら歌ってきた。

イジワルな見方をする人は、「そのカラオケで、あなたもダウンするのでは?」と思うかもしれないが、これまで自分でも親でさえもびっくりするくらい、そういった人の予想を裏切るくらい、健康日数を更新し続けているのだ。

ちなみに、私が風邪を引いたのは、コロナ禍の1年前の2019年1月である。

つまり、年が明けたら、丸5年を迎える。

丸5年も、医者にかからず、市販薬を飲むこともなく、熱も出ず、仕事も体調不良で休むこともなく、しかも、コロナ禍をまたいで!?

と、本当にうるさく言われるのだが、「ええ、次は丸10年を目指しますよ。」と返すと、「腹立つ〜!」とやっかまれる。

でも、みんな口では「あやかりたい」と言っているが、結局のところ、自己流を曲げてまで他人のマネをして健康になろうと思う人は、なかなかいないと思う。

好きなアーティストのやっていることはマネして、同じ物を身につけていたいと願うのにである。

それはそうと、今年は、歌手のKANさんが61才で亡くなった。

昼カラでも歌ってきたが、『愛は勝つ』の歌詞の一節に「信じることさ必ず最後に愛は勝つ」というのがある。

財津和夫の『サボテンの花』の歌詞の一節に「この長い冬が終わるまでに何かを見つけて生きよう。何かを信じて生きてゆこう、この冬が終わるまで。」というのがある。

何かを信じて生きていけば、最後には勝てるのです。

フォロワーのみなさん、今年も1年間、ありがとうございました。

どうぞ良いお年をお迎えください。



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