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モルドバという国の白ワイン

一昨日、近所の居酒屋に1時間勝負で行ったところ、家人がいつもそのお店で飲んでいるスパークリングワインがなく、「白ワインなら」と奨めていただいたワインが、ことのほか美味しかったのです。

こんな白ワイン、初めて飲んだかも!

ワインをそんなに飲んできたわけではないし、そんなにお酒に強いほうでもないため、ワインはいつも少しだけいただくのですが、その分「物語」をくっつけて楽しむのが好きです。おそらく、飲んだときの印象を言葉にするのが愉しいのだと思います。

その透明なワインは、とても清純な印象がしました。ぶどうの果汁がそのまま素直にワインになったような感じ。清々しくて晴れやかな意志がある。

味わいは、酸っぱさがなく、辛口と言われるような刺すような味覚もなく、かといって、甘口といわれるような甘ったるさもなくて、甘口辛口という軸がないのです。清流が流れるようにワインに変身したみたい。

いったい、どこのワインなんだろう。

ワインの産地を「モルドバ」と聞いて、飲んだ印象とボトルのデザインから、勝手に「モルドバ」のことをイタリアの中にある独立国ではないかと思っていましたら、全く違っていました。

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この国がある地域は、私の中でこれまでで一番遠いところにありました。それは実際の距離ではなく、自分の中の意識や知識の時空として。

モルドバは黒海の西側にある国で、正式名は「モルドバ共和国 Republica Moldova 」です。

ルーマニアとウクライナに囲まれて、黒海に近いのに黒海には面していません。国土の広さは九州よりも少し小さいぐらい。人口は400万人。国土のほとんどは丘陵の平野で山はほどんんどなく小高い丘や森が点在するだけだそうです。九州は人口が1200万人を超えて地形は山がちなので、きっと人口密度は、九州の3分の1よりももっと少なく感じるかもしれません。

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[帝国書院 新詳高等地図 平成9年9月15日発行]より
黒海に面する国は、南岸のトルコから時計回りにブルガリア、ルーマニア、ウクライナ、ロシア、ジョージア(グルジア)。黒海の面積は日本の本州の約2倍。


この国はかつて、ソビエト連邦を構成する西の端の共和国でした。高校の時の地図帳のこのページには、境界線は描かれていますが、モルドバの名は記されていませんでした。

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[帝国書院 標準高等地図 昭和55年3月25日発行]より


そして、13世紀にモンゴル帝国の版図が最大となったときにも西の先端でした。

モンゴル帝国の最大範囲

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
モンゴル帝国 「モンゴル帝国の版図の変遷より」
*モルドバの位置を追記しています


もっと遡ると、紀元前4世紀に西から東方へ攻め上ったアレクサンドロス3世(大王)のマケドニア王国のすぐ北に、モルドバは位置していますが、その頃までにはもう長い長い間、ぶどうの栽培がされていたようです。

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『文明の十字路=中央アジアの歴史』岩村忍(講談社学術文庫)より

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この本によると、葡萄酒を古くから愛飲していたペルシアの人々は、重大な会議はまず葡萄酒に酔っぱらってからはじめられる。と紀元前5世紀を生きたヘロドトスが言っているそうです。しらふでの会議での結果よりも葡萄酒で酔っ払っていたときの結果の方が重んじられる世界。彼の地の人々の「葡萄」への思いは、日本の稲に対するそれと似ているのかもしれない。


ところで、モルドバは内陸国というけれど、黒海からどれくらい離れているのだろうと思ってGoogleの地図をみてみましたら、かすかに南東にある黒海の入江の湾に面しているように見えます。

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拡大してみたら、ウクライナとの国境線(グレーの線)が、モルドバと海との間にあるようにみえます。ほんとうにギリギリのところに。

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この境界線を見ながら、しばらく言葉がでませんでした。黒海は湖のように見えますが、ボスポラス海峡とダーダネルス海峡を通じて地中海につながっています。だけどモルドバは数メートル先の「海」にたどり着けない。

四方を海に囲まれた日本とはまったく逆。

そのかわり、山がほとんどなく丘陵がどこまでも続くモルドバでは、きっと空がとてもとても広くて、これからユーラシア大陸を吹き抜けようとする風や雲を全身で感じることができるのでしょう。

もしかしたら、清流のような風味は、水ではなく風なのかも。


そんなモルドバと日本の関係として、モルドバ共和国の大使館は神楽坂にあります。

ソビエト連邦の崩壊に先立つこと4ヶ月前。1991年8月27日、モルドバがソビエト連邦から離脱して独立を宣言します。そして同年12月25日にゴルバチョフはソ連大統領を辞任し、翌日に最高会議も連邦の解体を宣言してソビエト連邦が崩壊して、モルドバは晴れて独立国となりました。

ソ連崩壊直後の12月28日、日本はモルドバを国家承認し、翌年3月16日に両国の外交関係が樹立しました。大使館が開設されたのは国交樹立から16年後の2015年12月8日のことです。

それから、さらに6年。
いただいたモルドバのワインは、ラダチーニ RADACINI。

ラダチーニ・ワインズは1998年創業。
東でもなく西でもなく、独立国家としての新たなスタートを切ったモルドバの人々の誇りと志と、イタリアの醸造家とのコラボレーションから誕生したワイナリー。

ボトルのデザインにイタリアを感じたのは、そのせいもあるのかもしれません。伝統に革新を、革新を伝統にしていくイタリアの精神と、互いに素直なまま、ピッタリはまった感じ。
次に飲むのがとても楽しみです。


そして、ラダチーニ のワインを紹介している日本の輸入業者のサイトに掲載された生産者メンバーの中の女性のブラウスが、ルーマニアとスラブ系の可愛さで、とってもキュートなのです。


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