見出し画像

図書館と寄り道で、魔法のようにつながる本たち

久しぶりに図書館で本を借りました。

2週間前に借りた本は返却期限が来てしまったので、慌てて「目次読書」をしたら、やっぱりもっと読みたくなって、図書館のスタッフの方に尋ねてみました。
そうしたら、「予約がなければ再び借りれます」とのことで、もう一回借りることができました。

本があった棚は、【今月の新着本】のコーナーなのですが、今日見たら先日なかった本が置いてあったりして、嬉しい。
自分と同じ本に興味がある人がこの図書館へのアクセス圏内に居る。という証拠でもあって、それも嬉しいんですね。
それから、【図書館の新着本】は最近出版された本&図書館のセレクトなので、「世の中の動向とか世間の興味を、全ジャンルに渡って本棚一つ分の本のタイトルからザックリ掴むことができる」ことにも気がついてしまいました。

1.縄文・能・若狭


さて、最初に借りて、延長した本は2冊。
『森の日本史』黒瀧秀久(岩波ジュニア新書)
2021.10.20 発行

画像1

『しんとく丸の栄光と悲惨』上方文化の源流を訪ねて 福井栄一(批評社)
2021.10.25 発行

画像2


『森の日本史』
は、日本列島に人が住み始めてから今までに人が森に対してしてきたことを知りたくて手にとった本。岩波ジュニア新書は目次の構造がとてもわかりやすい。そして『しんとく丸の栄光と悲惨』は、お能の『弱法師』つながりですが、弱き者であるがゆえにできることと、それに対する人々の視線の変化のことを知りたくて、手にしました。

なんとなく、縄文の感覚は日本の古層にずっと宿っていて、その感覚を再び大切にしたいとみんな心の底では思っていると感じているのですが、縄文の感覚(思考方法)は新しいことのキラキラしさの影になって、しだいに「不可解」なものとして映ってきたようなのです。不可解なものや理解不能なものごとに対する感情は、畏怖から蔑みに転化してゆく運命にありますので、この「栄光と悲惨」という「しんとく丸」のタイトルからその慟哭が聞こえてきそうなのです。

縄文時代は1万年続いたそうですが、『森の日本史』のまえがきに、6〜7万年前という時のことが書かれています。

現在の人類は、そもそもアフリカの大地溝帯周辺の森の中から6〜7万年前に世界に広がっていったと言われており、その段階では、森林との共生を図っていたのが原点である。


たまたま、今の仕事場の近くにある福井県のアンテナショップに昨日寄り道しましたら、「年縞(ねんこう)博物館」というところがあるのを見つけました。福井県の若狭にある三方五湖の一つ「水月湖」の湖底から7万年分のシマシマの層が採取されたそうで、1年に0.7mmずつ重なって重なって45cm。

画像3

ホモ・サピエンスがアフリカから世界中に移動していった時間、その人々が日本列島にやってきてからの縄文の時代を、若狭で刻んできたということなのですね。

それで、福井県のアンテナショップで「福井県への旅」をコーディネイトしながら、すっかり心は越前と若狭に飛んでいってしまいました。

画像4


なので、図書館の【新着本】の棚で、この本を見た時に「!!!」

『若狭がたり Ⅱ 』わが「民俗」選抄 水上勉(アーツアンドクラフツ)
2021.11.30 発行

画像5

福井県の西に位置する若狭は近畿との繋がりが深いところです。古代から中世には若狭国と呼ばれ、江戸時代には小浜藩がおかれました。『解体新書』を訳した杉田玄白と中川淳庵は小浜藩医でした。

そして若狭の小浜市にある遠敷(おにゅう)というところは、地下水脈が奈良の東大寺の二月堂の閼伽井につながっているという伝説があり、修二会に先立って遠敷川の鵜の瀬では「お水送り」をして、その水を二月堂の修二会で「お水取り」をします。

お水取りの修二会の行は、東大寺の大仏開眼の年、開眼法要に先立って始められましたが、『若狭がたり』に「釈迦浜」という題があったり、アンテナショップで見つけた「福井県立若狭歴史博物館」のパンフレットに「小さい若狭国、されども洗練された仏教芸術の宝庫でもある」と書かれていますので、やはり日本海側が大陸に向かった玄関口で、若狭は半島の文化を受け入れる最先端にあったのでしょう。

「お水送り&お水取り」の伝承は、そのことを物語っているようで、大仏さまが最初に紫香楽(信楽)で製造されていたことを考え合わせると、仏教に関する技術(技術を持った人)が朝鮮半島から若狭に入って近江を経て、紫香楽(信楽)から奈良盆地へ伝わって来たことが想像されます。

(杉田玄白は8歳から13歳の少年期を小浜で過ごしていますが、日本人の誰も知らない未知のことをどうしても知りたいという好奇心の源は、若狭という土地が育くんだのかもしれません。因みに「福井県立若狭歴史博物館」には本物の『解体新書』と『ターヘル・アナトミア』(フランス語版)が公開されているそうです。)


2.サイン・能・雲水


『しんとく丸の栄光と悲惨』は「弱法師」というお能からのつながりで手に取ったのですが、以前に「形をしているだけ」という文章を書いたのを思い出しました。

人は、人の体の動きを「サイン」と捉えて、そこにその人の「意」を持たそうとします。能はそうした人の習性を極限に活かし、動きを削いで洗練したものなのかもしれません。
原初、言葉が生まれようとしている頃にはきっと、人と人とが繋がるとき、別れる時に何かの「サイン」を送りあったのでしょうか。次に選んだ本の副題にある「相互行為」という言葉は、そんなことを思い巡らせてくれそうです。

特に目次にあったこのフレーズが目に飛び込んできました。

出会っているのか、いないのか
チンパンジーの「出会いそこね」と「出会い直し」の技法

『出会いと別れ』「あいさつ」をめぐる相互行為論 
木村大治、花村俊吉(ナカニシヤ出版)
2021.9.28 発行

画像6


そして能の美しさの理由について、白洲正子の『名人は危うきに遊ぶ』の中にこんな文章があります。

このおぢいさん、なにも考へてゐない。たゞ形をしてゐるだけに過ぎないのである。然るに実に美しい。あゝいふのはどうにもならない。たゞ美しいとよりほかに言ひやうがない。

「形をしているだけ」という能の仕手は、何も考えていなくて、自分自身が感じていることを追いかけてはいない。ただ型を動いている(アウトプットしている)。そしてそれが美しさを連れてくるというのです。

もしかしたら、これが「仕事」。

「事に仕える」と書く「仕事」においては、個人的で自由な感情の動きを排することを求められます。仕事中に勝手に思考や連想が走っていては、マニュアルの手続きから離れてしまったり、効率が上がらないからです。

そうした「能」に徹する仕事の対称にあるのは、心の音(自由な連想の波動)を聴いてそれを感じて味わうことかもしれません。

心の音とは、なにかが自分にインプットされたとき、自分を刺激したときに「心」が揺れる波(音)。

禅で例えると徹底的に削ぎ落とした仕事が「精進」で、余分な「しがらみ」を無にした瞑想が「禅定」とも言えそうです。禅寺の雲水がその両方を大事に修行しているとうことは、両方ともに同量に大切なことだからなのでしょう。

緊張の連続の中、精進しているときは五能(手足口目身)だけを動かし、座禅の時は五感(触嗅視聴味)だけに集中する。修行では両者を分けていますが、共通することがあります。それは、体を動かすときも意識をめぐらせるときも、常に一箇所だけにとどまらない。

禅がそんな風に修行しているというのなら、もしかしたら、人が人になり始めた頃、五感と五能は渾然としていて同時だったのかもしれない。

そしてそれが歌の始まり、音楽の始まりなのかも。

それは本当にそうなのかもしれない。それを確かめる読書になりそうです。

『魔術的音楽のために』魂の宿す声、音に宿る神秘 滑川英達(水声社)
2021.11.15 発行

画像7





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?