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思うこと336

 同居人がアマゾンプライムを契約しているというので、ボンヤリ観られる映画を探している折り、『きっと、うまくいく』(2009年)を見つけた。
そもそも私は2012年の春から約丸一年インドに滞在していたことがあるため、何度か現地の映画館で映画を観ていた。とはいえヒンディーが分からないし、計三本くらいだが…。
 ところでこの『きっと、うまくいく』は現地にいた頃は何も知らなかったが、帰国してから日本で話題になっていたのを覚えている。評価もぶっちぎりで星5だらけだったので、これは期待大。
 というわけで観てみると、久し振りに集まった同級生が当時を思い出す回想がメイン。学校の圧政に苦しむ工大生たち、ランチョーという不思議な友達。ちょっとミュージカルっぽさもあるインドならではな歌と踊りパートもしっかり投入され、笑いと感動を詰め込んだ分かりやすいエンタメ映画だった。
 個人的に興味深かったのは、恋愛に対する問い掛け。ヒロイン枠であるピアは金にうるさい男と付き合っているが、ランチョーは「彼奴は君じゃなくて金が好きなんだよ」、みたいに忠告し、別れを促す。それからなんやかんやあってこの二人は恋に落ちるわけだが(そしてやはり恋を感じた際は踊っている)、ピアは校長の娘、ランチョーは単なる学生。この身分差は気にしないのだろうか…、と。劇中の学校は工科大の中でもかなりの優秀な大学だと言うし、そもそも大学に通わせられるような家柄ならば別にオッケーなのかもしれない。(でもまあランチョーは色々あってただの学生じゃないわけだが、ネタバレになるので控えておく)

 ところで恥ずかしながら私は一年もインドにいたが、カーストについて細かいことはよく分からなかった。確かに身分差があるのは間違いないが、ITに関してはどのカーストの人であれ参入できるとも言うし、そもそも都会なのか田舎なのかでも大分意識が違うように思う。
 私が住んでいたのは南インドの、まあまあ発展はしているがまだ田舎っぽいところも残る地方都市のような場所だった。当時様々な建物をとにかく建設するラッシュが起きていたので、今はもっと都会に近づいているかもしれない。

 ところで、少し当時のことを思い出したので書いておく。

 あの頃私は仕事をするでもなくただひたすら暇を持て余していたので、他にいた日本人と一緒に英語教室に通っていた。「インドで英語を…?」と謎に思われるかもしれないが、今となっては我ながら私にも謎だ。大人しくむしろヒンディーを覚えておけば良かった、とすら思う。
 まあそれは置いておいて、この英語クラスには地元の人もいれば、別の地域出身のインド人もいた。何処だったかは忘れてしまったが、ある時、ショッピングモールで働いているという若い男の人、名前はアーシュ、とでもしておこう(本名もこんな感じ)、が参加することになった。地元インド人はドラヴィダ系の血が多いのか、鼻の形が丸っこく、なんとなく普段イメージするインド人よりは角の丸い印象なのだが、その男性は鼻もスッとしていて、ちょっと顔立ちが違うように見えた。
 レッスンの最初で先生が地元の言葉で話しかけた時、彼は「?」となっていた。すかさず先生が(おそらく)ヒンディーで言い換えると、サッと理解しているようだったのが印象深い。
 インドは国の公用語は「ヒンディー」だが、インドは州によっても言葉があり、例えば私がいたカルナータカ州では主に「カンナダ語」が使われ、さらに人によってはさらに地元密着型な言葉を使っている。トゥル語、とかそんなのがあった気がする。
 そんなわけで人々は最初からヒンディーだけを喋っているとは限らないのである。「インドってすげえな…」と感じた瞬間でもあった。

 ところで話を戻すと、この英語教室では「隣の奴とフリートークしろ」みたいな時間がよくあり、私は何度かそのアーシュと英語で喋った。彼は遠い日本の文化に興味があるらしく、ある日言った。

「日本人は誰と結婚してもいいの?」

 私はもちろん「誰とでもOK」と答えた。するとアーシュはなんとなく物悲しそうな顔をしながら「それはいいね。」と言った。インドのカースト制では、身分を越えて好き勝手恋愛して結婚することはできないだろう。彼には奥さんがいて可愛い子供もいたし、家族のことを愛していたが、いわゆる恋愛結婚をした、ということではないようだった。

 映画の『きっと、うまくいく』は、概ねアッパークラスのインド人を描いたもののように見えた。もちろん作中には苦しい家計を乗り越えて成功した描写もあったし、自分のやりたいことを職業にしよう、なんてメッセージがインドにも現れるなんて想像もしてなかった…と思うと同時に、自分がいかにまだ「インド」という国をまるで「遅れている」かのように感じてしまっているか、という反省にもなった。
 それでも、まだ広いインドという国の中で、制度や慣習から抜け出せない人もいる。私はそれを簡単にひっくるめてカースト制度ごと「可哀想だ」、とは決して思わないが、それによって苦しんだり不幸を感じることがあるならば、何だか切ないな…、と感じた。

 とはいえ映画自体はとても良い映画だったので、何かむしろ私のインドの思い出がほとばしり過ぎたように思う。今頃、南インドはもうそろそろ本格的な暑さだろう。日向に立っているとぶっ倒れそうになるが、日陰は涼しく、茶色い野犬は日陰にゴロゴロ寝ていた。あー、みんな元気にしてるかなあ。


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