精神と肉体と生き甲斐と

東京では今日放送だった「探偵ナイトスクープ」が神回だった。
子供の頃からお父さんと一緒に野球に打ち込んできた少年が、少しずつ自分の肉体的な性と意識とのギャップに苦しみ始める。
中学生にはそれが原因で不登校にもなった。
だが両親や学校の先生、友人たちの理解もあり、その子はやわらかく受け止められて育つ。

高校を経て大学に進学し、そこでかつて打ち込んだ野球と再会する。
美大の野球サークルでは、その子は無敵のピッチャーだった。
その子は野球の面白さと、野球選手として向上する充実感を思い出す。

しかし、その子の精神はもう男性ではなかった。
野球選手として向上するための練習が、肉体を自分の意識する性別とかけ離れたおぞましいものにしていくことに耐えられない。
だが、少年時代父と取り組んできた野球とその野球で向上する充実感も忘れがたい。

その子が出した結論は、今の意識と異なった肉体に別れを告げる治療を始めることだった。そしてそのために、今の肉体で野球選手として、父と取り組んできた投手としてどれほどの速球を投げられるかの記録を残したい。
できれば、投手としての夢である140キロを出したい。
「探偵ナイトスクープ」への依頼は、その手伝いをして欲しいということだった。

この番組は本当に真摯にその依頼に応え、その子の父や先生に取材をしてその子への思いを伝え、その子やお父さんの憧れの藤川投手にコーチを依頼する。
憧れの藤川投手のコーチングを受け、いざ球速を測るときにキャッチャーとして表れたのは、お父さんだった。

お父さんとの最後になるかもしれないキャッチボール。
それは、今の意識とは両立できないが、ずっと自分の慣れ親しんだ肉体の最後の声を聞くことでもあった。

結果的に140キロという目標は出せなかったが、親子のキャッチボールは、そしてその子とそれまで慣れ親しんだ肉体との会話は、その子の心を満たしてくれたようだった。

彼女は、自分の思う通りの肉体を得るための積極的な治療を始める決断をした。

精神と肉体との違和感だけでも苦しいのに、その違和感を解消するために少年の時から親子や仲間と打ち込んできた生き甲斐を捨てなければいけないという難題。

「汝の望みを叶えよう。そのかわり、汝の最も大切なものを差し出せ。」

まるで神話に出てくる英雄の試練のようだ。
だが、決定的に違うのは、彼女の周りには涙と笑顔で彼女を受け入れる両親、友人、知人たちがいることだ。
彼女は、決して一人ではなかった。
そして、これからも一人ではない。

精神と肉体と生き甲斐という3つの大切なものの中で格闘し続ける、本当の本物の性的少数者の壮絶な苦しみ。
これを私たち、偶然にも多数派に生まれついた人間は理解しようとしなければならないと思う。
この番組に出ていた、彼女の周りの全ての人のように。

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