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【短編ホラー】夢の中の恋人

  昔からずっと、夢の中だけで会う女がいる。現実では一度も見かけたことがない人物、だと思う。私の場合、普段の夢の登場人物と言えば学校の同級生、近所に住んでる人などの顔は知っているけどさほど親しくもないような人が多く、彼らが色々な役になって出てくる印象。それでもまぁ、夢に全く知らない人が出てくる、というだけでは別段不思議な話ではない。しかし、この女は長年に渡り、何度も繰り返し出てくるのだ。
 はじめての遭遇時、私は中学生か、高校生だったか。この女は何度も夢に出てくるな、と気付いた日に見た夢が何度目の出会いだったのか、それはもう分からない。彼女はいつも私の恋人か、あるいは妻として登場する。私が大学に進学し、やがて卒業した今もずっと。
 私が歳を重ねると、夢の中の彼女も一緒に大人になっていった。もちろん彼女の写真なんか残っていないが、一人の少女が段々と今の彼女の姿に成長してきたことを、ずっと隣で見てきた私は覚えている。優しい笑顔のかわいい人。何度も夢で逢った。一緒に下校した。ゲームして遊んだ。遠い国を旅行した。世界を救うべく二人で悪に立ち向かったこともあったっけ。架空の人物だとは分かっていた。それでも、私を励まし、褒めてれた、いつも側で支えてくれる彼女のことを、いつしか好きになっていた。毎晩、今日の夢には出てきてくれるだろうかと、会えることを楽しみにしていた。夢を見て目覚めた朝、さっきまで本当に彼女が横にいてくれたように感じたことだって何度もある。
 いい大人になり、はじめて現実で恋人ができた。知り合って日は浅いが、共通の趣味があり話すのが楽しかった。向こうから告白してくれた。いままでの人生で恋愛とは無縁だったので、こんなことは諦めていた。好きになってもらえたのがうれしかった。幸せだと思った。
 それから夢の中の彼女は悲しそうな顔をするようになった。はじめて見る表情だ。私も悲しかった。恋人と交際を続けるうち、夢の彼女は怒った顔を見せるようになった。会えるのはやっぱりうれしいけど、また優しい彼女に戻ってほしかった。他の女と仲良くしてるから怒ってるんだ、なんて考えもしなかったな。だって彼女は夢の中だけの存在だし、夢で会えた時は、いままで通り世界で二人だけが好き同士なんだから。
 私は怪談が好きで、実話怪談の本などもたくさん読むうち、夢にまつわる話も多く知った。それで、夢の彼女は私の守護霊みたいなものなのかも、などと思い始めた。付き合いはじめた恋人に実はなにか問題があって、私を守るために警告してくれている、なんて。当然、それだけを根拠にして別れるつもりはないけど、考え出すとなんだか気になってしまう。夢の彼女のことを話したら、また昔みたく気味悪がられてしまうかもしれない。なにか困ってることない、みたいに、今度それとなく聞いてみようか。
 チャイムが鳴る。今日は恋人を家に呼んだ日だ。迎えるべく玄関に向かう。ドアを開けた瞬間、何かが勢いよくぶつかってきた。足から力が抜け、立っていられずその場に倒れ込む。それから腹部の鋭い痛みを遅れて感じはじめる。薄れゆく意識の中で見えたのは、夢の中でしか出会えなかった、あの人。
 あぁ、やっと会いに来てくれた。そう思って、彼女の方へ手を伸ばした。


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