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老人ホームで、クリスマスに、恋をした話。  |  新卒介護士カイゴ録

数年前の話である。
 

23,4の僕は、恋をしていた。
 

場所は、老人ホーム。
 

僕は新卒で老人ホームの会社に入社し、介護士として働いていた。入社1年目のペーペーの頃、ひとりの仲のいい、女性の入居者さんがいた。
  

当時僕は介護度が重度の入居者さんばかり集めたフロアに所属していた。日々関わる方の中で、数少ない、会話ができる入居者さんがその方であった。そして歳は僕の親世代くらいであり、老人ホームにあっては飛び抜けて若かった。仮名Oさんとする。
 

僕らは愚痴を言い合ったり他愛もない話をする仲であった。
 

確か入社1年目の秋ごろのことである。
 

その時僕は、Oさんに、恋愛相談をしていた。
 



(すみません。Oさんと恋が生まれたわけではないので、禁断の愛の物語を期待していた方、申し訳ございません。)
 

 

 

僕は同期入社の女の子のことが好きだった。
 

僕は割と惚れっぽく、気になる子がすぐできる。その後よせばいいのにすぐ手を出す、ことができればよかったのだが、僕は石橋を叩いて壊すことに定評がある男だ。目標を目の前にして、「はじめてのおつかい」くらいに行ったり来たりを繰り返す。その姿、目的のスーパーに入れずビビる5歳児のごとし。頭の中でB.B.クィーンズが流れる。
 

例にもれず、僕はその同期の子を好きになった。そして例にもれず、これといって進展はなかった。恋路に希望の見い出せない僕は、Oさんに泣きついた。
 

「Oさん、僕どーしたらいーのでしょう」
 

「〇〇くんなら大丈夫よー!イケメンだしー!」
 

こんな時、分かりきったお世辞ほど効果のあるものはない。恋愛において大事なのは自信だ。かりそめでもハリボテでも、自信らしきなにかが必要なのだ。本体のスペックに関わらず、突撃には燃料が必要だ。Oさんは、ビビりの僕をいい気にさせることにおいては右に出る者がいなかった。
 

体よくいい気になった僕は、アタックの甲斐あり、その子といい感じのLINEをするようになった。
 

「みてー!きれいに飾れたー!」
 

その子からのLINEで写真が送られてきた。働いている老人ホームのリビングに、でーんと鎮座したクリスマスツリーが写っていた。
 

そして、ツリーにはカラフルな電飾がキラッキラと輝いていた。
 

イルミネーションよりも、キミのほうがキレイだぜ... そう返信しかけて、我に返ってやめた。
 

その後もやりとりを続け、ついに僕はデートの約束をとりつけることに成功。場所は丸の内、ちょうどイルミネーションのきらめく、申し分のない環境が整っていた。石橋タタキストの僕も、その日ばかりは、石橋の向こう岸まで飛び越えんと、幅跳び選手ばりの助走を始めていた。具体的には、いい感じの雑貨屋に行っていい感じのレストランに行って、イルミの下で愛をささやく、黄金プランを企てていた。
 
 
 

 

その後の顛末はというと、いわゆるクリスマスマジックというのが、起こり、そのあと割とすぐに魔法が解けた。一応形式的には、1ヶ月くらいはお付き合いをした、と思う。それで、街のイルミの灯が消えるのと同じ頃、リビングのツリーが片されるのと同じ頃に、アッサリとフラレた。
 

その後心残りになったのは、ただの同期に戻った1ヶ月元カノのことより、散々相談に乗ってくれたOさんのことであった。1ヶ月恋愛の終わりと同時くらいに、Oさんは他の施設に移ることになり、ご退去の運びとなった。
 

つまり、僕はOさんに幸せいっぱいのぐふふな戦勝報告はできたものの、1ヶ月天下の後の落城報告ができないまま、Oさんとお別れになってしまったのである。
 

正確に言うと、敗戦報告のチャンスはあった。Oさんと会う最後の日が、僕が恋に敗れた日の翌日か翌々日かだったのである。
 

Oさんはその1ヶ月天下の間、僕を分かりやすくはやし立てることを欠かさなかった。僕の生態をよく理解していたOさんは、僕をとことんいい気にされてくれることを忘れなかった。
 

最後の日も、Oさんは僕に向かって、「この幸せもの!」「彼女大事にするのよ」といった言葉をくれた。「いや、別れたんですよ…」と、喉まで出かかって、結局言えなかった。
 

もしかしたら、Oさんが助言をくれていたこともあるので、余計な責任を感じさせないためにも、敗戦報告はしなくてよかったのかもしれない。しかしながら、新人のペーペー時代、仕事がうまくいかないときも、夜勤で寝ずに17時間働かされたときも、どんなときも励ましてくれた、一番お世話になったOさんが、僕が甘酸っぱい新人同士の職場恋愛を続けていると誤解したまま、お別れになってしまったのである。
 

イルミネーションと、淡いクリスマスマジックとともに、大好きなOさんも、去って行った。
 

別にOさんの誤解が解かれないからといって、日常生活になにも問題は起こらない。でも僕は今でも、そのOさんを思い出すたび、「すみません、あなたのご助言を活かせず、僕は敗れてしまいました…」と心の中で謝るのである。
 






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