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第5話 手術後 2021年7月29日 さようなら、外脛骨

 人工呼吸器をつけている。視界がぼやけている。看護師が二人話をしている。「聞こえますか」頷く。「自動で痛み止めを流しています。痛みが強くなったら左手で持ってるボタンを押すと痛み止めが出ます」頷く。
「……はどうなってるの?」
「……さんが……って言ってました」
「自分で確認しなきゃ駄目じゃない。……」

 足が切り開かれ骨が抜き取られたわりには痛みはとても少ない。ほとんどないといってもいいだろう。たまに強まる程度で、その間隔も長い。喉に違和感がある。
「週明けからリハビリが始まりますからね。今日は何月何日何曜日かわかりますか」首を横に振る。「今日は7月29日木曜日ですからね」頷く。「左足は絶対に床につかないようにしてくださいね」看護師が去っていった。
 次第に視界のぼやけも収まり意識もはっきりする。痛み止めが流れる際のアラームと人工呼吸器の音だけがする。男の悲鳴がし看護師が何人も集まってきた。初老が靴を取ろうとして頭から落下したようだ。
 深田えいみがやってきて人工呼吸器を外す。尿瓶をベッドの横にかけておくとのこと。喉の違和感を訊くと、全身麻酔の際の気管挿管だとのこと。
「今一番つらいことはなに?」
「痛みはそんなにないです。空腹がつらいですね」
「朝からなにも食べてないからね」
「今何時ですか?」
「夕方の5時だけど、夕食はないよ。術前術後はなにも食べられないからね。水は飲んでいいからね。コップに入れてストロー指しておいたから」

 右手で布団を剥がして左足を確認する。90度に曲げた板を足裏からふくらはぎの裏に添え木のようにして包帯で巻かれている。包帯を少しずらすと薄い発泡スチロールのようなものが傷口周辺に貼り付けられている。尿意を感じたため尿瓶を当てるが一向に出る気配はない。テレビ台に置かれたスマホで「尿瓶 寝たまま 出ない」と検索する。腹圧の関係のようだ。高校生は尿瓶にし看護師を呼んでそれを捨てて貰っている。何度も挑戦してみるが一向に出る気配はないため看護師を呼ぶ。30代後半ぐらいの濃い化粧をした美人そうな看護師が車椅子を持ってきて、点滴を車椅子の後ろに突き刺す。右足で床に立ってアームレストに両手をついて左足をつかないようにして乗り移る。厚化粧に「車椅子に移るの上手いね!」と褒められるが嬉しくはない。看護師が去った後車椅子のままトイレに入り手すりを持って便座に移る。終わったらまた看護師を呼んでベッドに戻る。トイレのたびに呼ぶのが申し訳ないのでできるだけ水分は摂らないように気をつける。

 空腹とたまにくる痛みに耐えながら24時を迎える。非定型抗精神病薬1種類2錠と睡眠薬を2種類4錠飲まないと眠れないことを中学生のような幼い看護師にに伝えると「上に相談してきます」とのこと。しばらく待った後戻ってくる。睡眠薬を飲むには痛み止めを止めなければならないとのこと。痛み止めが止まり薬を飲み眠りを待つ。5分10分すると今まで10段階で3ぐらいの痛みが8ぐらいになり脂汗が止まらない。歯を食いしばりひたすら耐える。脳内では痛みがお祭り騒ぎ状態で太鼓を鳴らし花火をぶち上げている。さくらももこの妊娠エッセイに「痛みがなぜ起きているのかどこから来ているのかを考え、痛みを俯瞰で楽しめば乗り切れる」ようなことを書いていたのでそれに見習って「痛みは足から来ている。なぜ足が痛いのか。足を切り開いて腱を切って骨を抜き取ってボルトで繋げたからだ。なぜそんなことをしたのか。有痛性外脛骨という病気で歩くと痛むからだ」と冷静に考えようとするが現実は「痛みはイタタタタ足からララララ来て来て痛い痛い痛い痛いなぜ足が痛い痛い痛い足を切り開いたいたいたあああああ痛い痛い痛い痛い! い・た・い! い・た・い!がががががぎぎぎぎぎいいいぎぎぎぎぎい」でまともに思考することもできない。
 痛みと必死に戦っている間に中学生がやってきて採血されるが下手なようで刺している間抜いている間ずっと激痛が続いていた。終わった後赤黒く腫れていて、これは3週間経ってようやく消えた。
 足は痛いわ腕は痛いわ、散々な目に合ってしまったが自分が選んだ道なので誰のせいにもできない。

 いつの間にか眠っていた。最後に時間を確認したのが3時。
 早朝、痛み止めが再開される。

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