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高還元SESの歴史と問題点

SES業界では、還元率の定義や計算方法が時代とともに大きく変化してきました。還元率は元々、クライアントから得る単価に対するエンジニアの給与の割合を示すものでしたが、時代が進むにつれてその解釈や提示方法が変わり、見かけ上の還元率を高く見せる手法が取られるようになりました。

本記事では、前回の記事と同様に、還元率や高還元SES企業の問題点について、その歴史的背景とともに解説していきます。また、リツアンの取り組みを通じて、SES業界の透明性と健全化を目指す方法についても紹介します。


1. 還元率の歴史

■ 第1世代(2016年以前)

「還元率=給与」の時代
この時代の還元率は非常にシンプルでした。企業がクライアントから得る単価のうち、エンジニアに支払われる給与の割合をそのまま還元率としていました。

例えば、還元率が68%の場合、単価が100万円ならエンジニアの給与は68万円です。

■ 第2世代(2016年~2020年ごろ)

「還元率=給与+社会保険料の会社負担」の時代

こちらのブログの記事から引用すると:

2016年ごろから、還元率に社会保険料の会社負担を含めるSES企業が現れ始めます。

第2世代の誕生です。

「エンジニアに多くの給与を支払いたくないが、たくさん採用したい。そのためには他社より多く給料を出しているように見せる必要があるため、企業が社会保険料10%を加えて還元率70%とうたい始めた。」

つまり、第2世代の還元率70%には、社会保険料の会社負担が含まれています。そのため、実際のエンジニアの給与は単価100万円に対して60万円(60%)となります。

この「見せかけの還元率70%(実際60%)」は、IT派遣の平均還元率61.4%より低い水準です。

それにも関わらず、彼らは「業界最高水準」の還元率と大々的に宣伝し、多くのエンジニアがこの言葉を信じて転職しました。

その結果、第2世代は急成長します。


■ 第3世代(2021年ごろから)

「還元率=給与+社会保険料の会社負担+その他経費」の時代
第2世代の急成長を見て、多くのSES企業が誕生しました。

その中には、還元率をさらに高く見せるために「その他経費」を含める企業も出てきました。

その他経費には以下が含まれます:

  • 通勤交通費

  • 有給費用

  • 研修費用

  • 健康診断費用

  • 他の福利厚生費

例えば、還元率70%と宣伝する企業がその他経費を5%(注釈1)含めている場合、実際の還元率は55%となります。つまり、単価が100万円ならエンジニアの給与は55万円です。

ただ、第3世代の多くの企業は、給与を第2世代と同じ60万円に保ちながら、見かけの還元率を70%から75%に増やす手法を用いました。その理由は、第1世代や第2世代よりも高い還元率をアピールすることで、多くの応募者を採用するためです。

その結果、「高還元」という言葉がSES業界全体で広まり、求人票には「高還元SES」や「還元率〇〇%」といった表現が頻繁に登場するようになりました。

この状況に焦ったのが第2世代です。

これまで自社に「都合良く」利用していた還元率が、第3世代によるさらなる水増しにより、自社の還元率が相対的に低く見える状況が生じました。これにより、還元率が自社にとって「都合悪く」使われるようになったのです。

第2世代の企業は、この流れを止めるためにSNSを活用し第3世代を批判し始めます。

その発言を要約すると次の通りです。

  • 第3世代の還元率はデタラメだ

  • 還元率に計算ルールはない

  • あまりにも高い還元率は注意すべきだ

しかし、一つの企業が還元率を水増しすると、他の企業もそれに対抗するため、水増しされた根拠のない還元率がSES業界全体に広がり、この流れは止められなくなりました。

その結果、「還元率=給与」と理解していたエンジニアの中には、「入社後に期待を裏切られた」と感じる者が多く現れ、SES業界への不信感が一層高まる結果となりました。


2. 還元率を使用した本来の目的

還元率は本来「還元率=給与」とするべきです。多くの人は「還元率〇〇%」と最初に聞くと、単価に対する給与の割合を連想しますが、還元率に社会保険料やその他の経費が含まれているとは考えません。

もともと、還元率はマージン率の「補足説明」として使われ始めました。当時のIT派遣・SES業界では、不当なマージン率が問題視されていました。多くの派遣会社やSES企業が不当なマージンを取り、利益を得ていたのです。これは情報がブラックボックス化されていたために起きた問題でした。このような状況では、企業が不透明なマージンを設定し、不当な利益を得ることが容易だったのです。

これを問題視した第1世代は、不当な搾取を行う企業をけん制するために、「単価」や「マージン率」などの情報を公開することに踏み切りました。

しかし、マージン率には会社の利益だけでなく、社会保険料などの経費も含まれているため、単純に「マージン=会社の儲け」と誤解されるリスクがあります。この誤解を多くの人が持っていたため、第1世代は、エンジニアの給与の割合を示す「還元率」も併記することにしました。

つまり、単価、還元率、マージン率の3つの情報を同時に公開することで、社会に正しい情報が広がることを期待したのです。

ただ、先ほども申しました通り、第2世代の出現により還元率の使用は歪められた方向に向かってしまいました。


3.新SES企業が使う印象操作

「数字は嘘をつかない」と言われる一方で、「嘘つきは数字を使う」とも言われます。

これは、数字やデータ自体は正確で中立であるものの、その解釈や提示の仕方によって、事実を歪めたり特定の印象を与えたりできることを意味しています。

これまでのSES企業の還元率の歴史では、解釈によって本来の目的が歪められてきました。

この手法は、還元率だけでなく、SES企業が提供する他のサービスにも見られます。この点については、高還元SESで中心的な役割を果たす新SES企業(注釈2)に焦点を当てて説明します。

①平均単価の非公開
高還元をアピールしているにもかかわらず、その計算の基となる平均単価を公開していないSES企業があります。還元率が高くても、単価が低ければエンジニアの給与は低くなるため、平均単価を知ることは非常に重要です。平均単価が非公開である理由は、公開できない事情があるからです。実際、新SES企業の平均単価は約55万円とされており、これはIT派遣の平均単価である65万円よりも10万円低い金額です。

②平均年収の非公開
高還元という言葉からは高給をイメージします。しかし、高還元SES企業の多くは平均年収が非公開です。平均年収は、求職者が高待遇を確認するための重要な情報源です。平均年収が非公開な理由は、新SES企業の平均年収は400万円台であり、旧来のSES企業よりも低い平均年収だからです。

③平均単価・年収の操作
平均単価や年収を公開する高還元SES企業もありますが、単価が高い首都圏周辺のみのデータを使用して実際の平均単価や年収より高く見せる手法を取る企業も存在します。競合他社が全国平均の単価や年収を公開している中で、特定の地域の高いデータのみを使用することは、公平な比較を妨げるだけでなく、求職者に誤った印象を与えます。

④案件情報の非公開
案件選択制度を強調しながらも、案件情報を公開していないSES企業があります。案件選択の自由を謳っていても、「どの案件を選べるのか?」という具体的な情報が提供されていなければ、選択の自由は名ばかりです。実際、転職者からは、選べる案件は限られている、または希望に沿わない案件しか提供されないといった報告を受けています。

⑤取引先(クライアント)の非公開
企業は通常、ホームページなどで取引先を公開していますが、多くの高還元SES企業では取引先が非公開です。SES企業で働くエンジニアにとって、取引先情報は、自分が働く場所を予測するために重要です。さらに、IT業界では多重下請け構造が一般的であり、中間マージンの問題が生じます。取引先情報を知ることで、商流の深さを把握し、自分が適正な市場価値で働けるかを確認する手掛かりになります。取引先を非公開にする理由は、多くの新SES企業が3次、4次、n次の深い商流で取引を行っているからと考えられます。

SESは他の業種とは異なり、エンジニアがクライアント先で常駐するサービスです。エンジニアにとって、自分がどのクライアント先で働くのか、どのような仕事をするのか(案件情報)、そしてその評価が適正であるか(商流+還元率)という3つの情報は極めて重要です。

新SES企業は、案件選択制度や単価評価制度などの「制度」の魅力を強調する一方で、平均単価、平均年収、案件情報、取引先といった求職者が必要とする重要な情報を非公開にしています。

結局、彼らがやっていることは、情報の透明性をうたいながらも、実際には自社に都合のいい情報だけをピックアップする「選択的情報公開」です。

⑥待機保証100%の実態
「待機保証100%」で安心感を強調するSES企業もありますが、実際には待機期間中の給与は賞与を減額することで賄われている場合があります。この場合、待機期間中の「月収」は変わりませんが、賞与が減額されるので「年収」は減ります。ですから、「待機保証60%」と実質変わりません(むしろ、それ以下の可能性があります)。

この他にも⑦「資格取得手当〇〇万円」と聞いていたが、実際に資格を取得するとその手当分の〇〇万円が賞与から引かれていた、⑧「有給を取得したら、賞与が減額された」など、問題や矛盾を挙げればきりがありませんので、ここらへんでとどめておきます。

4. SES業界の今後

現在、SES業界では還元率の水増しが定着しているため、第1世代の「還元率=給与」に戻すことは実質的に不可能です。

私たちにできることは、SES業界に転職を考えている人々に「還元率の歴史と現状」を伝え、「入社後に期待を裏切られた」と感じる人を減らすための対策を講じることです。

これを実現するためには、私たちが継続的に注意喚起を行い、率先して情報の透明性を確保する必要があります。

リツアンは第1世代の先駆の一社として、具体的には以下のような取り組みを行っています。

①「報酬早見表」を公開しています。
リツアンは創業以来、報酬早見表をホームページで公開しております。また、早見表から抜粋したデータをSNSを活用して発信しています。単価、還元率(現在は水増し還元率と差別化するために「給与還元率」という言葉を使用しています)、マージン率を公開し、正しい情報公開に努めています。

②「給与明細」を公開しています。
エンジニア社員の実際の給与明細をX(旧:Twitter)で公開しています。これは会社がエンジニア社員に強要したものではなく、エンジニア社員の自発的な行為です。給与明細は個人情報の中でも特に重要です。これをSNS上で公開するということは、SES業界の健全化に対して、エンジニア社員も同じ思いを持っているからだと思います。

③「平均年収」を公開しています。
内勤社員のX(旧:Twitter)アカウントを通じて平均年収の情報を発信しています。最新の平均年収は599万円です。

④「平均単価」を公開しています。
内勤社員のX(旧:Twitter)アカウントを通じて平均単価の情報を発信しています。ホームページの平均単価ページはリニューアル中です。最新の全分野の平均単価は67万4千円(東日本IT:73万5千円、中日本IT:77万1千円、西日本IT:63万4千円)です。

⑤「取引先」を公開しています。
ホームページで主要取引先情報を公開しています。これにより取引の商流を知ることができます。

⑥「案件情報」を公開しています。
現在、ホームページでの案件情報は工事中のため、以前のように直接公開していませんが、その代わりに、内勤社員のX(旧:Twitter)アカウントを通じて案件情報を発信しています。また、エンジニア社員には当社が保有する全ての案件情報を常に開示しており、その情報を通じた新しい発信方法も検討しています。

以上の取り組みを通じて、SES業界の健全化に努めてまいりますが・・・ただ、SES業界を変えるのは、現実的には難しいんだろーなと半ばあきらめています。

その理由は次回(こちら)のブログで説明します。


捕捉

※「給与明細」をSNS上で公開
下記のようにエンジニア社員が自発的に「給与明細」をX(旧:Twitter)で公開しています。「給与明細をツイートしてよ!」と軽い感じでお願いしたことはありますが、強要したことはありません。ちなみに、リツアンは勤続1年目~3年目までは単価に対する「給与還元68%の月給+交通費」で働き、4年目以降は「月給に年3回の賞与」が追加されます。プロ契の給与還元率は約80%です。

※「案件情報」をSNS上で公開
下記のように内勤社員のX(旧:Twitter)にて「案件情報」を公開しています。在籍のエンジニア社員へは案件情報を常時公開しております。今後はエンジニア社員のSNSを活用した案件情報の開示も視野に入れています。エンジニア社員による「おすすめ案件情報」など、エンジニアの視点から見た情報は、同じ立場の求職者(エンジニア)にとっては魅力的な情報源となります。実際にプロジェクトに従事しているエンジニアが、その経験や感想を直接共有することで、求職者は企業が公式に提供する情報以上のリアルなプロジェクトの雰囲気や仕事の内容を把握できます。これにより、求職者はより具体的で現実的な判断材料を得ることが可能になるからです。

※「採用(契約)情報」をSNS上で公開
下記のように内勤社員のX(旧:Twitter)にて「採用(契約)情報」を公開しております。これにより、私たちが高還元と主張することの根拠となり、またバラエティーに富んだ採用実績から案件選択の自由度をお伝えできれば幸いです。

※「異動情報」をSNS上で公開
下記のように内勤社員のX(旧:Twitter)にて「異動情報」を公開しております。リツアンはクライアントの異動(シフト)を積極的に行っています。理由は①異動を通じてエンジニアは様々なプロジェクトや環境に触れることができ、スキル向上につながるからです。②エンジニアが異動するたびに、そのスキルセットと市場での需要に基づいて単価が見直されます。単価の見直しは、直接的に年収の増加につながります。エンジニアが高いスキルを持っていれば持っているほど、また多様な経験を積んでいればいるほど、市場価値は高まり、それに応じて収入も増えることになります。

※「報酬早見表」などの情報公開

※自身の単価を記入すれば、簡単に給与シミュレーションができるサイトを用意しています。

※ホームページでは、より詳しく単価、給与に関して説明しております。

注釈1:その他経費5%の内訳は、通勤交通費(1%)、有給費用(4%)です。

注釈2:新SES企業とは、明確な定義はありませんが「単価評価制度」と「案件選択制度」を採用する企業を指します。単価評価制度とは、クライアントへ請求する単価を基に給与が決まる制度です。一方、案件選択制度とは、エンジニアが参画する案件を自由に選べる制度です。リツアンは創業以来一貫して単価を公開し、その単価に基づいて給与が決定します。また、エンジニアが参画する案件はエンジニア社員自らが選択して決まります。この定義からするとリツアンも新SES企業の一社といえます。

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