生活保護世帯から東大で博士号を取るまで⑥

数学科の授業にはほとんど出られなかった

数学科に入れたから数学の勉強だけしていればいい、というわけでもありませんでした。
私の場合、相当時間アルバイトをしなければならなかったのです。

運良く給料のいい仕事を見つけられたので、必死で働きました。
そのおかげで生活費だけでなく、授業料免除が通らなかった時のためのお金や大学院進学費用も貯めることができました。

一方で、数学科の授業はほとんど出る暇がありませんでした。
そもそも大学のカリキュラムは学生が長時間アルバイトすることを想定していないのです。
学費や生活費を稼ぎながら授業に出るというのは無理難題です。

数学科の授業は出席を取らないことが救いでした。
試験で点数さえ取れれば、単位を取得することができます。
と言っても、その試験がかなり難しいのですが。

授業に出られない代わり、数学書を持ち歩いてずっと読んでいました。
その結果全ての試験に合格することができました。
独学するのは大学受験の時から得意だったのです。

当時読んでいた本の一部

「大学院ではアルバイトをしている暇なんてないよ」

東大数学科では卒論はありません。
その代わりに講究という授業があります。そこで担当教員と教科書を読む少人数(一対一の場合も多い)セミナーをします。

教員それぞれがセミナーで扱う教科書を提示し、学生の側がそれを選ぶことで担当教員が決まるのですが、
実際に決まるまでに教員と学生との間で事前面談をします。
その面談で、教員が学生を「審査」し、実際に講究を行うのか判断します。

私は、提示されている本の中で一番難しいものを選び、それを提示した教員に連絡を取って事前面談を行いました。

事前面談の雰囲気は終始悪かったと言っていいと思います。
どうやら私の数学に関する知識は、その教員を満足させるものではなかったようです。
それどころか、私には数学者になるための素質も足りてないとでも言いたげな様子でした。

講究の教員はそのまま大学院の指導教員になることもよくあります。
そういう事情もあってか、その教員と私との会話は大学院生活についての話題に移りました。

私は大学院での生活にも金銭的不安を覚えていました。
だから「大学院でもアルバイトをしなければならないかもしれない」という不安を伝えました。

するとその教員はただ「大学院ではアルバイトをしている暇なんてないよ」とだけ言いました。
そんなことしてないでちゃんと研究をしろというような言い方だったと思います。
確かに、大学院生が研究に集中すべきだというのはその通りだと思います。

しかし、大学・大学院での経済支援が不透明であり、そのせいで相当時間アルバイトをせざるを得なかった私は、この発言を明らかな侮辱として受け取りました。
それと同時に、アルバイトをしなければ就学の難しい私にとってこの発言は私自身の大学院に進学する正当性や意義を否定するものでした。

私は彼が提示した教科書をどうしても学びたかったのでその場では何も言い返しませんでした。
でも結局その教員には受け入れてもらえなかったので、講究は違う教員の下で行うことになりました。

この件に限らず、私に対する適切な配慮というのは、大学大学院を通じてついになかったように思います。

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