先輩、頑張りすぎです(女性編)

「私の大学時代の先輩の話なんだけど」
「いつもの英雄のD子さんですか?」

仕事も終わり、これからアフター6というOLの少ない夜の自由時間。外へ飛び出す前にいつもこの化粧室に集まる。どのオフィスも同じだと思うが、男性と女性で化粧室は別けられている。男性禁制の空間は、女性が本性を現す場所と化す。そこはまるで、満月の夜に映し出される狼の如く、LEDライトで照らし出されたモンスターウーマンとでもいうべきか。


「そう・・・数々の伝説(悪い意味でも)残してきた先輩」
「なんですか?」

人が少なくなった夜の女性化粧室はじめっとしていて、薄暗いオーラで包まれている。それは彼女たちから繰り出されるトーク内容が、長い間封印されていた魔物が解き放たれたような奇妙な感じを持っているからだ。

「恋愛なんていうのはハエのようなもので、捕まえないと手に入れられないっていうの」

彼女たちの目の前には大きな鏡があり、それ越しで横に並んで話をするスタイル。会社の終業定時の時刻からはゆうに30分ほど過ぎているにも関わらず未だ化粧室から出ようとしない。残された人がいる社内では営業マンたちが今日の数字についてのフィードバックと明日の数字をあげるために喝の入れ合いをしている。この発声は、事務である彼女たちにとってはただのノイズに過ぎない。

「また変わった表現ですね。私には思い付かないですよ。ハエって」
「捕まえる方法は何でもいいの。手でもいい、殺虫剤でもいい。何かあの網みたいなパァァァンってしなるあれでも」
「あれってなんて名前でしたっけ」
「つまりはね」
「無視ですか」

化粧室の時間は、彼女たちにとっては女を上げるための必要な時間。今流行りの化粧品から音楽やイケメンモデルの話、さらには社内情勢まで幅広く情報交換が繰り広げられている。このネットワークから外れたら社内の情報は一切入ってこないことになる。もしかしたら、男性社会よりも階級制度がしっかりと固まった村社会かもしれない。


「何はともあれ日常にいるハエを捕まえる道具や、そしてそれを実行しないとダメってことらしいの」
「それは一理ありますね」


ポーチから真っ赤な口紅を引っ張り出して、唇に付けながら後輩は話す。

「そのD子先輩はたまたま電車でゲームをしていたんだって今流行りの任○堂3DS」
「最近多いですよね。女性は珍しいですが」


先輩も、その色の口紅が気に入ったのか、勝手に後輩のポーチから取り出してパリパリの唇に塗りたぐる。


「そこでね、すれ違い通信で一緒にプレイできるゲームがあってたまたま同じ車両にいるどこにいるか分からない知らない人とゲームをしたんですって」
「だんだん話が見えてきましたが」
「そう。どこにいるか分からないとはいえ、車内でゲーム機を持っていれば気づく。そこから発展したそうよ」

先輩の指は、とても綺麗に手入れがされている。ネイルも毎月二回リフレッシュしているらしく、季節折々に合わせたカラーが各指に彩りをみせている。だから、彼女の手元を見ていれば今のシーズンがいつなのかが大体わかる。


「そんな事あり得るんですね。一緒にプレイからのゼロ距離オフ会じゃないですか」
「そう。別にそれを私たちがするってことじゃないの。ただ覚えて欲しいのは自分の持ってる手段とタイミング・・・それを駆使するのよ。D子さんはゲーム機のオンラインという殺虫剤を撒いていたのね」
「先輩・・・・・・例えが無理矢理過ぎるほど気合い入ってますね。今日の戦に」

女という生き物は絶えず男を求めているという。草食系と揶揄されるメンズたちは、何も臆病だから食らわないわけではなく、女が獰猛だからだと聞いたことがある。美味しいそうな果実や、きらびやかな色をした野菜なんてものは数少なくなっている。

「さぁ。ハエ叩きを装備して、ひと狩り行くわよ!」
「あ、ハエ叩きって名前でしたね、あれ・・・ちなみに先輩のハエ叩きはなんですか?」
「このキュートでつぶらな瞳による上目遣いよ」

スーっとゆるふわヘヤーになるようにスプレーを掛ける。むやみやたらとシューシューするのではなく、一部分のみにスプレーが掛かるように器用に調整していく。これも美魔女のテクニックの一つだろう。


「・・・先輩。私応援しますよ。アシストも・・・そしてフォローも。」


先輩は大きなバックを左肩で持ち、気弱な感じを演出する。バックを持つというよりもバックにもたてれいるという感じだろうか。女性だけの洗面所でここまで徹底して"デキナイ女"をする彼女に若干の畏怖の念を覚えてしまう。


「最後何か言ったかしら?」
「何でもありません」

戦(イクサ)前の最後の打ち合わせが終わった。大きな鏡に反射する自分の姿を見つめながら、最終的な身だしなみを整える。先輩は綺麗な手を大きく広げ、耳元から頭の後ろまで髪をかきあげ、サッと長髪を束ねてポニーテールにする。気弱な女と知的な風貌。なんで先輩は結婚デキナイのだろう、と

いや、だから出来ないのだろう。


おわり

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