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「省エネ男子、空港に行く」第1話

将来の夢なし。満ち溢れるやる気なし。心の原動力なし。クラスメートから「省エネ男子」と呼ばれる高校1年の僕は、楽そうだからという理由で入部した写真部の課題をやっつけるため、子供の頃よく遊びに行っていた近所の空港にやってくる。昔は大きな飛行機ばかりを眺めていたが、大きくなった今、当時は気が付かなかった「派手なしゃもじを持って駐機場に立つ人たち」に目を奪われると同時に衝撃を受ける。何事にも興味関心が持てない自分の前に突如現れた彼ら。どうにも気になるその存在をカメラに収めるうち、今までのぬるい自分がどんどん熱くなっていく。空港にいる時だけ省エネスイッチがオフになる、そんな僕の結末とは。


高校1年の2学期が始まるまであと2日、僕はどうしようもない憂鬱な気持ちを抱えていた。

両親は今朝から仕事、兄弟のいない僕は家に1人残されている。「午前中のうちに片付けといて」と母親に指示され、お盆を締めくくった送り火の片付けの真っ最中。8月も半ばだというのに終わる気配のない連日の暑さ。軒先と台所をちょっと行き来しただけでじっとりと汗をかいてしまう。

去年亡くなったじいちゃんは無事にあっちへ戻っただろうか。そんなことを考えつつ、もう一つの思考が脳内を覆っていく。それは、もうすぐ再開される学校生活のことだった。

中学の時もそうだったけど、2学期って最悪だ。1番長いし連休もほぼないし学校行事は結構あるし冬が来て寒くなるし雪も積もるし、とにかくダルい。考えるだけで心も身体もずっしり重くなる。

別に、学校というものに大きな不満があるわけではなかった。友達がいないわけでもない。

ただ、中学の頃は「高校に行ったら多分ちょっと楽しくなるんじゃないか」という漠然として根拠のない希望みたいなものを抱いていた分、変わり映えしなかった「コウコウセイ」にどこか落胆し、冷めてしまった自分がいるだけなのだ。

不満はないけど大して楽しくもない高校1年の生活。

将来の夢、なし。
満ち溢れるやる気、なし。
心の原動力、なし。

流されるように漂うようにやり過ごした1学期の終わり、クラスメートは「省エネ男子」と呼ばれた。

その呼び方は嫌ではなかった。全くその通りだったから。そう呼ばれて悔しいとも思えなかった。むしろ、これと言ったアイデンティティのなかった僕にとって、自分を言い表す呼び名が決まったことに僅かながら喜びさえ覚えたくらいだ。

ぼんやりうわの空のまま、送り火の後片付けを終えて家の中に戻る。冷凍庫を開けて棒アイスを手に取り、立ったまま袋を開けてかじりつく。その瞬間、唐突に思い出した。

「やべ、部活の課題やってねぇじゃん…さいっあく…」

僕が通っていた中学は、全員が必ず何かの部活に所属しなければならないルールがあった。入りたい部活なんてなかったけど決まりは決まり、学校のルールに異議申し立てする気力などあるはずのない僕は、渋々バドミントン部に所属していた。

文化部は吹奏楽部か合唱部の二択しかなかった上、音楽は苦手だったから論外。運動部でもやりたいものなんてなかったけど、なるべく接触プレーが少ないのがいいという一心でネット競技一択だった。バレーボールはボールが大きくて当たったら痛そうだし、テニスは外競技で大変そうだし…そうなると、うちの学校にはバドミントンしか残っていなかった。

まぁ、小学生の頃に友達と遊んだこともあったし、なんとなくできそうな気もしたから。だからバド部、消去法。

こんな理由で選んだ部活。勝利への意気込みも仲間とともに目指す目標もあるはずはなく、大会でもほとんど負けっぱなし、なんの思い入れもないまま引退。高校行ったら部活なんて絶対入らないと心に誓ったのに。

高校でも待っていた「必ず何かの部活には所属しましょう」の一言に、僕はものすごい絶望を味わった。「あぁ、結局学校ってこうなんだ」そう思った瞬間、高校生活に対する全てがどうでも良くなった。

ただ唯一救いだったのは、部活動のバリエーションが増えたことだ。

僕は、写真部に入ることにした。
理由、楽そうだから。

実際に入部してみて、活動頻度が少なく、僕のような省エネな奴らも学年を問わず何人かいたのは救いだった。そいつらにも自分と同じ空気を感じた。きっと僕と同じだ。部活に対して気概も目標もないまま中学3年間をやり過ごし、ようやく省エネな部活に巡り合って、部活動に対する居心地の悪さみたいなものから開放された。

写真部の活動は、週に1回、自前のカメラかスマホのカメラで何かを撮影して発表するだけで良かった。

部内には、高校生に似つかわしくない仰々しいカメラをぶら下げ、コンクール入賞を目指して毎日熱心にシャッターを切ってるような奴もいた。そいつらの熱量にはちょっと引いたけど、省エネな僕と彼らの足並みを無理矢理揃えることはせず、最低限の活動以外は強要しないゆるい先生が顧問だったことは大いに幸いだった。

そんな写真部の、夏休みの課題。

好きなものの写真を撮って提出すること。
提出数は最低でも1人3点。

内容としてはいつもの部活と変わらなかったけど、僕にとっては難儀な課題だった。

楽そうだから入った写真部。カメラが好きなわけでもないし、撮りたい被写体があったわけでもない。

そんな状態で週に1回、通学路の街路樹とか教室からの風景とか、とにかくあり合わせのものを撮って提出してきた結果、夏休み直前の7月下旬には、僕の被写体はネタ切れだった。

別に、前撮った何かをアングルとか変えて適当に撮ったって良かったんだろうけど、同じものを撮るのはなんとなく自分のプライドが許さなかった。別に完璧主義者ではないのにな、省エネなくせに面倒な性格だと思う。

こんな状態だったから、あと数日で夏休みが終わるという今日まで部活の課題を先延ばしにし続け、いよいよ課題と向き合わざるを得ない状況まで追い込まれてしまった。

撮りたいものなんてねぇよ、適当に空とか道路とか撮りゃいいかな、あーーもうめんどくせぇ。

そんなことを考えながら2本目の棒アイスもたいらげ、ダイニングテーブルに突っ伏した。肌に当たったテーブルの表面がひんやりして気持ちいい。と思ったのも一瞬で、あっという間に自分の体温でぬるくなる。


ぬるい温度、ぬるい自分。


省エネでぬるい自分が別に嫌な訳じゃない。何に対してもやる気が出ないこんな自分を変えたいなんて思ったこともない。自分に期待していることなんてない。

それなのに、心の何処かで、今の自分にがっかりしていた。

虚無感か失望感か、なんとも言えない感情を転がしてるうちに、いつの間にか僕はそのまま寝てしまった。


第2話以降に続きます。


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