大事なことはあとで気づく
何度か書いているが私はリア充になりたい。それなのに普通にもなれない。でもリア充も普通そうな人も誰でも、人間をよく観察してみて気づいた。そして驚いた。「自分」をすっかり「自分」というモノにできている類の人間が、一定数いるのだ。この世界は広い。なかなか気づけなかった。彼らとは世界の見方がどうも180°違うようだ。
「自己肯定感」などと巷で言われる以前に、彼らは当然のように「自分」を乗りこなしていた。私は自分の衝動をまったくちぐはぐに発散させたり抑えつけたりする。でもそれが自分のやり方だった。もう辞めようと思う。暴れるのを辞めたい。自分を傷つけるのをやめたい。私はここにいたいんだって。そんな詩を昔書いていたじゃないか。詩の方が何倍も賢い。なんで大事な決断の時にあんなに焦ったりよく知らない人に認めてもらいたかったのだろう。私はとにかく生きたかった。自己肯定感とかそんなのどうでもよくて、とにかく生きたかった。生きたい気持ちが強すぎると死にたくなるらしい。笑ってしまう。私は進化も進歩もしたくない。ここにいたい。一周回ってのリア充になりたい。
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