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ひきたて

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線路の凪

あまりに気味が悪いので、写真を撮って、インスタグラムのストーリーに投稿した。

『カバンの中にはいってた。気持ち悪い』

画像には、つぶやくような位置に文字を添える。

何度もリロードを繰り返し、それを読む閲覧者の数を、私は指折り数えた。

ゼミの友人からのバッドマーク。涙の顔文字。

私は頷く。

幼い道路の、朝の混雑がやけに湿気っぽい。

電車を降りた私のカバンに入っていたのは、一枚のメモ書き

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私を人生にさせて

私を人生にさせて

愛の尽きる音を知っている。

私はずっと、その耳障りの悪い中毒性にすがっていた。だって私は、その旋律を聞く行為自体が、生きている実感のような気がしていたから。

くだらない猛暑のそばで、フユシマのアパートはすこしずつズレるように傾いていた。

そのすこしの段差でも、膝が上がらない。うすい生地のスカートを踏んで、転げて、地獄まで落ちる想像をする。その足枷を夢に見ている。

目の前の長方形。フユシマの

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朝顔の夜

送信:ベッドの中で抱きしめる相手がいません。

私は躊躇いを味わった指先を、かすかにふるわせて、送信を押した。

接続の悪いワイファイのマークが、スマホの左上でぐるぐる渦巻いている。

やがて我に返ったようにピタリと渦は消え、メッセージは送信完了となった。

約二年ぶりに、秋人くんに連絡をした。

秋人くんは、私にとって五人目の彼氏。二年前に別れたとき、私たちはまだ学生だった。

中学生の頃から、

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君の絶望と交換

よごれた割り箸の横で、缶ビールをあおぐ。

酷使した身体のすみずみまで広がるはかない泡が、なにか物言いたげに消えていった。

同じ缶ビールが冷蔵庫の中にまだ二つある。

明日は土曜日。

千秋のために、いつもより高いビールを買ってきた。

プレミアムと書かれた円柱形。

千秋の肌の色にも、その名前を付けたい。

私が千秋と出会ったのは、一年前だった。

恋活と称して飲み歩く同期の話を聞いて、私は自

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あなたの結婚式には行かない

あなたの結婚式には行かない

結婚式の余興で、ギターを弾くんだ。

久しぶりにきいたナツメの声は、そういう内容のことを、するするほどける糸みたいに話していた。

私は人の話を聞くのが嫌いなので、糸を断ち切るようにナツメに言った。

あなたの結婚式には行かない。

すると、ナツメは私に言った。

それでいいから、俺のギター、持ってきてよ。

だから今日、車の後部座席に黒いギターケースを乗せ、私は高速道路を走っている。

フロント

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ヤドカリの死に方

ヤドカリの死に方

ヤドカリは貝殻を背負う。

こんな雨から身を守るものがあるのは、いいことだろう。

いいや。ヤドカリは、海にいるから、雨を知らない。

それじゃあ、雨を知らないことは、いいことだろう。

そんな会話を、誰かとした。

雨の日だった。

たしかに、誰かとした。

それだけは、覚えている。

日向は朝が来ると、すぐにそのことに気付いた。

ふわりと暗がりが薄くなり、青が濃くなってゆく様子を目の前にし、

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SHE SEE SEA

SHE SEE SEA

 大学四年生の夏、陽くんに、リカの骨を撒きに行こうと誘われた。
「撒くって、どういうこと?」
『海に行くんだよ。一緒にどうかなって』
「海に撒くの?」
『そうだよ。海に、撒きに行くの』
 陽くんから電話が来た。私はその意外性に驚きを隠せなかった。
 一か月前、陽くんは私に、リカが死んだことを教えてくれた。そして、一緒に葬儀に参列しようと誘い、日時と場所を教えてくれた。にも関わらず、当日の私は行かな

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アイロニーエイミーマリア

アイロニーエイミーマリア

あたしの鮮やかな恋のことをどうか笑わないでほしい

 虫の音が聞こえる。でも、それがなんていう虫なのかは知らない。

 しとしとと雨が降るような気分だった。今日が雨だったなら良かった。
 今日の空は中途半端な雲行きで、きらめく夕焼けに染まる様子もなかった。ただ、やや傾いた太陽の黄色い光が、あたしを囲む、ガラス張りのビルや塾の看板を照らしている。
 あたしはそれを見ていた。日が伸びたな、日が伸びたね

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切り傷と無傷

切り傷と無傷

向井キズナに関わると、無傷ではいられない。
「なにそれ?」
 私は隣にすわる洋平に尋ねた。
「タクミが向井と別れてヘコんでたから、こないだ飲みに行ったって言ったじゃん。そしたらあいつ、かなり深手を負っててさ」
 洋平はスマホの画面を片手でいじりながら、口角をあげて笑った。私は洋平のスマホゲームの画面を覗き込みながら、くまのかたちのグミを一粒口に放り込む。同時に、授業が始まるチャイムが鳴った。
 白

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