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『稲盛和夫一日一言』 11月25日

 こんにちは!『稲盛和夫一日一言』 11月25日(土)は、「真我」です。

ポイント:真我とは、人間の心の中心部をなす、きわめて美しいもので、愛と誠と調和に満ち、真・善・美を兼ね備えているもの。誰にもあらかじめ心の中に備わっているものであるからこそ、私たちはそれを求めてやまない。

 機関誌「盛和塾」102号 2010年盛和塾第18回全国大会講話「経営のこころⅢ-いかにして心を高めるか-」の中で、心の構造について、稲盛名誉会長は次のように述べられています。

 人間は、どうしても利己的な自我が過剰になりがちですから、自我を抑えるということが大切になってきます。そのため、仏教では「足るを知る」ということを教えます。「そんなに欲張らなくてもよいではないか」、「そんなに『オレがオレが』と言わなくてもよいではないか」などと、利己的な自我を抑えていくのです。

 そのようにして自我を抑えること、つまり真我の周囲を取り巻いている自我の皮を薄くしていくことに努めていきますと、高次元の「真我」、つまり良心、理性というものが出やすくなってきます。
 そして、判断の基準を真我、つまり良心や理性に置き、それによって判断できるようになっていきますと、誤った決断をするようなことがなくなるのです。欲むき出しで、つまり本能や感情など自我にもとづいて判断をするから、ろくでもない結果を招いてしまうのです。

 このようにして、低次元の自我、つまり欲呆けした自我を抑えていくということが、人間性を高めていくための修行であり、「心を高める」ということにつながるのです。低次元の自我をできるだけ抑え、高次元の真我、つまり美しい慈悲にあふれた利他の心というものが出るように、自分をトレーニングしていく、それが「心を高める」ということなのです。(要約)

 稲盛ライブラリー3F「思想のフロア」には、名誉会長直筆の「心の構造図」が展示されています。(Facebookアーカイブ参照)
 心の多層構造を表したこの図には、中心部に愛と誠と調和に満ちた「真我」があり、その外に食欲や闘争心といった、命を維持するために必要な「本能」が描かれています。さらに本能は、喜びや怒りなどの「感情」に包まれています。そして、その感情の外には、見る、聞くといった五感に伴う「感性」があり、一番外側に「知性」が存在していることを示しています。 
 名誉会長は、この図をもとに、利己の心を抑えて利他の心を発揮することの大切さについて説明されました。

 2011年発刊の『京セラフィロソフィを語るⅡ』(稲盛和夫著 京セラ経営研究部編/非売品)では、「真我とはピュアで美しく素晴らしいもの」として、名誉会長は次のように述べられています。

 真我というのは何なのか。仏教では、森羅万象に仏が宿る、つまり、すべてのものが仏性(ぶっしょう)を持っているということです。
 森羅万象すべてのものに存在しているものというのは、宇宙をつくっている根源そのものであるとも言えます。その根源そのものが、形を変えてでき上ったものが、生物も無生物も含め、自然界にあるすべてなのです。
 ですから、真我とは宇宙のエッセンスであり、ピュアで美しく素晴らしいもので、それが我々の心の中心に皆等しくあるわけです。

 人によって真我に程度の差があるわけではありません。程度の差というのは、真我の外側にある低次元の自我にあります。そうした真我と自我が魂を形成しているわけです。(要約)

 心の構造については、学術的な解明がなされているわけではありませんし、名誉会長も過去に複数の構造図を示されてこられました。
 しかしつまるところ、人間性を高めていくためには、「心の中核をなすところの真我を大きくし、自我を少なくする」、別の言葉でいえば、「利他の心を大きくし、利己の心を小さくする」ことに尽きる、という理解でよいのではないかと思っています。


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