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『稲盛和夫一日一言』 4月20日

 こんにちは!『稲盛和夫一日一言』 4月20日(土)は、「謙虚にして驕らず」です。

ポイント:どんなに成功しても、相手を思いやるやさしい心、善き思いを持ち続けることが必要。

 2010年発刊の『六つの精進』(稲盛和夫著 サンマーク出版)「謙虚にして驕らず」の項で、謙虚であり続けることの大切さについて、稲盛名誉会長は次のように述べられています。

 謙虚であるということは、人間の人格を形成する資質の中で最も大切なものではないかと思います。よく「あの人は立派な人格者だ」と言ったりしますが、我々は人間性の中に謙虚さを備えている人のことをそう表現するわけです。

 なにも成功して驕り高ぶっている人に対してだけ、「謙虚になれ」と言っているわけではなりません。
 若いころ、私は中国の古典にある「ただ謙のみ福を受く」という言葉を知り、謙虚でなければ幸福を受けることはできない、幸福を得られる人はみな謙虚でなければならないのだと思い、まだ京セラが中小企業であったころから謙虚さを大事にしてきました。

 ましてや会社が立派になり、大きくなっていけば、自然と人はみな傲慢になり、有頂天になっていくものですから、そういうときにこそ、決して謙虚さを忘れてはならないと、自分に言い聞かせてきました。

 世の中では、他人を押しのけてでも、という強引な人が成功するようにみえますが、決してそうではありません。成功する人とは、内に燃えるような情熱や闘争心、闘魂を持っていても、実は謙虚で控えめな人なのです。

 謙虚な振る舞い、謙虚な態度は、生きていくうえでたいへん大切な資質です。しかし、人は往々にして成功したり地位が上がったりすれば、謙虚さを忘れて、傲慢になりがちです。こうしたときにこそ、「謙虚にして驕らず」とうことが、なおのこと大切になるのではないかと思っています。(要約)

 今日の一言には、「人間はある程度成功すると、傲慢になり、自分だけよければいいという利己心が出てくるようになる。しかし、少しばかりの成功で驕り高ぶってしまうようでは、その成功は決して続かない」とあります。

 また、1989年発刊の『心を高める、経営を伸ばす -素晴らしい人生をおくるためにー 』(稲盛和夫著 PHP研究所)「謙虚な姿勢を持つ」の項で、名誉会長は次のように説かれています。

 リーダーは、常に謙虚でなければなりません。
 権力のある地位につけば、人間は堕落し、傲岸不遜(ごうがんふそん)になってきます。このようなリーダーの下では、たとえ一時的に成功したとしても、周囲の協力が得られなくなり、集団が永続的に成長発展していくことはないだろうと思います。

 現在、自己中心の価値観、自己主張を強く持った人が徐々に増えてきており、その結果、彼我の対立、激突が生じています。
 一方、相手が存在し、自己が存在する、あるいは全体の一部として自己を認識するという日本古来の考え方があります。
 このような相対的な立場で、物事を認識することによってのみ、集団の融和と平和を保ち、協調を図ることができるのです。

 つまり、リーダーは、このように良き雰囲気、良き社会的土壌を集団の中につくるため、部下があってはじめて自分が存在するという、謙虚な姿勢を持たねばなりません。
 このような謙虚な精神を持つリーダーであってこそ、融和と強調の下に、成長発展を続ける集団を築くことが可能になるのです。
(要約)

 上記文中に、「彼我の対立、激突」という言葉が出てきますが、「彼我」とは、自分と相手という意味です。自分と他人、こちら側とあちら側など、文脈によってはより広い意味で解釈されることもあるようです。

 自分はなぜ存在するのか、なんのために存在しているのか、といった哲学的な領域にまで思いを巡らすと、自分という人間はどう生きるべきなのかといったところまで踏み込むことになります。

 自分が頑張ってきたから今の自分があるのだ、と胸を張ることは決して悪いことではないと思います。しかし、ひょっとすると自分は周りのすべてのものから生かされてきただけなのかもしれない、という思いを持つことができれば、周囲に対する見方は明らかに変わってくるはずです。

 昭和を代表する日本画家 東山 魁夷(ひがしやま かいい)さんが次のよう言葉を残されています。
 私は生かされている。野の草と同じである。路傍の小石とも同じである。

 「謙虚にして驕らず、さらに努力を」
 これからも、この言葉を座右の銘として、謙虚な姿勢を失うことなく生きていければと思っています。


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