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おじさんからのドラム

まだ始めてから1年半しかたっていない若輩者で、ドラムを語るなんて10年早いと言われそうですが、10年も待っていたら60を優に超えてしまうので許して下さい。

人生の一つの区切りと思われる還暦まで、もう小学校に通う位の時間しかないことに危機感を覚え、楽器を始めたら何か気分も変わるかもしれないと、職場近くの音楽教室に体験レッスンを受けに行きました。以前マレーシアに赴任していた時、妻の友人(発想が奔放な自由人)が、ドラムはスティックさえあればどこのスタジオにでも飛び込みで練習しに行けるから便利だよ、と言っていたことが頭にあり、ドラムも一つの候補ではあったのですが、その時の本命はウクレレでした。ギターより弦が少なく扱いやすい印象があり、持ち運びが比較的手軽だと思ったからです。後輩が集まりがあった時に即興でしばしば演奏していたこともあり、自分もそんな風に人前で気軽に弾けたらと思っていたのでした。

しかし、たまたまドラムの体験レッスンの方が先になり、しかも偶然その時間に、2人組でレッスンを受ける主婦の方がいらっしゃるとのことで、幸運にも授業を見学させて下さるというのです。お言葉に甘えて図々しく教室にお邪魔しました。その主婦の方々が仰るには、コロナ禍の影響で音楽教室が2年位閉鎖していた関係でレッスンを中断せざるを得ず、ドラムをたたき始めて4年位は経っているものの、実質は1年半位かもしれないと謙遜しておられたのですが、腕前は素人の私には驚くべきものがありました。

スティックを持っている時は無我夢中で、家でもテーブルの上にドラム代わりに小さな座布団を置いたりしてコロナ禍で教室に通えなくても細々と練習していたとのこと。家族も応援してくれている、と嬉しそうに語っておられました。もうすぐ発表会があるそうで、レッスンにかなり熱が入っており、お二人が先生の指導に全身で応え、時にお互いに言葉を交わし、通し演奏を繰り返す様子を見て、習うのならドラムだと一発で思ってしまったのでした。ウクレレの体験レッスンはキャンセルして、すぐにドラム受講の申し込みをし、その場でテキストやスティックまで揃え、翌月のレッスン開始がとても待ち遠しかったことを覚えています。

会社近くの音楽教室にしたというのは正解でした。その教室のレッスンは月に3回で、おまけに1回30分ずつしかなく、冷静に考えるととても高価で貴重な時間です。私のような呑み込みの遅いおじさんではその月3回のレッスンだけではとても上達しそうにありません。見学した主婦の方々がエアでご自宅で空き時間を見つけて練習されていたというのは頷けます。私は習い事にかけてはかなりストイックな性格なので、昼食を抜きにして、代わりに毎日30分間ドラムを自主練習しに行くことにしました。貸スタジオ代は500円/30分とのことでお昼代より安く、仕事の気分転換にもなるし、午後眠気に襲われることもない、一日のカロリー摂取量も抑えることができる、と一石四鳥です。

年末年始やゴールデンウィークなどの長期休暇中の練習場所確保のため、家の近所でもスタジオを開拓したり、挙句の果てには、家での練習のためにドラムパッドを購入したりして、それからというもの、ほぼ一日も休むことなく叩き続けています。その一見狂気に満ちた練習ぶりに、私の偏執狂的な一面を知る妻もただただ呆れるしかない、といった状況となっています。

さぞかし上達しているのだろうと思われると困るので付け加えますと、家やスタジオでの練習は、お気に入りの洋楽を流しながら、或いは場合によってはただひたすら単調なメトロノームのリズムに合わせて、左右の手で交互に打ち続けるだけという単純なものです。しかし、この単純な動きが意外に自分にとっては難しい。同じ動作を繰り返すことがこんなにも難しいものだとは思いもしませんでした。この動作を正確に繰り返そうとすると、まだ下手な私はただ無心に打ち続けるしかなくなります。というのも少しでも気を抜くと、いや、気を抜かなくても自分の思い通りのスティックの動きができなくなってしまうのです。お陰様で、午前中にどんなに不快なことや不安なことがあってもこの練習によってすっきり何もかもを吹き飛ばしてしまうことができます。あたかもお寺に行って修行をしているようなものです。

ドラムというのは、究極的には、自分の物理的なバランスと心理的なバランスを保ちながら、いかにタイミングよくドラムとシンバルを操って曲のベースを作っていくかが大事なのだと、今の段階では考えております。
しかしよく考えると、これまで先生を除いて他のドラム奏者と演奏したこともなければ、ましてや他の楽器奏者とは話をしたことさえない状況です。もしかしたら、私の前述の考えなど究極的なことでも何でもないのかもしれません。
この投稿が良いきっかけになりました。今後はもっと外に開かれた練習も意識して、新たなドラム像を求め、できれば趣味を共にする仲間も探しながら修練を積んで行ければと思います。

シケイロスによる壁画(メキシコ サンミゲルデアジェンデ)



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