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ハイボールを飲めなくなった日のこと


心地の良い朝日と共に起きる——

はずだった。

朝が来た。
ここはどこだろう。
んー。
自分の家であることは間違いないっぽい。
安っちぃフローリングに頬をつけると冷たい。

"なんで玄関で寝てるんだっけ。"

目の前には。
誰か横たわっている。
そうだ。
昨日は友達と飲んでいた?

ゆっくりと起き上がると頭がぐわんぐわんして平衡感覚がない。
部屋に入ると友達が数人いる。

なんでみんな俺の家にいるんだっけなぁ。
あったま痛い。気持ち悪い。
何があったんだっけ。

気持ち悪い。
一度トイレに行こう。
入った部屋からまた玄関のほうへ向かうと壁に血がべったりとついている。
まじで何があったんだ、、、
殺人?
誰か死んだ?
昨日誰かぶっ倒れてたような。。
頭が痛い。
トイレトイレ。

眉間を手で押さえて頭痛をなんとかしてみる。
んー。ダメそう。
ゆっくりとその押さえた手に視線が移る。
あれ。。

"な、なんじゃごりゃあ!!"

よく見ると黒い血がべったりと付いている。

俺、、誰か殺した??
いや、俺が死んだ??

そのドス黒い中心を凝視すると指がパックリ切れている。
身に覚えのない傷。
しかも今の今まで、痛みを全く感じていなかった。
量は出ているのに、ガッチリ固まった血を見ても思い出せない。
記憶の扉もガッチリ鍵がかかっている。。

こういうときに変なところに気が散るのか、俺は玄関にすぐ足が向いた。

やっぱり。

ドアノブにも血がべったりと付いている。
内側のドアノブも。外側も。
通報されたら怖いと思い、外側だけとりあえず拭き上げる。

にしても頭痛い。。
横になっても頭がぐわんぐわんして寝れない。
仕方がないから昨日のことを考えてみる。

昨日はそうだなぁ。。。


"そうだ。歌舞伎町で飲んでいた。"


歌舞伎町なんて普通踏み込まない。
新宿区出身の俺が言うんだから間違いない。
でも新宿で育つとやっぱり通ってみたい道ではあった。

最近は高校時代のサッカー部の友達とよく歌舞伎町で飲んでいた。
昨日も歌舞伎町でキャッチをやっている友達が知り合いの店に案内してくれた。
噂なのだが、後に、こいつはコロナ給付金の不正受給で検挙されたらしい。
俺はこの飲み会の後にこいつとは縁を切った。大体、キャッチやってる時点でどうかしてると思う。

飲み会の絶対的悪はこいつだった。
こいつは、席に着くなりカバンの中から、ブラックニッカのでかい瓶を取り出した。
知り合いの店だからなんでも許されるらしい。
個室だったからやりたい放題だ。

にしてもダサい。
当時でもわかる。
度数が高い酒で誰が酒強いかって比べるような行為は本当にダサい。

その代名詞がブラックニッカだ。
とにかく安価で手に入る。
アルコール度数は40%ぐらいだっけか。
よく安い居酒屋でハイボールを頼むとブラックニッカハイボールが出てくる。

テーブルにブラックニッカ置くと、ドンッと鈍い音がする。
ずいぶんと重たいようだ。
やつがニコニコとしている。

「みんなで空けよう」

"ふざけるな!!、こいつやりやがった"

みんな頭を抱えている。
みんなやりたくないのにこいつだけ楽しそうだ。
ゲームの罰でブラックニッカをショットで飲むのだそうだ。
んなバカみたいな遊び。。

あーだこーだと反論はしたのだが、こいつが折れるわけがない。
今までもこいつの横暴な提案にしぶしぶ乗ってきた。
地頭がいいせいで、大体言葉巧みに丸め込まれる。
詐欺とか向いてると思う。

こいつが笑うと、本当に悪魔を擬人化したような顔になる。
そのくせ、
細身長身で、頭も良く、ち○ち○がでかい。

あんなデカチ○野郎と縁を切って本当によかった思う。

そんなわけで、
"買ってきたのにもったい"やら、
"1人じゃ飲みきれない"など、
あらゆる言い訳をされて俺たちも折れてしまった。

ゲームはバッファローゲーム?とか言ったっけ。
普通に飲み会をしているんだけど、
"利き手と逆でジョッキを持つ"とか
"ジョッキを置くときはテーブルにトントンと2回タップしてから置く"とか
時間が進むにつれルールが追加されていく。
これを犯さない限りは飲まなくていいのだ。

なんだ。
俺次第でどうにでもなる。
呆気に取られた自分がいた。
絶対に生き残る。
そう。。
誓った。

序盤はかなり友達がミスって飲んでいた。
俺は結構善戦していた。
こんなに気を抜けない飲み会の何が楽しいのかわからないが。。

俺は間隔を空けて1、2杯ぐらい飲むことになったのが、ブラックニッカは本当にやばい。
ショットグラスを口に近づけると、あまりの臭いにため息が出る。

"本当に飲み物かこれ。。"

さらに何がやばいって。
飲むとさ、上がってくるのよ。
体が拒否してるって全身でわかる。
飲み込もうとしても液体が逆流してきて、
それをもう一回飲み込んでやっと体に入ってくれる。

飲むだけでこんなにしんどい上に、酔いもすぐ回る。

1時間経つと最悪のルール追加でゲームが破綻する。
"英語禁止"だ。
グラビアアイドルが出てくるんだったら喜んでやるんだけどなぁ。
ここはボーリング場じゃないし。。

英語禁止って結構きつい。
それにルールを覚えることと、酔いが回ってくるのは本当に相性が悪い。
初歩的なミスを繰り返す。

俺はジョッキをトントンするのをついに忘れた。

その頃には酔いもそこそこ、しかもブラックニッカは普通にのどを通らないから渋っていた。

友達が急かしてくる。

「OK OK、今飲むって」

「「あ」」

こんなありふれた会話でショット2杯ってどうかしてると思うぜ?

英語禁止って。
もうこれ日本語でいいだろ。。

合計3杯のショットを前にうずくまる俺を正面の悪魔が笑っている。

こいつの汚いところは、自分が1番酒が強いのを知っていて、1番率先して飲むところだ。
俺もやってるんだからお前らもやれよ、って感じだ。
自分の土俵で勝負するってこういうことなんだな。
俺よりも飲んでるはずなのに、俺の方が多分視界があやしい。

借金取りのような形相に変わり、
俺は、どうにでもなれ。と3杯流し込む。

ここから記憶がごっそり抜けている。

そのあとの記憶が写真のように要所記録していたから繋ぎ合わせる作業をしてみる。

どうやって店を出たかもわからないが、次にはもう歌舞伎町のドンキの前で友達がぐったりしている記録だった。
1人完全に潰れていた。
どうにもならなくて1番家の近いおれんちまでタクシーで向かったっぽい。
車内で本当に吐きそうだったのを覚えている。

家に着くまで意識を保ってないと鍵を開けられないと思い、
なんとか頑張ったが、
玄関の鍵をカチャッと開けた瞬間に意識がぶっ飛んだ。

家に入った記憶は全くない。
こういうことって本当にあるんだな。
だから玄関で寝ていたらしい。
いや、気絶か。

大枠昨日のことを思い出したが、
手の怪我の正体がなかなか思い出せなかった。
思い出したのは頭の痛みが取れてきた飲み会の2日後だ。

一昨日、完全に酔っ払った俺は、テーブルのジョッキを落として割ってしまったんだ。

あいつの焦った声が聞こえる。

「バレたらやばいって!」

酔っ払いとは怖いものだ。
その焦りが俺にも乗り移ってきた。
本当に焦った。

俺はあのとき、本能で、
割れたジョッキを隠蔽しなければならいと思った。

俺は頭がいい。
自分の持ってきたトートバッグにジョッキの破片を詰め込んだ。
怪我なんて怖くなかった。
バレる方が怖かった。

必死に破片をいれたんだ。
そりゃ指ぐらいパックリ切れるさ。

人、殺してなくてよかった。

思い出しついでに、そのトートバックの中を確認すると、
醜悪な酒の臭いとともに、
俺は大きなため息をついた。

"お気に入りのバックだったんだけどなぁ"

俺は何も見なかったことにした。
ジャラジャラと破片の音がするのをそっと閉じる。
醜悪な臭いに少し頭が痛くなってきたようだ。

家が血だらけだったのもわけないだろう。
俺の記憶では怪我した記憶は一切ない。
怪我したならジョッキを割ったタイミングだろうという話だ。

それから信じてもらえないと思うけど、3日酔いをした。
胃と肝臓が回復したのは1週間後。
それまでずっと寝込んでいた。
具合の悪さで言えば群を抜いてきつい。


話は現在に戻る。

あれから何度もハイボールを飲もうとするが、口に近づけた瞬間の臭いで、あの時のトラウマが蘇ってくる。
喉の奥からアルコールが逆流してくる感覚がする。

この話をしようと思ったのは、最近ハイボールを飲めそうな感じがしてきたからである。

1番まずいウイスキーを最初に飲んでしまったがために、1番身近なハイボールを手放す羽目になってしまった。
ジンジャーハイボールから始めて、今は少し角ハイボールが飲める。
まだリハビリ中だ。

みんなもお酒を楽しむ際は美味しいものからぜひ飲んでほしい。
あとは失敗した時の酒はトラウマになりやすい。

ブラックニッカに絵が変えている、トランプのキングのような絵は脳裏にこびりついて、
俺はあのジジイを呪っている。。。

余談なのだが、
サッカー部の友達は、マルチ商法などの犯罪者orガチアイドルオタクしかいなくなったので、
今仲がいいのは、当時歌舞伎町で完全にぶっ倒れたやつだけだ。

本人いわく、あまりの気持ち悪さから、俺の部屋の床にたくさん痰を吐いていたらしい。

くそったれが。

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