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第2話『ギンガムチェックの神様』 【6】/これからの採用が学べる小説『HR』

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。

第2話【6】

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「あの、どういうことなんですか」

ビルを出て新橋駅方面に歩き始めると、俺はあらためて保科に聞いた。

「なにが」

「いや、先方が怒ってるってさっき」

「ああ」

先ほど俺も歩いてきた下品極まる裏路地。ランチ営業に向けてだろう、左右に連なる飲食店に店員の姿が見え始めている。

「取材なんでしょ? 怒ってるのに取材なんてーー」

言っている途中で保科はいきなり立ち止まった。昼飯のことでも考えているのか、ハンバーガー屋の軒先に出されたメニューを凝視している。

「ちょっと、あの、保科さん?」

「あんたさ、ハンバーガー一個にいくら出せる?」

「は?」

「だから、ハンバーガーだよ」

「何の話ですか」

一体何を言っているんだ。訳がわからず聞き返すと、保科は何も言わずにまた歩き始めてしまう。俺も慌ててその後を追う。とことんおかしな人だ。年齢不詳だし、行動も変だ。

「だいたい、俺は今日、研修に来たんですよ、それなのにいきなりこんな……」

「連れてけって言ったのそっちじゃん」

それは……そうなのだが。

SL広場の前まで出ると保科は左折した。大手家電量販店を横目に、先ほどまでの裏路地よりはかなり開けた道沿いを虎ノ門方面に向かう。

苛立ちが徐々に焦りに変わっていく。このままでは、何の情報もないまま客先に飛び込むことになる。準備八割、行動二割。営業一部で何度も言われた言葉だ。実際俺は、客先で何を言われても大丈夫なように、綿密に準備を行うタイプの営業だ。だからそもそも、クレーム対応の経験はほとんどない。クレームが出なかったからではなく、クレームが出ないような営業をしてきたということだ。

それなのにーーふと、昨日のM社での出来事が頭に浮かんだ。気分が重くなる。そうだ、これ以上失態を重ねる訳にはいかない。

「あの……せめて状況くらい教えてくださいよ」

「状況ってなに」

「だから……なんで怒ってるのか、そもそもどういう業種のどういう客なのか……」

ジーンズのポケットに両手をつっこみ、猫背に歩く保科は、唇を突き出すように何かを考えていたが、やがて言った。

「採用がうまくいってない。この業界で客が怒ってる理由なんて、だいたいそれだろ」

「え?」

「採用がうまくいってないから、イライラするんだ。クレームの根っこはいつもそれ」

「いや……あの、もう少し具体的な話を……」

いい加減不安になって俺が言うと、保科が立ち止まった。やっとちゃんと話をしてくれる気になったのかとホッとしたのもつかの間、保科は人差し指を立てて何かを指差した。その先には、先ほど保科がメニューを見ていた店とよく似た、ハンバーガー屋の看板があった。

「ここ」

「は?」

「だから、ここがアポ先。ちなみに10分くらい遅刻してるから、詳しい話をする時間はない」

保科はそう言って、肩をすくめた。

第2話【7】 につづく

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