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第2話『ギンガムチェックの神様』 【9】/これからの採用が学べる小説『HR』

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。

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第2話【9】

「使命……」

「社長はうまいバーガーを作るために、そしてそれを食べた人たちを幸せにするために頑張った。毎日遅くまで店に残って、新しい商品を開発したり、サイドメニューを考えたりした。おかげでお客さんはどんどん増えた。当然、大勢のスタッフが必要になった。でも、これは俺の想像ですけどね社長、あの頃は採用に困ったりはしてなかったんじゃないですか?」

「………」

社長は黙っていた。

「誰よりも率先して行動する社長に共感して、あるいはその調理の腕に憧れて、ここで働きたいって人がたくさんいたんじゃないですか?」

「………」

「クーティーズは活気ある店になった。売上もかなり上がったんでしょう。それで店を移転することにした。それまでの店舗の二倍以上の広さだ」

「え……じゃあ昔はここじゃなかったんですか」

思わず口を挟んだ俺に保科は、「だからそう言ってんじゃん」とバカにしたように応える。

「元々は下北沢にあったんだよ。店の名前も違ってた」

「そうなんですか……でもなんでそんなこと知って……」

「結構な有名店だったみたいで、ネットにいろんな情報が残ってたよ。とにかくーー」

そして保科は社長に向き直り、話を続ける。

「若者や観光客メインの下北と違って、新橋はサラリーマンの町だ。店も大きくなったし、客層も変わるしで、社長はだんだんと経営者としての仕事に追われるようになった。社長自身が厨房に立つ機会は徐々に減っていったんでしょう。結果、経営的には成功。ただ、注文を受けてからパティを焼き始め、一皿一皿時間をかけて丁寧に盛り付けを行うこれまでのメニューだと、回転率という意味では課題があった。そこで社長はより大きな利益を求めて、メニューを一新することにしたんだ。これまでよりもシンプルかつライトなものに。とにかく回転率を重視して、店員も増やすことにした。求人広告を出すようになったのはその頃……つまり移転から半年後だ」

「どうしてそんなことまで……」

「今朝、会社のPCで掲載実績を調べた。初回掲載は今から約2年前。つまり、移転から半年だ」

そうか、と思う。掲載実績はAAのネットにログインした状態でなければ調べられない。今朝保科がHR特別室ーーAAのネットが使える環境ーーに顔を出したのは、その為だったのか。

「やがて社長は、完全に店舗から離れた。その経緯はよくわからないけど、とにかく現場のオペレーションは社員やバイトに任せて、社長業に専念することになったんだ。……それから2年、社長は今採用に困ってて、そして多分、あの時と同じ失敗を繰り返そうとしてる」

黙ったままだった社長が、保科のその言葉にピクリとし、視線を上げた。

「……お前に何がわかる」

声が震えていた。保科は肩をすくめる。

「お前に何がーー」

社長が続けて言おうとした時ーー

「あの……社長」

突然、低い声がした。

ふと見ると、先ほど厨房にいたあの大きな体の男が、いつの間にかこちら側に出てきて、社長の後ろに立っていた。大きな体に似合わない、小さな声。

「何だ! 今忙しいんだ」

社長が今度はその店員を睨みつける。身長差は二十センチほどあるだろう。彼の前では小柄な社長は子どものようにも見える。

「いや……あの……ちょっと相談したいことがあって……」

「うるさい! 後にしろ!」

社長が声を荒げる。男はその反応に、怯えたように俯いた。

「わかりました……もういいです」

男はボソリとそう言うと、カウンターではなく店の出口へと向かっていった。扉が開き、ガロンガロンと鈴が鳴る。

「お、おい……どこに行くんだ!」

呆然として叫ぶ社長を横目に、なぜか隣の保科が、大きなリュックを背負って立ち上がった。

「じゃ、あと頼むわ」

「は? どこ行くんですか」

俺の言葉を当然のように無視し、保科は小走りに店から出ていってしまった。

第2話【10】 につづく

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