第4話『正しいこと、の連鎖』 【19】/これからの採用が学べる小説『HR』
この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。
*目次*はコチラ
第4話【19】
「本当の気持ちって……村本さん、なんですかそれ」
俺はそのまま、ジョッキを静かに下ろした。正木の言葉は、内容だけ考えれば、俺の言葉に同調したような台詞に聞くこともできた。俺の自嘲に対し、「そうですよ、おかしなこと言わないでくださいよ」と一緒に笑うような。
判断がつかないまま、それでも俺は実際、正木の本音を聞くためにこんなことをしているのだ、と考え、質問を続ける。
「御社のオフィスでインタビューさせてもらったとき、仕事が楽しいって仰ってましたよね」
「……ええ」
俺はツバを飲み込み、言った。
「あれって、どの程度本音なんですか?」
「……」
正木が顔を上げ、俺の方を見た。その目が妙に黒く、大きく見える。俺は自分の顔が引きつっているのを感じた。正木の瞳の中に、何か怒りのようなものを感じたからだ。
「いや……あの、あれだけの収入を得るには、けっこう厳しい働き方をしてるんじゃないかと思いまして」
「……ああ」
正木が小さくうなずき、「まあ、甘くはないですよね」と答える。
「やっぱり、そうですか」
「ええ。まあでも、そんなの当たり前ですから。保険の営業が始まったら、今よりももっと大変だろうし」
「……保険?」
俺が言うと、正木はギクリとした顔になって、目を伏せた。
「あの、正木さん。それって社長が言ってた新規事業の件ですか?」
「……」
俺の頭の中で、いろいろなことが繋がっていく。そうか、そういうことか。
実店舗を持たないPOが、なぜ1200万円もかけて営業マンを募集する必要があるのか。槙原社長は「新規事業のため」と言った。始めるのが「金融」の事業だとも。そして高橋が言っていたように、生命保険は金融商品なのだ。
高木生命はつまり、BAND JAPANという健全な「着ぐるみ」をかぶり、ヤクザなイメージのついてしまっている高木生命ではなく、BANDの商品として本来の事業、つまり保険を売り出そうとしているのだ。
「正木さん、教えてください。正木さんはこれから、BAND JAPANで保険を営業するんですか?」
「いや、忘れてください。僕にそれを言う権限はない」
「でも……現職の本音がわからなければ、いい求人にはならない」
「……」
勢い込んで言った俺に、正木は妙な表情を見せた。目を細め、それからふっと笑みを漏らす。
「村本さんは、僕とは違うんだな」
「……違う?」
「ええ、村本さんは多分、そういうこと考えてもいい人なんだ」
「……どういうことです?」
「だから、なんていうか、自分に自信があるっていうか、いや違うな、自分の信じた道を進む勇気があるというか」
「……」
「僕には、そんなものはない。本音が聞きたいって仰いましたけど、これが僕の本音です。僕は、少しでもリスクのない道を選びたい。金って意味でも、安定性って意味でも、既に成功者のいる道を選ぶのが一番確実じゃないですか。……だから、今後もなくならない商品を、既に実績のある大企業で売るのが一番です。もちろん、それを望んだからといって、誰もが希望通りの就職ができるわけじゃない。そういう意味で、僕は幸運でした。こんなにダメな人間を、BAND JAPAN、いや、高木生命が拾ってくださったんですから」
俺の頭の中には、今日HR特別室のPCで見たことが思い出されていた。
<正木一重が自殺未遂したって>
<すぐ不登校なってたよ。あれ? 退学したんだっけ>
<今は引きこもりでホームレスみたいだってさ。ショック>
ふっと正木が視線を上げ、俺をまっすぐに見て、言った。
「こんなダメ人間が、今じゃ年収650万円ですよ。そして先輩たちは実際、1000万円以上を稼いでる。つまり、僕の進んでる道は間違ってないってことじゃないですか」
気がつくと正木は、笑顔になっていた。昼間見たあの、お面のような笑顔に。
第4話【20】につづく(近日公開)
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