第2話『ギンガムチェックの神様』 【17】/これからの採用が学べる小説『HR』
この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。
*目次*はコチラ
第2話【17】
エレベーターで7階に上がり、扉を開けた。
入ってすぐのソファには宇田川室長がいて、俺を見るとにこやかに片手を上げた。
「あ、おはよう田中くん」
誰だ田中って。この人はいつもこうなのだろうか。
「……村本です。おはようございます」
「ねえねえ、これ見た?」
室長はそう言って、手に持っていた書類を指差す。
「……何ですか、それ」
遠目でもそれが求人広告のプリントアウトだとわかった。AAでは営業二部や三部がよく売っている、地域密着をコンセプトとした求人媒体だ。俺たち営業一部がメインで扱う正社員向け媒体に比べ、価格帯はかなり安い。
事例か何かだろうか。近づいて覗き込んだ俺は、目を見張った。
「これ……」
このサイズの原稿には1枚だけ写真が入る。そこに写っていたのは、クーティーズバーガーの社長と、そして茂木だった。
「保科くんが作った原稿だよ。キミも同行してたんだろ?」
まだどこか強張った雰囲気の社長と、打って変わって嬉しそうな笑顔の茂木。その写真の横には、「バーガーの神様が、戻ってきました」というキャッチコピーが添えてある。
俺は思わず、室長の手から奪い取るようにしてそれを取ると、文面に目を走らせた。
<私は、勝つつもりでいました。>
そんな印象的な文面で始まった原稿は、茂木の一人称で書かれていた。
<これで最後にしよう、そんな覚悟で臨んだ勝負でしたが、社長のつくったバーガーを食べた瞬間、私は負けを悟りました。いや、もしかしたら、私は食べる前からそれを予感していたのかもしれません。社長と二人並んで厨房に立ちながら、何年ぶりかに見るその手さばきに少しの衰えもないことを確認していたからです。>
原稿はその後、クーティーがどういう店なのか、なぜ入社したのか、どういう想いで働いていたのか、という茂木自身の回想へと繋がり、やがて移転からメニュー刷新の話、一度は辞めようと決意したことなどが、赤裸々に表現されていた。
<私は多分、自分がバーガーに向き合う覚悟を持てていなかったことを、店から離れた社長のせいにしたかったのでしょう。そうやって、大切なことから目を逸らして、自分を正当化していました。でも、今回のことで気づいたのです。次は私が「神様」を目指さなければならない。社長にも負けないバーガーを作って、社長がそうしてきた以上の人たちを幸せにしたい、そう思っています>
基本的に求人広告は原稿サイズと掲載期間によって料金が決まっている。今回AAが受注した12万円の広告は、決して大きなサイズではない。文字数制限は確か2000文字程度。だが、その原稿の隅々にまで、茂木の「ストーリー」が満ちていた。
<クーティーズは、今こんな状態です。それでもいいという方、私と共にバーガーに本気で向き合ってくれる方、まずは一度お店に来ませんか。面接より先に、まずは一口。それで伝わるものが、きっとあるはずですから。>
「なんだ……これ」
思わず呟いた。こんな求人原稿など見たことがない。1人の「人間」をこれほどクローズアップし、それも、「高時給」「残業少なめ」「待遇面バッチリ」といった、求職者が聞いて喜ぶようなお決まりの文言も一切使わず、ただひたすらに当事者の「想い」を綴った文面。
ーー採用は、人間の話だろーー
ふと聞こえた気がして、オフィスの奥へと視線をやった。壁に沿って配置された長テーブルの一番奥、金曜の朝にあの席でPCを操作していた保科の姿が思い出された。
第2話【18】 につづく
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