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第3話『息子にラブレターを』 【12】/これからの採用が学べる小説『HR』

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。
*目次*はコチラ

第3話【12】

「あ、すごいぞ、ジョーダンだよ、ジョーダン」

室長は突然興奮したように言って立ち上がり、入り口からは角度的に見えなかった奥の壁を指差す。

「冗談? なんですか」

その指の示す方を見るが、そこにはバスケットボール選手らしい黒人のポスターが貼ってあるだけだった。

「だから、ジョーダンだよ、ジョーダン。マイケル・ジョーダンって、バスケの神様さ。うわあ、懐かしいなあ」

ああ、何となく聞いたことがある。服のブランドだと思っていたが、そうか、ジョーダンという選手がいたのか。それにしても、島田にそっくりな体型のこの室長から、スポーツ選手の名前が出てくると変な感じがする。

「……好きなんですか、バスケ」

「うん、好き好き。今でもよくやるし」

は? 今でもよくやるって、その体型で? 思わず笑いそうになったが、初めてHR特別室に行った時、ソファに横になっていた室長がすごいバネで立ち上がったのを俺は思い出した。まあ、そんなことはどうでもいい。

「あれ、ちょっと待って、あれサイン入りなんじゃ……」

室長は立ち上がるだけでは済まず、ふらふらとそのポスターの方に近づいていった。

ああもう、とそれを止めようと俺も椅子から腰を浮かせかけた時、ポスターのある壁のすぐ横の扉が、勢いよく開けられた。

そこに立っていたのはーー

巨大な体をした男。俺は目の前が暗くなるのを感じた。

間違えるはずもない。ほんの数十分前に病室で会ったあの男だ。社長が「辞めさせたい」といっていた、あの社員。

俺たちを見つけた男は、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに状況を理解したのだろう。今にも爆発しそうな表情をして大股で近づいてくる。その勢いに俺は、尻もちをつくようにソファに押し戻されてしまった。だが室長は反対に、躊躇なく男に向かっていくではないか。

「ああ、これはこれは!」

迷いなく向かってくる室長にさすがの男も立ち止まり、事務所中央あたりで二人は対峙することになった。社員の男より室長は頭一つ分背が小さい。

「どうも、先ほどは!」

快活に言う室長を、男はどこか不気味そうに見下ろし、それでもドスの効いた声で言った。

「こんな所まで来て、どういうつもりだ」

そうだ。その通りだ。この男はさっき、激怒して病室を出ていった。その原因となった人間が会社にまで押しかけてきたとなれば、さらに怒りは大きくなるに違いない。病室で会ったせいか、この男がここにいるというイメージはなかった。だが、考えてみれば、社長の見舞いを終えた社員は会社に戻るのだ。

だが室長は、ひるまない。

「いやあ、もう少し御社のことを知りたいなと思いまして」

「はっ、俺たちは知ってもらいたかなんてねえよ。いいから帰れ!」

「嫌ですよ、せっかく来たのに」

「誰も呼んでなんてねえんだよ!」

男と室長が言い争っていると、事務員が呼びに行ったのだろう、奥から婦人が顔を出し、驚いた表情で駆け寄ってきた。

「ちょ、ちょっとタカちゃん、何やってるの」

男はチッと舌打ちをすると、自分の胸の高さにある室長の顔を太い指で指し示す。

「こいつら、求人の業者なんだぜ。さっき病院にまで押しかけてきて……」

「知ってるわよ。だって、あの人が呼んだんでしょう?」

「うるせえ! ウチは人は足りてんだ。新人なんて必要ねえんだよ!」

喚く男を困ったように見つめた婦人は、小さく溜息をつくと、室長と男との間に入るように一歩前に出た。

「取材、をするんですよね。私たちはどうご協力すればいいかしら」

「こ、こら! 相手にすんじゃねえよ!」

男はさらに喚くが、婦人は肩越しに振り返り「あなたはちょっと、静かにしてて」とピシャリと言う。

「おい、おっかさん。いいから俺の言う通りにーー」

「……おっかさん?」

室長がきょとんとした顔で聞き返す。

「う、うるせえな。とにかくいい加減にしねえと警察呼ぶぞ!」

「タカちゃん、いい加減になさい」

婦人が再度言うと、男は不満げに、だが黙った。それを見た婦人はあらためて俺たちに向き直り、「ごめんなさいね」と頭を下げる。

「ほんと口が悪いんだから……でもね、こう見えて本当は優しい子なんですよ。職場でも頼りにされててね」

「ええ、社長もそう仰っておりました」

室長が言うと、男は一瞬驚いた顔をして、それから居心地悪そうにぷいっと視線を逸した。

「それで、どういたしましょうか」

「そうですね、もしよろしければ、彼に職場を案内してもらえないかと」

「え……タカちゃんに」

婦人が驚いて答える。

「ええ、タカちゃんに」

室長がニコニコしながら頷いた。

第3話【13】 につづく


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