第2話『ギンガムチェックの神様』 【15】/これからの採用が学べる小説『HR』
この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。
*目次*はコチラ
第2話【15】
約五分後、肉の焼けるうまい匂いを漂わせながら、茂木と社長が出てきた。茂木の手には、2枚の皿。
「お待たせしました」
茂木はそう言って、俺たちの前に皿を置く。楕円形の白い皿に、2つの大振りなバーガーが乗っている。
「どっちを誰が作ったのかは、秘密にしといてくださいね」
保科が言って、茂木が頷く。
「わかってます。フェアに判断してください」
保科が頷き返し、片方のバーガーに手を伸ばした。
「ほら、あんたはそっちから」
促されて俺も残った方のバーガーを手に取った。
あたたかいバンズ、肉汁のしたたるパティ。昼が近いこともあって、腹は減っていた。躊躇なく鼻を刺激するそのうまそうな匂いに誘われ、思わずほおばった。
口の中に旨味が広がって思わず唸った。全国チェーンのバーガーとは明らかに違う食べごたえ。
「うまい……これ、うまいっすよ」
「じゃ、交換」
保科にそう言われ、俺たちはバーガーを交換した。そして再度ほおばる。
……
……
衝撃を受けた。
明らかに違った。
先ほどのバーガーとは、レベルが違っていた。
やわらかいのに歯ごたえのあるバンズ、香りの強さ、大量の肉汁、挟まれているレタスの一枚にすら、強烈な旨みを感じる。
先程のものも確かにうまかったが、こちらの方がずっと重層的な味がする。口の中で味が複雑に展開し、強烈な刺激を感じさせてくれる。
「……何だ……これ……」
思わず言うと、保科が俺の肩を叩き、「決まりだな」と言った。そして俺の手の中にあるバーガーを指さし、「こっちの勝ちです」と言う。
すると、茂木の顔がふっと緩んだ。嬉しそうに頷いて、「ちょっといいですか」と俺の持っているバーガーを指差す。
「自分も確かめていいですか」
その表情と言葉で、勝ったのは茂木の作だったのか、と思った。茂木はその大きな手でしっかり掴んだバーガーを、巨体に似つかわしい豪快な大口で一気に齧る。目を閉じゆっくりと咀嚼してから、ゴクリと喉を鳴らして飲み込んだ。
目を開けた茂木はいよいよ嬉しそうな顔になった。そして、言った。
「さすがです、社長」
「……え?」
思わず声が出る。
「うまいです。本当にうまいです。なんで俺と同じ材料使って、こんなうまいバーガーが作れるんですか」
厨房から出てきて以降、ずっと不機嫌そうな顔で様子を見ていた社長が、チッと舌打ちをする。
「……俺の教えた通りに作らねえからだ。レシピが簡単になったからって、細かいテクニックを忘れていいなんて言ってねえぞ」
不貞腐れたような、どこか照れ隠しのような口調。茂木は俯いて、「……すみません」と言う。だがすぐに顔を上げて、言った。
「俺、まだまだ社長に教えてもらいたいことたくさんあるんです。まだまだたくさん……この店をよくしてくには、もっと教えてもらいたいことが……だから……」
それは途中から涙声になった。大きな体を揺らすようにして、絞り出すように続ける。
「社長……いや、店長。店に戻ってきてください。あなたは俺達にとっての神様だったじゃないですか。うまいバーガーを通じて人を幸せにするんでしょ? 前みたいに、馬鹿みたいにバーガーづくりに没頭すればいいじゃないですか」
「茂木……」
社長の表情が、今度こそ本当に変わったのがわかった。何かを決意した顔だった。
その瞬間を待っていたかのように、保科が立ち上がり、言った。
「じゃ、そろそろ求人の打ち合わせ、やりましょっか」
第2話【16】 につづく
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