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第4話『正しいこと、の連鎖』 【17】/これからの採用が学べる小説『HR』

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。
*目次*はコチラ

第4話【17】

約30分後、俺は今朝と同じスターバックスにいた。

既に七時を過ぎているが、客は少なくない。今日二度目のアイスコーヒーをカウンターで受け取ると、ビルのエントランスが見える席に座る。

……何をやってるんだ、俺は。

答えは明確なようでもあり、全くわからなくもある。

俺がここに“戻って”きたのは、まだ働いているに違いない正木を、「出待ち」するためだ。それは自分でもよくわかっていた。

だが、なぜそんなことをしているのか、仮に正木に会えたとして何をどうしようとしているのか、それはわからない。

わからないまま、俺はぼんやりとエントランスを眺め続けた。今朝キレイな女が座っていた総合受付はもう閉まっているが、ちょうど退社時間なのだろうか、人通りはかなり多い。

もっとも、新橋駅前とは雰囲気がまるで違う。

ロボットのような無表情で駅へと吸い込まれていく人間の塊ではなく、ここを出入りするのは、小奇麗な格好をしてた「ビジネスマン」たちだ。

仕事ができるかどうかと容姿は関係ないようでいて、実はそうでもない。いい企業にいる奴はだいたい格好がいいし、女は美人が多い。あるいはそれは、自分はエリートであるという自信が容姿に現れた結果なのかもしれない。

考えてみれば正木だって、BAND JAPANという有名企業の正社員として働いていて、実際、モテそうな容姿をしていたではないか。

高橋の言うように、仮に正木が本当に“洗脳”されているのだとして、それで彼は本当に、不幸せなのだろうか。

そんなことはないのではないか、という気がした。というより、サラリーマンというのは大なり小なり“洗脳状態”にあるのではないか。会社や上司という「絶対的な強者」に従うことを、自ら選んだ人間なのだ。

わからない。

いろいろなことがわからなくなる。

店について30分ほどした頃、俺はエレベーターを降りてきた正木を見つけた。

慌てて立ち上がると、既に空になっていたカップをゴミ箱に捨て、正木に気付かれないようにその後ろにつく。

正木はきちんとジャケットを着て、手にはビジネスバッグを持っている。取材時にはよくわからなかったが、背も俺と同じかそれ以上には高く、スタイルもよくて、後ろ姿もキマっている。正木の少し前を白人のビジネスマンが歩いているが、その男と比べても遜色ない。

あらためて、俺は一体何をしにきたんだと考える。

冷静に考えてみれば、有名企業に正社員として雇用され、年収も高い正木の境遇は、羨ましがられこそすれ、同情されるようなものではない。

正木に続いてビルを出て、溜池山王方面に歩いていくその後ろ姿を追いながら、それでも俺はなぜか、“尾行”をやめられなかった。それは、正木ではなく「俺自身」の問題のせいなのだと、俺はいい加減理解しつつあった。

HR特別室のメンバーなら、どうするだろうか。

頭の中に、その問が残っている。保科にしろ、室長にしろ、そして高橋にしろ、最初は頭がおかしい人間だとしか思えなかった。少なくとも、俺がAAの営業一部で一緒に仕事をしてきた人たちは、客をバカ呼ばわりしたり、採用ニーズを自ら潰したりはしなかった。だが、俺はどこかで、彼らの「仕事」に対する向き合い方に、惹かれてもいるのだ。

「クソ……」

言い訳のように、小さく悪態をつく。すると、それが聞こえたわけではないのだろうが、十メートルほど前を行く正木がふと立ち止まり、あっと思う間もなくこちらを振り返った。

「……」

正木はそこに俺がいることをわかっていたかのように、俺の顔を真っ直ぐに見ていた。

まずい。俺は咄嗟に視線を地面に落とし、正木には気付いていない風を装って、足を進める。ポケットからスマホを取り出し、適当に操作しながら、立ち止まったままの正木の横を通り抜けた。

「ちょっと」

背後から声をかけられて、今度は俺が立ち止まった。

ゆっくりと振り返る。

そこに、昼間見たのとはまるで違う、泣きそうな顔をした正木の顔があった。

第4話【18】につづく

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