第3話『息子にラブレターを』 【4】/これからの採用が学べる小説『HR』
この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。
*目次*はコチラ
第3話【4】
「ああ、どうも。こっちです」
ニコやかな初老の男性だ。病人らしいしわがれた声で言い、手招きして見せた。どうやらあの人が今日の商談相手らしい。トラブってる、と聞いていた割には、別段怒っている様子はない。
「ああ、これはこれは。中澤社長でいらっしゃいますか」
室長に続いてベットの脇まで行くと、社長の首から下が見えた。くたびれた灰色のパジャマを着て、ベッドの背もたれに体を預けている。六十代前半、といったところだろうか。白くなった短髪に角ばった輪郭、深いシワの刻まれた褐色の肌。厳つい風貌ではあるが、全体的に小柄なのと、小動物のような優しげな目をしているからか、受ける印象はやわらかい。
「先ほどはお電話ありがとうございました。私、こういう者です」
室長がいつものように深々と頭を下げ、名刺を差し出す。
「ああ、こりゃこりゃ」
社長は慌てた様子で、隣に置かれた棚の引き出しを開け、裸の名刺を取り出す。
「どうもどうも、私、中澤です」
「よろしくお願いします」
ふっと社長の視線が俺に向いた。
「ああ、彼はちょっと研修でついてきてまして」
「あ、すみません。村本と申します」
「ああ、そうですか。どうもどうも」
社長はニコやかにそう言って名刺をくれ、俺のものも丁寧に受け取ってくれた。その節くれだった指に、現場系の仕事だろうかと考える。
「ゴメンなさいね、こんなとこまで来てもらっちゃって。椅子あるから、座ってください」
壁に立てかけられたパイプ椅子を2つ用意し、室長と並んで座る。
「それで、ご容態はいかがでしょう」
あらためて室長が聞いた。
「ああ……いや、大したことねえんです。昔からちょっと心臓が悪くてね。疲れがたまると、悲鳴を上げますもんで。でも、二三日こうやって休めば、もう元通りになります」
「はあ、そうなんですか。確かに、見た目にはお元気そうに見えますけども」
室長が言うと、社長は苦笑いして手を振った。
「まあ、私のことは別にいいんですわ。……それより、さっそく話をさせてもらいたいんですが」
「求人の件ですね」
室長が言うと、社長は真剣な顔で頷いた。
「随分お急ぎのようですけど……ひとまず、御社のことをいろいろ聞かせてもらいたいんですが」
「いろいろ、と言いますと?」
「求人広告というのは、常にオーダーメイドですのでね。まずは御社のことを知らねば、何もご提案できません」
室長が言うと、「ははあ、そりゃそうだ」と社長は笑い、頭を掻いた。人の良さが滲み出ている。こんな人とどうやったらトラブルになるというのか。
「中澤工業は、どんな事業を?」
「そうですねえ。まあ、一言で言や、製造業ですわね」
「製造業」
室長はいつの間にか取り出したメモ帳を開く。
「まあ、それじゃあ何のことかわからんわな……ええと、電気検査に使う機械の、そのまた部品を作ってます。非常に小さなモノなんだが、それがなきゃ検査自体ができませんので、大事な部品なんですわ。まあ、普通の人は見たことも聞いたこともないだろうね」
「なるほど。製造規模は、どれくらいですか」
「今は月産2万本から3万本くらいかな。本当はもう少し増やしたいんだが、なにせ小さな工場だから」
「社員さんはどれくらいいいらっしゃる?」
「社員なあ……まあ、身内でやってるような会社なもんで。私がいて、家内が経理をやって、社員が3人、あとはパートの事務員が1人。ああ、そうそう、他にベトナムの子らがいますわ」
「ベトナムの?」
「なんつうの、そういうの、やっとるんですわ。日本で技術を学んでね、本国に帰って、頑張るっていうね」
「はああ、なるほどなるほど」
室長は大きく頷いて、メモを取る。ちらりと見るが、あれは字なのだろうか。汚すぎて何を書いてあるかわからない。とはいえ、社長の話を聞いて、少しずつ中澤工業という会社の様子がわかってくる。いわゆる町工場、小ぢんまりとした工場なのだ。ただ、社長のやわらかい人柄のせいか、イメージは特に暗くはない。
「失礼ですが、ご自身が創業を?」
「ああ、いやいや、そうじゃないんだ」
第3話【5】 につづく
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