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【小説】 愛のギロチン 15

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「……っ」

それは向かいに座る大貫が、空になったグラスをちゃぶ台に叩きつけた音だった。その勢いで、さっき店員が運んできた小鉢が飛び上がり、着地に失敗して転がっていた。ガチャン、の正体はこれだ。その縁から、小松菜のぬたらしきものがこぼれて茶色のスジを作っている。

「お前……」

こちらを睨みつける大貫は、明らかに気分を害していた。理由がわからず黙る俺に、大貫はドスの利いた声で言った。

「お前、採用を何だと思ってやがる」

「……え?」

「俺は、どこの馬の骨ともわからねえ奴に、大事な会社の採用を任せる気にはなんねえよ」

ドキリとした。

何かいま、重要な何かが目の前を通り過ぎた気がする。

「いいかい、崎野さんよ。俺はあんたの会社じゃなく、あんたに頼んでんだ。やんのかやんねえのか、決めるのはあんただろうが」

「……」

すぐには答えられなかった。そうは言われても、会社側がなんと言うかわからない。退職まで1ヶ月を切った今、俺が客先に出るのは引き継ぎのときだけだ。まして、新規案件を担当することなどない。

会社は新たなクライアントの登場を歓迎するだろうが、かといって退職の決まった俺を担当に据えるとは思えない。普通に考えればやはり、別の人間を窓口とするはずだ。

だが一方で、大貫の放った言葉が頭から離れない。

ーー採用を何だと思ってやがる。

それは警笛のように、俺の中に響き渡る。理性ではなく本能的な何かが、激しく叫んでいる感覚。

ーー採用を何だと思ってやがる。

そう。そうなのだ。

俺は今日、あの後輩にそう言いたかったのではないか? まだ大したキャリアもない後輩に、この仕事を”つまらない”と言われたとき、”オサラバして当然”だと言われたとき、俺は本当は、怒鳴りつけてやりたかったのだ。

採用を何だと思ってやがる!

と。

「まあ……急な話だ。別に今すぐ答えを出せとは言わねえ……」

「やります」

気がついたら言っていた。

「あん?」

「やらせてください、その仕事」

つづく


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