おやじパンクス、恋をする。#140
俺はレモンを持って扉の鍵を開けると、こんな遅い時間からの開店のために準備を始めた。
狭いシンクで手を洗い、水を張ったグラスにバースプーンを落とす。
天井から吊ったモニターの電源をつけて映画を再生し、PCでiTunesを立ち上げてフィッシュマンズのアルバムを流す。
ダスターでカウンターを綺麗に拭いて、ほうきで床を掃き、ゴミを集めて捨てた。一度店の扉を開け放ち、空気を入れ替えて、それからだいぶ前にボンの店で買った棒状のインセンスを焚いた。
カウンターに立つと、仕事モードになるからなんだろうか、頭の中がすっとクリアになる。ぼんやりとした感じが急になくなって、いろんなことが現実的になっていく。
普段の俺にとっちゃ、涼介やカズとかタカボンとかと、とても四十代には思えねえバカな毎日を過ごすってのが「現実」だ。
だけど今は、妙にシリアスな気分で、俺は俺の「現実」を考えている。
なんでかよく分からねえけど、俺はカウンターの中で、自分の頭に触れた。
少し伸び始めた刈り上げの部分の毛は柔らかく、だけど、トサカとの境界は明確だ。指先がトサカに触れて、その長い髪をわしゃわしゃと揉むようにしていると、いつもの自分に戻れるような感じがした。
「彼女以前」と、「彼女以後」で、俺は変わってしまったんだろうか。
なんて、そういうこと思う時点でなんか自分に酔ってるよな。
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。
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