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第4話『正しいこと、の連鎖』 【21】/これからの採用が学べる小説『HR』

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。
*目次*はコチラ

第4話【21】

外堀通りを進むタクシーは、ほんの五、六分で俺たちを新橋駅へと運んだ。「SL広場」として有名な日比谷口。その真ん前で高橋は車を止め、金を払うと、また何も言わずにカツカツとハイヒールを鳴らして歩いていく。

「あの……どこ行くんですか」

「ここ」

振り返った高橋が、指差す。

そこは新橋ならどこにでもあるような、薄汚れた雑居ビルだった。入り口脇に十個ほどの看板が出ているが、それらが何の店なのかはよくわからない。間違っても一見で入ろうとは思わないだろう。

俺の返事を待たず高橋は奥へと入っていく。慌ててそれを追うと、細い廊下の先に、古いエレベーターがあった。BAND JAPANのあったあの六本木のビルや、AA本社にある最新鋭のエレベーターとはまるで違う、広さ半帖ほどの箱。そこに、まるで芸能人のような高橋が躊躇なく入っていく。

俺はだんだんと不安になってきた。よく考えずついてきてしまったが、俺は騙されているんじゃないだろうか。ついていった先にはおっかない人たちが大勢いて、何十万・何百万の契約書に無理やり拇印を押させられるのではないか。

中途半端に入れたアルコールが、陽ではなく陰に作用する。馬鹿げたことだとわかってはいる。だが、高橋が何のために俺をこんな雑居ビルに連れてきたのかはわからない。

液晶の中、角ばった数字が増えていき、やがて7階で止まる。

チン、と音がして、扉が開いた。

「あっ……」

俺は思わず言った。そこに見えたのは、想像とはまるで違った風景だったからだ。

落ち着いたバー。

木目調の内装、微かに聞こえる音量で流れているゆったりしたジャズ、そして、エレベーター正面にあるカウンターの中で、ほとんど無表情に近い薄い笑みを浮かべている正装のバーテンダーが二人。

「いらっしゃいませ」

そのうちの一人が言い、頭を下げる。

「カウンターで。シャンパンを2つ。それから……」

席につきながら、手書きのメニューに目を落とす。

「あ、これこれ。いちじくのレーズンバター添え」

「かしこまりました」

カウンターの下にある荷物置きにカバンを置き、高橋の隣に腰を下ろす。

三十秒と立たずに、ピンク色の発泡酒が、高そうな細いグラスに入って置かれた。

「じゃ、お疲れ」

「……お疲れ様です」

よくわからないまま乾杯をし、一口飲んだ。

「で、どんな話をしたわけ?」

「え……ああ」

正木のことか、とすぐに思いつく。だが、その前に確かめなければならないことがある。

「高橋さん、どうして僕をつけたりしたんですか」

「は?」

「いや、だって、偶然なわけないじゃないですか。それに……俺が正木さんと会ってたことを知ってたでしょ。つまり、あの店に入る前から俺の行動を見てたってことだ」

そうに違いなかった。だが、高橋はこともなげに言う。

「失礼ね。私の行き先に、あんたがいただけよ。それも、ただいただけじゃない、私たちのターゲットを連れ去った」

「え……ターゲットって……正木さんのことですか?」

俺たちの前にドライいちじくが置かれた。真っ赤なマニュキュアの塗られた高橋の指がそれに伸びる。

「ま、正確に言うなら私の担当は彼じゃなかったんだけど。……まあそれはいいわ。とにかく私は私の思惑のもと六本木のあのオフィスビルに向かった。そしたら、一階のカフェでキョロキョロしている僕ちゃんを見つけた。外からしばらく見てたら、僕ちゃんは何かを見つけて、慌てて立ち上がって店を出ていった」

……あのビルのスタバで張っていたときだ。そして、エレベーターから降りてきた正木を見つけると、俺はその後を追った。俺は横目で、いじじくを頬張る高橋を見る。

「とにかく、その時点で私たちの計画は狂った」

「……計画?」

ターゲットとか計画とか一体何の話だ。

「でも、まあ、せっかくやる気になった新人君を止めるのも忍びないじゃない?」

「それで俺をつけたんですか」

「あんた、しつこいわね。別にそんなことはどうでもいいのよ。だいたいあんたこそ、何をどうするつもりで彼を追ったわけ?」

「それは……」

それを言われると困る。俺にもよくわからないのだ。そして俺はもう、その問に自分で答えをだすことを半ば諦めていた。

第4話【22】につづく(近日公開)

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