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第4話『正しいこと、の連鎖』 【28】/これからの採用が学べる小説『HR』

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。
*目次*はコチラ

第4話【28】

なんとなく話が核心に近づきつつある気がする。高橋はいったい槙原社長に何を言おうというのか。

槙原社長が、「ターゲット通りの社員だ」と太鼓判を押した正木。

そうだ。昨日俺は正木に接触するために新橋から六本木に戻り、そして2人で酒を飲んだ。

正木は今の状況を「幸運」と言った。

少しでもリスクのない道を選びたいと、そのためには既に成功者のいる道を選ぶのが一番だと。

過去に辛い思いをしたからこそ、BAND JAPAN、いや、高木生命の傘の下で暮らせることに価値を感じていた。

「ま、わからんこともない。あいつの表情や物腰が不自然だとでも感じたのだろう? 確かにあいつはまだ若手で、しかも新人だ。ウチの文化がまだ馴染みきっていない部分はある。私から見ても、まだ力みすぎだと思うよ」

社長は体を起こし、テーブルの上のガラス製の灰皿でタバコをとんとん、と叩く。

「だが、それもじきに慣れてくる。これまでも皆、そうだったんだ。最初は正木のようにぎこちない。だが、早い者で半年、遅くても1年で、みな立派な“高木生命の営業”に成長していく。そう思えば、正木は非常に優秀だ。入社半年ほどだが、既にいい結果を出している。……どうだね、高橋さん。私が彼に期待し、彼のような人間に来てもらいたいと思うのはおかしいかね?」

高橋は何も言わない。

……いや、もしかしたら何も言えないのかもしれない。

俺たちはしょせん求人屋だ。社長がこう思っていて、正木ら社員たちもその環境を受け入れているのなら、一体それ以上何が言えるというのか。

黙ったままの高橋に、社長は体を乗り出すようにして言った。

「いいかね、高橋さん。あなたが正木をどう判断したかは知らん。だが、あいつは事実、強くなった。入社した頃は本当に弱かったんだ。あんな状態では、人生を自らの足で歩んでいくことなど到底できない。そんなあいつに、私たちは強くなる機会を与えた。このままじゃお前はダメなままだぞ、だから頑張らなきゃだめだとな。俺たちの差し伸べた手を、あいつは掴んだ。あいつは自分の意志で、強くなることを決めたんだ」

社長の表情は真剣だった。本当にそう思っている顔。

「俺たちのやり方に異論を挟む人間もいるだろう。だがな、そういう奴はしょせん偽善者だ。本当の地獄を見たことがないひよっこだ。人生は綺麗事ではいかない。いいかね、高橋さん。正木は潰れる間際だった。あのままじゃ、二度と立ち上がれないまま人生を終えていくだけだっただろう。わかるかね? この厳しい世の中、弱いままでは渡っていけないんだ!」

自分の言葉に興奮するように、語尾が荒くなった。

社長室の中に、しん、と冷たい沈黙が降りた。

「……お兄さんのように、ですか」

やがて、ポツリと呟くように高橋が言った瞬間、槙原社長の目が大きく見開かれた。

第4話【29】につづく

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