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私たち自身の問題として考える〜『中学生から知りたいパレスチナのこと』

◆岡真理、小山哲、藤原辰史著『中学生から知りたいパレスチナのこと』
出版社:ミシマ社
発売時期:2024年7月

パレスチナの問題は素人にはわかりにくい。わからないので関連のニュースからも遠ざかり、ますます他人事になってしまう。そうした悪循環は何もパレスチナ問題に限らないのですが、本書に展開される議論を読めばそのような悪循環を断ち切る一つの契機になりうるかもしれません。

アラブ、ポーランド、ドイツを専門とする三人の研究者が登場します。三者の視点によって「パレスチナ問題」がより重層的複層的に見えてくる。それは従来の人文科学批判の言説にもなっているのでした。

アラブ文学研究者の岡真理は、「人種」とはそもそも植民地主義が生み出した概念であることを明快に指摘します。人種に分けて、それに優劣をつけることで「差別を合理化するレイシズム」を生んだのだと。それがパレスチナの植民地支配を生み、パレスチナにおけるユダヤ国家の建設を正当化してきたのです。ガザのジェノサイドもその延長線上になされているのであり、その意味では日本人にとっても植民地主義の暴力はけっして「他人事」ではありません。

『ナチスのキッチン』などで知られる現代史研究者の藤原辰史は、ナチズム研究者はナチズムと向き合いきれていないことを自省的に語っているのが印象に残りました。ドイツの歴史家が大切にしてきた「記憶文化」は偏ったものであると述べて、イスラエルのパレスチナへの暴力について論じることがタブー視されてしまったことを厳しく批判しています。ナチス的な暴力と真摯に向き合うことで、長年のイスラエルの民族浄化に対しても自分たちの研究の言語から批判できたはずというのはそのとおりでしょう。

ポーランド史を研究する小山哲は、世界史の展開を大きく俯瞰したうえで、「パレスチナの戦争や、パレスチナに渡ったユダヤ人のふるさとであったウクライナの状況というのは、私たちの外部ではない。私たち自身の歴史が絡まり合った問題なのだ」と指摘して説得力を感じさせます。さらに付け加えれば、ポーランドのナショナリズムやウクライナの民族運動にも「帝国」化を主張する潮流を見出しているのも冷静な議論というべきでしょう。その指摘がイスラエルの行為の相対化へと導くものでないことはいうまでもありません。

後半の鼎談で、日本史、西洋史、東洋史という区分は日本が近代国家として確立していくために戦略的に構築されたことを再確認しているくだりも重要です。これからのグローバル・ヒストリーの研究のあり方に関しても、三者の議論は意義深いものだと思います。

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