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芸術は人の行く道を照らしてくれる〜『原田マハ、アートの達人に会いにいく』

◆原田マハ著『原田マハ、アートの達人に会いにいく』
出版社:新潮社
発売時期:2023年3月

アートをモチーフにした小説で知られる作家の原田マハがアートの世界で活躍している人々を訪ねて対話する。本書は「芸術新潮」に連載された記事を書籍化したものです。

原田が会いにいった「達人」はなるほど錚々たる顔ぶれです。竹宮惠子、美輪明宏、ドナルド・キーン、池田理代子、藤森照信、山田洋次、フジコ・ヘミング、高階秀爾、大野和士、谷川俊太郎、安藤忠雄……。

池田理代子との対話は、原田が若い時に影響を受けたというだけあって入れ込みすぎの印象もなくはないですが、一斉を風靡した『ベルサイユのばら』をめぐって楽屋話なども巧みに引き出しています。最初、『ベルばら』の構想を話したときには担当の編集者から「女子供向けの雑誌に歴史ものはダメだ」と言われたらしい。

指揮者・大野和士とのトークもなかなかイケています。大野はベートーヴェンの交響曲第3番『英雄』を4歳頃に聴いて「脳天に何かが落ちてきたような衝撃」を受け「床の上を転げまわ」ったといいます。ヨーロッパで活躍を続ける世界標準の指揮者の音楽体験を簡潔に浮き彫りにしていて、この音楽家に対する関心がいっそう高まりました。

安藤忠雄との対話では、安藤が手がけた「こども本の森 中之島」開館直後ということもあって、冒頭から本を読むことの大切さが語られているのは興味深い。安藤は建築の独学を始めてから、漱石や子規の本にも触れて心を動かされるたび、十代で読んでおけばよかったと悔やんだといいます。デジタル化の傾向にはいささか批判的で「手に取って本を読んだり、美術館で美術品を見たりするのが、大切ですよね」と力説している点には私も同意したいと思います。

ただし美術関係の人選にはやや違和感が残りました。「美術はもちろん作家の力もあるけれど、観る人、守り伝える人の力も大事ですね」という認識が過剰に働いたのか、対話の相手が美術館の館長やコレクターに偏っています。ここは他の分野と同様に実作者との対話も読んでみたいと思いました。

原田はあとがきで、自身の創作の源としてきたのは「アーティストたちに「会いたい」という思いだった」と述べています。この場合の「会いたい」というのは現実に対面することだけではなくて、すでにこの世にいない過去の偉大なる創作家との心の対話のようなものも含んでいます。多くの人と対話を交わし自分の知らない世界を知り感じること。そのことによって自分の進むべき道が照らされる。なるほど小説だけでなくアートに触れる歓びとはそういうことなのかもしれません。

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