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差別されない権利のために考える〜『「差別」のしくみ』

◆木村草太著『「差別」のしくみ』
出版社:朝日新聞出版
発売時期:2023年12月

日本国憲法は「差別されない」権利を保障しています。「差別は許されない」ことに異議を挟む人はほとんどいないでしょう。しかし「差別」の定義はむずかしく、法学界でも「差別」の語が「区別」と同義に使われることもしばしばあるといいます。

本書では、マスコミでもおなじみの憲法学者がそのような状況や歴史的経緯を踏まえて、差別なき平等な社会を構築するために「差別」をいかに定義するかという問題から説き起こしていきます。

冒頭で差別の三類型を提示します。一般に「差別」と言われる言動は三つのいずれかに類型化できるのです。

一つめは「偏見」。人間の類型に対する誤った事実認識をいいます。二つめは「類型情報無断利用」です。人種や性別などの所属類型に関する個人情報の無断利用はプライバシー侵害であると同時に差別にも結びつきます。三つめは「主体性否定判断」です。相手が自律的判断をする主体であることを否定する判断を指します。統計的にある属性を持つ人がある行動をとる可能性が高いので、その属性の人を画一的にそのように行動すると判断するようなケースです。

とはいえそれらは差別の本体とは言えません。そこで差別そのものの定義が提示されます。「人間の類型に向けられた否定的な価値観・感情とそれに基づく行為」がそれです。

以上の認識を踏まえ差別の具体例として言及する問題は、非嫡出子の相続や同性婚・夫婦別姓をめぐる日常的なものから、奴隷解放など人種や民族をめぐる歴史の変遷まで幅広い。それらをコンパクトにまとめた、いかにも選書らしい書といえましょう。

ここでの法学的な議論は、易しいことを難しく論じているようにも感じられなくもないのですが、議論の精緻さという点ではやはり素人談義とは異なる言葉遣いになるのは当然なのだと思い直しました。米国での差別をめぐる議論の変遷もかなり専門的な記述になっているけれど、たいへん参考になりました。

とくにムスリムに対する差別を日米で比較した論考には考えさせらます。米国でも日本でもムスリムを包括的に監視している点で変わりはないのですが、米国の司法は監視することの差別それ自体の害悪を認定し、是正の方向に向かわせました。米国では司法の場で差別の問題が扱われてきた歴史があり、判例や理論の蓄積が力を発揮しているわけです。対して日本では、公的組織が差別的評価に基づき活動すること自体が権利侵害であるという理論が未発達だと本書では指摘しています。

ただし差別の問題を法理学的な知見だけで論じることの限界を感じさせる箇所もあります。たとえば夫婦同姓制度に関する論述です。木村は以前からその問題を「別姓希望カップルへの差別」であって「女性差別問題ではない」と述べてきました。しかし日本では婚姻するカップルの96%以上は夫の姓を選択しています。法の文言に差別はなくとも「夫婦が同姓を名乗らなければならない」という法律の効果が男女にとって異なった形で表れている事実は無視できません。これは国際連合人権理事会が設置する女子差別撤廃委員会の一般勧告に照らせば、女性に対する「間接差別」に相当します。「差別」のしくみを多角的に見ていくならば、当然ながら本書が取りこぼしている論点もあると言っておきましょう。

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