見出し画像

何のために並ぶのか!?〜『列』

◆中村文則著『列』
出版社:講談社
発売時期:2023年10月

長くいつまでも動かない列に人々が並んでいる。先が見えず、最後尾も見えない。何のために並んでいるのかも分からない。男もまたその列にいた──。
カフカばりの展開で緊張感たっぷりに読み進んでいく仕儀となるのですが、第二部では雰囲気はガラリと変わり、男の素性が明かされ、猿の研究者としての日々が描かれていきます。それを挟んで、第三部では再び列の描写に戻ります。

自分よりも前に並んでいる者が一人でも列から離れるだけで、すぐに前を詰める。その言動の意味合いが今ひとつピンとこなかったのですが、話が進むうちに列の一見不可思議な状況は猿の研究者としての日常生活をデフォルメしたような描写になっていることが判明します。自分が昇進するためにはライバルがたった一人でも脱落することは、自分にとっては大いに意味のあることなのだと。

列をめぐる描写は語り手の脳内現象なのか? 当然ながらすべてのキャラクターは作品全体を一貫する存在として描かれています。つまり列に並んだり離脱したりする人々の言動は語り手をめぐるコミュニティの寓意的表現として理解できる形になっています。

第二部では霊長類学の知見が随所に挿入されるなど作者の才気を随所に感じることのできる作品であることは確かですが、作品としての収まりの良さがかえって小説としての妙味をそいでいるというのはひねくれた感想でしょうか。
ともあれ、版元のセールストークには「最高傑作」の文字も見えますし、「長い小説ではないのに、二年半以上、ずっとこの小説を書いていた」という作者の労苦には、愛読者として心からねぎらいの言葉を贈りたいと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?