或る女史の日記
許されないと知りながら、恋に落ちるのは罪ですか。
頭と心は実際、別の生き物のように勝手に主張するので
もう私の手には追えないのです。
作家先生と呼ばれる方を、愛してしまいました。
先生には、奥様もお子さんもいらっしゃるので、
私はいわゆる愛人と呼ばれる立場なのです。
運命とは残酷さを孕んでいるものなのですか。
先生の作品は、もちろん全て読破しておりますし、
私生活に至っては、奥様よりも私の方が詳しいぐらいです。
先生の作品には、たまに私が登場するものもあるので、私たちの愛が記されたものが、書物となって後世に残っていくことを思うと、実に感慨深いものがあります。
先生は、仕事柄といってしまえばそれまでですが、
一日中、部屋の中にいますし、気が滅入ることも
多々ありましょう。
いつの頃からか、病魔が先生の体に入り込んで、ゆっくりと蝕み始めました。
私の業が、深いせいかもしれません。
先生のことは、私が守ります。
奥様がいらっしゃるのに、出しゃばってすみません。
でも先生は私にとって、愛そのものなのです。
別れるなんて出来ません。
私、勝手なことを言っていますね。
先生は時々、とても優しい目をしながら、奥様のことを私に話されます。
たぶん、愛してらっしゃるのでしょう。
私よりも?とは聞きません。
むしろ私は笑顔で応えます。
握りしめた拳の中に、爪が突き刺さっても。
そうです、嫉妬です。
その感情が醜いことは、とうにわかっているのです。
わかってはいても、どす黒い感情が私を支配していくのです。
やはり頭と心は、別の生き物なのですね。
もしも先生が、私よりも先に逝ってしまわれたらと
最近よく考えてしまいます。
そんなことになったら、とても耐えられないでしょう。
私にとって先生は、愛そのものですから。
どうかいつまでもお元気でいて下さい。
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