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【ショート ショート】 熊みたいなクマ

誰と一緒に住みたいかなんて、それは大好きな彼女とに
決まっている。といっても今、俺に彼女はいない。
別れたんだ。コイツのせいで。

俺は、クマと住んでいる。
クマといっても、動物の熊じゃないよ。
目の下のクマだ。
姿形は熊に見えるけど、正体はクマだ。
ああ、なんだかややこしい。

「お前さあ、いつまでここにいるつもり?」
俺は、ソファでくつろいでいる熊みたいなクマにきいた。
「キミのクマが、消えるまでかな」
蜂蜜入り牛乳をかき混ぜながら、クマはいった。
「チッ!何だよ、キミっていうな!キモイから」

もう慣れてしまって、自分ではあまり感じないが、
俺は、常に睡眠不足だった。
なぜかというと、ゲーム依存症だから。
わかっているんだ、原因は。

24時間なんかじゃ、全然足りない。
俺だけ時間を早送りされてやしないか、と思うくらい
時間が足りなかった。
依存症あるあるだ。
だから必然的に、睡眠時間が削られていく。
それは構わないよ、ゲームのためだもん。
問題はクマだ。

顔のクマを鏡で見ると、確かに酷い。
まるで何かに祟られている人みたいに、広範囲に
広がっている。
元々の青白さが強調されて、死相のようだ。
クマが酷すぎるから、コイツが出てきたのか。

熊みたいなクマが、チラッとこちらを見た姿が鏡に
映った。
「こっち見るな!早く出ていけよ」
「・・でもさ、まだあるよね・・クマ」
それだけいうと、そそくさとリビングへ消えた。
「何だよ!くそぉ〜」

何が腹立たしいかって、ある日突然あらわれた
熊みたいなクマを見て、怖がった彼女と別れる羽目に
なったし、俺のことも気味悪がられて連絡も取れなく
なった。まあ、ゲーム依存も関係しているんだろうけど。

熊みたいなクマは基本、人間と同じ生活をするから、
電気も水道も食費もかかる。
何より何で俺がコイツの世話をしないといけない?
おかしいだろ!俺のゲームの時間は?
時間が足りないっていってんのに。

コイツを追い出すには、顔のクマをなんとかしないとだ。

「今日から俺は、仕事以外に何もしないぞ!」
声高々に宣言した俺を尻目に、熊みたいなクマは
アンパンとプリンとチョコを平らげて
「風呂に入るよ、沸いてる?」
といって食べ散らかしたリビングを後にした。
「はあ?」
このままでは、ストレスで俺がやられる。
まずは睡眠、早く寝なければ・・・。
だがしかし
「・・うっ!全然寝られない」

人には睡眠がたくさん必要な人と、2〜3時間でも
大丈夫な人がいる。間違いなく、俺は後者の方だ。
クマは酷いけど。

努力はしたよ。
寝る前にホットミルクを飲み、モーツァルトを聴き
ラベンダーの香りも漂わせてみた。
好きなゲームさえ、封印したんだ。
一週間、頑張ったよ。でも、無理だった。
新たなストレスが、増えただけだった。

俺は折れた、俺の中の何かが音を立てて。
だってしょうがないだろ、寝られないんだから。
ゲーム依存症なんだから。

熊みたいなクマは、ずっとリビングにいる。
どうやらここが、お気に入りのようだ。
今日はマカロンとブラウニー、そしてヨーグルトに
大量のメープルシロップを入れて食べていた。
甘いものが好きなのだろう。見ていると胸焼けがする
から、普段は見ない。
おい、熊みたいなクマ!食費を考えろ!

クマは俺の顔の一部なので、これからも付き合っていくしかない。

熊みたいなクマとの生活もだんだん慣れてきた。
最近は、ゲームに興味を持ったらしい。
もしかして下手なりに、俺との共通の話題を作ろうとしているのか。手はかかるがよく見ると、コイツも案外
可愛いじゃないか。

テレビは通販番組をやっていた。
快適な睡眠を促すサプリの通販だ。

『どんなに不眠症の方でも安心。これを飲めば
 自然に心地よい眠りにつけます』

熊みたいなクマを受け入れた俺に、そんなサプリはもう必要なくなった。
俺はテレビのチャランネルを、そっとかえた。








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