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純愛でいこうっ! シンデレラストーリー

ガス台の上では鍋がカタカタとリズムを取り揺れている…
昨日から雇われたゲイバー…とは言え、私は女だ。
カウンターからまだ奥に入った小さなキッチン。
ここが私の担当。
開店間もなくのまだ静かな時間…低い椅子に腰を下ろし、読み込まれた本のページをそっと開く…。
今日の満月は、まるでプルプル揺れる目玉焼き。
月の周りを白い雲が丸く覆って、なんて美味しそうなんだろう。
歩道に立ち並ぶ銀杏は、天使の鳴らす鐘の色。
月光しか存在しない世界はなんて美しいことか…
俺は世界一高級な空気を身に纏う。
フフ…。何度読んでも笑みがこぼれる。
可愛さと美しさを感じる文章に癒され…
又、読み進めた。
と…。カランコロン。あ…天使の鐘の音…?
まだ小説から抜け出せない頭で考える。
「だーっ!駄目だ。ママッ。水くれーっ!おえー。」
いきなり、現実の汚い世界に戻された。
眉間に皺を寄せた私は渋々、立ち上がり、カタカタ鳴る鍋を覗き込む。
芋を軽く刺してみた。
よしっ。程良くダシを含み炊けている。
一人分のチャームを作リ出す。
ほうれん草のおひたしに、ごま油をすっとひとたらし。カッターにかけた鰹節の粉をたっぷりかけて…
アンチョビにチーズとリンゴの入ったマカロニサラダには刻んだゆで卵を綺麗に散らした。
里芋の煮っ転がしは鶏肉と干し椎茸に、彩り良く人参も忘れずに…
上に緑が鮮やかな、サヤエンドウの塩茹でを置く。
「嫌ねーっ!桃。一体、何時から飲んだら、こんなに早い時間にそんな醜態させるのよ?まだ…7時半よっ。はい。ただの、水ね!」
この店のママ…本当はパパか?が水を置き、一言嫌味を付け加え?言う。
私の静寂を台無しにした、桃…?は…
「ん?昼過ぎから…担当さんと飲んでた。ぷはあーっ。ただの、水、旨い…」
と、答える…。ママの嫌味は応えていない様子だ。
「ウチは公園じゃないのよっ。私、喉渇いちゃったから、ビールを貰うわ。あんたは?何か飲む?」
ママが訊き…
「勿論。俺、水割りね。まだボトルって…ヒック。有るんだっけ?」
桃が逆に訊いた。
「この前、入れたばかりじゃない。ウチみたいに親切な。店じゃなきゃ、ボラれるわ。桃。ハハッ。」
ママが呆れて言う。
「ハハハッ。親切ね…。」
桃は笑い…
私から受け取った、チャームを持ちカウンターから出て行った明美さんが…
「いらっしゃーい。桃。今、水割り作るわね。」
と、チャームをテーブルに置いた。
「ああ、明美さんも飲んでよ。」
桃は勧めていた。
「あらっ。当然よ。ハハハッ。」
「だよね?ハハッ。」
二人が笑う。
ママが冷蔵庫から出したビールを二つのグラスに注いだらしく…
明美さんが、水割りを作る音がして…
「え…?なんかチャーム、いつもと感じが違うね。手も込んでるし、綺麗だ。俺、飲んでただけでさ、何も食って無いから腹ペコなんだよ。食欲をそそるねぇ!」
と、桃は言い…
「はい。じゃあ、桃。頂きまーす!乾杯。」
「私も頂きまーす!乾杯。」 
グラスを取ったらしく…
「乾杯。」 と、全員が言った。
「あのね。中やってたボーイさんがさー、転んで腕を怪我しやがったのよ。2日前から、臨時の人に来て貰ってるって訳。これが…なかなか、美味しくて評判良いのよねー。」
ママが言い…
「本当、何でも美味しいのよ。」 明美さんも頷く。
私は褒められて…些か、照れたが…
客の反応が心配になり、キッチンからそーっと覗いてみた。
ド派手なチャラいカッコの男が居た…
「うわッ。ディスられそう…。」 心の中で呟いた。
一応…姿勢を正したチャラ男君は、手など合わせてから一口目。
「んんっ。へ…。」
頷きながら…おひたしを食べている。
「んん…」とは…?一体、どんな反応なんだ?
マカロニサラダを手に取り…口に運ぶ。
「へー…。」 又、何回も頷く。
だから…何?どうなの…?感想を言ってよっ。
ママも明美さんも、ビールを飲みながら…桃の顔を見ているだけだ。
最後に、里芋の煮っ転がしを食べて…
「ほー…。」 桃は…首を振った。
ああ、駄目なのね…。チャラ男君のお口には、合わないらしい。
そっと、キッチンに戻って椅子に腰を下ろした。
人に期待をする事など…とうの昔に諦めている。
例え、彼が駄目出しをした所で、いきなり首にはなるまい。なんて考えていると…
「勿体ないなぁ…。」 桃の声がした。
「何よー。いきなり…」 ママが訊く。
「あんたって…たまーに、自分の世界に飛んで行くわよねー。」 
明美さんも呆れた声を掛けたが…
「いや、料理だよ。この料理は…酔った客に食べさせるにゃ、勿体ない味だよ。もっと味わって、有り難く頂く。っていう域の料理だ。」
酔っていた今までとは違う口調で…意外な声が聞こえてきた。
ぼーっとして、カタカタ鳴る…鍋を見つめていた。
「酔っぱらいの桃に言われたかないと思うけどね。あんたがそう言うなら、完全に合格よね。実は私もそう思ったわよ。」
ママが桃に言っている。
「何気にあんたって…食べ物にウルサいもんね。ママや桃が言うって事は…本物ね。彼女は。」
明美さんも頷き言った。
そんな大袈裟な物では無いと思ったが…
取り敢えず、褒められる事は嬉しい事だし…
首にはならずに済みそうで安心した。
「ねえ、里芋の煮っ転がし…。お代わりして良い?」
桃が言い…
「あんたねー!ウチは定食屋じゃないのよっ。酒も進まないでッ。ハハハッ。仕方無いわねー。特別料金よ。後、プラスで、私達にビールもう一本っ!」
ママが笑い…
「あらー。桃。大変ね!ママの特別料金は怖いわよー。ハハハッ。」
明美さんが脅していた…
「マジで。特別料金を払う価値有るよ。この料理は!怖いけどね…。ハハハッ。」
桃が少し甘ったれた感の有る声で言った。
慌てて、もう一鉢、煮っ転がしを作り…取りに来た明美さんに渡した。
「清美。評判上々よ!良かったわねっ。ハハッ。」
受け取り、明美さんが私の肩に手を置き言う。
「ヘヘッ。喜んで貰えて良かった。」
流石に、お代わりは嬉しくて、照れながら答えた。
「まん丸で…大ーきな夕焼けの味だ…。夕暮れの坂道、空を見上げて…、大きく息を吸い込んだ時に…何処の家からともなく流れてくる温かーい。匂いの味だよ。」
桃が、言う声が耳に入った…
ええ…?チャラい見た目からは想像出来ない桃の言葉に…
思わず…作業の手が止まる。
それは…私が大好きな本の世界の一行が抜け出してきた様な言葉だった…。
「それは…最高のほめ言葉ね。桃。久しぶりに貴方の言葉を聞いた気がするわ。」
普段はおちゃらけてるママの…静かな声がした。
カランコロン。普通に店の扉が開く音がして…
「あーらっ。いらっしゃいませ。」
明美さんが言い立ち上がった。
ハッとして、手を動かし作業に戻る。
少しして、同伴で真紀さんが出勤してきた。
続けて、お客様がもうひと組来店して…
「ママ、忙しそうだから、又、来るよ。」
声がした…カランコロン。「桃」が帰った様だ。
さっきの桃の感想が…耳に残る。
「いらっしゃいませ。」
よそ行きのママの声に…常連客では無いと解る。
チャームを全て出し終わり、椅子に腰を下ろす…
「へー。チャームでこんなに手の込んだ物が食べられるとはね…嬉しい、驚きだね。」
ママの接客する中年男性が言い。
「酒が進むね。ハハッ。」
「でしょ?じゃんじゃん、飲んじゃってー!このチャームはね。暫くの間だけ限定。店の売りなのよ。なかなか、良いでしょ?」
…。えー!プレッシャーなんですが…余り大きな声で言わないで下さいよ…ママ。
真紀さんの同伴で来店したお客様が…
「んー。真紀、ワインが飲みたくなったな。このマカロニサラダ食べてたらさ。開けよう。」
「うん。良いわね!ワインいってみよーっ!」
余り大きくない店内は今日も陽気に賑わっていた。
ホステスさんの働くスナックより、ゲイバーは賑やかだ…。
言い表し様のない特殊な陽気さが…私の心の暗闇に調度良い。
この店が気に入っていた。
臨時雇いだが、自分としては珍しく働くのが楽しいと思える空間だった。
それぞれに事情を抱え…他人に踏み込まない。
そんな雰囲気が心地良いのかもしれない。
前に働いていた工場をリストラされ…寮を出なければならなくなった。
自分でアパートを借り、生活をするのは…身寄りの無い私に取って、仕事量を増やす以外に選択の余地の無い事だった。
体がキツい分、精神衛生面では楽でいたい。
そんな自分の条件にとてもここは合っている。
時計の針が三時に近付き、閉店を迎えた。
「清美。ご苦労様。今日も評判良かったわよ。又、明日も宜しくね。」
ママが日当を手渡し…声を掛ける。
「有難う御座います。お休みなさい。」
そう。日払いで貰えるのが又、嬉しい。
大切にお金を受け取り、家路を急ぐ…
明日…いや…今日は9時からビル清掃の仕事が有るのだ。
一刻も早く、寝なきゃ…。

私の本業は、クリーンサービス全般とハウスキーパーの仕事を請け負う会社の社員だ。
ハウスキーパーなら、住み込みの仕事も有るのでは…?
なんて期待したのだか…今、住み込みの空きは無いと言われ、次の面接に費やす時間もお金も無く…
取り敢えず、働かざるを得ない状態で働いていた。
「えー?又?よっぽどの変人か変態かしらね…?」
「お金は良いらしいわよ…でもねー。何でも、女の出入りもかなり激しいらしいし…」
「時間よー。夜中に帰って御飯だの…何時に何って決まりが全然、無いらしいわよ。」
「うわ…。嫌だ…予定が立たないのは、最悪ね!」
「一番の問題はね、何を言ってるかが解らないらしいのよっ。日本語なんだろうけどね…ハハッ。」
共に働く人々の噂話が始まった…
良いお金を払っているなら時間が不規則な位は当たり前の事だと思ったし…
女の出入りが激しいかろうが、自分の亭主じゃあるまいし、良いではないか?
一体。何を相手が言いたいかを本気で理解しようとしてるのかしら…?
余計に疲れるだけだ…聞き耳だけは立てていたが…参加もせずに黙々と作業に専念していた。
作業を終え、事務所に戻った私に主任が声を掛けてきた…。
「おい。田中さん。君、確か…住み込み希望じゃなかった?」
「はい。アパートは一応、借りてしまいましたが…」
私は答えた。
「そっか…。いや、今になって住み込みが空いたんだよね…。勤めて間もないのに辞めたいって言われちゃってさー。給料は…かなり良いんだよ。今の二倍にはなる。でも、もう…四人も立て続けに辞めてるんだよね…しかも、全員が直ぐにね。はぁ…。そんな所、嫌だよね?」
主任は言い辛そうに話した…
二倍っ!給料が二倍っ!
「いえっ!是非、やりたいです。ただ…引越に、一日。一日だけ待って頂けませんか?後、スミマセンが…家賃を一ヶ月分は払う様になると思うので、出来れば…一ヶ月だけ、前借りさせて頂けませんでしょうか…?」
前借りは…無理だろうか…?でも…
「絶対にっ!私は絶対に辞めません。行く所が無くなるんです。絶対に辞めたりはしませんから。」
と、ダメ元で押してみた…。
「ウチとしても、手放したくない、大口のお得意様なんだけどさ…人当たりも良い人なんだけどなー。じゃあ…直接会って、色々と自分で交渉してみる?だって…引越しちゃってから、どうしても嫌なら困るだろ?」
主任は不安そうに言う。
そんなに…嫌なヤツなのか…?
いや、関係無い。給料、二倍っ!迷う手は無い。
「はいっ!他にも相談があるので…自分で交渉出来れば、そうしたいです。是非、お願い致します!」
頭を深々と下げていた。
「じゃあ…今、電話するから…待ってね…。」
と、受話器に耳を当て…
「大概は、繋がったためしが無いけどさ…。」
プルプルップルプルッ。
「あっ!桃山様。ライフサポートですが…ええ。この度は、大変ご迷惑をお掛け致しまして…で…代わりの者なのですが、これから先生のお宅に伺わせて頂いてですね…少し、相談をさせて頂きたいと申しておりますが…はぁ…。では、直ぐに伺います!」
電話を切り…
「今なら、居るそうだっ!早く行った方が良い。滅多に捕まらない人なんだよ。」
主任が慌てて、私に言った。
「は…はいっ!」
絶対にっ!このチャンスを逃す訳にはいかない…速攻で、言われた住所に私は走った。
先生…?何の先生?ああ…政治家か?
お洒落なお宅の前で…ゼイゼイしながら…1回、髪を撫で、インターホンを鳴らす…。
「ライフサポートの者ですが…。」
と、言った。
「早っ。早いねー。ハハッ。どーじょ。」
ふざけた声と共に…
「だぁれー?」 甘えた…女の声がした…。
確か…男性の独り暮らしと聞いていたが…?
ああ!昼間の同僚の話題が…この人の話しか…?
女の出入りが激しいとか…?などと、思いながら…
自動で開いてきた門を見つめ…
「お邪魔致します…。」 姿勢を正し、歩き出す。
重そうな玄関が開き…
「いらっしゃい!いやいや…参ったよ。叔母ちゃんに突然辞められちゃってさー。ハハッ。」
なんとッ。チャラ男…桃が出て来たっ!
「あ。桃だ…。」
思わず…目を見開き、口まで無意識に開き…声が出てしまった。
「へっ?桃…。俺の事を…?」
しまった…。と…
「ああ…桃…桃山さんですか?って訊こうかなー?なんて…ハハ…。」
グチャグチャ言って誤魔化した…
「はいっ!俺、桃山さんです。君…。随分、若いけど…今日から来てくれる人かな?」
桃が訊いてきた。
「ええ。今から、私が桃山様に相談を致しまして…その条件が合えば、契約となりますが…。宜しいでしょうか?」
と、答えた。
「へー。じゃあ、上がってよ。」
と、桃が言ったが…
「ねえー!有難う。私、帰るよ。又ね。桃ちゃん。」
ど金髪の派手な女の子が走り出て来て…
桃のほっぺたにキスをした。
「おう。大丈夫?良く話してね…又な。」
ヒラヒラと、桃は笑顔で手を振り…
女の子が…「うんっ。靴を有難う。」 と、頷き…
出て行った。
「こっち、来て。」
桃は何も無かった様に…私を手招いた。
か…軽いな…。遊び人ってヤツか…?
「はあ…。」
私も同僚の噂…情報のお陰も有り、何も無かった様に振るまい…?着いて行った。
温かな日差しが漂っているダイニングキッチンに通された…
「どうじょっ。」 と、手で示されたソファーに腰を下ろした。
「で…相談って…?」
桃はタバコに火をつける…
日差しに透けた薄茶色の髪…タバコの先を見つめる長いマツゲが妙に綺麗だった…。
ハッとして、業務モードに戻る。
「はい。先ずは、突然でしたので…一日だけ、引越にお時間を頂きたいのと。大変、申し訳御座いませんが…引越に当たりひと月だけ、前借りをさせて頂きたいのです…。」
表情の変わらない桃を伺いながら…
「後…。私はダブルワークをしておりまして…」
うーん…ゲイバーの事を言うべきか…?
でも、言わなければ…ボーイさんの怪我が治るまでは辞める訳にはいかないのだから…。
やはり…正直に言うしか無さそうだな。
「えー…。実は…昨日…桃山様がいらしたゲイバーで、キッチンをやっております。ご存知でしょうが、ボーイさんが治るまでは辞められないので…」
と、言い掛けた…
「ええーっ!ラブ?ラブに居たの?」
大きな切れ長の目をもっと大きく見開いた…。
「ラブ」とは、私が勤めるゲイバーの名前だ。
「昨日ってさ…じゃあ、あの…、大きな夕焼けの煮っ転がしを作ったのは…君なの?」
目を見開いたままで…訊いてくる。
「はあ…。素敵な言葉でお褒めに預かり、キッチンで、恐縮しておりました。ハハ…。」
私は頭を下げ照れて…答えた。
「なので…暫くの間は、6時から夜中の3時過ぎまで、ラブに通わなくてはならず…留守にしてしまいます。それが相談なのですが…如何でしょうか?」
と、上目遣いで桃を見た。
「…。」
まだ、驚いた顔のままで…無言だ。
ああ…。やっぱり、駄目か。
「駄目ですよね…?時間が不規則だとも伺っておりますし…食べたい時間に私が居なければ、話しになりませんものね。しかも、初めての仕事で一ヶ月の前借りなんて…普通は駄目ですよね…?解りました。スミマセンでした。事務所に戻り…」
私は、ソファーから立ち上がる。
「ちょ…ちょっとちょっと、待ってよ。俺まだ、何も言って無いよっ!驚き過ぎた…。」
灰皿にタバコを押し付け…
「いやね、ラブのキッチンって…普通に50代の主婦だって、俺的に決めつけてたからさ。びっくりしちゃってね。へー…。ああ、良いよ。」
と、桃は言った。
「はっ?良い?あの…何が?」
私は立ったまま、戸惑っていた…
「うん。明日?明後日?から、住み込みで来られるのね?で、今、給料は手渡しして良いの?いつもは振り込むけど…ともかく、前借りO.K.だよ。で…ラブもボーイさん治るまでO.K.。俺、仕事詰まってる時以外は…ほぼ、毎日位にあの店行ってるんだわ。だから、腹減ったら店で食い物頼むよ。えーと。それで、O.K.なのかな?」
桃は一気に言い…私を見て訊いた。
「ほ…本当に…?良いの?」
つい、ため口になっていた…
「あっ。失礼致しました…本当に宜しいんでしょうか…?」
言い直した私に…
「ハハハッ。敬語要らないよ。ってか、堅苦しくて嫌だよ。むしろ、ため口にして。で…俺は是非とも君にお願いしたい。」
桃は声と同様…少し、甘ったれた様な笑顔で言う。
「わ…私もっ。是非、是非、働きたいですっ!宜しくお願い致しますっ!」
私は…給料二倍!給料二倍と…心で叫んでいた。
「だからさー。敬語要らないって。ハハッ。じゃあさー、部屋を案内するね。一緒に来て。」
桃は立ち上がり、歩き出す…。
「はいっ。あ…うん。…かな?」
首を傾げながら、慌てて着いていく…
1階の奥に十畳以上は有ろうかと思う部屋が有り…
「ここ、使ってね。広さ…足りるかな?」
「いやいや…。広すぎて困る位だ…。ハハ…。」
「良かった。隣が…簡単なバスルームと、トイレね。1階専用だから…要は、ほぼ、君専用だね。」
「はあーっ!私…専用…?参ったなこりゃ…。」
「ハハハッ。何っ?その反応?可笑しいっ!年寄りっぽいっ!ハハッ。」
「いや…。贅沢過ぎて…腰が抜けそう…。」
「ハハハッ。腰抜かされたら困るよ!体力には余り自信が無いし。俺。ハハッ。」
「ハハッ。だよね?いやね…。今のアパート、三畳一間だし、お風呂も台所も共同だから。自分専用とか…。夢じゃないかって…。さっきから、手をつねり過ぎて、ほら、真っ赤だ。痛い。ハハ…。」
「…。ハハハッ。何それー。痛い程つねるなよーっ!可笑しな人だなー!」
桃は軽く私の頭に手を置いた…。仕草はチャラい…
が、あ…温かいなぁ…。なんて、思った。
「いやね。俺も、ぶっちゃけ。悪くは無い条件だと思うのよ。お給料もね。でも…実際は、直ぐに辞められちゃうじゃん?嫌われ者なのかな…?」
首を傾げる…。
「私はっ!絶対に辞め無い!辞めても行く所が無いし、出てけって言われるまでは、絶ー対に、ここに居る!いや、ここに居たいっ!」
私は半分ムキになって桃に言った。
「…。ハハッ。それは心強いな。出てけ…なんて、絶対に言わないから、長く居てね?」
と、桃は言ってくれた。
雇われている側の気持ちを楽にさせる言葉…。又、見掛けとのギャップに驚かされた。
2階の四つ部屋のウチ、3部屋を見せて、残りの部屋は、作業部屋だと聞かされた。凄い豪勢なバスルームなどを軽く見た後、又、1階のソファーに腰を下ろす。
「ねえ?早速、コーヒーでも煎れてくれない?一緒に飲もうよ。」
桃が言い…。
「はい。あ…うん。煎れてくる。耳だけは聞いてるから…何か他に有るなら言ってね?」
私はキッチンに行き、素敵なカップやソーサーに見とれながら、コーヒーを落とした。
「うーん…。客が多いかも…?後…食事は一緒にしてよ。俺。一人で食べるのが嫌いなんだ。」
「え…?お客様と召し上がれば…?」
「うん。勿論、客?の御飯もお願いしたいけど…。皆で一緒に食べようよ。」
「はあ…。食費が浮いて…私的には非常に嬉しいお話しですが。良いの?」
「うん。良いのっ。その方が絶対に美味しい!あ…ただね、仕事柄、時間は不規則だよ。夜中に御飯食べたり、その時は付き合わないで先に食べてよ。ってか、腹が空いたら自由に何でも食べて良いからね。でも…俺が食べる時、傍に居てくれると嬉しいかな…。」
と、照れ臭そうな顔をする。
「先に食べても…夜中も付き合う。だって、お腹空くもん。幾らでも、一緒に食べるっ!凄い食べる人なの。私。ハハッ。」
「ハハハッ。本当に心強いやっ。じゃあ、宜しく。」
コーヒーが落ち…
夢の中に居る様なカップ達の中から…金の縁取りが素敵な花柄の物を選んだ。
「ねえ。コーヒーは…ブラック?有り、有り?」
私は覚える為にも訊く。
「砂漠をポクポクと歩くラクダの色のコーヒーに、思わず溜息が出る位のお砂糖を入れてくれる?」
と、桃は言う。
又だ…。又、あの本の世界…。
私は、無意識に微笑みながら…
「ポクポク…」 ピッチャーのミルクを回し入れ…
「はあ。甘い。幸せ…」 シュガーポットから三つ…
クルクルと、スプーンを回して…
「はい。ラクダさんのコーヒーをどうぞ。」
と、二人分のコーヒーを運んで置いた。
「…。へー…。サンチューッ。」
と、桃は何とも言えない顔で、私を見つめ…一口、すすり…
「はぁぁ…。」 大きな溜息をつく。
私も腰を下ろし…一口、すする。
「はぁぁ…」
仕事が決まった安心感と、何故か?心地の良い時間に、溜息がこぼれ…
外のガーデンデッキを見つめた。
「今日もラブにいる?引越しで、休むの?」
「まさかっ!休まないよ。私、そんなに荷物なんて無いの。家具なんて無いしね。しかも、まだ引越したばかりで、箱も開いて無い。これから、退居を大家さんに話して、多分一ヶ月分は払うよな…。それから、少しの洋服類をまとめて、ラブに行くよ。」
と、答えた。
「荷物の移動は…?業者に頼むの?突然だし、少ないなら、俺のダットラに積めるから、明日?アパートに迎え、行こうか?」
桃が私に訊いた。
「えーっ!良いの?何回かに分けてでも、自分で運ぼうかと…。費用が勿体なくて。良いの?」
私は正直に言っていた。
「だって、一刻も早く来て貰えたら、俺が助かるからさ。そうしようよ。ねっ?」
無邪気な顔で笑い掛けられて…
「嬉しいっ!すっごい、嬉しい!有難う。え…と、なんて呼んだら良いかな?あっ。失礼、私は田中清美です。」
と、再度、自己紹介込みで…?訊き、喜んだ。
「ハハッ。桃で良いよ。俺も清美で良い?」
「うん。勿論。改めて、宜しく。桃…?ハハ…。」
「宜しくね。清美。じゃあ、俺がライフサポートに決まったって電話しておくよ。それで…さっきの話しだけどね。一ヶ月分の家賃は、給料とは別に出すよ。これはこっちの都合で要る費用だからさ。そっちは、当然と思って受け取って良いんだ。いくらなのかな?」
当たり前の様に桃は言った。
「…。痛っ。」
「えっ?どーした?」
「又、手をつねってた…。幸せ過ぎて…。信じられないの。幸せに慣れてないから…私。本当に良いの?35000円もするんだけど…」
申し訳ない気持ちで言ったが…
「了解。気に入ったんだよ。うん。清美が気に入ったから、早く来て欲しいし、ずーっと長く居て欲しいんだ。先行投資ってヤツだね。ハハッ。」
桃はお金を私に渡して言った。
「私もっ!私も気に入った!素敵なおもちゃ箱の様なキッチンも、柔らかい日が降り注ぐダイニングも、勿体ない位の部屋も…全てが、気に入った!」
言ったが…
「えーっ?俺…は?」
桃は不満顔で訊いてくる…
「まだ。まだ…解らない。私、人を信じる事が半端なく苦手なの。だから…まだ解らない…。」
お金を貰っておいて失礼な話しだが…これから、四六時中を一緒に過ごすんだから…
又、正直に言っていた。
「ハハッ。俺と真逆!誰でも信じちゃって…しょっちゅう痛い目にも合うんだ。足して二で割りたいねっ?ハハッ。」
桃は真顔で首を振り言った。
その仕草と、如何にも人が良すぎて騙されそうな桃を見て…
「…。プッ。そりゃー、無理だ!ハハッ。」
自然に笑っていた。
久しぶりの事だな…。なんて考えながら…
「ハハッ。じゃあ、清美。ラブでね。今夜のチャームも楽しみだよ!」
「うん。って言っても、女の私が店先に出る訳にはいかないから、ラブでは話せないだろうけど…明日、ここの住所で…待ってます。携番はこれ。」
と、住所と携番を書いたメモを渡した。
「了解。清美。ラクダさんのコーヒー、美味しかったよ。」
自然に微笑み、メモを受け取り言った。
「ハハ…。良かった。では、桃。私、一旦、失礼致しますっ。」
と、少し照れて…立ち上がり、コーヒーカップを片付けてから、玄関に向かった。
「清美。後でねッ。」
見送る桃は又、ヒラヒラと手を振った。
「うん。後でね。桃っ!」
私も両手を大きく振っていた…。気分が高揚する事も私にしたら、珍しい。

事務所に着くと主任が…
「桃山様から電話を貰った。良かった、決まって。随分とご機嫌でね。「良い人を有難う。」なんて珍しく言われた。ハハッ。」
と、言った。
「それなら、良かったです。」
「はあ…。何分、続くと良いがね…。」
主任は首を振る。
「大丈夫でしょう。世界観が同じですから…。」
私は呟いた。
「は?」
「いや、何でも無いです。頑張らせて頂きます。」
と、頭を下げた。
「まあ、何か問題が有ったら連絡して。後は、全部あちらの意向でやってよ。」
「承知致しました。では…。一刻も早く。との事なので引越しの準備に、上がらせて頂きます。」
「はい。了解です。ご苦労様。」
私はその足で大家さんに連絡を取り、急な仕事の転勤…?で引っ越すと、伝えた。
大家さんは、数日しか居なかったのだから…と、家賃を日割りにしてくれた。
今日はなんて、良い事ばかりの日なんだろう?
こんな日は、生まれてから今日までの記憶の中に数日、有るか無いかだな。などと考えながら…
「では、明日の出掛けに鍵はお返し致します。有難う御座いました。」
大家さんにお礼を言って、頭を下げた。
家に帰り、本当に少量の服や日用雑貨を箱に詰めてる…。これで最後かな?と…
ピンポンッ。チャイムが鳴った。
ええー。誰…?チャイムの存在を忘れる程、鳴ることが無かったし…。誰も来る人なんやか居ない。
「はい…?どちら様で…。」
訝しげに問い掛けると…
「清美?俺、俺っ。桃でーす!」 
と、無駄に明るい声がした。詐欺かよ?
びっくりして、慌てて立ち上がり玄関に急いだ。
いや、急ぐって言っても…数歩だけどね…。
「えーっ!ええー…?どうしたの?」
やっぱり…。と、断られるのか…?
嫌な事ばかりを考え…。恐る恐る…玄関を開けると、桃が相変わらずチャラいカッコで立っていた。
「いやさー。荷造りも直ぐっぽい話しだったし。思い立ったが吉日。って亡くなった祖母の口癖だったからさ。来ちゃった!ヘヘッ。」
いや…ヘヘッ。じゃねーし…。焦っただろ!
でも、実際は…もう終わってるし。
「はぁ…。まあ、上がって。調度、今、終わった所なの…あっ!」
私は思い出し、バッグから封筒を取り出した。
「これ、有難う御座いました。大家さんが日割りにしてくれたから、お釣りです。」
と、桃に差し出した。
「へー…、良かったねー。なんか、俺が得した気分なのは何故だろう?ハハハッ。」
桃は受け取り、笑った。
「いやいや…。住んだ日にちの分は、払わせて貰ったから、桃は…損だよ。ハハハッ。変なのっ!」
「だよねー?だけど、そんな気分なのっ!変だね。ハハハッ。」
二人でゲラゲラ笑って…
「じゃあ…どれから運ぶ?この端からかな?」
「うん。私、明日の為に残した洗面用具をしまうから…。お願い致します!」
「ラジャッ!」
桃は敬礼をして作業を開始した。
私も急いで箱詰めを済ませ…手伝い出した。
とはいえ…段ボールは四個。直ぐに作業は終了し、掃除の後、大家さんに鍵を返した。
「さあっ!清美。新居に出発だっ!新しい人生のスタート地点かもよっ?なーんて。ハハッ。」
あくまで桃は陽気に言い、無邪気な笑顔で…手を高く突き上げる。
「だと…。良いなぁ。期待はしないけどね…。」
あくまで私は陰気に答えた。
「ほらっ!見ろよッ。清美。俺達が向かう先の道がピカピカの宝石みたいに光ってるっ!きっと、再出発を祝ってるんだね?よーしっ。オッケー、レッツゴー!」
又だ…。本の一行が桃の口から流れ出る…
思わず…。顔を上げ、私も外を見た。
西日を浴びたガラス達がピカピカ輝く…
「本当だ…。宝石みたいだね?ハハッ。うん。オッケー、レッツゴー!」
私もつられて、手を突き上げる。
桃山家に着いて、段ボールを一つづつ抱えて部屋に入って、驚いた…。
さっき空だったフローリングの部屋には、ラグが引かれ小さなテーブルと大ーきなベッドが入ってる。
「取り敢えず、最低限の物、勝手に入れちゃったんだけど…いけなかったかな?もし、嫌なら…」
桃が言い掛けた様だが…
「す…素敵っ!凄い…わーっ!桃が、買ってくれたの?これ…私が使って良いの?貰って良いのっ?」
桃の話しなど聞いていられない程、興奮した。
「わーっ!眩しい位に真っ白!フカフカ…。アルパカさんを抱っこしてるみたい…」
ラグにすり寄って、柔らかい感触に感動した…と、思うと…
「わーっ!わーっ!映画で見たみたいな、大きなベッド!まるで、外国のお姫様だっ!ハハッ。」
今度はベッドにすり寄り、撫でてみる…。
「…。気に入ってくれたなら、良かったよ。清美。」
少し戸惑っている様な桃の言葉に…
「気に入ったなんてもんじゃないよっ!この部屋は私の宝物にするっ。桃。本当に有難う!」
思わず…桃の両手を握りブンブンと振った。
「ハハハッ。俺、凄い…嬉しいかも。ハハッ。」
桃が笑う。
「何で桃が嬉しいのよ?ハハッ。嬉しいのは、私だよー!ああっ!荷物入れなきゃ。ラブに行く時間になっちゃうよっ!私、興奮し過ぎたな…ハハ…。」
「ああ…。そうだね!急ごう。清美。」
二人は又、トラックの荷物を部屋に運び入れた。
「よしっ。後は帰ってからにする。じゃあ、行って来ます!桃。」
私は、少しボーッとしている桃に言い…
「あ…。ああ、清美…いってらーっ。後でね。」
又、手を振る桃に送り出されて出勤した。

お塩少々で湯がいた千切りキャベツは、細切りサラミとビネガーで和え、ブラックペッパーを一振り…味を馴染ませ、簡易ザワークラウトの出来上がり。カマンベールを添えて…一品目。
表面を片栗の衣でカリッとさせた揚げ出し豆腐に、細かく刻んだエノキと鶏の挽肉の和だし餡を掛ける…柚子をおろして…二品目。
三枚肉のブロックを紅茶でゆっくりじっくり茹でこぼし…プルプルに柔らかくなったら、ハチミツ入りの醤油タレに漬け込んでおく…薄く切って三品目。
はい。本日の仕込みは終了!
さて、椅子に腰を下ろし…本のページを開く。
あっ。ほら見て!グラスに満月が浮かんでるよ。
ユラユラ揺れる…月のカクテルだね?
彼女は、グラスで触れ合う氷の様な軽やかな声で笑った…
俺も満月を写し、口づける様に一口呑み…
遠い惑星に想いを馳せた。
カランコロン。氷が触れ合う音…?
あ…。お客様か!本をそっと伏せ…
チャームをセットしはじめる。
「えー…?いらっしゃいっ。あんた、この頃、出勤が早くない?桃?良いけどさー。」
ママの声がした…
「いらっしゃい!桃。」
遠くから明美さんも声を掛ける。
あっ!桃が来たんだ…ハハハッ。
一人、微笑み…チャームを少し多目に盛り付ける…
「うん!今日は…わざと早く来たんだ。」
桃の声がする…
「何?…。相談?外、行こうか?」
ママの心配そうな声…。
「いやいや、違うよ。客が来る前に、ちょっと清美呼んでくれない?勿論。飲んでも行くからさ。」
桃がママに言った。
「はあーっ?どうして、桃が清美の事…まあ、良いけど。それなら、急ぐわね…清美ー!ちょっと来てくれる?」
ママが私を呼んだ。
「はい…。」
私は他の客が来ないかと心配しながら、キッチンから顔だけを出した。
「ああ、清美。これ合鍵。」
おいっ!その言動は…誤解を招かないかっ?
でも…。夜中に閉め出されるのも勘弁なので…
「ああ、有難う。桃。」
と、受け取った。
「いや、俺が悪い。さっき、忘れてたからね。さーてっ!今日も、美味しいチャームを出してよ。ガンガン飲むよっ!先ずはビールいこうか?ハハッ。」
桃は…又、無駄にご機嫌で言う。無駄が多い男だ…
「ふーん。随分とご機嫌ね?桃。合鍵ね…ふーん。」
ママはイヤラシい横目で…。私と桃を交互に見ながら呟き…
端で開店準備をしていた明美さんが乱入して来て…
「何?何っ?今の…どーいう会話よ?桃。で…?」
「ちょっと!先ずはキンキンに冷えたビールよ。明美ッ。」
ママが明美さんを制して言った。
「ハハハッ。そうそう。お楽しみのチャームとビールが出たら話すからさっ。」
桃が笑って言い…
「了解よっ!」
明美さんが急いでチャームを取りに来て…
「どーゆう事よっ!清美。」
と、私にも、一声掛けた。
私は黙って肩を竦め…苦笑いをした。
顧客の情報を自分からは話せない立場なのだ…。
「はいよっ。お待ちっ!さあ、話しなさいよ!」
「明美…。焦りなさんなっ!乾杯よ。乾杯っ!」
「ああ…。はいはい、乾杯っ。」
3人でグラスを合わせる音がした。
「ハハハッ。ゆっくり、チャームを味わいたいからね、先に話すわ。清美はウチの住み込みのハウスキーパーさんなの。」
桃がビールを飲み、話した。
「ええーっ!そうなの?」
ママと明美さんが同時に叫ぶ…。
「ハハッ。そうなの。偶然ね。今日からなんだ。」
もう、桃が話したのだから…良いだろう。
顔だけを又、キッチンから出した私は…
「びっくりしました…。依頼主さんのお宅に伺ったら…桃が出て来て。」
と、言い…顔を引っ込め隅から覗いていた。
「俺がびっくりした…。昨日、ここで俺は清美を見て無いじゃん?そうしたら、怪我をしたボーイさんの代わりにラブに居るって言うからさ…びっくりって話しだよ。」
桃がビールを一気に飲みながら言い…
「さあ、じゃあ、チャームを頂きますっ!うん。今日も旨そう!」
お箸を割って、手を合わせた。
「へー。世の中って狭いわよねーっ。でも、清美。良かったわねー、桃なら安心ねっ!保証付きよ。」
ママが大きな声でキッチンに向かって言う。
「ええ。良くして頂いて…。感謝しか無いです!」
声だけで、店に向かい叫んだ。
「勿論。お店も来られるのよね?今直ぐに…清美に辞められたらお手上げよねぇ?ママ?」
明美さんが桃に言い…ママにも振った。
「大丈夫。ボーイさんの事情も知ってたし、清美にも辞められ無いって聞いてるからさ。俺がここに来て、腹が減ったら何か頼むからって言ったんだ。」
桃がお箸を割ったままで食べられずに言う。
「そうねっ!それは良い案よ。ウチの売り上げにもなるしねっ!清美。食べ物を頼まれたら出してやってよ。原価の十倍位で出すからさ。ハハッ。」
覗いている私にママが笑って言う。
「あのさー。せめて、五倍にしとけよっ!怖いだろーっ?ハハッ。もう良い?味わって食べるから。」
桃が再び、箸を構え?言った。
「余程、清美の料理に惚れ込んでるのね…桃。黙っているから、食べなさいよ。どーじょ。」
明美さんが呆れ半分で言った。
「うん。そうなんだっ。では…熱々の揚げ出し豆腐から…」
桃は一口頬張った。
私は、緊張し…見守る。
「んんー。柚子だ…。旨っ!うん。うん。」
桃はやたらと頷き、食べ進めていた…
「かなり美味しい様ね。ハハッ。ボトル出して飲みましょうよ?」
ママが桃に言った。
「うん。勝手にやってよ。今、俺…ドイツ人の大家族の夕食に招かれてるから…。太ったお母さんが満面の笑みで自慢のザワークラウトを大皿で出して…食べた皆が、暖炉の炎の様な暖かい笑顔になってくんだ。優しい味に…。」
簡易ザワークラウトを口に運びながら…
桃はそれこそ…暖かい笑顔で囁く。
私も思わず…笑顔になり、心に暖炉の暖かさが伝わってきたのを感じていた。
この人は…何故、私の本の世界とリンクするんだろう…?感性が作者さんと…一緒なのかな…?
「少なからず、桃の仕事には良い影響らしいわね。清美は。良かったわね。」
明美さんが頷く。仕事に…って…?
「あの子も、四六時中、同じ本を開いて読んでるじゃない…?感性…が似てるのかもね。桃と…。」
ママがそっと言うのが聞こえた。
あの子も…って…?
なんの仕事か訊こうとした時…
桃が…ドイツから帰って来たのか?ハハ…。
「ワーッ!お肉がプルプルッ。旨っ。…。何で煮たの?清美?色が…」
大きな声で訊いた。
「お肉?紅茶だよー。」
そろそろ、お客様が来店しそうなので、声だけで答えた。
「紅茶っ!」
3人の声がハモった…。
「ハハッ。柔らかくなるし、肉の臭みも消えます。余分な油も落ちて、味を含み易くなる。あの…」
桃の仕事の話しを訊こうとしたら…
カランコロン。扉が開き、お客様が入ってきた。
慌てて黙り、チャームを用意した。
少しして、今日も同伴の真紀さんがお客様と入って来て…
「今日は、何飲む?ボトル?」
と、訊いている。
「ああ。チャームを見てから決めようかな?この頃ね…何気に楽しみにしてたりするんだよ。ここのチャームをさ。ハハッ。」
お客様が答えていた。
嬉しい…。この店では私の存在価値がしっかりと在るから。
自然にニコニコしながら、真紀さんに出来たチャームを渡す。
「だってさっ。大活躍ね、清美。フフッ。」
と、真紀さんがウインクして言った。
「フフッ。高いお酒飲んで貰えると良いけど。」
益々、小声で私は囁いた。
バタバタと、お客様が続いて入り…
「混んできたね。じゃあ、俺、帰るよ。又、明日来るね。ママ。」
と、桃の声が聞こえた。
「ええ。又、明日ね。桃。」
ママが送り出し…
カランコロン…。
多分、あの甘ったれた笑顔で、手をヒラヒラさせてるんだろうな?なんて考え…口元がほころんだ。

3時に店を出て、元のアパートよりは近い桃の家に向かった。
両手には…桃から渡された分厚いお財布で、出勤前にある程度、買っておいた食材を下げていた。
ブランド物?チェリーの柄のホルダーから鍵を出して、荷物に苦戦しながら鍵穴に入れようとしたら…
「お帰りーっ!清美。お腹と背中がくっ付きそうなんだけどっ!」
勢い良く、扉が開き…桃が抱き着いて来た。
「ワーッ!ただいま。実は…私もだよッ。これから急いで作るね。ハハッ。」
私は言って…買い物袋を持ち上げる。
「あ。もう一人分追加でね!」
「お客様…?」
「まあね。早く、上がって。」
桃は袋を一つ持ってくれ…私の手を引く。
「はいはい。で?何が食べたい?お客様の要望も…」
と、言い掛けたが…
ダダダッ。ジャージパンツにキャミソール一丁の女の子が階段を凄い勢いで駆け下りてきた。
「ねえ?桃!御飯なのっ?腹ぺこだよーっ!」
一瞬、目を丸くしたものの…。綺麗な言葉が口から紡ぎ出されるよりは…こっちの方が桃らしい?なんて考えている自分も居て…
「ハハッ。今晩は…?お早う…?貴方は…何が食べたいのかな?ある程度の物は出来るよ。」
私は訊いた。
「今晩は!えーっ?マジで?リクエスト出来るの?」
女の子が手を合わせ嬉しそうに言った。
「ハハッ。うん。でも、桃と相談してからだよ。」
私が笑って言い…
「俺はさー、清美の料理ならなんでも楽しみだからねっ!君の好きな物を言って良いよ。」
と、私と女の子に向かって話しながら、キッチンに向かった。
私達も着いて行きながら…
「うーん。遅いから…カロリーが気になるなら、パスタとか?一刻も早く食べたいなら、うどん…?」
と、私は彼女に言う。
「腹ぺこで、カロリーなんて気にしてられないよ。あのさー。ナポリタンが食べたいな。ちょっと甘いヤツで…。出来る?面倒いかな?」
彼女が遠慮がちに…?訊いてきた。
「ハハッ。全然!おけっ。超楽だよ。直ぐやるからね…。溜息が出る程、甘ーいカフェオレでも飲んで待っててよ。」
私はパスタのお湯を沸かし…直ぐにミルクたっぷりのカフェオレを入れ、二人に配って…
「ナポリタン、特盛りの人は?」
と、訊く…。
「はいっ!はいっ!」
二人が大騒ぎで手を上げる。
「ハハハッ。了解。勿論。私もね!で…。好き嫌いは無い?」
思わず笑って言っていた。
「無いッ。」 又、元気に二人で答える。
ピーマンにタマネギ、パプリカを少々…
ベーコンの代わりに、タコさんにしたウインナーを沢山入れて…
バターでは無く、マーガリンで炒めた。
アルデンテをちょっと過ぎたパスタと、茹で汁を少々入れて…ケチャップをたっぷり絡めたら出来上がり。
溜息をつき…カフェオレをすする二人に…
「はい。ノスタルジック風味のナポリタンで御座います。召し上がれ…ハハッ。」
特盛りのナポリタンを配った。
「わーっ!タコさんウインナー入りだっ!嬉しい!頂きますっ!」
彼女が大声で感動して、言う。
「ノスタルジック風味…良いネーミングだ…。ああ、立ちのぼる香がもう、ノスタルジックだ…。清美。頂きます!」
桃も大きく香りを吸い込み、言う…。
「お口に合うと良いけど。私も頂きます!」
椅子に腰を下ろして、言った。
「旨っ…!ゲホッゲホッ。」 彼女はむせ込んで…
「ハハッ。落ち付いて。お代わり、有るからね?」
笑いながら言う、私に…
「こんなに…美味しい物、久しぶりに食べた。お姉さん、何者?旨すぎる!感動だよ。感動っ!」
口を真っ赤にしながら彼女は言った。
「ブッ。大袈裟だなー。チャチャッと作っただけのナポリタンだよ?でも…有難う。嬉しいな。」
私は一生懸命食べている、可愛い彼女を見ながら、吹き出して言った。
ずっと黙ったままで食べていた桃が…
「いや…泣きそうな程、旨いよ。ただのナポリタンじゃあ無いって。パスタの柔らかさと…タコさんウインナーが又、泣ける…。」
本当に泣きそうな顔で言った。
「ああ、桃の言ってる事…私でも解る。泣きそうな味だよね。これっ。」
彼女も頷きながら、しんみりと言って…
「ハハッ。ナポリタンって懐かしい味がするからかもね?それよりもさ…。二人共…口の周りが真っ赤だよ。ハハッ。」
と、ティッシュを持って来て言う。
顔を見合わせて…慌てて口を拭う二人に…
「全く!ガキじゃないんだからさ…」
「いや、清美も赤いよ…。」
桃に言われて…
「えーっ!マジかっ?うわっ。ハズっ!」
と、口を拭い…3人で笑い出していた。
「本当に美味しかった!ご馳走様でした。」
二人が言い。
「はい。お粗末様でした。お休みなさいっ!」
答えた私に…
「明日は昼でO.K.だから。清美もゆっくり寝て。今日は、色々有り過ぎたから。」
桃が言い…
「有難う。そうするね。二人共起きるまでほっておくから…起きたら声掛けてよ。ああ、勿論。私が寝てても、お腹空いたら起こしてくれて全然O.K.だからね。」
と、付け足して言った。
「うん。解った。お姉さん本当に有難う。幸せな気持ちで眠れるよ!お休みッ。」
彼女が私のほっぺにキスをした。
「ハハッ。お休みッ。」
私は照れて…笑う。
こっちが幸せな気持ちになったよ。
心の中でそっと呟いていた…。
二人が二階に行った後、明日の仕込みを軽く済ませて…キッチン用品を点検した。
その後で恐る恐るバスルームに行く。
消えてません様にと…祈りながら。
簡易なんて、桃は言ったけど…。首を振り、足を伸ばして入れそうな立派な浴槽にお湯を張った。
桃が用意してくれた入浴剤は…今まで嗅いだ事も無い様な高級な香がした。
部屋に行き、アルパカのラグに寝転んでみる…。
フカフカ…ああ…。私の部屋なんだ。
突如として、シンデレラの話しを思い出した。
夢が覚めたらどうしよう…?怖い…。
と…コンコンッ。ノックの音がした?
「はい…?」
私にしたら広い部屋を慌てて走り、ドアを開けた。
「清美。ゴメン。」
桃が立っている…
「全然、良いけど…どうした?」
私が訊くと…
「明日ね。味噌汁が飲みたいんだ。和食、宜しく。」
と、言ってきた。
「ハハッ。良かった…今ね。全部、夢ならどうしよう?って不安になってたんだよ。桃が来てリアルだったって安心した。ハハッ。和食ね?任せてっ!」
私が言うと…
「…。超…リアルだよ。ああ、清美。彼女にも、優しく接してくれて有難う。何か解らない事有ったら構わないから、起こしてね。お休みッ。」
あの笑顔で言う。
「そんなの…桃のお客様だもん、当たり前の事でしょ?お休みッ。私ね…お風呂、凄い楽しみなの。有難う。ハハッ。」
「…。ゆっくり入って、清美専用だから。ハハッ。」
桃は少しの間、黙った後、言い。
又、手をヒラヒラさせて…二階に行った。
私も少し、ボーッとしてから…仕度をして、お風呂に行く。
実は…。次の人の時間を気にしないで入るお風呂は私にとって初めてだった。
シャンプーとリンスじゃないな…と…トリートメント?や、石鹸じゃない…ボディーソープも桃が用意してくれて有った。
高級な香の品々を使いながら…
フイに涙が出た。
私はこの幸せをくれた人の為に一生、恩返しをしていこう。
誰が何を言おうとも…この先、何が起ころうとも、自分だけは桃の味方でいよう。桃が何者でも…
そう、心に誓っていた。
気持ち良すぎて、広すぎて…逆に落ち着かないベッドに潜り込み夢見心地で…
でも、夢も見ないで眠っていた。
昼まで寝てろと言われた所で、眠れる訳では無く…十時前に起き出した私は、掃除機をかける事もはばかられ…。
桃のリクエストである和食の準備をそっと始めた。
味噌汁と肉ジャガを鍋に掛けて…
甘い卵焼きをクルクルと巻いて、焼いた。
肉ジャガを煮込む間、庭に出てみる事にした。
自分のサンダルを持ち出して…
ダイニングの大きな窓を開け放ち、立派なガーデンデッキに出る。
デッキには、8角形の素敵な木のテーブルと椅子が置いてある。
上を見上げ伸びをすると、デッキのルーフがたたまれていた。
暖かくなってきたし…ここで、ルーフを広げて、食べるのも楽しそうだな…
そんな妄想をする私に初夏の風が吹いてきた。
うん。この気持ちの良い空間で、今日も頑張って、一生懸命に働こう。
自然とそんな気持ちになる。
庭の用品を確かめ、ガーデンデッキを拭き始める…
長い間は使っていなかったのか…?バケツの水が真っ黒になる。
何回も水を変えながら、肉ジャガの様子も気にしつつ、ピカピカに磨きあげた。
ルーフもクルクル回して広げ…ドバッと枯れ葉が落ちる。やはり…使ってないな。勿体ない!
梯子を使ってルーフも磨いた。
綺麗になったガーデンデッキを見て頷き納得し…
味を含ませる為に肉ジャガの火を止めた。
次は、庭に降り立ち雑草を取り始める。と…
「お早う!清美。」
桃の声が上から聞こえ…見上げる。
二階の窓から、身を乗り出した桃が笑いかけた。
「お早う!私…ウルサかった?」
起こしてしまったのか?と…不安になり訊いた。
「違うよ。普通に起きたんだ。ハハッ。」
「じゃあ、良かった。ハハッ。ねえ?このガーデンデッキって使わないの?」
「あーっ!綺麗にしてくれたの?マジかっ!俺は使いたかったけど…今までの人はそんな事してくれなかったからさー。頼み辛いじゃん…?御飯を外に、運ばせるのも悪いしさ…。余分な仕事だろ?」
桃が肩をすくめ…言った。
「あのさー。馬鹿なのっ?それなりのお給料を払っているご主人様が、何で遠慮なんかしなきゃならないのよ?もし…私が桃の金額、お給料を払ってたなら…ふんぞり返って威張ってるよっ!」
私は立ち上がり、腰に手をあて、首を振る。
「ハハハッ。清美。ふんぞり返るの?ハハッ。ウケるねー?」
桃が腹を抱えて笑った。
と…隣の部屋の窓が開いて…
「お…はよー。何を…笑ってるの?」
アクビをしながら彼女が顔を出した。
あれ…?なんで…隣の部屋?一緒に眠ってたんじゃないのか…?まあ…良いか。
「お早う!ウルサくてゴメン。起きちゃったね?」
私は手を振りながら言った。
「ああ、お姉さんだっ!お早う!何してるの?」
彼女も手を振り返して訊いてきた。
「草取りだよー。ねえ?二人共、お腹空かない?私は空いたから、食べるけど…」
言い掛けると…やはり…
「空いたっ!」 二人が即答した。
「ハハハッ。だよね。じゃあ、降りて来て、気持ち良いから…皆でガーデンデッキで食べない?」
と、提案した。
「えーっ!超良いねッ。支度して、直ぐに行くっ!」
彼女は答え…引っ込んだ…?
「良いの?清美。面倒いじゃん?」
桃が又、余分な気を使う。
「じゃあ、私達は外で食べるよ。桃は独りキッチンで食べるのねっ?」
私は言ってやった。
「えっ!嫌だよー。俺も一緒に外で食べるよっ!」
桃が慌てて言う。
「じゃあ、余分な気を使っていないで。早く、支度しなさいっ!ハハッ。」
私は作業を中断し、家に入りながら言った。
「ハイッ!」 桃の良い返事が風に乗って聞こえた。
急いで魚をグリルにセットして、鍋に火を入れた…
温まるまでに、サラダを盛り付ける。
「ワーッ!超良い匂いがするー。」
彼女が今朝は洋服を着て…?キッチンに走り込んで来て言う。
「ハハッ。もう直ぐだよ。ガーデンデッキの椅子に座ってて…。ねえ?桃のリクエストで和食だけど…良い?違うの作る事も出来るよ?」
私は訊いた。
「和食が食べたい。ってかさ、私も桃と同じ。お姉さんの料理なら、なんでも食べたい!」
嬉しい事を言って…
「外で食べるのなんて、小学校の遠足振りだよ…。」
と、言いながら、私の作業をのぞき込む。
「私もだよー。ワクワクする。楽しいねっ?普通の御飯だけどさ…ひと味違いそう。」
「そりゃー、そうだよ。皆でテーブルを囲んで…新しく生まれて来た季節を感じて食べるんだ。倍…以上は美味しいさっ。ハハッ。」
桃もキッチンに来て、又、私の琴線に触れる素敵な言葉で…乱入した。
「だよね…。はい。出来たから…座って。」
私が声を掛け…
「ワーイッ!私、ここっ。」
「じゃあ、俺はここっ。」
二人がガーデンデッキに出て、それぞれに選んだ椅子に腰を下ろす…
「超久しぶりにデッキが使える…。ああー。気持ち良い!最高ッ。」
桃が伸びをした。
「本当!超最高ッ。」
彼女も、大きく息を吸う。
私は…何?この幸せは…?なんて考えながら…
出来た料理をウキウキと運んだ。
シーザーサラダに肉ジャガ、卵焼き、オーソドックスに鮭を焼き…
お揚げと野菜たっぷりの味噌汁に御飯を…
「さあ、召し上がれ。」 と、出した。
「凄い…超旨そう!頂きます。」
彼女は手を合わせ、言った。
「本当…凄いね。頂きます。」
桃が静かに言い、味噌汁を一口すすり…
「今日、何が起ころうとも、乗り越えられる力を与えてくれる味だね…。とっても旨いよ。清美。」
と、微笑む。
「…。桃…。私、家に帰ってみるね。どうなるか解らないけど…。甘い卵焼きなんか食べちゃったら。何だかね…小さい頃を思い出した。」
彼女が呟く様に言い…
「そっか…。それも良いかもね。駄目なら戻ればいいさ。ハハッ。しかし…お味噌汁、旨いねー?」
桃が軽く言い…優しい顔で彼女に微笑む。
「お味噌汁って、こんなに美味しかったかな…?温かい…。お姉さんはさぁ…。魔法使いなんでしょ?普段は感じられなかった気持ちになれるもん。」
彼女も優しく微笑んだ。
「ハハハッ。残念ながら、違う。多分、ここの家と桃のお陰だな…?だって、私も貴方と同じ気持ちになってるからねっ。ハハ…。」
私は首を振る。
「それも…違うかも?笑らい合って、美味しい御飯を食べてるせいかな…?満腹は幸せでしょ?そこに、気の合う仲間の笑顔が有れば…倍幸せッ。」
桃が言い…
「しかも、外が超テンション上がるっ!軽井沢のお洒落なカフェに居るみたいだ。ハハッ。」
彼女がはしゃぎ…
「メニューは、軽井沢みたいにお洒落じゃないけどね…。ハハッ。」
私は笑い言った。
「いやいや。清美。外食でこんなに手の込んだ旨いメニューは食べられない。これこそが…本物の幸せの味だよ。」
桃が卵焼きを箸で持ち上げ…
「クルクルの模様が、口の中で愉快を広げるッ!」
と、大きな口で頬張った。
私も彼女も、つられて微笑み…愉快を頬張る。
皆で、御飯やお味噌汁をお代わりしながら…
初夏の木々の緑の中で又、微笑む。
彼女が…
「ねえ、桃。M.MOMOYAMAって…Mは?」
突然、訊いた。
「未来。みらいって書いて「みき」俺の名前だよ。」
ぐ…っ!え…ええーっ!
「ブッ。ゲホッゲホッゲホッ…嘘…。」
驚き過ぎて、むせ込んだ…
「ハハッ。大丈夫?お姉さん。落ち着いて!へ…。そうなんだ?」
彼女が言っていたが…
私はまだ驚きから立ち直れずに…
「ハハッ。清美。大丈夫?」
桃も笑って。
「いや…いや…ちょっと…待って。いや…ふぅー。」
私は大きく深呼吸をしてから…
「あの…ですね。もしかして…さ…作家とか…なされていたりとかします?」
突如として、訳の解らぬ敬語を使い、訊く私に…
「ブッハハハッ。清美ッ。何?その訊き方はっ!ハハッ。えーと、事務所で訊いて無いのかな?作家とかなされてますが。ハハッ。」
桃は大笑いしながら…アッサリと答えた。
「…ちょっと…待って…下さい。」
心臓を押さえる私に…
「本当に大丈夫…?お姉さん、顔色が…真っ赤になっちゃってますが…?」
彼女が心配そうに箸を止め、訊いた。
私は、彼女の心配を手で制して、家の中に戻り自分の部屋から本を持ち出した…。胸に抱きかかえ、庭に戻る。
「私は…。私はね、決して…ツイている人生を送って来た人じゃなかった。自分で言うのもなんなんだけど…辛い時が多かったんだ。でも、この本の世界に居る時だけは幸せだった…。施設での生活も、キツいダブルワークも全ての辛さを、耐えて…幸せだって思ってこられたのは…この本のお陰だった。」
表紙には…お菓子の包装紙でカバーをかけてあったが…それさえも、ボロボロになった本を桃に渡して見せた。
「この本が私の人生に存在しなかったら…今が無いかもしれない。それ程…救われて来た。驚き過ぎているから…桃、この本を有難う。って言えるけど…多分、後で…恐れ多くなってさ、マジで腰を抜かすかもよ。私…。」
と、仕事にならないかも…?と言う旨を伝えた。
「へー。初めて使う言葉だけど…凄い縁だね…。」
彼女がボロボロの本を見てか?私の施設と言う言葉にか?普段と違う静かなトーンで呟いた。
「…。俺の…10年も前の処女作だ。こんなにも…読み込んで貰って…。俺が…俺が。有難うだ…よ。清美。」
一頁目に…「青い月の夜に」 未来
と、綺麗なイラストと共に書かれている本をパラパラとゆっくりめくり、手を止めては…
指の脂で汚れたページを、愛おしそうに摩る…
そんな姿を見ていた彼女が…
「私…何やってんだろう?辛い事なんて、少ない方なのに、ただ甘えた生活送ってさ…。桃やお姉さんに恥ずかしいや。帰るね。帰って、親に謝る。お姉さん。本当にご馳走様でした。ここでの御飯の味…私、一生忘れないから。桃。服を洗濯してくれて有難う。お姉さんに逢わせてくれて有難う。本当に…救ってくれて、有難う。じゃあねっ!」
と、言い…。勢い良く立ち上がった。
「ハハッ。送らないよ。又なっ!」
桃がヒラヒラと手を振り…
「ハハッ。私も送らない。いつでも…又、おいで。」
私も手を上げて言った。
「うんっ。バイバイ!」
太陽の日差しに負けない程、キラキラの輝く笑顔を見せ…彼女も手を振った。
そんな別れがお似合いな風だった。
「てっきり…。彼女かと思ってたら、違ったみたいだねぇ?」
「うん。違うよ。昨日。ラブの帰り、コンビニの前に座ってた。服も髪も汚れちゃってたからさ、声を掛けたんだ。ウチに帰りたくないって聞いて、取り敢えず、連れて来た。」
桃が肩を竦めて言う。
「もしや、私が面接…?に来た日の女の子も…?」
「ああ、彼氏と喧嘩したとかで…。裸足で泣いてたからさ、取り敢えず、連れて来た。」
又、肩を竦めて言う。
「えーと…。人助けが趣味でいらっしゃる?」
「いや。何故か?そう言う人にばかり出会うんだ。助けるなんて…偉い気持ちじゃないけど、助けられたら良いかな?っては思うから、取り敢えず、連れて来る。うーん。それも、どうかな…?本当は、自分が寂しいだけなのかもしれないな…?」
又、肩を竦めて…桃は言う。
私も肩を竦めて…。
「了解…。」 と、だけ言った。
女出入りが激しいって…、とんだ誤解だな。
神仏の域の人じゃん?桃も寂しいの…か…。
「あのさ、清美。コーヒーを貰える?気分的に…少し仕事に入るから。えーと…ブラックで。」
桃が言い…
「はい。只今、お持ち致します。先生。」
仕事と聞いて…あの神聖な作品を生み出す作業を思い…緊張した。
「止めてよ。清美。敬語は要らないってば。先生も要らない。さっきまでの清美が良いんだ。」
「だって…私に取ったら神以上の存在の人に、ため口は…ねぇ?」
「雇い主の命令だよ。威張って良いんだろ?俺は。」
腰に手をあてて、ふんぞり返り…桃が言った。
「チェッ。汚いなっ!こんな時だけ命令か?解ったよ。桃。で?私、二階も掃除洗濯始めて良いの?」
「奥の部屋は、防音になってるからねっ。自由にやって良いよ。ただし。今、この…時間をもう少しだけ付き合ってね。コーヒーを一緒に飲んで、話していたい。」
桃が又、あの甘ったれた笑顔を見せ…言う。
「うん。私も…そう思ってた。ビターだけど…優しい時間に似合う味…のブラックコーヒーで?」
私は訊いた。
桃が少し目を見開き…
「大正解だよ。流石。清美だ。ハハッ。」
親指を立てて、頷く。
私は優しい味になる様に…優しい気持ちでコーヒーを煎れる。
ふんわりとイチゴの柄が施された、大きなマグにコーヒーをたっぷり注いだ…
少しでも長く、桃と話して居たかったから…
それは、今までの仕事をサボり楽をしたい…などと言う気持ちとは、全然、別の物だった。
ガーデンデッキにコーヒーを持って行くと、桃が私の渡した本を開いて見ている。
「はい。どーじょ。」 
「有難う。だからか…。」
「ん?何が?」 コーヒーをすすり…訊く。
「ラクダのコーヒー。今までの人は、ラクダのコーヒーを頼むと…「ハッ?砂糖とミルクの分量をおっしゃって下さい。」って…眉間に皺を寄せた。」
桃が首を振り…
「ラクダのコーヒーを出してくれたのは、清美が始めてだったよ。」
と、私に微笑み…
「大きな夕陽の煮っ転がしを作った人だって知った時から、気に入ってはいたけど…。ラクダさんのコーヒーが出て来た時、俺は思ったんだよ。この人を絶対に逃しちゃいけない!ってね。だから、清美の気が変わらないウチにって、速攻で迎えに行っちゃったんだ。ハハッ。」
コーヒーをそっとすすり…
「俺の作品を読んでくれてたから…。ラクダさんのコーヒーを普通に出してくれられたんだねぇ。」
と、頷いた。
「ハハ…。私さー。ラブで、どんな人が食べるんだろう?って覗いたの。そうしたら、派手なチャラ男が居るから。ディスられて終わりって思った。」
首を竦めて言い…
「そしたら、チャラ男の口から出た言葉は…私が大好きな本の世界から出て来た様な言葉だった。もうさ、びっくりしちゃって…。」
頭を振り、続けて…
「その後も、度々…。桃の言葉は私の琴線に触れる物だった。感性が作者さんと似てるのかな?って考えてたけど…。「未来」が女の人だって決め付けてたからね…。度肝を抜かれたよ!ハハッ。」
私は、手を広げ驚きを表現した。
「清美が、この家に着いて。俺の準備した部屋を凄い喜んでくれた時、嬉しくてね。自分の存在価値を認められた様な気がした。ああ、やっぱりこの人だ。って思ったよ。ねえ?ずっと…やっていけそうかな…この家で…?」
少し、不安そうに訊いた。
「やってけるも何も…ラブでも言ったけど、私なんか、感謝しか無い。この家が幸せ過ぎて、お風呂で思わず泣いちゃった!で…、一生、この幸せをくれた桃の味方でいようって決めたの。ずっと居たいのは…私の方なんだよ。私で大丈夫そうかな?」
逆に私も訊いた。
「少なからず、今まで中で一番のハウスキーパーさんだよ。感性が似てるって、心地良いんだ…って始めて思ったね。」
「わ…私もっ!私が言うのは恐縮だけど…心地良いよねぇ。」
「俺の普段の時間はね…。雑音も無く、直線で流れていて、不満も別に無いんだけど。清美との時間は緩やかに波打つ丸みを帯びた線で…。気持ちが弾んでみたり、凄い優しくなったり、我が儘を言ってみたくなったり。ちょっとだけ、感傷的になったりもして。不満の無かった直線が…いきなり、詰まらない物に変わっちゃってね。居なくなったら困るって、不安になるんだ。ハハ…。」
桃は囁く風の様に話していた…。
「だから…昨日…?今朝か?も、実は清美が本当に部屋に居てくれるかな?って、確かめに部屋に行った。そしたら、清美が夢じゃないかって不安だったって言っただろ?俺と同じで…。少しの間、驚いてたんだよ。」
「ハハ…。そんな素敵な言葉を聞けて…。又、宝物が増えた気分。同じ事を考えて、可笑しいね。私は、始めにも、言ったでしょ?絶対に。居なくならないから、安心しててね?」
「ねえ?これこそ、自分で言うのもなんだけど…他の作品は…?読んで無い?」
私の本を持ち上げ、訊く。
「うん。図書館で借りたりしたかったけど…。施設ってね、分担でやる事も多くて…。時間が無かったんだ。その本はね。クリスマスプレゼントに色々な物を寄付して貰った中に有ったの。迷わずに選んでた。一ページ巡る毎に…。本当にサンタさんが私にくれた最高のプレゼントだと思ったよ。それから、ずっと読み返してる。暗記する位に…。ゴメンね。読みたくても、買いたくても…私にはちょっと高くてさー。ハハッ。」
と、私は、桃にすまなく思いながら答えた。
「もし、読みたいなら…。全部、有るからさ。いやっ。清美に読んで欲しいんだ。全部をあげるから、是非とも、読んでみてくれないかな…?仕事中の合間に、時間が取れる時で構わないから…いや。時間作って読んでよ。家事なんか御飯以外は適当で良いよ。本を読む時間を作ってよ。」
桃が身を乗り出して私に言う。
「本当っ?本当に…本をくれるの?ああ…。これ以上の幸せってあるのっ?楽しみ過ぎて…又、手をつねっちゃいそうっ!嬉しすぎるっ!ただ…。家事の手は抜かないよ。仕事は仕事だから。なんて正当な理由じゃ無くてね、私は自分に誓ったんだ。桃の為に、ここで一生懸命に働くってね。」
一息ついて、コーヒーをすすり…
「自分の部屋は勿論。この家が、私には宝物だからね。桃が良い気持ちで働ける様に。来たお客様が良い気持ちになれる様にしておきたいのっ。」
ヒューッと吹く風に顔を向け…
「私も、ここに自分が居る価値を感じていたいからさ。本当に貰えるなら…。洗濯の合間とか、鍋に火を掛けている合間とか。幾らでも本を開ける時間は有るからね。」
大きく伸びをして…
「ああ…。生まれて始めて生きていたい!って今、思ったかも!ハハッ。絶ー対に、桃の本を読み切るまでは…生きていたい。ハハッ。」
思いの全てを口にした事も…始めてかもしれない。
「ああ、駄目だな…。俺、もう少し清美と話していたい。仕事の締め切りは先だし、今日は辞め。俺はやりたい事を我慢してまで描くってタイプの人じゃないから。」
桃が私を見つめて…
「家事、有るだろうけど…もう少し付き合ってくれるかな…?清美。」
と、訊いた。
「あのね。私が桃の生活に合わせて当然なの。なんでもしたい様に言って良いんだよ。しかも、今の提案は大賛成!ハハッ。私も同じ気持ち。」
「ハハッ。良かった。じゃあ…。少し、自分の事を話して良いいかな…?別に清美の話しを聞いたから、話すんじゃなくてね。話したい…。」
桃が静かに語り始めたのは、こんな話しだった…
桃は…両親とお爺さんお婆さんとお手伝いさんが一緒に暮らしていて。その頃には、毎週の様にお客様とこのガーデンデッキで賑やかに御飯を食べたものだったと…。
「小さかった俺は、外で食べる御飯にワクワクしてね…楽しみだったんだ。」
懐かしそうに桃は話す。
桃が小学生に上がった歳、海外旅行と仕事を兼ねて向かった先で、ご両親が飛行機の事故で亡くなったそうだ…。
「俺は…学校があって着いて行けなかった。着いて行けば良かった…。って、何万回も思ったよ。」
桃は首を振り…話す。
祖父母とお手伝いさんとの生活が始まった。
祖父母は大変、忙しい方だった…。殆どはお手伝いさんが一緒に過ごしていたが、御飯は一人で食べる事が多かったそうで…
「一人で食べる御飯は…美味しくなくてね。両親が居た頃を思い出す…。その時間が、寂しくて、大嫌いだった。」
顔をしかめ…辛そうに言う。
時はそれでも流れ…始めにお婆さんが…そして、遂に、二人切りだった家族のお爺さんまでが桃の高校卒業の歳に亡くなった。
「家の中に一人きりになって…。両親が亡くなった頃から、寂しさを紛らわす為に書き綴ってきた物語をまとめて、本にしようと考えてね。それも又、寂しさを紛らわす為だったよ。」
桃は又、首を振り寂しかった思いを繰り返す…。
そんな思いで、出しただけの本がヒットして…
そして、作家になったのだと…話し…。
「だから、この…「青い月の夜に」は、寂しさを紛らわす為に、自分が逃げ込んだ世界だった。その世界を心から愛し、救われたと言ってくれる人がいた。こんなに…ボロボロになるまで読み返してくれた人がいた。」
私の本を抱きしめ、桃は続けて…
「これは、例え清美でも想像がつかない位の嬉しさなんだ。作家冥利に尽きる。あのさ…。新しい本をあげるから、この本を俺の…宝物にさせてくれないかな?」
と、訊いてきた。
「え…。そんな汚い本を…?勿論。良いけど…。私は嬉しいけど…見たでしょ?中も…汚いよ?」
私は、恥ずかしくなり言った。
「だからだよ。だから、宝物なんだ。そして…自分の寂しさから逃げ出す為じゃなく、人が幸せを感じてくれれば良いな…。って思いながら描いてきた、今の本を是非とも、清美に読んで欲しいんだ。」
と、言って、桃は少し黙った後で…
「だーっ!ぶっちゃけ。怖いんだけどね。言い出すのを躊躇した程ね…。これ以上に愛して貰えるのか?って考えると凄い怖いけど…。やっぱり、清美に読んで欲しいって思っちゃうんだよ。」
私の本を持ち上げ…桃は言った。
「いつか…。私が普通の人達みたいに、余裕と言う名のお金や暇が出来たら。未来の本を全部…。全ー部、買ってずーっと、読んでいよう!って考えてたの。夢の又、夢だと思ってたのに…」
私は首を振り…
「逆に、この嬉しさは桃には想像も出来ないと思うよ。こうみえて…その位に興奮してる。早く読みたい。でも今、桃と一緒に…こうしてコーヒーをゆっくりと飲み、話しを聞いたり、話したりしている事も私には始めて味わう幸せでさ…。これが、仕事中だなんて…。バチが当たりそうッ!ハハッ。」
私も少しの間、黙ってから…
「桃…。一つ、謝らせて。」
と、言って…。少し又、自分の話しをした。
親に捨てられて施設で育った事。一緒に入った子の中にも、よその家庭に貰われて行った子も多くて。でも、自分は選ばれなくて…。結局、18の高校卒業までを施設で過ごした事を話し…
「そのせいかな…?自分ばかりが不幸せで…他の人は皆が幸せ者だって思う気持ちが強いんだよね。結局は…私って他人を思いやれないの。」
と、自嘲気味に言って…
「ゴメンね。桃。桃も幸せ者だとばかり思ってたから、配慮に欠けた…。辛い別れを経験した桃に対して、簡単に…生まれて始めて生きていたいと思った…。なんて、言っちゃって…。嫌な思いさせたよね?でも、私にしたら本心だったの。本心を言ったんだよ。でも、やっぱりゴメンなさい。簡単に…言っちゃいけない言葉だった。」
と、頭を下げて謝った。
「いや…。清美は何も知らなかったんだし…。なんでだろう?嫌な思いもしなかったな…。それよりも、俺の本を読む為に、生きたいって言ってくれた事の方に感動してて…。もっと清美と話したいって思っただけだったよ。ハハッ。」
桃は、コーヒーの残りの一口を飲み…。
「清美。これから俺が言う事は…、簡単に言う訳じゃないからね。俺自身の経験談だよ。人間、生きてると日々の喜怒哀楽の積み重ねで、悲しかった出来事が、完全に、忘れられる訳じゃ無いまでも…。少しずつ過去になっていくんだよね。清美もこれから、繰り返されるここの生活で、悲しかった事や、悔しかった事が…少しずつ過去になっていくと良いね。今朝みたいに穏やかで…優しい時間を重ねてさ。ねっ?」
と、私に優しく微笑み…
「と、言う事で。次は、ハーブティーを俺がいれるからね!清美も来て、一緒に茶葉を選ぼうよ。」
言った。
私は…そんな気もするな。などと考えてしまった。
絶対にこの辛さは忘れない!何回繰り返し思っただろう?一生、捨てた親を怨んでやる!とまで思ってきたのにな…。
こんな、幸せな事が一気に起こると…
桃の言う事があながち、嘘には感じない。と、言うより、強く否定出来なのい気分になる。で…
「…。そうなんだね…。うんっ。ハーブティー?始めて飲むかも!ねえ?お湯を沸かす間に、片付けだけさせてよ。綺麗なテーブルで、初ハーブティーを堪能したいからさ。私。ハハッ。」
と、言った。
「了解ッ!俺、片付けの間に、隣のケーキ屋に行って来る。って思ったけど…。やっぱり、清美と一緒に行って、選ぼうねっ?あぁー。楽しい!楽しいねっ?清美。」
「と…隣のケーキ屋さん!実は…気になって仕方無かったのっ。最高に楽しいよ。嬉しいし…桃。私、楽しいッ!」
私は片付けを急ぎ…
その間に桃は、ハーブティーの準備をしていた、まるで…外国のお伽話に出てくる様な、透き通った綺麗な茶器のセットを出して…。
「わ…。綺麗…。丁寧に手描き?で描かれた物みたい…。年期のいった職人さんの作業が目に浮かんでくる様な、深い色使いだね…。素敵ッ。」
作業を続けながらも…思わず目が吸い寄せられて、私は言った。
「フフッ…。清美は…本当に不思議な娘だね。祖母が全く同じ事を言ったよ。「素敵でしょ?クラッシックなの。職人が一つづつ手描きで創ったのよ。見て…未来。この深みのある色使いを!一目惚れなのよっ。」って自慢そうに言っていた。」
桃が思い出を優しい顔で語ったが…リアリストの私は…
「ちょ…ちょっと…桃。そんな大切な品。使わないでよッ!取り扱いが怖いんですけど?」
焦ってしまい…言う。
「清美…。形有る物はいつか壊れるよ。そんな事、気にしないで良い。気に入ってくれたなら祖母も喜んでるさ。まあ。この茶器を理解した時点で清美に使って貰いたいって祖母なら言うよ。ハハッ。」
と、気楽を装って答えた。様に私は感じた。
形有る物はいつか壊れる。と、言った桃の言葉が…なんだか、心の中の孤独を見た様で妙に切なく…
「…。壊れた物が有ったら…私に言ってよ。出来るだけ、一生懸命に治してみる。茶器は流石にキツいけど…。穴の開いた服とか、穴の開いた布団とか、穴の開いた…心とか。な…なーんてねっ!ハハ…。今の偉そうな言葉は嘘。ハハ…」
私にそんな大層な事が出来る訳がない…。自分の心さえ…修復出来ずにいる癖に。
大口を叩いた自分を呆れて、鼻で笑っていた。
「さて、私は終わったよ。そっちは?」
桃を見ると…。バッチリ目が有った。のに…
反応が…無い?
「えー…と。桃?」
私はヒラヒラと目の前で手を振った。
「…。うん。俺…。ケーキ屋さんの前に、お墓参りに行く。車を使えば近くなんだ。そう…。近いんだよ…清美。付き合って…。」
桃は…。きっと突然そんな気分になったんだな。
今は、好きにさせてあげるのが良い様な気がして…
「うん。行こうね。じゃあ、ちょっと…待って。」
私は解らないながらも…。備品棚からスポンジ…新しい雑巾。お線香、ロウソク、ライターを手当たり次第に準備し…袋に入れた。
他の物は…お寺さんに借りられるだろう。と、判断する。
「桃、お待たせ。行こう。」
桃はキッチンテーブルにボーッと座っていた。
「うん。行く。清美は…何してたの…?」
と、訊く。
「ちょっと…。準備してたよ。」
そっと椅子から立ち上がり、玄関に向かう桃の後に続きながら、言い…
「桃。折角だからさ、お花を買って行こうよ?お庭を拝見した限り…。どなたかが、お花を好きだったんじゃない?」
私は、おずおずと、提案をしてみた。
「…。うん。好きだった。母と祖母が二人で良く…寄せ植えとか、苗木を植えたりしてた。季節ごとに咲く花を楽しんで、ガーデンデッキでお茶を飲んでたのを覚えてるよ…。」
桃は、私をボーッと見たまま答え…
「お墓って…。好きな花をあげて良いのかな…?」
と、訊く。
「私は…家族が居ないから、詳しい事は知らないけど。その人達が好きだった花をあげるのに決まりなんか要らなくない?桃が選んだ花を、お婆様やお母様が喜ばない訳がないよ。きっと…。凄い喜んでくれる。そんな気がする!」
運転をする桃を見て…私は言った。
「不思議だね…。清美が言うと、そんな気になる。花屋さんに寄るよ。清美も…一緒に選んでね?」
桃も、ちらっとこっちを向いて言った。
途中の花屋さんで、桃と二人。あーでもない。こーでもない。と、悩んで…。可愛くて、華やかな花束を二つ造って貰った。
お墓の駐車場に着き、降り立った桃は…
「10年振り…。10年振りに来たんだ…。お寺さんに任せっきりだった。来れなかった。来たくても…怖くて来られなかったんだ。」
と、立ち止まったままで言う。
「…。そう。じゃあ、家族の皆が驚くねっ?その後…。きっと、凄い喜ぶよっ!行こう。桃。」
私は何故か不安気な桃を励ます…?様に言う。
「…。ハハッ。きっと、驚くよねー!」
桃は少し元気になり、笑っていた。
お寺さんに声を掛け、来られなかった事を詫びる。
「ハハッ。大きくなられて…って言うのは失礼なお歳だね。ハハッ。」
と、笑い。桃の参拝を喜んでくれた。
私は…
「さあー。桃。先ずは10年分のお掃除からだよ!」
荷物を見せて、言う。
「えーっ!清美…準備って…お墓掃除の?」
驚いて、訊いた。
「当然!私の仕事は、掃除だもん。ピカピカに磨きあげて、可愛いお花をあげようね?ロウソクやお線香も持って来たから、10年分の話しをしよ。桃。」
と、バケツを借りて…お墓に向かいながら言った。
「ハハ…。参ったな…清美には。ウチのお手伝いさんは、スーパーお手伝いさんだねっ!ハハッ。ああ…ここだよ…。ここだ。」
桃が足を止め言った。
「桃山」と刻まれた大きなお墓に…
「へーっ。立派なお墓だね。では…、始めます。」
と、私は手を合わせ、頭を下げてから…
水を掛け、掃除を始めた。
袋からスポンジなどを取り出し、ちゃっちゃと作業を進める私を、桃は半ば呆れた様に見ていたが…
私は…「ほら、ボーッとしてないで、お墓の事は桃も手伝わなきゃ駄目!水をもっと汲んで来てッ!」
ハッパを掛けた。
「ハ…ハイッ!」
驚いて、言い…慌てて、走って行く。
汚れを落とし、少しの雑草を取る。花器を洗って…
「じゃあ、最後の仕上げは、桃がお墓を綺麗に拭いてね。私は、お花の水を持って来るから。はい。」
水道への往復に、息が上がり、ゼイゼイしている桃に容赦無く、真新しい雑巾を手渡した。
「うんっ。了解ッ!」
いつもの笑顔で敬礼する。
「ハハッ。心を込めてね…。」
と、微笑み返した。
丁寧にお墓を拭く桃を見てから…水道に向かった。
お花を綺麗に飾り…ロウソクに、火を灯す。
お線香の箱を開けると。気持ちの休まる香がした…「良い香…。」 と、桃に渡し…
「じゃあ、私はお借りしたバケツを返したりしてるから、10年分の話しをしてて。ハハ…。」
言い…私は立ち去った。
そっと、振り返ると…、桃は手を合わせている。
薄茶色の髪が、静寂の光に透け…サラサラと綺麗に揺れている。
何を話しているのかな…?
なんて考え、自然に口元がほころんだ…。
お借りしたバケツを丁寧に洗い、ゆっくりと桃の所に帰って行く。
話しを終えたのか…?お墓に向かった時よりも爽やかな顔で花の形を直したりしている。
私の砂利を踏む音に、フワッと振り向いた桃は…
ニコリと笑い、軽く手などを振ってきた。
私も振り返えし…
「沢山、お話しした?もう、良いのかな?」
と、訊く。
「うん。謝って…。沢山、話したよ。一番、長く話したのは清美の事だ。ハハッ。」
桃は愉快そうに笑い言った。
「はあー?私の事?怖いんですけどっ!お墓の掃除で、こき使われました!とでも?ハハッ。」
私は冗談を言い笑う。
「そうだよ。こき使われて参った!って話した。」
「ええーっ?今、冗談で言ったのにっ。酷っ!ショック!だから…私、ケーキ三個ねっ。フンッ。」
「ハハハッ。じゃあ、水汲みの労働で、俺は四個だねっ?ハハハッ。」
桃は益々、愉快で堪らない様に無邪気に笑った。
「可愛い顔で笑ってーっ!私、可愛さ余って憎さ100倍って…世の言葉を初めて理解したよ。ハハッ。」
私も愉快になっていた。
車に戻ってケーキ屋さんを目指す。
ハンドルを握る桃が突然…
「お相子だね。直ぐに清美に抜かれるだろうけど。」 と、言う。
「へっ?何が?」 訳が解らず、訊く私に…
「清美が今まで辛い時、俺の本に救われてきた。って言ってくれたでしょ?俺は今日、お墓に行けずに過ごした10年間を清美に救って貰った。だから、お相子だ。俺も有難う。って言いたいからね。」
相変わらず、愉しそうな顔で桃は言った。
「えー。私は、言われて着いて行っただけで、桃が決めた事じゃん?お相子ではないでしょー?」
「ううん。清美が居なかったら行かなかった。いや…、行けなかったよ。何でかな…?清美が居れば、何をしても上手く行く気がするんだ。」
「ハハッ。買い被りにも程が有るッ。私なんか居たって、掃除の役に位しか立たないわっ。」
私は呆れて、首を振る。
「良いのッ。俺は威張って良いんだから。お相子だし、清美が居れば何でも上手く行くのっ。俺はそう決めたんだ。ハハッ。」
「…。はいはい。幸せ思考のご主人様。ハハッ。」
「幸せ思考か…。それ、良いねー。」
「まあ。言い方を替えれば「お気楽」だけど…ブッ。」
「清美…。シュークリーム一つで良いんだよね?」
桃がぷーっと剥れて言い出した。
「えっ!いやいや、スーパーご主人様。私、好きなケーキを選ぶのなんて、初体験なんだよーっ!実はスッゴい楽しみにしてるのっ。お願いッ!」
「ブッ。ハハッ。清美、真に受けて可笑しいッ!」
「全くッ!威張って良い。なんて、言うんじゃ無かったよ!達悪いわっ。…ハハッ。」
「さて、着いたよ。張り切って、初体験してよ。ついでに、明日のティータイムの焼き菓子も選ぼうよ。…。ねえ…?楽しい?清美。」
「え?ちょっと…今、興奮して…ドキドキしちゃってる。や…焼き菓子って何?煎餅だね?本当に好きなケーキを選んで良いのね?それが…高くても?」
「いや…煎餅じゃない…。ああ、今の俺は超、超ご機嫌だから…デコレーションケーキでも選んで良いよ!ハハッ。」
桃が冗談で言ったのだろうが…
「…。夢で良く見たよ。大きな丸いケーキを一人で丸ごと食べてるの。ねえ、かなり時間掛かるけど…良いかな?ゆっくり選ばせてね。もー。行く前から…小さいの何個かにするか?デコレーションケーキ?迷って、パニクってるから…。」
私が真顔で答えると…。
「うん。俺も迷うから、うーんと、ゆっくりね。」
真顔で桃が言ってくれた。
「はあー。良し、行こう。」
私は大きく息を吸い込み、言った。
深呼吸に、髪の普段と違う、素敵なシャンプーの香を感じた…。
散々、迷い…。店の人が呆れ出す頃、私は、鮮やかに砕かれたゼリーが宝石の様に層を成すイルミネーションの様なゼリー寄せと、一番小さなサイズのデコレーションケーキを選んだ。
桃は私が選んで居やすい様に、一緒に悩んでいる振りをしていてくれた感じがした。
モンブランとチーズケーキそして…私が悩みに悩んで止めてしまったプリンアラモードなる素敵な物を二つ買った。
その後、焼き菓子も桃の説明を聞きつつ選んで、店員さんが箱に詰め、桃がお会計をしている間も、まだ私は、物珍しくて…店内をウロウロしていた。
他のケーキを桃に任せて…私は、デコレーションケーキを大切に抱えて店を出た。
家に着き、桃はハーブティーを選べと言ったが…
一つも知らず、さっぱり解らない私は…
「うーん。じゃあ…。ウワーッ!って言葉が私から出る様な、このティーカップに似合うハーブティーをお願いします。」
と、注文をした。
「フフ…ッ。清美、俺に似てきたんじゃない?」
首を振り、やはり愉しそうに微笑み…
「了解ッ!ケーキ持って行って、待っててね。」
沢山のハーブティーから、一つを選びティーポットにサラサラと入れる。
後の楽しみにしたかったので…慌てて、ケーキを持ち、ガーデンデッキの席についた。
どっちから食べようか…?頭を抱えていると…
「清美、お待たせー。」
桃が茶器をトレーで運んできて、配る。
「ウワー…。え…。ウワーッ。素敵…な…色。桃。なんて言う名のハーブティーなの?」
「ローズヒップだよ。始めては…無難線にした。」
「スモモみたいな色…ローズヒップ。私…飲んでみて良い?」
「勿論。」
私はカップをとり…ローズヒップを陽にかざし、うっとりと見とれながら、一口すする…
「…。想像したのと、全然違う味だ。少し酸味があって美味しい…。はぁ…現実離れした味。」
「気に入って貰えたかな…?」
桃が不安そうに訊いた。
「勿論!色が特に気に入った。こんな素敵な飲み物が、世の中には有ったんだね…。」
「ねえ…?清美。楽しい?」
「うん。楽しいッ!ハーブティーをガーデンデッキで飲んでる自分なんて…想像した事も無かったもん。ねえ、桃は…狐とかタヌキじゃないよね?」
「ハハハッ。実は俺もね、お墓で考えてた。さっきの娘も言ったけど…清美は本当に魔法使いじゃないか?ってね。しっかし…酷いよねー?狐かタヌキって!良く清美に唖然とさせられて、俺、固まるからさ、メデューサとかにすれば良かったよっ!」
二人で顔を見合わせて…
「ハハハッ。」 大笑いした。
「ねえ、清美。デコレーションケーキから食べて。」
桃が悪戯っ子の様な顔で言う。
「え…?ぶっちゃけ、半端なく迷っているから、じゃあ…デコレーションから?」
と、言いながら…慎重に箱を開く…
「え…エェーッ!あ…。」
デコレーションケーキには、綺麗な砂糖細工の薔薇と、その横には…「清美。有難う。」と書かれたチョコレートプレートが乗っていた…。
私は、ケーキの蓋を一旦、閉めた。
「え?」 桃は石化を食らった様に驚いている。
私は、ケーキの箱に手を置いたまま…桃を制した。
上を見上げ…暫くの間、ハナミズキの木を仰ぐ…
「私…今、ワンワン泣きそうなの。でも…そうすると、鼻が詰まる。詰まると、ケーキやハーブティーの味が解らなくなる。困るのよ。本当にそれは…困る。はぁ…。良し!」
深呼吸をして、ケーキの箱を又、開いたが…
止めようもなかった一筋の…大粒の涙がこぼれた。
「…。素敵。憧れて止まなかった…チョコレートプレートまで、手に入っちゃったッ。本当は食べないで一生、このまま取っておきたい。でも…食べたいから…。心に、一生取っておくね。有難う。桃…頂きます!」
と…。桃を見た。
「ハッ?ええーッ!な…なんでーっ?」
泣いてた。桃が…私の代わりにポロポロ泣いてた。
ケーキに興奮して、何か悪い事でも言ってしまったのか…?
「ゴメン…。私…何か悪い事しちゃったかな?」
訊いた。
「え…?ああ…俺。泣いてたんだ。違うよ。違うんだ…。清美の涙が余りにも綺麗で…感動しちゃったかな?ハハ…。」
「えー?いやいや…。感動したのは、私なんだけどな…。参ったな…。」
「驚かせてゴメン。どうじょ、清美。食べて。」
「うんッ!じゃあ…頂きます!」
取り分ける事もなく丸ごとフォークで食べるデコレーションケーキの味は…
「んんーっ!ねえッ。これ、夢を食べているみたいだよッ。フワッフワだー。最高ッ!凄い、凄い、凄っい。美味しい!」
ジタバタ暴れ悶絶する私を桃はじーっと研究して…
「良かった。俺もモンブラン食べるっ。頂きます!」
と、食べ…「清美。モンブランは?嫌い?」 訊く。
「ハハ…。好きも嫌いも…。そんな色の本格的なモンブラン食べた事が無い。」
首を振る私に…
「じゃあ…。あーんして。」 と、言い。
「え?あーん。」
栗の乗ったモンブランを、フォークで一口私の口に入れる。
「んっ!ええーっ!旨っ!栗だよ。え…栗じゃん。」
「ハハハッ。栗のモンブランだからね。栗だよ。清美…。可笑しいッ!ハハハッ。」
「いやいやッ!逆に…私の知ってる、あの真っ黄色のモンブランを桃に食べさせたい!決して、マズいとは言わない。けど…全然!別物だから。カルチャーショックだ…。え…。今度のお給料でモンブラン買おうかな…?」
私は高級な洋酒と栗の味に衝撃を食らった。
「ああ…。桃も…一口食べてみて。あーんして。」
私にしたら、一大決心でイチゴの乗った部分を桃に振るう。
「あーん。んんーっ!えっ?デコレーションケーキのクリームって…こんなに美味しかったっけ?本当に、夢を食べているみたいだね!忘れてた味…。」
と、目を丸くしている。
「ねーっ?美味しいったらないよね?半分取っておいて、夜、仕事終わりに食べるんだ!ああ…。ハーブティーも美味しい。」
勿体なくなってきて、私は言う。
「ねえ?清美。楽しい?」
桃が又、訊いた。
「ハハハッ。桃、どうしたの?さっきから。言葉で表せない程、楽しいよッ!本気で…バチが当たりそうで怖い位。桃の所に来てから、楽し過ぎる!」
「そっかー!俺も、楽しいんだ。一人で楽しんでるには勿体ない程、楽しいんだ。だから、清美にも訊いちゃうんだよ。ハハ…。」
頭を搔いて照れ臭そうな顔で桃は言う。
「本当、久しぶりに…、家に帰って来れたって気がする。変だよね?家には居たのに…今まで、帰った気がしなかった。ずーっと、人のウチに来てるみたいでさ…。落ち着かなくてね…。」
「ああ…。解る気がする。私もずーっと、そんな感じで過ごしてきたから。でも…私みたいな境遇じゃなくても、そんな風に思うんだねー?」
「家に一人きりっで寂しくて…人を助ける。なんて名目で。人数だけ増やしてもね。孤独に変わりはないんだよ。そりゃ、「有難う。」って笑顔で帰って貰えるのは、嬉しかったけどさ…。」
とっても良く似合う、ローズヒップを飲みながら…桃が言う。
「うーん…。良く解らないけど、お墓の…、家族の事がさ、自分で思うより気になってたんじゃない?それがスッキリして、家の居心地が良くなった。とか…?」
私は着実にケーキを切り崩し口に運びつつ、私には勿体ない感じの、ローズヒップをすすり…言う。
「それは、確実に有ったみたいだね。後は…魔法使いのお陰だ。清美が来てから、キッチンに温もりがある。これも不思議なんだけど…。今までの人だって御飯は作ってくれたのにな?」
首を傾げて…
「何て言っうんだろう?俺にしても、お客さんに対しても、喜んで貰おうって気持ちがある料理なんだよね。清美の料理は。ただ、仕事だからって作った料理じゃない感じがして…その温もりがキッチンや家中に、ガーデンデッキや庭にまで広がって…。だから、帰った。って気持ちになる。」
私を見ながら桃が言う。
「ハハ…。そんなの…誰でもそうじゃない?どうせなら、喜んで貰いたいでしょ?しかもっ!自分も、一緒に食べられる料理だからね、益々、力が入るってか?ハハッ。」
私は…桃の買い被りに些か照れて言った。
「ねっ?誰でもそうじゃない?って、サラリと言える清美が…俺は自慢なんだよ。やっぱり、スーパーお手伝いさんだ。ってね。」
「ああ…。嫌だーッ!もーっ!桃が私を余り褒めるから、聞きなれない言葉に照れちゃって。こんなにケーキ食べちゃったじゃんかっ!夜に取っておこうとしたのにさ…。もう無くなっちゃうよぉ…。桃のせいだっ!」
「ブッ。何それッ。俺のせいかよーっ?ハハッ。大丈夫だよ。清美。夜用はねー。二人分のプリンアラモードを買って有るからね。」
「えっ?プリンアラモードって…一つ、私のなの?えー…。二つ桃が食べるのかと思ってたよ。あのさ…。どれだけ私を幸せにすれば気が済むんだろう…?このスーパーご主人様は…。超、超嬉しいッ!有難うッ!桃。」
諦めたプリンアラモードを食べられる事に興奮し、私はお礼を言い…
「ああ…。早く夜にならないかなー。って…もう、こんな時間じゃんっ!仕事…何もしないで、ラブに行く時間になっちゃった。ゴメンなさい…。」
「はあーっ?冗談ッ!今まで…誰にも出来なかった大きな仕事を清美はしたじゃん?お墓の掃除だよッ。ガーデンデッキの掃除もしてくれた。しかも、この茶会も俺の命令?だよ。何を謝るのさっ?」
桃は顔を顰めて…首を振り…
「今日も俺はラブに行く。今から今日のチャームに何が出るのかが、凄い楽しみなんだよ。それこそ…清美がプリンアラモードを楽しみにしている位。」
「でも…。バチが当たらないかな…?」
「バチなんか当てたら…。俺が許さないよ!」
「桃…。変な…言い回しだよ。」
「…。ハハハッ。」 顔を見合わせて笑う。
「ねえ?清美…。言い辛いんだけどさ…。」
「えー?そんな事言わずに、何でも言ってよ!」
「そう?いや…。ずーっと前から、クリームが口に付いてるよ。」
桃が真顔で言った…。

ラブに着き、仕込みを始める。
桃はブランチを食べただけだ…。いけない事だが…どうしても、桃を主体に考えてしまう。
ケーキの力は絶大だ。
先ずは、仕込んだ筑前煮を火に掛けながら…
アスパラを軽く塩コショウした豚の三枚肉で巻く、軽くカレー粉入りの小麦粉をまぶしねかせておく。
腹持ちが良いように…。カナッペを作ろう。
マッシュポテトにはコンビーフを混ぜ合わせる。
大道のゆで卵にマヨネーズを混ぜた物にはレモンでサッパリ感を加えて…ドライパセリを散らそう。
焼き上がった生地に搾り器を使い、クルクルと…タップリ乗せる。
筑前煮を気にしながら…。さあ…出来た。
そっと、椅子に腰を下ろした…。私は少しの間、正面を見つめ深い息を繰り返した。
自分を落ち着かせる為に…
そう。出勤前に桃が、準備をする私の部屋に来て、ひと箱一杯の自筆本をくれたのだ!
もし、私が金庫を持っていたのなら、即座にしまっただろう。
その位、大切に敬意を払い、受け取った。
「桃。心から有難う。大切に…。本気で大切に読ませて頂きましゅ。」
と…最後は口が回らない程だった。
「ハハハッ。清美!まだ俺を笑わす気?」
この男…。さっきの口に付いたクリームの事を思い出したのか?言うが…
「いや、今はね…。ちょっと、冗談に付き合ってらんない程、頭がパニクってるから…。」
「じゃあねえ…清美。俺、一番に読んで欲しい本を選ばせて貰っても良いかな?」
優しい表情で桃は訊いた。
「うんっ!うんっ。それ、助かります。一冊、渡して貰えるかな?」
と、大切に部屋のテーブルに箱を下ろした。
「えーと…。」
ガサガサと本を探す桃に…
「ああっ!そっとッ!全部にカバー掛ける前にキズにしないでーっ!」
悲鳴をあげた。
「す…スミマセンでした。」 
桃は驚いて手を止めた。
「あ…。いや…私がスミマセン。頂いた身で…。」
私は頭を掻き回した…
「いやいや。マジで…嬉しくて、言葉も無いよ。有り難いなー。清美は。」
「はあーっ?今のお言葉、まんまお返し致します。何で、くれた側の桃がそんな…。」
「だって、俺が宝物にした様な、手作りカバーの本が又、誕生するんだよ?繰り返すけど…。作家冥利に尽きるよ。本を描いてきて、こんなに価値を認められたのは、本当に初めてだよ。」
桃は手を広げ、嬉しさを表したが…
「あのねー。桃。私は運が良かったの。いつも不運だったけど…今回ばかりは、強運だった。「未来」と言う作家を目の前にして、大好きです。と、伝える事が出来たから。どんな人がこの世界を描いているんだろう?って。会いたがっている人も多いよ。桃を見て、ああ、この人の世界なのか…って知る事が出来るのも、読者にとっては、楽しみの一つだ。」
私は力説?を続け…
「私みたいに「未来」の世界を愛して止まない人は、山の様に居る。だけど、桃に伝える術は限られてるでしょ?それだけの事。しかもっ!こんな高価な本をただで貰って…。桃が有り難がるなら、きちんとお金を出して、沢山の本達の中から「未来」の本を選んで…買ってくれた人々にだよ。私じゃないよ。ねっ?」
と、私は言い、桃を見た。
桃は…何とも、難しい…?顔をして私を見ていた。そして…
「ね…。全くだな…。清美の言う事はごもっともだし…読者には、いつでも感謝してる。本当だよ。ああ、解った!清美には感動してるんだ。俺。そうそう!感謝じゃなくて…いや、感謝もしてるけど…。本に関しては、感動してるんだな。」
一人で頷き、言った。
「なんか…。桃と訳の解らない遣り取りをして良かったよ。逆に落ち着いて仕事に行けそうだ。」
桃を見て、首を傾げながら私は言う。
「じゃあ、清美。手が空いてる時間に、これから読んでね。」
と、「遙かを感じる時間を」と、描かれた本を私に手渡した。
そんな経緯が有り…その本が今、私の手に有る。
桃に渡された後、直ぐに今日買って貰ったケーキを包んであった素敵な包装紙でカバーを作った。
この本を包むのに相応しい、記念の包装紙だ。
私は、本を撫で…。ページをめくる。
初夏のワクワクを含んだ清々しい風が、自慢のガーデンデッキを吹き抜けた。
テーブルの上に舞い降りた花びら達は、可愛らしいプリマの様で…優雅に踊る。
トクンッ。
「あ…。良い事が起こる日だな?今日は。」
そう予感させる鼓動が響いた…。
相変わらずの可愛らしい文章に、笑みがこぼれた。フフ…。ウチの庭みたいだな。
先を焦る気持ちを抑え、一旦、本を閉じた。
筑前煮の鍋を揺すり、火を消す。
見ていた様なタイミングで…
カランコロン。扉の開く音と同時に…
「清美ー!来たよー。腹ペコだーっ。」
桃が登場した。
「あんたねー!腹ペコだよー、ママ。でしょ?そこはっ!自宅じゃないんだからさっ。ああ、いらっしゃい。今日もお早い出勤で。」
と、ママが桃を叱るいつもの声が聞こえる。
ハハッ。又、怒られてるし。笑いがこみ上げた。
「だってよー。清美。ハハッ。いらっしゃい。桃。」
真紀さんが桃に声を掛けて、私に言った。
「ハハッ。今、直ぐ…。はい。出来た。」
私は慌てて、チャームを真紀さんに渡した。
「はいよ。桃。お待ちかねのチャームよ。んで?ビールよね?」
「桃の事は知らないけど、私はビールよ。ハハッ。」
ママが笑って言う。
「どーじょ。どーじょ。真紀さんもね?勿論。急いで、俺にもねっ。」
ビールが来て、乾杯を済ませると…
「清美!頂きますっ!」 桃の大きな声がした。
「だってよー。」 ママと真紀さんが一緒に言う。
「ハハ…。はーい。桃。召し上がれーっ!」
私は呆れて答え…。この人が本当にこの世界を創った人なの?なんて…本をマジマジ見ていた。
「ああ…。見てよ!この照り!見てるだけで幸せになるね。んーっ。やっぱりねっ、幸せ味だ。」
筑前煮から食べたんだね?桃の感想を聞き、想像を巡らせ、私は楽しんでいた。
「清美ー!旨いよ。」 又、桃は声を掛けてくる。
「ハハ…。恐縮ですっ!静かに食べなさいっ!」 
私は大声で言う。
「あんた…。なんか有ったの?清美、清美って。いつもの空元気とは…なんか違うわね。本当に、陽気じゃない?」
流石、ママは鋭い指摘をした。
「うんっ。実はね…。報告が有って、今日は来たんだ。今日…さ、清美に付き添って貰ってね、お墓に行って来たんだよ。」
桃が話す声が聞こえる。
「…!まあッ!…ま…真紀、ビール。これは、桃につけなくて良いわよっ。私のおごりっ。乾杯よ。これは乾杯だわっ!」
ママが、動揺?興奮?している…。
「へ…。凄いわね。清美って…。あ、ビールよね!」
真紀さんも…酷く驚いているみたい…。
「じゃあ…。献盃。」
「うん…。献盃。」
「献盃。」
三人が静かにグラスを合わせず、言う声がした…。
「はあ…。美味しいや。有難う…。ママ。」
「嫌ねーっ!この子はッ。水臭いし、辛気臭いったらないわっ!しんみりとしちゃって…。ハハ…。目から鼻水が出たわよッ!真紀ッ。ティッシュ…ってあんたも目から鼻水?ハハ…。」
「ハハ…。私も目から鼻水よ。あっ。痛っ!今度は目から星だわっ!ハハッ。」
ガンッと音が聞こえ…。真紀さんが何かにぶつかった様だ。
「有難う。二人とも…長い間、心配掛けちゃったよね。何だか、やっとスッキリした。」
桃の話す声が又、聞こえる…。
「清美がね。俺も知らない間に掃除用具を準備してくれて…。お墓をピッカピカに磨いてさ、「桃も手伝うのよっ!」って叱るんだよ…。なんか…来れなかった10年を躊躇する事も、感傷に浸る暇さえも無くてね、水汲みに追われてた。まだ、ゼイゼイしてる俺にさ…。仕上げは桃が心を込めて拭きなさいって、タオルを渡されてさ。ハハ…。」
ママ達の声は一切、聞こえず…
静寂の中で桃の声だけが続いている…
「お墓に行く途中も。花屋さんで花を買えって言われたんだ。清美は朝から庭の掃除をしてくれてたんだけど…家族の方、お花が好きだったんじゃない?って。凄いよね…?二人で選んでさ。素敵な花束をお墓にあげた。」
おい、桃、言葉ッ!何だか…さっきから、私が偉そうに命令ばかりしている様に聞こえるんですがッ!
苦情を言いたいが…。桃は続けて…
「ロウソクに火を灯してから、お線香を渡されて、10年分の話しをしろって。ハハ…。気付いたら…何で10年間も戸惑っていたのかが不思議になる位、自然に手を合わせて、家族に謝って…。話してた。」
桃の声にママ達のすすり泣きが混ざってる…?
「偉いっ!清美。感心したわよッ!」
「うん。うん。偉いっ!」
ママと、真紀さんがキッチンに向かって叫んだ。
「いや…。そんな…違います。お墓に行くって言い出したのは桃だし、私。桃の話したみたいに命令してない…つもりだったんですが。ハハ…。」
私は、一応…訂正をし、謙遜もした。
謙遜…?違うな。事実を述べただけだ…。
「俺がね。お墓に行くって言えたのは、清美が、壊れた物があったら私に言って、穴のあいた服も布団も、穴のあいた心も。一生懸命、全力で治すから。って言ってくれたからなんだ…。」
又、桃は話し出し…
「昨日、俺のウチに来ていた女の子も言ったんだけどさ、清美には魔法使いみたいな所があるんだよ。お墓に行ってみて、もし半端なく落ち込んだとしても家には清美がいる。きっと、落ち込んだ俺を全力で治してくれる。って思えたから、言えたんだ。」
と、言った。
私は、慌てて…
「自分で言っちゃってから、そんな大層な事は自分に出来ないって思い直して、嘘。って直ぐに言ったんですがね…。」
と、口を挟んだ。
「清美、出来ても、出来なくても…そんなのどうでも良いのよ。桃がそう思い込んで、行動を起こしたって事が凄いの。そう、思い込ませた貴方を偉いって、私達は言ってるのよ。」
ママが私に言った。
「はあ…。そうですか…。有難う御座います…?」
お礼を言ってみた…?
「ああ…綺麗なカナッペ。清美、今日のお花みたいだね?美味しいッ!ハハッ。」
桃が懲りずに?私に言う。
「ハハッ。有難う御座いますっ。」
オウム返しに半分ヤケ気味で繰り返す。
「あれ?そう言えば…明美さんは…?」
「ああ、何だか…遅れるって。揉め事らしいわ…。」
真紀さんが答えていた。
「彼…と?」
「その様ね。私達の恋は難しいからねぇ…ハハ…。」
ママも言う。と… カランコロン。
「遅くなりましたー。スミマセン。」
噂をすれば…明美さんが出勤して来た。
「良かった!お客様、まだ入って無くて。ハハ…。」
「明美。大丈夫なの…?あんた、目が…」
ママが心配そうな声で明美さんに訊く。
「ハハ。又、振られちゃった。ああ、落ちるわね。」
「残念だったね…。明美。元気出して、ね…?」
真紀さんも、言う。
「大丈夫!慣れっこよ。ハハ…。もう一度、化粧直すわね。私。」
と、明美さんは言い…。キッチンの方に来る。
「おはよう。清美。ハハ…。聞こえた?酷い顔でしょう?みっともないわよね…?全く。」
言う。
「いいえ。全然。私は…羨ましいです。」
私は首を振り言った。
「えっ?羨ましい…?私が…?」
「ええ。私、恋をした事が無いから。ハハ…。人を好きになる暇もなかった。だから、その人を大好きで…。切なくて涙を流した明美さんが羨ましい。」
私は、呆れ顔の明美さんに続けて…
「だって。楽しい時が有ったから、今が悲しいんでしょ?やっぱり…。羨ましいです!」
と、言った。
「…。ハハ…そうねっ。確かに…。楽しい時が有った。ハハッ。しっかし、清美には、一本取られたわ。失恋を羨ましがられちゃねぇ…?落ち込んでもいられやしない!さーっ!仕事、仕事ッ。」
明美さんは笑い出した。
私と明美さんの話しを皆が聞いていたらしく…
「…。そうそうっ!ウダウダは明美さんに似合わないよ!次、行にてみよーっ!」 桃が言い…
「そうそう!次に行ってみよー!」
「次は、もっと良い男、行ってみよー!」
ママ達が続いて言う。
「ハハッ。あんた達ッ!次、次ってカラオケの順番じゃあるまいし!簡単に言ってくれるじゃない?ハハッ。桃、私も混ぜて!ビール、頂きます!」
明美さんは…陽気に戯けて言う。
「これねっ。ママのおごりなんだよ…。」
と、桃がお墓参りを明美さんにも報告する。
「ちょ…。失恋も吹き飛ぶ程。驚いたわッ!良かったね…桃。ああ…。良い事が有ったから、今日の嫌な事がチャラになった!本当に良かった!」
「ねー。私達も今、散々、桃の話しに泣かされてた所よ。良い涙…だけどね。ハハッ。」
ママが言った。
「ああ、それでか!真紀ちゃんも目が赤いから不思議だったのよ。桃、偶然ね?私も…清美に今、救われたわ。ハハ…。」
明美さんが桃に言った。
私に…?救う事なんか言って無いのに…
「ハハッ。清美はねー。実は魔法使いなんだよ。たまーに、メデューサになるけど…。」
桃が又、可笑しな事を繰り返し言う。
「全くね…。お客様も皆、チャーム、チャームって言うしね。おたまでも振って…「ちちんぷいぷい」とか言いながら作ってたり…」 
ママが言いかけ…
「してませんからっ!」 私は即答した。

ラブの仕事を終え、ウチに帰る。
頭の中は、読み掛けの本と、ゼリー寄せと、プリンアラモードの事で一杯だった。
玄関につくと、同時にドアが開き…
「おかえりーっ!清美。」
桃が飛び付いてくる…。まるでご主人様を待ちわびた犬だ。立場が逆だろう?
「ハハッ。ただいまー。桃。お腹が空いたんだね?私もペコペコ。」
「うんっ。」
「今日…。お客様…は?」
「ハハッ。毎日は流石に居ないよ。今日は清美と二人だ。ああ、明日は担当さんが来るけどね。」
「はい。何時に来るの?朝?」
キッチンに桃と向かいながら、私は訊いた。
「いやいや、昼過ぎだから。明日もゆっくりで良いよ。ってか、ラブに行ってる間はゆっくり起きなよ。清美に倒れられたら…ママに又、「ちょっと、あんたねー!」って怒られる。ハハッ。」
桃がママの声をマネして言い…
「ハハハッ。桃、似てるッ!」 
思わず笑ってしまった。
「清美。昼間にデコレーション食べて…これからプリンアラモード食べれるの?」
「勿論!楽しみで仕事中もソワソワしてた!プリンだけでも美味しいのに、アラモードでしょ?意味は解んないけど…。響きだけでワクワクする!ああ、御飯は、何が良い?」
「清美の好きな物で良いよ。話しを聞いてたら、俺もプリンアラモード食べたくなってきたから。」
「じゃあ…お茶漬けを軽く食べて、プリンアラモードにしよう!良い?」
「うん。そうしよう!」
「サッサと作るね。少し、待ってて。」
私は慌てて、だし汁を作り、生姜をすりおろした。
タラコを焼いて、沢庵と柴漬けを刻む。今朝の余りの一切れの鮭をほぐして、四つに仕切られたお洒落な小皿に盛り付ける。
丼に御飯を盛り、ダシを張ってゴマを散らした。
「はい。桃、出来たよ。具はお好みでね。」
リビングで寛ぎ、タバコを吸っていると思い、振り返った…。
桃はソファーに寝っ転がり、何故かニコニコと、こっちを見ている。
「ええ…?なあに?ニコニコして。私…何か可笑しいかな?」
慌てて…髪に手をやった。
「全然。綺麗な動きだなーって見とれてただけ。」
「はあ?私、踊ってないけど…?」
「ハハッ。無駄の無い綺麗な動きだよ。わー!本格的なお茶漬けだ…。凄いな。」
「大袈裟だな…桃は。ハハッ。生姜を少し入れるのお勧め!サッパリするよ。」
「へー。頂きます!」
「はい。頂きます。」
桃はまず、生姜を入れただけで一口すすった。
「旨っ!これだけで充分だな…。」
「ハハハッ。私の御飯みたい。具が無い時は生姜だけっ!温まるよね。」
「うん。体が全部、ポカポカしてくる。風邪の時はこれ、作ってよ。」
「ハハッ。風邪の時は卵酒もお粥もミルクリゾットも…作れるから、安心して。ほら…。風邪の薬って高いから、食べて自力で治すの。」
私は具を沢山乗せながら言う。
「風邪じゃ無くても、美味しそう。今度、徹夜明けには、ミルクリゾット?食べてみたいなー。」
桃も具を乗せ、私に言った。
「ハハッ。カッコ良い名前で言ってみたけど、ただのクリームシチュー粥だけどね。」
「ウワー。益々、旨そう!食べたい!」
「了解です!ハハッ。ガッカリするなよー?」
「いや…清美のする事でガッカリした事なんか、今まで何一つ無いよ。」
お茶漬けをすすり、桃は甘ったれた顔で笑う。
世間では、カッコ良い顔と分類されるのであろう…
「プレッシャーだわっ!桃は私を買い被り過ぎだ。ねえ、コーヒー?カフェオレ?それとも…桃が又、素敵なハーブティーを入れてくれるの?」
首を振った後、私は訊いた。
「清美は?又、別のハーブティー飲む?」
「うんっ!初めての物を飲みたい。良い?」
「勿論!何にしようかな…?」
桃は食べ終わり、立ち上がって先ずは茶器を選ぶ…
「凄い食器の量だよね。桃のお宅…。」
私は桃の後ろ姿に話し掛けた。
「食器も料理の一部分なんだよ。って祖母が言ってたな…。」
「解る、解る!素敵な食器や茶器は、それだけで美味しく感じるもん。」
桃は金とターコイズブルーのシルエットが綺麗な茶器を出した。
「ハハッ。本当、清美は祖母に感性が似てる。今度のハーブティーは、ちょっと癖があるかも…」
と、言いながら入れはじめた。
私は慌てて、お茶漬けの片付けを済ませ、姿勢を正して、プリンアラモードに備えた。
「清美。ゼリー寄せは明日でも食べられるから、一緒にプリンアラモードを食べようよ。」
「うんっ。私もそう思ってた。仕事中、ずーっとプリンアラモードを、桃と共感しながら食べるの楽しみで、楽しみで!ハハッ。」
「ハハッ。俺も!この時間が楽しみで。はい。どうぞ、清美。」
「有難う。へ…。干し草みたいな香…これは?」
薄黄色のハーブティーから立ちのぼる湯気を吸い込み、訊いた。
「カモミールだよ。嫌いな人も多いかな…?」
「これが…。カモミール、聞いた事があるよ。じゃあ…頂きます。」
そっと、美しいシルエットのカップに口を寄せ、すする…
「はぁ…。なんだか…草食動物になった気分。落ち着く。私は嫌いじゃないな…、美味しい。」
「ハハハッ。草食動物!凄い、言い得て妙だよ!清美。ウケるッ!ハハッ。」
「えー?だって…これも又、私の世界では知らない味なんだもん。ハハ…。ねえ、プリンアラモード食べて良い?」
「どうぞ。食べてみて。」
と、桃は私を観察する気、満々で身を乗り出した。
「おいっ。そんなに近くでガン見されたら…プリンアラモードが桃味になっちゃうじゃんっ!」
私は苦笑いで苦情を言う。
「桃味ッ!ハハハッ。清美。最高!だってさー。昨日から、清美の食べるのを見るのが、俺の幸せになってるんだもん。」
「イヤ…。だもん。じゃ無くて…。その趣味ちょっと変だよ。桃。はぁ…。では…。頂きます!」
可笑しな世界に入り込んだ桃を否定して…
一口、プリンから頬張った。
「グハッ。幸福が口一杯広がった!何…?このカラメルは…。飛び上がるか、腰が抜けるかってレベルだよ。桃。本当に有難う。この味を知らないままになる所だったよ!」
食べた事も無い、高級な味のカラメルに私は、目が丸くなっていた。
「えーッ!コレッ。網目のあるメロンじゃんっ!ヤバい。最後に取っておかなきゃ!んーんっ!バナナの味さえ違うんですがっ!この、サクランボも後のお楽しみだなっ?ワッ!桃。大変ッ!まだ下にプリンがあるよ。プリンアラモードって、ぜ…贅沢な食べ物だ…。高い訳だよ…ねっ?」
贅沢三昧のプリンアラモードにやられ…ベラベラ解説をして…桃を見る。
「ブッハハハッ。清美。止めてー。興奮し過ぎッ!ハハッ。可愛い過ぎる!ああ、こっちが幸福だ!」
桃が反り返り笑い出した。
「えー?幸福って…桃、まだ食べて無いじゃん?」
私は一旦、落ち着く為にカモミールをすすった。
「食べなくても、美味しさが清美の顔から充分に伝わってくる。そう…。冴え渡る夜空に浮かぶ満月の様な、その笑顔からね。」
ああ…。桃の…「未来」の言葉だ…
「桃の言葉は素敵が沢山だね…。私は桃の発する言葉が昨日から楽しみで仕方ないよ。新しく渡して貰った本も…やっぱり、素敵が溢れてる。」
又、一口、幸福を含み言う。
「俺は、清美の言葉に皆が動かされるな…って感じてた。清美が作家になれば、前向きに歩んで行ける人が増えて、良かったのにってね。」
「ハハッ。冗談。私が書いたら…、恨み辛みの陰気な物しか出来ないよ。桃みたいな、躰全体に浸透力のある文章にはならないって。ハハ…。」
「さっきも、ラブで…。清美の他には誰も、明美さんを楽に出来る言葉が出なかった。」
「ハハ…。ただ、本当に思った事を言っただけだけど?人を羨む事に掛けては、歴史が違うからね。でも…昨日からは、私って世界一の幸せ者かも?って思ってる。桃のお陰でね!」
私は幸福の味を含みながら、本当に幸せ者だ…。と感じていた。
そんな私を見ていた桃は、何かを思いついた様に…
「ねえ、清美。明日、担当さんが来るのは、俺が賞を頂いたからなんだよね。受賞はとても嬉しいんだ。でもねぇ…。受賞した人の記念パーティーに出て挨拶をしないといけないんだ。挨拶はともかく…パーティーは疲れるから、苦手なんだよ。でもさ、もし…。清美が一緒に行ってくれれば、俺はきっと楽しい気分で行けるんだよね…。清美…。着いて来てよ。お願い。」
桃は…又、甘ったれた顔をする。
「ハハッ。パーティーに?ハウスキーパーが着いて行くなんて聞いた事がないよ。執事ならともかく…しかも、不慣れで桃に恥を搔かせる事が有ったら困るし…。第一、パーティー?着ていく、正装が無いわ。」
私は桃の申し出に、マジで呆れて首を振った。
「何の関係者か訳の解らない人達が大勢いるんだ。清美が何をしていても目立つ事はないし、服は責任を持って俺が用意する。恥なんか搔いても構わないんだ。そうじゃないと…又、行きたくなくなる。せっかくの受賞が憂鬱な物になっちゃうよ…俺。いつも、参加を断られる担当さんも気の毒だ。」
桃は色々な理由を言い出した。
「はあ…?それは…脅しですね?桃さん。」
私はもっと呆れ、訊く。
「しかもねー。清美。パーティーは、プリンアラモードも吹っ飛ぶ位の破壊力だよ。寿司屋さんも来るよ、目の前で好きなお寿司を握ってくれる。こーんな、大きな肉の塊が出てくるよ!ローストビーフってヤツさ。ケーキなんか、20種類位出るかも?他にも、清美が見たら「ワーッ!」ってなる、綺麗な宝石みたいな食べ物だらけだよー。それ、全ー部。ただで食べ放題だ。きっと、ラブのチャームの参考にもなるのになー。」
桃は上目遣いで私を見たが…
私は今の話しに、想像だけでも、生唾を二回以上…飲み込んでいた。
絵本などに出てくるパーティーは、ダンスを踊ったりしているだけで…、食事の情報には乏しかった。
「寿司…ローストビーフが…ただ?桃…。そこは…私に取って、夢の様な場所なんだね?」
「食べ物に関しては、きっとね。ただ…。慣れない正装は清美にしたら苦痛かもね?どうしてもドレスになるし、ハイヒールも苦痛だよね…。」
又、私は生唾を飲み込んで…言った。
「あの…ロングスカートのドレス…?シンデレラみたいな、ハイヒール…。テレビで一回見たけど…スターの人達がレッドカーペットとか歩くみたいな、あの…素敵な格好?」
「うん…。清美は…窮屈で嫌でしょ?」
桃が不安な顔をする。
「桃…。桃がそう思わなくても、一応、私も女なんだよ。一生に一度は…、そんな格好をしてみたいって思うさ。ハイヒールにドレスね…。パーティーは本当に夢の世界なんだねー。」
今度はドレスを想像して…、ボーッとしていた。
「ええーっ!着てみたいのっ?じゃあ、決まりじゃん!明日、ドレスとか、色々買いに行って、受賞パーティーに一緒に行こうねっ。日曜はラブも休みだしっ。ヤッホー!俺、一気に楽しくなっちゃったなーっ!楽しいねっ?清美。ハハッ。」
ニッコニコご機嫌で桃は笑う。
「ま…待って!取り敢えず、明日は掃除洗濯をさせてよ。編集さんも来るし。全部終わったら、ああ。ドレスを買う様な店に着ていく服自体が、持ってないけど…。」
「そのままで、構わないと俺は思うけど、清美が嫌なら、掃除洗濯の間に俺チョイスで適当な服を、買って来て良い?パーティードレスを買いに行く用の軽い服を…。」
桃がややこしい…提案をしてきた。
「も…桃が買って来てくれるの?勿論。超嬉しいけど…。でも、なんで?そこまでして私をパーティーに連れてくのかが理解出来ない…?」
「だってさー。プリンアラモードでこんなに興奮する清美がパーティーの料理にどう反応するのか考えただけで楽しいよ。それだけでパーティーに行きたくなる!こんなにパーティーが楽しみなのは初めてだよ、俺。今まで、殆ど断ってたからね。」
「はあ…。桃が楽しみなら、良かったよ。その代わり…明日のお店でも、パーティー会場でも、腰を抜かしたら、私の搬送、宜しくね。」
私は真顔で言ってやった。
「ハハッ。清美が腰を抜かしたら、俺、愉しくて、笑い過ぎて搬送出来ないかもっ!」
想像したのか?桃は益々、楽しそう…。
「桃は…不思議な人間だな?何がそんなに楽しいんだか?じゃあ、明日は忙しいから、もう、寝ようかね?いきなり、お姫様になったみたいで…、身が持たないわ。嬉し過ぎてね!ハハッ。」
「うん。今日も美味しい御飯をご馳走様。こんなに良い日は何年か振りだったよ。感謝ッ!」
「ハハッ。又、まんまお返しします。こんなに良い日は人生初だった。一生分の幸せだ。感謝ッ!」
私はお給料を貰い…幸せな時間や本まで貰って…
怖い様だった。
「まだまだ、もっと清美を幸せにするよ。腰を抜かさない様に覚悟してて。じゃあ、お休み。清美。」
「はあ…。まだまだ…ね…。お休み。桃。」
呆れながら、言う。
まだ、それこそ慣れない贅沢なお風呂にベッドだったが…興奮疲れで、今日も直ぐに眠りに落ちた。

次の日、私は朝から予告通り掃除洗濯を始める事にした。そーっと2階に行き洗濯物を持ってくる。
2階用の洗濯機は有るが、寝ている桃がウルサいと思い、下に持ち出し回した。
その間に朝食の準備を始める。
ハーブ入りの塩コショウで鶏を蒸し、スライスした物をタップリのレタスとトマトにスライスオニオン、チーズ。後で目玉焼きを入れて、トーストしたパンに粒マスタードのマーガリンを塗り…挟むだけに準備する。
厚切りベーコンに大きく割ったキャベツ、セロリは三等分に、玉葱、ジャガイモも半分に…人参を軽く切り分け、多目のブラックペッパーとコンソメでコトコトと煮た。
ガーデンデッキを抜け、庭の物干し竿に仕上がった洗濯物を干す。
気持ちの良い風に吹かれ、太陽の光を吸い込んだ。
桃と自分の洋服がパタパタと柔軟剤の良い香を放ち、揺れ動くのを不思議な気持ちで眺めていた。
ガーデンデッキまで磨き終わり…。
ポトフの火をさらに弱め、お洒落な形の掃除機を持ち出し部屋を掃除した。
全てが終わり…9時を少し回った。
昨日からの草取りの続きを庭でポツポツ始めると…
「お早う!清美。」 上から桃の声がする。
「お早う!桃。ウルサくなかった?」
「全然。自然に目が覚めたんだよ!」
私と桃は、昨日の朝と同じ会話を繰り返し…
「お腹空いたー!支度して降りるね。」
「うん。了解!」
キッチンに戻りコーヒーを煎れ…
ポトフとクラブハウスサンドもどきを用意する。
「うーん!流石は清美だ。今日はパン気分だった!」
走り込んで来た桃が、準備中の料理を眺めて言い…
「流石って…意味が解らない…。たまたまだよ。ガーデンデッキに持って行くから、座ってて。えー、今日のコーヒーは?ラクダさん?」
「ううん。ゆーっくりと優しく躰か目覚めて行くような…」
「甘々な、桃の笑顔みたいなカフェオレねっ?」
「桃の笑顔は「?」だけど…正解!ハハッ。清美、なんだよ!俺の笑顔は…甘々なの?」
私は牛乳タップリのカフェオレを作りながら…
「そうだよー。桃自体が私に甘々だからねっ!」
言った。
「そうかなー?結構、我がまま言ってるよ?頼み事も多いし…。」
桃は出来上がったクラブハウスサンドのプレートを持って言う。
「ほらね?椅子にふんぞり返っていれば良いってのに、手伝ってくれるじゃん?」
私と桃は話しながら、ガーデンデッキに朝食を持って行く。
「だってさー。早く、この美味しそうな朝ご飯を清美と一緒に食べたいんだもん。」
「又、だもん。だよ。ハハ…。本当、働いてる気がしなくて困るわっ!ハハッ。もう、座っていて下さい。ご主人様ッ。」
「はーい。チェッ。」
桃は子供の様に口を尖らせ、渋々、椅子に膝を抱えて座った。
ポトフをトレーで運び…
「さあ、召し上がれ!」
「うん。頂きます!」
「はーい。頂きます!」
「うーん!スープが、野菜と仲良しだ。美味しい!」
可愛い言葉に思わず笑みが出た。
「はあ…。今日も幸せだ…。」
私は甘々をすすり、呟く。
「俺も。なんか良いよね。程良い風に、俺と清美の服が戯れて…踊ってるみたい。幸せの光景だ。」
桃は…優しくカフェオレに口を寄せ、目を細める。
又、薄茶色の髪と長い綺麗なマツゲが光に透けた…
「食べ終えたら、俺、服を買いに行くからね。」
「本気だったんだね…。じゃあ…宜しくお願い致します。何だかんだ言って、実は私…楽しみなの!新しい服なんて滅多に着られないから。本当にこんなに甘えてばっかりで良いのかな…?」
「はあ?清美が買ってよ。って言ったならだけど、俺が俺の用事…?趣味…?の為に勝手にやってる事じゃん?清美は黙って付き合ってくれれば良いんだよ。昨日のお墓参りみたいにね。」
「いや…。服屋さんやパーティー会場じゃ…、勝手に掃除する訳にもいかないよ。」
私はしかめっ面で言う。
「ハハハッ。それ、ウケるわ!清美。ハハハッ。」
桃は空を仰ぎ、大笑いした。
「ねえ、2階を掃除するんだけど…。注意点は?特に仕事部屋がね。」
私は本業の話しに戻り、訊く。
「特に無いよ。普通に掃除して大丈夫。でも…仕事部屋は、ルンバが有るから。」
「ルンバ!えーッ!あの?実物、初めて見るッ!動かしてみても?」
私は又、興奮して訊く。
「ハハ…。勿論。じゃあ、宜しくね。超美味しかった。ご馳走様。清美。」
「こちらこそ、宜しくお願い致します!お粗末様でした。」
妙に深々と私は頭を下げた。
桃が出掛けて、私は2階の掃除を始めた。
2階用の洗濯機を回し、二つの寝室の掃除を終え、もう一つの寝室は未使用なので綺麗だ。
仕事部屋に入る前に頭を下げた。
ここで、あの美しく可愛らしい世界が創り出されると思うと、緊張感が有る。
そっと中に入ると、テレビや漫画で観る書斎とは違い…。驚く程、綺麗に片付いている。
ローテーブルと、木の机と椅子が有リ、私の古い本が立て掛けられていた。他には、窓際に閉じられたままの仏壇が有るだけで…
殆ど何も無く…風の音さえ、遮断され聞こえない。
こんなにも、執筆とは…静寂で孤独な世界での作業なのか…?
暫しの間、唖然と立ち尽くした私は…。
先ず…手を合わせ仏壇の掃除を始めた。
「あっ…ルンバだ!」 自動掃除機なる物を発見し…
動かしてみた。可愛らしい形で一生懸命動き回る姿に…感心しつつも笑みがこぼれる。
棚やサッシのサンを、磨き…掃除を終了した。
庭に出て、2階の分の洗濯物を干し…
綺麗に咲いたお花を花切りバサミで切り、素敵な花瓶に入れ、仏壇に飾った。
その後、遅いお昼の為の仕込みを始める。
又、桃が、困ってる人を連れて来るかもしれない…
私は多目に用意しておく事にした。
大きなハンバーグのタネを作りねかせておく。
大葉と大根おろしをのせて、和風ハンバーグにしよう。付け合わせは、茄子とピーマンの素揚げかな?
玉葱のみじん切りを炒め、ポン酢と合わせてなじませる。
朝、もどしておいた干し椎茸干しと人参を千切りにして豚コマを小さく切り、おからを作る。
ダシを取り、エノキのみじん切りをタップリ入れてしめじにエリンギ、椎茸のキノコ三昧のお味噌汁。
さて、お昼の準備も終了した。
全てを終え、コーヒーでも飲みながらゼリー寄せを頂き、本の続きを開こう。などと考えていると…
ピンポン。チャイムが鳴った。
時計を見ると、いつの間にか1時に近い…
「はーい。」
取り急ぎ玄関に走った…ドアを開けると、スーツ姿で体格の良い男が立っていた…。

「あ…。私、戸浪出版の…」
と、目を見開き、知らない私が居る事に驚いている様子だ…
「ああ、桃…未来の担当さんですね?もう、帰って来ると思います。お上がり下さい。どーぞ。」
私は言い…
「えーと…。書斎で?」 と、訊いた。
「いや…。今日は…受賞パーティーに、どーしても参加して頂きたいと、駄目元で説得に来ただけですので…。」
編集さんが靴を脱ぎ、上がりながら、言った。
「ハハッ。きっと、行くよ。じゃあ下で。ガーデンデッキが気持ち良いから。コーヒーと焼き菓子を用意しますね。」
編集さんをガーデンデッキに通し…
先日、ケーキ屋さんで覚えた「焼き菓子」を使い、言った。
「きっと、行く…?先生がパーティーにですか…?あのー…。」
「ああっ。失礼致しました。先日より、こちらにお世話になっております。ハウスキーパーの田中と申します。えーと、清美で結構ですので。宜しくお願い致しますね。ハハ…。」
と、遅まきながら自己紹介をした。
「ああっ。いや…。清美さん…?余りにお若いので先生が一瞬の間に御結婚でもされたのかと…。先生、モテるから。ハハッ。あ、私、戸浪出版社の瀬川と申します。」
頭を搔きながら、笑って言う。
「はあー?幾ら先生でも、そこまで趣味が悪く無いですよ…。怒られるわっ!モテるならなおさらねっ。ハハッ。ああ、コーヒーで良いですか?」
私が訊き掛けたが…
グォゥゥー。
返事の変わりに…。ライオンのいびき(?)の様な音がした。えっ…?何の音…?
「は…ハイッ!結構です。ハハ…。」
瀬川さんは慌てて答え…。真っ赤になった。
「ああ…。お腹の音か!ライオンのいびきかと…ハハハッ!」
私は笑い出す。
「いやー。お昼を食べ損ないまして…。恥ずかしいな…。しかし、流石は先生の選んだ方だなー。ライオンのいびきですか?素晴らしいッ。ハハハッ!」
瀬川さんも笑い出す。
「だってー。余りにも大きな音だったから…。ハハハッ!」
「だってー。余りにもキッチンが良い匂いだったからー。ハハハッ!」
瀬川さんは私のマネをして笑わせる。
「ハハハッ!」 二人で大笑いになった。と…
「ええー?ただいま…。清美?何なのッ?楽しそうじゃん!」
桃が何やら両手に沢山の紙袋を下げ…帰ってきた。
「ああ、先生。お邪魔しております。」
瀬川さんは慌てて立ち上がり、頭を下げた。
「桃、おかえりっ。あのねえ、お腹空かない?」
私の問いに…
「うん…。空いたよ。えっ?」
戸惑いながら答えた。
「ハハッ。良かった!私もペコペコで、瀬川さんもペコペコなのっ!皆で食べようよ。」
「いやいや、私は…そんな…。」
瀬川さんは手を激しく振り言い掛けたが…
「今ね。瀬川さん、ライオンのいびきかと思う程…大きな音でお腹が鳴ったんだよ!それで、笑ってたんだ。ハハッ。」
私は桃にチクった。
「ハハッ。ライオンのいびき?良いね!又、言い得て妙だ。じゃあ、清美、皆で食べよう!瀬川ちゃん、清美の御飯は美味しいよー!ねーっ?」
と、桃が笑って言う。
「はあ…。余りにも良い匂いに…腹が反応してしまいまして…。ハハ…。」
瀬川さんは又、頭を搔く。
「桃…。ねーっ?って言われても…自分で、はい。とは言えないよ。ハハッ。直ぐに出来るからね。お話ししてて。御飯前だから、お茶を入れるよ。」
「うん。宜しくね。ああ、清美。これ、洋服ね。」
紙袋を指して言った。
「は?まさか…全部。私の…?」
「勿論。そうだよ。清美の服、買いに行ってたんだから。」
「いやいや…。普通は一着でしょ?ええーっ!どーしよー。早く、見たい!お腹も減ったし…。食事にしなきゃ。えーッ!マジで全部?ああ、もう…何が何だか…。」
私は桃の言葉に完全にパニック状態になった…。
「ハハハッ!始まった。可笑しいッ!落ち着いて。清美。先ずは、ライオンさんと、俺と清美で御飯だよ。その後、ゆっくり見ようねっ。」
桃が腹を抱えて、又、私のパニック状態を喜び、言った。
「り…了解!ああ、もーっ!もし、味が可笑しかったら、桃のせいだからねっ!もーっ!」
怒りながら私は答える。
瀬川さんは唖然として…笑う桃を見つめていた。
フライパンにハンバーグを入れてから、お茶を二人に持って行ったが…
「エーッ!ほ…本当ですかっ?」
突然、叫び、立ち上がった瀬川さんに驚き…
「キャッ。」 
お茶を溢しそうになった。
「ほら…。瀬川ちゃん、清美が驚いてるだろ?大丈夫?ハハ…。」
「うん。大丈夫。驚いたけど…」
「お…驚いてるのは、清美さんよりも、俺です!本当に。本当に、受賞パーティーに出席して頂けるんですね?」
真っ赤な顔で瀬川さんは繰り返し訊く。
「うん、清美と行くんだよー。ねっ?」
又、甘ったれた顔でこっちを見て言う。
「はあ…。清美さんと…。」 瀬川さんは繰り返し…
「らしいですよ?瀬川さん、本当に良いの?私なんかが行っても良いの?」
訊いた。
「清美が行かないなら、俺、いつもみたいに欠席だからねー。」
桃が頭の後に手を組み、しれっと言う。
「いやいや!先生に出席して頂けるのなら、牛に引かれてでも、全然。構いません!」
瀬川さんは興奮の余り失礼な事を言い出した…。
「ちょっと…。私は牛かよっ!善光寺参りかっ?」
「ハハッ。ウケるわ!それ。」
桃が笑いだし…
「桃。君は…猫まんまだったね?」
私が睨む。
「ええーっ!清美の御飯、皆と食べるよっ!牛じゃないからー。ごめんなさいッ!」
「…。」
「嘘だよ。今、お持ち致します。ご主人様。」
私は…謝る桃と、又、唖然としている瀬川さんを残し、キッチンに戻った。
温まったお味噌汁とホカホカの御飯を出し、小鉢におからを出した。
ハンバーグに茄子とピーマンの素揚げを添え、タップリと、大葉入りのおろしをのせ、玉葱と馴染ませたポン酢を掛けて、出した。
「はい。召し上がれ!」
自分も席に着き…言う。
「ワーッ。爽やかな色合いのハンバーグ!夏色のハンバーグだね?清美。頂きまーす。」
桃が相変わらず、素敵な事を言い…
「はあー。本当に凄い旨そうですねー!頂きます。」
瀬川さんは遠慮も、驚きも、忘れた様で…言った。
「ハハ…。お口に合うと良いけど…頂きます!」
私も食べ始める。
「んんッ!旨いデス。ああ、良いなー。先生は毎回こんなに美味しい物が食べられて、幸せですね。」
瀬川さんは痛く感動し…言ってくれた。
「駄目だよ。瀬川ちゃん、清美に惚れても渡さないからねっ!なーんて、言ってみたり。ねえ、清美。この…お味噌汁は何でトロトロなの?ナメコは入ってないよね?」
桃は…訳の解らない牽制の後、訊く。
「ああ、エノキ。エノキをみじん切りにして…良く煮込むと、トロトロ感が出てくるんだよ。美味しいかな?」
「エノキっ?」
桃と、瀬川さんは驚いてハモる。
「ハハッ。躰に良いし。何より…安い!お味噌汁には最高の食材だよ。」
私はエノキの発見者の様に威張って二人に言った。
「ねっ?瀬川ちゃん、凄いだろ?ウチの清美は。でも、取っちゃ駄目だよ。清美が居なきゃ、仕事にならないからね。俺。」
「ハハ…。凄い気に入り様ですね。先生。でも…本当に良いお嫁さんになりそうですよね?清美さん、明るいし…。」
「いや…私、本来は凄い暗い性格ですよ。何だか、ここに来てから、桃色に、染まってしまってね…。無駄に明るくなっちゃいました…。ハハッ。あっ。瀬川さん、お代わり持ってくるよ。」
「あ…有難う御座います。じゃあ、お願いします。」
もう、遠慮も忘れ打ち解けた様子の瀬川さんは茶碗を出した。
「ライオンが又、鳴くといけないから、大盛りで。」
桃が言い…
「ハハッ。了解!で…桃は?」
「だってー。この後で清美は、その焼き菓子を食べるんだろ?」
「あ。バレた?勿論だよ。今日の楽しみだもん。」
「でしょ?俺も食べるから、お代わりは良いや。」
「私は…。お代わりもしますが…。お菓子も頂きたいと存じます。」
瀬川さんが言い…
「ハハハッ!食べるねーっ!」 桃と、私がハモる。
「しかし…気持ち良いですねー?ガーデンデッキ。憧れですねー。家族でBBQとか…ね。」
「だよねー!清美が使える様にしてくれたんだよ。忘れてた…この、気持ち良さをさ。ずーっと、忘れてたんだ…。BBQもやったよ…昔、皆でね。」
桃は…遠い目をして呟いた。
「これから暖かい間は、ずーっと使うよ。楽しいもんね。BBQもやろうよ!私、やった事が無いよ!皆でやろうね。」
私は言い。
「ええ、楽しいです。BBQやりたいですねー!」
瀬川さんも言う。
「良いね!夏には、大勢を呼んでやろうよ。」
桃も乗ってくる。
「了解!よーし、焼き手は任せて。やった事ないけど…。ハハッ。」
私が無責任な発言を放ち…。
「食べるのは任せて下さい。役には立たないけど…」
と、瀬川さんが言い…
「ハハハッ!俺もー。」 桃が笑って言う。
バターの風味が贅沢な「焼き菓子」を食べながら、コーヒーをすすり、歓談をして…。
私は素敵なゼリーも持ち出し、食べた。
少し、瀬川さんの視線が痛かったけど…。
満腹になり、しかも桃の受賞パーティー参加の朗報を土産に、瀬川さんが編集社へと大喜びで帰って行った。
「本当に今まで、参加してなかったんだね…。瀬川さんの、あの喜び様ったら。私に握手までしていったよ。有難う御座います。とかって…。」
私は、瀬川さんを見送り…、ガーデンデッキに戻りながら言った。
「何っ?握手したのっ!もーっ。瀬川ちゃん、油断も隙も無いなッ!」
意味不明に桃は怒り。続いて…
「だって…。パーティーだけじゃ済まなくなるんだよ…。取材とか言われたり。しかも…ファッション誌とか。俺はさ、清美みたいに「未来」が、みらいなのか?みくか?みきか?も、解らない…男が女かも解らない。って、作者で良いと思ってたんだよ。本の中の世界が愛されたら充分だって…。今まではね…。そう思ってた。」
と、何だか…苦々しく言う。
「じゃあ…、行かない方が良いんじゃないの?桃、私の為なら、辞めて良いんだよ?」
桃に無理をさせてまで、私は行きたくはなかった…
「うん。でもね…。清美に…「この人の世界なんだ…って知る事が出来るのも、読者の楽しみ…」って言われて、そうだろうなって。いや…、清美に言われなくても、ずーっと、思ってた。受賞パーティーとかにも出て、自分の口で感謝を伝えるべきだってね。思ってたんだけど…ちょっと。面倒が起きそうな気がしてね…。」
桃は首を振り…
「でも…。それが例え、なんの雑誌だろうが、嫌がらずにインタビューなりを受けるべきだったんだ。ファンの人の為にって思ったんだよ。だけど…結局、苦手に変わりはない…。だから、清美と行けるなら、楽しい事に変わと思ってね。」
と…言う。
桃の苦々しさは…自分に対する物だったのか?
でも…作家さんはそんな人も多いのでは…?
嫌なら嫌で…。良い様な気がした。
自分が桃に言った言葉とは、裏腹だが…
私は、昼間に見た、あの孤独な仕事部屋で人々に感動を与える仕事をしているだけで、充分に愛される資格は有ると思い直していた…。
別に無理やり、読者に感謝を伝える必要性は無いのではないかと…。
「桃、ゴメン。私、偉そうだった気がする。感謝するなら、他の読者の人にだ。とか言って…。桃が感謝してない訳はないし…わざわざ、それを伝える必要性が無い様に今は思えてきてる…。言う事が変わっちゃって悪いけど、やっぱり…、作品を生み出す事だけが桃の一番の仕事だもん。その世界を乱す事はしなくて良いんじゃないかな…?」
私は、桃に言い直した…
「いや。清美に言われなくてもね…。ほら、サイン会とかさえもしている先生に比べてさ、自分の作品を多くの人に知って貰う努力をしなすぎたんだよ。俺は。今まで、楽をしてきた。清美が重く考える事は全然、ないんだよ。」
説明をして…
「ただ…。少しづつ、パーティーに出たりとか…努力をしていく俺を清美に、手伝ってよー。って、甘えてるだけなんだ。しかも…瀬川ちゃんの反応、見ただろう?これで、断ったら…ライオンさんが泣くよ…。ハハッ。」
と、言い…
「マジで今、楽しみなんだ。ハハッ。あれ程、憂鬱でしかなかったパーティーがね!清美の反応も、清美が着る服も清美と同じ位に楽しみッ。」
桃は笑った…今度の笑いは無理が無い。
「そう?じゃあ。私も楽しみッ!ねえ、片付けてから服を見ても良い?二階も仕事は終わったから。」
桃が普通に戻ったので…私は、気になって仕方の無い洋服の袋を指して言った。
「ああ、そうそう、サイズ違うといけないからね。着てみないとね。それから、ドレスとかを買いに行こう。」
と、愉し気に笑う。
私は、急いで仕事の片を付け…。
ダイニングに戻る。
ソファーでひっくり返り…タバコをくゆらせていた桃が起き上がり、紙袋を一つ私に渡す。
「先ずは…これが買い物用のヒール。パーティー用は、後で一緒に見よう。取り敢えず、ローヒールにしておいたからね。サイズ、見てったけど…開けて履いてみて。」
私は無意識に受け取り…
「ええーっ!嘘。買い物用のヒールまで買ってくれたの?」
驚き、それでも箱を開いていた…。
「ワ…ワーッ!綺麗…。履きたく無い!飾っておきたいよーっ!」
自分でも、高揚して顔が熱くなるのを感じながら…
薄いピンクにブルーがアクセントの…ヒールを取り出す。
「いやいや、それ、買って来た意味が無いじゃん?ハハッ。ああ、シルクのストッキングがこっちに何枚か入ってるから…。」
桃が違う袋を見て言っていたが…
「ウ…ウェーッ!嘘…嘘…。ええーっ!」
私は奇声を発して、又、箱を閉じていた。
「ええーっ?びっくりしたなーっ!清美…何だよ!驚かすなよー!何っ?」
桃が心臓を抑え…訊いた。
「ね…値段ッ!ね…嘘でしょ?け…桁が…違う…。」
目が飛び出るかと思った…1980円でも迷って、迷って、買わない事さえ有るのに…
さ…34000円ッ!340円でも、3400円でも無い。
「おかしい…この値段ッ!おかしいよっ!こんな…家宝みたいな物、足に履ける訳が無いって!」
私は情けない顔で桃に叫んだ。
「えー?じゃあ、頭にでも乗せて歩くの?清美。」
桃が呆れた顔で言い…
「急いだから…タグは取って無いけど、ここから先の品も、気にしないでね。こっちの心臓が持たないからさ。ハハッ。」
簡単に言ってくれる…。
「…。気にしない訳無いじゃん…。私は、買い物の一番始めにタグを見る事から始めるもん…。ああ、桃に殺されるかと思ったよ…。心臓が持たないのは、私だ…。」
真っ赤だった顔が、青くなっていた。
「いや…清美。気に入らないの?」
「き…気に入ったに決まってるじゃんっ!」
慌てて、箱を抱きしめた…。
「じゃあ、サッサと履いてみようよ。いちいち…この遣り取りじゃー、作業が進まんよ。ハハッ。」
桃は軽く首を振り、言う…
「桃ッ!そんな事、言わないでやってよ!私が可哀想だ。あのね…。この靴一足を見ただけで額に汗が出る程、感動してるの。ケーキの時と同じ、初体験だし、もう、一生…無い様な体験なんだから!急げって言われたら、私が、可哀想だよっ。」
私は又、ムキになって力説する…。
「じっくりと。一つづつ、感動させてよ。桃が買って来てくれるって言ってから、地に足が着かないほど、楽しみにしてたんだからッ!ましてや服を一着だと思ったら…。靴まで買って貰って。実は今、泣きそうなんだからねっ!意地悪言うと…ワンワン。泣くよ!」
目を見開き、私の苦情に驚く桃に、続けて…
「ちなみにっ!こんな値段の靴を私に買って貰うなんて。夢にさえ見た事もなかった!泣きそう&心臓が止まりそうなの。解ったッ?」
私は、一気に桃に苦情を言ったお陰で、逆に少し、値段の衝撃が収まりつつあった。
「わ…解りました…。スミマセン…。」
目を見開いたまま…桃がボソッと謝る。
「で…では、履きます。」
壊れ物を扱う様にヒールを取り出し…
素足に履いてみた…
「ああ…、ピッタリ。明日の午前12時が怖いよ…。夢が覚めないと良いけど。ハハ…。どうかな?私には似合わないんじゃ?」
恐る恐る…桃に訊く。
私がヒールを履いている間に少し、立ち直った…?桃は…
「可愛いよ。清美って感じ。凄い似合ってる。流石は俺だ。」
と、親指で自分を指し…言う。
「ハハッ。自分で言うかー?でも…本当に可愛い。ああ。靴がだよ。」
「だってー。清美も、自分が可哀想だって言うからさ…俺も自画自賛。ハハッ。さあ。次は?ワンピースから?それともスカート?ブラウス?どれになさいますか?お嬢様?ハハッ。」
「ワ…ワンピース!作業的に無理が有るから…着た事も、買った事も無いの。」
「はい。これね。無難な無地にしたけど…。」
と、紙袋を又、一つ渡す。
私は大切に、両手で受け取り…
高そうな、薄い紙ともビニールとも良い様のない袋を取り出して…、中からワンピースを出す。
「はあ…。可愛い。なんて素敵なシルエット…。はあ…。初夏の妖精みたい。ねえ…桃。部屋で着てくるね?」
「うん。楽しみに待ってるよ。ああ、ストッキングも履いたら?そのまま…。出掛けるでしょ?」
「ああ…。そうだね…。そうだ…」
夢遊病者の様にストッキングも受け取り…
私は…ヒールのままで部屋に行き、着替えを始めた…。
ワンピースは、しつらえた様にピッタリで…
クローゼットに、埋め込まれた姿見の前に立った私は暫く、頭が真っ白になっていた。
自画自賛だけど…妖精みたい…。
パーティーだって、これで、充分じゃ…?
なんて…見取れていた。
ああ…。ストッキングね…。
「ええーっ!止めてよー。嘘でしょー!」
思わず、叫ぶ…
「ど…どうした?清美?何?何が有った?」
桃が走って来る足音がする…。
「いやいや、だ…大丈夫!大丈夫だよ。ストッキングのお値段がね…。ハハ…。いやいや、恐ろしい。普段の着てる服の五倍近いんで…。ハハ…。流石は絹ですよね。少し…手が震えるので、ハ…ハンドクリームなどを塗らせて頂きまして。お時間を、頂きますが…。」
しつこい、訳の解らない敬語を使い…答えた。
「ああ。ごゆっくり…、どうぞ。」
桃は安心した様に言ったが…
その瞬間に、ワンピースの袖に付いているタグを見てしまった私は…意識が遠のき…。
もう、何も言葉が出なくなっていた。
穴が開く程…タグを見つめた後、水に濡れた犬の様に激しく、頭を振り…
「し…しっかりしろっ。自分。はぁ…大丈夫だ。心臓は動いてるな?大丈夫だ…。」
ブツブツと口の中で…落ち着く為に自分に問い掛け気合い…?を入れた。
凄い緊張感の中、ストッキングを履き終わり…
今まで感じた事の無い光沢を感じる肌触りに…
ウットリと手を這わせた。
あっ!桃が心配してるな。
桃の存在をやっと、思い出し。ワンピースを軽く直して、部屋を出た。
少し、正気になると、なんだか気恥ずかしくて…
「どうかな…?」
下向き加減でダイニングに行き、照れ隠しに笑って見せる。
「ワッ。良いねッ!清美。本当に、お庭の妖精さんみたいだよ!可愛い…うん。良いッ!あ…清美は?気に入ってくれた?」
桃が褒めてくれる。
「ワンピースが妖精さんだよね。ハハ…。気に入ったなんてもんじゃないよ。宝物だらけで頭が真っ白だ。自分じゃないみたいだし…服の値段に言葉も無い。桃。今月のお給料は貰う訳にいかないよ。私。全然、足りないけどさあ…。」
私が言うと…
「はあっ?清美。勘弁してよっ!俺の唯一の趣味を奪わないで!しかも、給料払わなきゃ何一つ、頼めないし…ふんぞり返って居られなくなっちゃうじゃんか?そんなんなら、返して貰うよ、全部。」
桃は怒り出した。
「ええーっ!嫌だよッ。嘘です。有り難く頂くで有ります。もう、言いません。大変、失礼をば致しました。桃様!」
自分の着ているワンピースを抱き締め…謝った。
「ハハッ。桃様って…ハハッ。じゃあ、ブラウスとスカートも着て見てよ。はい。」
桃はあの笑顔で笑い…。紙袋を渡す。
「はい…。」
私は受け取り、中の品を出した。
「ああ…。綺麗…でもー。私に似合うかな…?こんな素敵な物が…。」
ライトブルーのシンプルなブラウスに、大きな花を全体にあしらったフンワリ広がるギャザースカートを見て、私が不安気に言う。
「似合うよ。俺チョイスだもん。絶対に、似合うからさ、清美。着てみてごらん。」
桃が言うと、そんな気になる…。
「うん。行って来るね。ハハ…。」
部屋で着替え…恐る恐る鏡に映す。
あれ…?素敵ッ!
「ええーっ!」
自分でも驚く程に似合っていて…声を上げる。
「ハハ…。清美。又、値段?」
些か呆れ声で訊く桃に…
「いや…。」
と、扉を開け…
「余りにも似合ってて。自分で感心しちゃって…自画自賛。どう?」
桃に見せ、訊いた。
「ほらねーっ。やっぱり。凄い似合ってる!流石は俺だよ。ああ…。見ているだけで、一緒に何処かお出掛けしたくなる感じだっ!良いねッ!」
もう…タグは見なかった、どうせ恐ろしい金額に違いないからっ。
「本当に、有難う。桃…。私…」
私が言い掛けたが…
「はい。これが、お出掛け用のバックね。一応、これで、全部だよ。直ぐに、出掛けよう。どっちの服を、着ていくの?清美。」
と…最後の紙袋を渡す。
「ええーっ!バック?バックまで買ってくれたの!ちょっとさ…。はぁ…。有難う。サンタさん。」
私は、繰り返しお礼を言い…バックを取り出す。
「ビッ…ビ…ビ…。」
それは私さえも知っている。ブランドのバックだった…。紙袋を改めて見ると確かにあのロゴが…
「サンタさん?ハハハッ。清美。季節がはずれ過ぎだよ。ハハ…。ええーっ…?」
「服が…。服が…早くッ!桃!タオルッ。早くッ!」
私はボロボロ泣いてしまって、それでも服が気になって止めようとしたのだが…
「ハイッ!」
桃は飛び上がりバスルームに走った。
「はい…清美。落ち着いて…。はあーっ!俺も、落ち着けッ。ふぅ…。」
タオルを渡し、桃は私の肩に優しく手を掛けた。
「驚き過ぎだー。ぼぼが、いげないんだ…ごんなにつづげて、驚かぜるから…ヒック。」
涙で鼻が詰まり、言葉が濁る…。
自分的に限界だったのか…?涙は暫く、止まらなかった…。
「清美…。ゴメン。何を言ってるか…ちょっと解らない。ハハハッ。」
桃は、ソファーにひっくり返って笑い出す。
「鼻がむよッ!笑いごどじゃ無いっ!…ハハッ。」
私まで笑い出してしまった。
チーン!と鼻をかみ。
「ブッ。ハハッ。清美!威勢が良いね。ハハッ。」
又、笑う桃に…
「はあーっ!スッキリした。うん。私、解かった。桃は大金持ちなんだね?私、有り難く使わせて貰う。一生、一生、大切にする。」
「そうなんだよ。ジーンズでも、ワンピースでも使えるし、大きいから便利だろ?しかも、流行りに捕らわれず、ずーっと使える。返って経済的だと思ってさ。」
「はあ…。もう、言葉もないよ。ねえ…?桃はどっちの服で行けば良いと思う?っていうかさー。パーティーって…このワンピースじゃ駄目なの?」
私は訊いた。
「うーん。駄目では無いけど…多分、皆、ロングドレスだから。だって、清美。ロングドレス着たいって言ったじゃん?せっかくだし、買おうよ。ねっ?えーと、試着的にワンピースなら、一枚脱げば良いから楽だと思うよ?」
「…。良いの?じゃあ…。着替えて来るね。」
私は又、部屋に入って着替え始めた…。
「清美。そのまま、聞いていて。ここまで来たら、俺の好きにさせてね。これから、百貨店に行くよ、化粧品のコーナーで化粧をして貰う。パーティー用に化粧の仕方を覚えてね。そこから、ドレス、靴、バックと回る。良い?」
私は言いたい事が幾らもあったが…
「はい…。」
一応、言って…。
「清美。ここからが最重要。良く聞いて、この先も受賞出来る機会が有るかは解らないでしょ?だから今回は特別だと思って、店に行ったらタグは見ないで、ドレス、靴、バックを見る事。清美が気に入った物を選んで。どうやっても、これから行く店の品は、普段使いは出来ない物ばかりだから。全てここからは特別だ。了解?」
私は支度を終え、バックを移し替え部屋を出た。
「了解。もう…驚き過ぎて落ち着いて来た。一生に一度の幸運を楽しむ。桃は…きっと神様が、今までの私を気の毒に思ってさ。人間に姿を変えて来てくれた人なんでしょ?ハハッ。神様、行こう。」
私は、着替えている間に考えてみた…。
お墓の時と同じ様に、桃の好きにさせた方が、きっと良いんだろうと…。
「うん。行こう!綺麗だねー清美。ねえ?俺は楽しいけど…。清美も楽しいっ?」
又、桃の、「楽しい?」確認が始まった。
「ハハッ。これが楽しく無い人が居るなら、拝んでみたい!楽しいよっ!幸せ疲れしそうな程ねっ!」
持っていたヒールを玄関にそっと降ろし、履く。
桃の後に続き、外への一歩を踏み出した。
私は…以前、アパートの前で桃が言っていた…
「新しい人生のスタート地点かもよ?」
という、フレーズが頭の中に響いていた。

終始、無駄にご機嫌な桃を待たせて…
妙に綺麗な店員のお姉さんが私の顔に化粧をする。
桃が店員さんに予め説明をして有った、私は…
「清美。良く、覚えてね。」 と、言われた。
説明を受けながら、私の顔が変わって…?いく。
「お若いので、この位のナチュラルメイクで充分ですよー。」
店員さんに微笑み掛けられ、終了した。
私は…何が変わったのかが解らないままに…
綺麗な自分を見つめていた。又、自画自賛だ。
必要な商品全てを買い。法外なお金を黒いカードで支払う桃を、まだ、ボーッとした頭で眺めていた。
「ねえ?凄い綺麗だね、清美。ハハッ。大丈夫?覚えた?」
まだまだ、無駄にご機嫌で…私を褒め、はしゃぐ桃の言葉に…
「本当に、綺麗だよね。びっくりだよ…。」
「ブッ。ハハッ。普通、そこは謙遜だろ?清美。」
「いや…。自分だって、思えなくてさ。昔の人は良く言ったもんだね?マジ、馬子にも衣装だ。」
「ちょっとー。変な感心してないで、覚えたの?」
「いや…。自信無い。自分に見取れてたから。」
「ハハッ。や…止めてよッ!ハハハッ。清美。可笑しすぎるうー!ハハッ。」
桃が私を叩き、爆笑する。
「いや…。マジ、ヤバい。ほぼ、覚えてないね…。」
「ハハッ。価値ねぇーっ!ハハッ。」
「ハハッ。本当!ハハッ。その時になったら、桃が教えてよ。一緒に聞いてたでしょ?」
「…。実は…。俺も清美の顔に見取れてたから聞いてなかった…。」
「ハハハッ。価値ねぇーっ!」 
終いには…二人でバシバシとお互いを叩きあい…
大笑いして、道行く人が振り返る。
ん?見られてる…?騒ぎ過ぎか…?
「その時になったら、俺がググるからさ。大丈夫だよ。ハハッ。」
「だよね…。なるようになるか?」
「うん。祖母が良く言ったよ。ケセラセラ。だっ!あ…。ドレスさ、ここが良いかな?シルエットが綺麗で好きなんだ。俺。見てみようよ、清美。」
桃が足を止めたのは…やはり、有名ブランドの店だった。
「グッ…。はあ。左様ですか。ご主人様ご一緒に選んで頂きたく存じます。」
頭も体も可笑しくなり…、手足を一緒に出し。
妙な格好で歩き桃に続く。
「ハハッ。変な清美!じゃあ、困った時に…提案位はするよ。」
桃が言ってくれたので、安心して店内を見始める。
「ああ。本当。綺麗なシルエットだねー。カラーを逆さまにしたみたいなドレス。」
「ブッ。清美の言い回しは、毎回、言い得て妙だ。ハハッ。でも、綺麗だよね?清美も好き?」
桃が訊いたが…。私は聞いていなかった…。
「ねえ…桃。私これが良い。着てみても良い?」
一瞬で黒いドレスに目が吸い寄せられた。
それまで…何色にしようか?フワフワ系?スレンダー系?なんて、悩んでいた事も吹っ飛んだ…。
「ええーっ!早っ。でも、そのインスピレーションこそが、物との出逢いだと思う。俺もその買い方だよ。うん。着てみよー!」
店員さんに桃が声を掛け、フィッティングに通された。そこはいつもの、カーテン一枚のみで仕切られた「試着室」ではなかった…。
着替え終わり、背筋を伸ばして、前を向いた。
そこには…別人が立っている。
「はっ?これ…誰…?」
思わず口に出していた…。
「えっ?何?清美。…清美ッ!」
桃の声にハッとして…
「ご…ゴメン。今、開ける…。」
私は重厚のある素敵なドアを開いた。
「えっ…。誰…?かと…」
流石の桃も目を見開き…言葉に詰まる。
「だよね…。いや…。だよねー?」
私の無意味な問い掛けに…
桃が黙って、何回も頷き。
無口な二人に、店員さんが、微笑みながら、近寄って来て…
「とてもお似合いです。ちょっと、失礼致します…こんな感じにアップにしても、首から胸元に掛けてのシルエットがより引き立ちますよ。」
と…私の髪を手際良く束ね、バレッタで軽くとめ…
「例えばですね…。」
と…黒レースのショールとワインレッドに黒のレースをあしらった、超ハイヒール、ワインレッドのバックを持ち戻る。
「こう、アクセントカラーが有ると…。ドレスが引き立ちます。」
と、ショールを私に掛け…言う。
私は、無意識にハイヒールを履き、手渡されたバックを腕に下げていた…。
桃が初めに驚きから覚め…
「ああ。うん。凄いな。益々…良いね。清美?おーいっ。しっかりしてぇーっ!」
肩を揺さぶられ…
「ヘいッ?」 変な声を…、かなり大きく発した。
「ブッ。清美。止めてよッ!何それ?ハハハッ。」
桃が又、又、笑い出して…
「プッ。」
店員さんも吹き出す寸前で顔を背けた。
「し…失礼。ハハ…。余りにも、素敵なコーディネートだから…」
私は、言い訳をして…
「有難う御座います。フフッ。とても、お似合い。素敵ですよ。」
店員さんも、まだ笑いを堪えがちに言う。
「桃…。」
私が言い掛け…
「決まりだね?清美。」
桃が訊いた。
「うん。一目惚れだよ。」
私は、桃のお婆様と同じ言葉を引用した。
正に、一目惚れだったから。
「じゃあ…。バレッタも一緒で、お願いします。」
桃が言う。
「有難う御座います。一目惚れ…。素敵な褒め言葉恐れ入ります。嬉しいです!」
店員さんは、私の言葉に嬉しそうに頭を下げた。
桃が、優しく微笑んだ。
私にとってはそれこそ、考えられない金額を払い…
目が飛び出る所か…心臓が飛び出る!と思う様な高価な品を受け取った。
「清美。メンズも行って良い?何か、清美を見てたらさー。俺も買いたくなった!」
と、指を指す。
「勿論です。一生。お供致します。」
私は買い物の額を思い出し…妙に真剣に答えた。
「何?その、桃太郎の家来みたいな返事!ハハッ。」
益々…。無駄にご機嫌度を増した桃は、可愛いらしい例えを発した。
「ハハッ。私はキジか?犬かい?ねえ?私にかなり掛かっちゃったけど…。お金、大丈夫?自分の分も有るの?」
私は流石に心配になり…訊いた。
「ハハッ。桃は、お金持ちなんだよ。清美が、家でも欲しがらない限りは、大丈夫だよ。安心してて良いから。」 末恐ろしい返事があった…。
メンズのコーナーも、やはり美しいシルエットの服で溢れていた。
桃は、さっき私に公言した様に、一通り商品を見回した後…
「うん。決めた。」
と、一着を選び、ブラウスにクロスタイ、靴もサッサと決めた。
ポケットチーフには、私と同じワインレッドを選択して…
「清美とお揃いにしたんだー。へへッ…。」
と、あの甘ったれた笑顔を向ける。
何故か…堪らなく、そんな桃が愛おしく感じた。
「ハハ…。桃。子供みたいな事、言ってるよー。」
私は…自分でも、味わった事の無い感情に…
苦笑いをする。
店員さんに声を掛け、レジに向かう桃に…
「ちょ…ちょっとッ。試着は?」 訊くと…
「ああ、俺、しないんだ。初めて袖を通す楽しみが無くなるからね。ハハッ。」
と、又、恐ろしい事を言い出した。
ええーっ!私が買ってる980円のトレーナーとは訳が違うのにーっ?
「はあ…。恐ろしい…人だ。」
私は完全に呆れ切り…呟いた。
今日一日で、車なら買えるんじゃ…?と、考えてしまう程の金額をカードで支払った桃が…
「清美ー。喉渇いたし、小腹が減った!清美がトータルコーディネートで済んだ分、時間が浮いてるから、そこのカフェ寄ってこうよ。」
言い出す。
「えー。ウチで何か作るよー。沢山、買って貰ったから…。」
「駄目。今日はそうじゃなくても疲れさせた。清美はこれからラブなのに。しかも…そこには、パフェが有るよ。こーんな、パフェだよー。」
と、手を大きく広げ…私を酷く誘惑する。
「パ…パフェ…?」
私も誘惑に乗り、生唾を飲み込む。実は、さっきから興奮して…喉がカラカラだった。
「ハハッ。寄るよー。どうせ、悩むんでしょ?清美は。早く行こ。」
桃が私の手を取った。冷たくて、大きな手だ…。
私は桃に引かれて…善光寺参り。では無く、お洒落なカフェなる物に初めて入った。
チラチラと、見られているのをさっきから、感じはしていた。カフェに入ると、それを余計に感じ…
「ねえ…。桃?もしかしたら…君、見られてる?」
と、訊いてみた。
「ああ、かもねー。まあ…気にしないで、俺はね…フルーツのパンケーキと、アイスティー。清美は何にする?」
「ああ…。ええーっ!又、これは…。えー。パフェの種類が…。ああ…。素敵なサンドイッチが…。パスタまで…。喉も渇いたし。ああ…。こんなに飲み物の種類が。」
「ブッ。ハハッ。始まった!ハハッ。清美、落ち着いて。先ず、パフェを食べるから、飲み物は甘さ控えめだろ?パンケーキは俺が少しあげるから、無視だ。パフェが大きいからね。軽いシンプルなパスタか、サンドイッチだな。」
噛んで含める様に桃は言う。
「う…うん。じゃあ、私もアイスティーと…、アボカドサンドイッチに、チョコレートと迷うけど…やっぱり…。フルーツパフェ!網のメロンがね…。」
「良し、特別サービス!俺が網のメロンをあげるから、チョコレートパフェにしたら?」
「ええーっ!メロンを私にッ?メロンって言ったらトッピングのメインだよっ?桃、良いのッ?」
「ハハッ。清美に散々楽しませて貰ったお礼だよ。」
「あ…有難う!桃って、なんて…。肝っ玉の大きな男なんだろう!じゃあ、チョコレートパフェにするよッ!私。」
「ブッハハハッ。肝っ玉ッ?それ…。褒め言葉だろうけど…なんかね…。嫌だな。ハハッ。清美。マジ、止めてくれ。笑わせ過ぎだッ!ハハハッ。」
笑っている桃を見ながら、早速、注文を済ませた。
「あのね。さっき…。桃が愛おしく思えたよ。私。始めはね…。桃の家に向かう時、お給料が二倍になるって聞かされて給料二倍!給料二倍って、ウキウキしてたんだけど…。」
私が話し…桃は、笑いを止め聞き入っていた。
「ほら、私って自分の事しか考えないで生きてきたからさ、生きる為にお金は大切だしね…。だけど…桃が私の部屋に色々な物を用意してくれてた時、この幸せをくれた人に一生懸命に恩返ししよう。って考えた。絶対に味方でいるって誓った。」
私は、運ばれてきた、お洒落なグラスのアイスティーで喉を潤して…
「桃が「未来」だって知った日、長くお話しをしたじゃない?幸せ者だな私は。って思ってさ。「未来」だからじゃ無いの。前の日の夜食も…。こうして、ガーデンデッキで同じ食べ物を頂いて、笑い声をあげていられる自分の環境自体がね。幸せで仕方なかったよ…。」
桃も、アイスティーを飲み、ストローを口に、上目遣いで…。話す私を見ていた。
「今までのダブルワークがキツくて、少しでも楽をしたい…って感情じゃなく。ああ、桃と話しをしていたいな。って思ってた。楽しくて。この人の為に居心地の良いウチにしておきたい、お客様にも気持ち良く居て欲しいって…。」
私は、少し考えて…
「自分の仕事を粉すって感じじゃなくてね。こんなに人の事を思う自分って初めてで…。自分のその感情が又、愉しくて仕方ない!愛おしいなんて思う柄じゃないんだけどね。ハハッ。でも…。なんかね、仕事をしているって感じがしなくて困るよ。今日もこんなに良くして貰って…。怖いんだ。」
私は本当に怖かった…。幸せを一つ知る度に…。人を信用したくなる度に…。どんどん怖くなる。
無くした時の事を思うから。例えば…
「ねえ?一つ、訊いても良い?」
桃は真顔で私の話しを聞いていたが…
「勿論。良いよ。どーじょ。」
いつもの桃になり、言う。
「桃は、彼女居ないの?」
私はズバリと訊いた。
「ええーっ!いきなりの恋バナトーク?ハハッ。参ったね。彼女は居ないの。」
桃は意外過ぎる質問に目を丸くして…笑い答えた。
「何で?お金持ちでカッコ良いんでしょ?」
「いや…。清美…。それこそ俺が「うん。」とは言えられないし。ハハッ。でも、カッコ良いんでしょ?って訊くって事は…、清美は、そう思わないんだ?ちょっとさー、失礼だよねぇ?ハハッ。」
「いや。そういうの良く解らないんだよ…。考え無いでここまで生きて来たからさー。あっ!でも、ダイニングやお墓で、桃の髪や長いまつげが日差しに透けて、ああ…、綺麗だな。この人はカッコ良いって分類される人なんだろうな…?とは思ったよ?」
「ハハッ。分類…ね。それは、光栄です。」
桃があの笑顔で笑い…
「お待たせ致しました。」
桃のパンケーキとアボカドサンドが届いた。
「はあ…。美味しそう。頂きます!」
「うん。美味しそう。頂きます!はい…。清美。」
自分のアボカドサンドそっちのけで、桃のメロンをガン見している私に、桃がメロンをくれた。
「本っ当に、メロン貰って良いの?後で後悔して怨まれるの嫌だよ、私。」
私は桃に再確認して、でも…。メロンには既にフォークを強く突き刺して有った。
「ええーっ?だって…。食う気、満々じゃん?ハハハッ。頼むよ、清美。」
又、ご機嫌モード全開で…
「はい。パンケーキもあーん。して。」
桃が私に言う。桃の笑い声に、益々…視線を感じていた私は…
「えー。でも…。人が見てるしぃ…、あっ。そのクリームの部分で…」
「ハハハッ。止めてー!ハハハッ。清美。人が見てるしぃ…って言ったのに、部分指定かよっ!ハハハッ。可笑し過ぎる!」
「だって、食べたいもん…。一体ね。桃がゲラゲラ笑うから、人が益々見るんじゃん!」
怒る私に、ゲラゲラとまだ笑い…
「はい。クリームね。あーん。」
「あーん。クゥーッ!旨っ。」
「クゥーッ!って…清美。江戸っ子の親父かよ。」
「じゃあ、パンの耳ね。はい。桃。」
私は、鳩にエを蒔く様に?桃にパンの耳を渡した。
「はあっ?俺、その柔らかい、真ん中の具沢山の部分だよっ!」
「チェッ。人を親父呼ばわりしたくせに…ハハッ。はい。あーん。」
「あーん。」
と、馬鹿な会話をして、桃がかじり付いたが…
ウエイトレスさんが…呆れて、チョコレートパフェをトレーに立ち尽くしていた。
「んっ!ゲホッゲホッ。スミマセン…。」
桃がむせ込み…。私も、赤くなり…
「スミマセン…。」 と、呟いた。
そこから、私は又、大興奮でチョコレートパフェと格闘していたが…
「ねえ、清美。さっき、怖いって言って…突然、恋バナトークになったのは?何?」
桃がパンケーキを食べる手を止めて訊く。
「だって…。例えば桃に彼女が居て、年齢的に結婚するってなれば。私は要らないからさ…。出て行かなきゃならない。やっぱり、夢って長くは続かないのかな?なんて、考えたんだよ。今が幸せ過ぎて…なくなる時が怖いんだよ…。」
私は自分の言葉に少し憂鬱になり、ボソボソ言う。
「へー。一緒だな。」
桃が、妙に嬉しそうな顔を向けた。
「はっ?一緒?」
「うん。うーん…。今日、俺が服を買って帰ったら清美が瀬川ちゃんと楽しそうに笑い合ってて…。ああ、清美に彼が出来て結婚。なんてなったら…辞めて行っちゃうな。なんて考えてさ、怖くなったんだよ。又、一人だ…。ってね。」
桃は溶けた氷がグラデーションを作るアイスティーをストローで、突つき…
「だから、瀬川ちゃんに釘を刺した。清美は駄目だよ。って…清美が居なきゃ、仕事しないよって、脅したんだよ。ハハッ。酷いな、俺。」
私は…呆れて桃を見て…
「いやいや…。桃、可笑しいわ。同じって…桃は、好きで一人で居るんじゃないの?」
プルプルッ。プルプルッ。
ん…?
「え?清美だよ。清美の携帯。俺、マナーだもん。」
「はっ?私…?」
慌てて携帯を探しながら…
「えー。滅多に鳴らないのに…。誰…?有った。ああ、ラブだ…。外、出るね。」
走って店を出て、電話にも出る。紛らわしい…。
「はい。スミマセン遅くなって…」
「ああ、清美?ビルの水道が劣化で壊れてさーっ!全くッ!水が使えないんだってよ。今日は営業出来ないわ。悪いわねー。突然で…。」
ママがすまなそうに言う。
「はい。解りました。じゃあ…。明日又、ご連絡お待ちしてます。」
私は答えた。
「明日は直るとは思いたいわねっ。じゃあ、宜しくね。又、明日。」
ママが言い…
「はい。明日、お願い致します。」
と、電話を切った。
私は店内に戻りながら…。だったら、家で食べればカフェのお金が浮いたのに…。と、考えていた。
根っからの貧乏性は抜けないものだ。
「桃。ラブが休みだって、水道…ああっ!」
「ええーっ!今度は何っ?ラブの事…?」
「こ…ここに…三角形のチョコを取って有ったの…」
「ええーっ!ゴメンッ。食べないんだと思って、片付けて貰っちゃった…。俺…。」
無くなった…アボカドサンドの皿が有った場所を唖然と見つめる私に、桃は言う。
「いや…。私がいけないんだよ…。大切にしすぎたんだ…。うん。仕方ないよ…。私が早く食べれば良かったのに…。一番最後にって…。桃は決して悪くない。私ってね…。いつもそうなの…。タイミングが悪いって言うか…、私が…」
自分を納得させる為に、ブツブツ…言う。
「解ったッ。清美。自分はツイてないって言いたいんだろ?解ったけど、そうでもないと思うよ。ああ、取り敢えず、ラブは休みなんだね?」
「うん…。水道が使えないんだって…。」
まだ、落ち込む私は一応、質問に答えた。
「じゃあ、時間は有るね。本当はラブから帰って来たら渡そうと思ったんだけど…。はい。」
桃は、先程買ったドレスの紙袋から四角い箱を慌てて取り出した。
「え…?」 私は目の前に置かれた箱を見つめる。
「アクセサリーだよ。ドレスの時のね。それこそ無難な物だけど、何にでも使えるからね。開けて見てよ。気に入ると良いけど…。」
私は一瞬でチョコの事を忘れ…そっと、箱を開け…
如何にも高そうな、黒のベルベットに包まれた箱を、怖い様な思いで取り出した。
どう開くのか…?ひとしきり思案に暮れてから…
金具の無い方の蓋を持ち上げる。
パカンッ…。軽やかな音をたて、蓋が開くと…
キラキラと輝くチェーンに大きなパールが付いたネックレスとパールのイヤリングが入っていた。
「わぁ…。満月だ…グラスに浮かんだ満月…。いつの間に…。」
「フフッ。俺も満月を写し…だね?昼間、服を買った時に、寄って買っておいたんだ。パールってねー。女性を守ってくれるって聞いた事が有ったし…無難だから、何にでも使えると思って。気に入って貰えた?かな…。」
桃は…私が引用した、「青い月の夜に」の一節を言い…。訊いた。
「勿論だよ…。勿論、気に入った。ねえ…?桃…。私は?私は何を桃に返したら良いんだろう…?これ程の素敵を貰った桃に、私なんかが何を返す事が出来るの…?」
私は一生分と言える幸せに、何を返せるのか悩み…桃に問い掛ける。
桃はそっと、首を振り…
「もう、貰ったよ。清美からは沢山、貰ってる。さっきも…貰った。絶対に俺の味方でいてくれるって。何を貰うよりも、嬉しい言葉を貰った。」
優しい顔で…
「俺は、別にプレゼント魔じゃないよ。誰にでも、こんな事をしてる訳じゃ無い。清美と出会ってから、この短い時間にどれだけの幸せや楽しさ…。強さを清美から貰ったか知れないんだよ。」
桃は続けて…
「だけど、俺には、知り合って間もない清美を幸せにしたり、楽しませたりする術が解らない…。だから、せめて喜ぶ顔だけでも見ていたくて。それで自分が安心していたいから。結局、自己満足でやってるだけなんだよね。ハハ…。」
苦笑して、言った。
「高い自己満足だね…。私は、幸せを余り知らないし、心が貧しい人間だから。桃が、私から貰ったと言ってる言葉の事は良く解らない…。でも、嘘は言ってないよ。本当に、桃が出てけ。って言うまで…絶対に桃と一緒にいるよ。」
自分自身に頷き…
「電話で中断したけど…、瀬川さんを脅さなくても私を選ぶ人なんか…まず、居ないと思う。けど、桃は好きで一人で居るんだと思ってた。だって桃が本気で、彼女を作ろうと思えば今、直ぐにでも出来るでしょう?」
と、言い、桃を見ると…
桃は微妙な表情をしていた。
「清美。荷物も多いし…家に帰ろうよ。ラブが休みなら家でゆっくりハーブティーでも飲んで、話しをまだまだ、沢山しよう?」
突然…。言い出した。
「あ…。そうだね。フフッ…又、ハーブティーが飲める!楽しみだ。これも桃が私にくれた余裕。今までならラブのお休みは、かなりの痛手。でも、今は桃と話せる時間が延びて、嬉しいって思えるもん。じゃあ、行こ!」
私は席を立った。
「たまには…、美味しいお煎餅でも、買ってく?昼食前の緑茶が妙に美味しかったし。デパ地下を見に行こうよ。」
桃が普段通りの笑顔に戻り…言い。立ち上がる。
「デパ地下!又、そうやって、私を、誘惑するんだね?知らないよ、太っちゃって働けなくなっても!ハハッ。」
私はパフェで膨らんだお腹をポンと叩いた。
「ハハッ。動けなくなる程、太った清美?うん。それも可愛いかもー!ハハッ。誘惑って…。人聞き悪いなー。俺の場合は特に素行が悪く思われがちなんだから!止めてよね。」
と、桃がふざけてか、本気でか?言った。
お会計を済ませて貰い…
「愉しい味をご馳走様でした。」
頭を下げ、桃に着いて歩いて行く。
滅多に買い物はしないデパ地下に向かって…
「私ね、百貨店の中でも一番に地下が好きっ。楽しいよねー?歩いてるだけでも、満腹になれちゃう感じ!ラブのチャームを研究したりするの!」
私はワクワクして…言う。
「解る気がする。目が満腹になるよね?」
言い得て妙だ。
「そうそう!もっと好きなのは、アメ横!もう…雰囲気だけでお祭りの出店気分ッ!ハハッ。」
「清美は、お祭りが好きなの?」
「うーん…どうかな…?昔、人の浴衣が綺麗で…。唯々、羨ましかった。そんな記憶しかないけど…屋台のズラーッと並ぶ雰囲気は好きかな。やたらに美味しそうじゃん?屋台って。高いけど…。」
「じゃあ、今年はお祭りに浴衣を着て行こうよ。俺も浴衣を着よう!屋台で、端から食べようねっ。」
「ハハッ。桃は浴衣、似合いそうだねー?」
「清美も似合いそうだ。さっき、店で、アップにした髪が…俺のここに夏の予感を運んで来たもん。」
桃が自分の胸を指し、言った。
浴衣でお祭り…?端から屋台の物が食べられる…?考えた事もなかったな。
夏の予感か…。ボーッと考える私に、初夏の風が…
いや、焼き栗の匂いがしてきた!まあ…。現実とはそんなもんだろう…。
「良い匂いじゃない?清美は…」
「大好きっ!でもら贅沢品だよねっ?駅とかで、よく空腹を抱えて、横目で見てる。」
私はクイ気味に答えた。
「俺も大好き!止まらなくなるけどね。」
「止まらない…?ええ…。私、止まらない程の量を見た事も食べた事もないよっ!」
「一番大きい袋で買おう!清美、半分こだからね。」
「うーん…。じゃあ、半分この時に出来るだけ大きい栗を選ぶよ、私。」
マジで言った。
「俺だって、そうするよ!ってか、清美が迷って選んでる間に、モクモク食べちゃうよ。」
「そんなの駄目だよ!分けてから食べ始めるんだからねっ!約束だよ?」
私は桃の腕を掴み揺する。これが…仕事中か?
桃が栗を受け取って…
「ウワーッ。そ…そんな大袋がこの世に存在したなんて…!」
そんな考えも吹き飛び、私はパンパンに栗が入る、大きな紙の袋に感動したが…
「ああ!駄目ッ。桃っ!私が持つよ。」
「いや…。清美…俺、歩きながらは、食べないよ。心配しないで…。」
「違う違う!ドレスだよ!素敵な服も栗の匂いじゃ…台無しだよ。」
「…。全くだ。ハハッ。栗の香りを纏ったドレス?それも…、清美らしいかも!ハハハッ。」
「…。貸して、桃のタキシードも私が持つよ。栗の袋を入れてねっ!フンッ。」
これが…雇い主に対する態度か…?
「…。ハハハッ。」
又、お互いを叩き合って騒ぐ二人をチラチラと通行人が見ていた…。
「あー。まさかね…、雇い主さんと、栗の数で喧嘩するとは!夢にも思わなかった。幸せ過ぎない?私って?ハハッ。さっきのチョコはヘコんだけど…。きっと、ツイてるんだね?私。」 
「チェッ。まだ、チョコを覚えてたか?ハハッ。清美はね、メッチャ、ツイてるよ。ほら。見て?好きなのを選べるよ。さあ、買おう!ハハッ。」
桃の指を指す先を見ると…
「ええーっ!綺麗!偽物みたいっ!チョコだ!色んな種類のチョコだよ?」
「いや、清美。清美にチョコを買いに連れて来たんだから、チョコだよ。」
二人でチョコをやたらに繰り返して…
「俺的には、GODIVAが好きなんだけどね…。」
「えっ?ゴリラのチョコ。茶色だもんね?タヌキとかも有るの?何処、何処?」
「清美…。GODIVAだよ…。ゴリラとはちょっと…ちょっと…違うんだ。ハハハッ。ゴリラ!茶色!ハハハッ。ウケる!」
又、桃は目立つ程の大笑いをした。
「え?何ッ?GODIVA?ゴリラ?え?」
「まあ、良いから。選んで、清美。」 桃が言う。
「ええ…。良いよ…。高い栗を買って貰ったばかりだから…」
と、答える私は…。桃を見ないでショーケースをガン見していた。
「ブッハハッ。勘弁してよー!ハハッ。もうガチで選んでんじゃん!ハハハッ。清美、俺は清美の着替え中になんて言った?今日は特別だよ。遠慮はマジで要らないから。地下の欲しい物を全ー部、買って良いんだ。流石にデパート自体は買えないけど。」
又、桃が恐ろしい事を言い出す…。
「まだ…、この夢の時間が続くの?」
恐ろし気に訊く私に…
「言ったでしょ?まだまだ幸せにするって!早く決めないと、お煎餅に行っちゃうよ!俺はね…」
私に付き合う様に、チョコを選ぶ、桃の甘々な横顔を見ながら…
「桃、真面目な話し、私…明日の12時が怖いよ。」
感動と不安が混同した状態になり…。涙目で桃を見て言う。やたらと涙脆くなったな…私。
今まで、泣かないぞッ。って我慢し過ぎたのかな…
「フッ…。清美、大丈夫だよ。俺、一緒に居てリアルだって解らせるからねっ?清美にガンガン、我が儘なお願いをするからさっ!松茸が今直ぐ食べたいっ!とかね。ハハッ。」
桃の笑顔に不安は消え、私も笑って…
「そんな物。食べた事ないけど…。私も是非食べたいよッ。って答えるわっ!ハハッ。流石の桃の家の冷蔵庫にも無いからねっ。ハハッ。」
言ったが…
「ハハッ。季節外れだから、冷蔵庫には無いけど…確か、冷凍庫には有るよ。」
桃がしれっと言う。
「はっ?なんて…?」
「ああ、去年、沢山、送って貰ってさー。飽きましたよね?ってお手伝いさんが、冷凍します。って…言ってた様な…?」
「松茸に飽きる?って…私、桃の家の冷凍庫って存在をすっかり忘れてたよ…。自分がその日の食材を買うって、ギリギリの生活だから。」
「ああ、俺が言うべきだったね。冷凍庫の物も、どんどん使わなきゃね?前の人もその前の人も、使ってないかも…?」
私は早速、家に帰ったら冷凍庫の中を全て出してみよう。と心に決めた。
チョコを慎重に選び、桃お勧めの手焼き煎餅を買い、いつも横目で見て憧れていた…緑や黄色、赤が鮮やかに固められた様な彩り惣菜を何種類か買って貰った。
「桃、私…御手洗。」
「ああ、ここで待ってるね。そこをずーっと奥に行った所だよ。」
桃が言い…私はトイレに向かった。
帰ると、余所行き顔の桃が三人の女の人達と話して居るのが見えた…
桃が頭を下げ、女の人達が立ち去って行った。
「お待たせ…。お知り合いの方?」
私が桃に声を掛けると…
「読者の方みたい…。」 桃が肩を竦める。
「ああ、そうか。さあ、帰ろう!楽しみが一杯だ!」
「先ずは、仲良くッ!栗を分けなきゃね…。」
桃と私は無言で目を合わせ…
「仲良くね…。ハハハッ。」
又、戯れ合いながら笑出していた…。

家に着き、先ずは…栗。じゃなく、お互いの服をクローゼットにしまった。
私は飽きもせず、ドレスに見とれ、これが自分の服だなんて信じられないな…。と深い溜息をつく。
デパ地下に行ったせいか?又、お腹が空いて来た。
冷凍庫を見て、松茸が有ったら炊き込み御飯にしよう!初の松茸だ。有ると良いな…。
思い立つと益々、お腹が空いて、慌ててキッチンに戻る。
冷凍庫を開いて、驚いた!
びっしりの高級食材。宝庫だ…。
「ええと…。な…何でっ!こんなにもステーキが?こ…神戸黒毛和牛って…、すき焼きのお肉も。松坂…?これは国産ウナギ…何でこんなに?銀ダラ…金華サバ。ああ、鮭も有ったんじゃん!生ハム…?生のハムね?なッ。カラスミ!初めて見たよ…。どうやって食べるの?ああ、タラコに明太子!これ…イカかな?栗きんとんって…。あっ。松茸が有った!ええーっ!三本も有るじゃん。黒豚ね…黒ばっかりだ。高い物には黒って付くのかな?これは、あれだな。この冷凍庫だけはきっと、今が、バブル期の正月だ。」
「ブッ。ハハハッ。」
「キャーッ!ちょ…ちょっと、驚かせないでよ!いつの間に来たの?忍びかよっ!」
「忍び!ハハハッ。だってー。下に来たらブツブツ聞こえて…清美が一人で、喜んだり、驚いたりしてるからさ。可愛くて、研究してた。ハハッ。」
「だってー。じゃないよっ。ああ、びっくりした。いや…。ここは、高級食材の宝庫だよ。でも早く食べないと、勿体ない事になる。従って、本日は、松茸御飯とステーキのバチ当たりメニューです。」
「ハハッ。バチ当たりメニューって変だよ。清美と俺が美味しく楽しんで食べるんだから。捨てればバチ当たりだけど、そうだな…。「至福の時の贅沢メニュー」だ。」
「うーん。流石は未来先生だ。至福…か。良い言葉だね。ハハ…。じゃあ、至福の準備に掛かります。お茶でも?桃…?」
桃が又、微妙な顔をしていた…。
それは少しだけ悲しそうにも見えて…
私は手を止め、桃の所に行き、両手をとった。
すると、桃は私に抱き着いて…
「清美が居て、良かった。」 と、耳元で言い…
「今、作業部屋に行った。お墓に行けたから、仏壇も開かなきゃって。もう、お庭の花まで飾って有って…。有難う清美。ただ少し、感傷的になったんだ。清美に会いたくなって…」
囁く様に話し、そっと離れて…
「慌てて、下に降りてきた。そうしたら、ブツブツ聞こえて…。終いには、バブル期のお正月って。思わず、吹き出してたよ。清美が居れば感傷さえ、吹っき飛ぶな。ハハッ。」
「それ…褒めてるの?微妙…。ハハッ。で?報告はしたの?今日はこき使って無いからねっ。私。」
「うん。した。今日も清美と過ごして、幸せな一日でした。ってね。」
「そう…。これからは毎日、お話し出来るね。きっと、皆で、安心して喜んでる。ハハ…。お茶は?ソファーに?」
「ううん。ここで、清美と話しながら、飲むよ。」
私は桃にお茶を出し…
先ずは松茸御飯の準備。おこわ感を出すのに、少し、もち米を混ぜよう。冷凍の匂いはお酒で飛ばして…香りを残したいから炊き上げ時になって、投入だな。
ステーキは良いお肉だから、軽い塩コショウとワサビ醤油で食べよう。
後は…。このデパ地下で買った彩り惣菜が有るし。あれ…何、これ?
「ねえ?桃、これは?何?」
買った覚えの無い四角い紙袋を持ち上げ訊く。
「あっ。バレた。良いよ。清美、開けてみて。」
桃が言い…
「えー?桃、まだ、何か買ったの?全く。ちょっと買いすぎ…キャーッ!」
袋から出した箱には「夕張メロン」と書いて有り…
バーンッ!とメロンの写真がどアップで写って…
「ゆ…夕張メロンって…特別な人しか食べられないあの、夕張メロン…?」
「ハハッ。今日は特別な日だから、あの夕張メロンにしたよ。」
「いや…。したよ。じゃないよ…。松茸食べて、神戸黒毛和牛食べて、デパ地下の惣菜食べて、夕張メロンなんか食べたら、私、女王様じゃん。絶対に可笑しい。こんな仕事って…、聞いた事も無いよ。いやいや。駄目だよ。」
「あっそう?じゃあ、俺が一人で…」
「いやっ、それこそっ、駄目だっ!はっ…半分こだね。そりゃ…少しだけは、桃が大きくても…。いや、桃にバチが当たるといけないからね。ピッタリと半分こだねっ。」
「ブッ。俺にもバチかよ!なんか…。割るとき…定規でも持ち出しそうだね?清美!ハハハッ。」
「本当にその位、大切な事だよ!定規か…。ねえ?桃、半分こだよね?さっきさ、桃のメロン貰っちゃったけど…。夕張メロンは、話しが別だよね?」
真剣な私の顔を、ニコニコして見ていた桃は…
「勿論。半分こだよ。今日、お客さんが居なくて良かったね?調度、清美と俺で半分こ出来る。」
「うん。うん。今日ばかりは、お客様は…駄目だ。ああ、昼間じゃなくて良かったー。瀬川さんには悪いけど…、夕張メロンには変えらんない!」
「栗も半分こ。メロンも半分こ。楽しいね?」
「た…楽しくて…。一生分の運を使い果たした気分だよ!あ。湯気が出て来た。松茸入れなきゃ!」
ああ…。自分の気持ちが忙しい。なんて日だろう。
私はもう、サプライズだらけの桃に…
ザルでも持って踊りを披露したい気分だった。
馬鹿な事を考えながら、三つ葉と卵豆腐のお吸いものを作り…
ステーキを軽く焼き…彩り惣菜もお皿に出した。
調度、ピーピーッ。松茸御飯の出来上がりだ。
「さあ、出来上がりだ。うーん。良い香り!食べよう。至福の時の贅沢メニュー。」
「ワーッ。本当に松茸の香りがするじゃん!冷凍なのに…。凄いね。頂きます!」
「はい…。頂きます。」
私は思わず、いつもより長めに手を合わせる。
「松茸って、あのお吸い物の味なんだ…。シャキシャキする。美味しいねぇ。な…桃。お肉が口の中でふわっと溶けたよ…。美味しい!こんなに美味しいんだ?黒の付く物って…感動だなー。凄いねー?」
「ハハッ。黒の付く物?俺は…、清美のチャーシュー?の方が、柔らかさに感動したけどね!でも、清美が美味しいって食べると、普段より美味しく感じるよ。松茸御飯も上手に出来てる。凄いね。清美は…本当に良いお嫁さんになりそうだな。」
桃が又、微妙な顔になる。
「フッ。お嫁さんねー?私は今。人生最高の至福をくれたご主人様を幸せにする事で、頭が一杯一杯なの。何でも半分こに出来る人が居る事の幸せを噛みしめるだけで…心も一杯で…」
私は言い…。最後のステーキを噛みしめ…
「後は。焼き栗と素敵なチョコと、夕張メロンの事を考える余裕しか残って無いよ。ハハッ。」
と、ニンマリ笑って見せた。
桃が少し安心した様に微笑んだ。
私達はデパ地下の彩り惣菜を解体しながら食べ…
「これは?この部分は何だろ…?桃、解る?」
「多分。鶏のレバーペーストかな…?」
「これは?フワフワ。卵白にしては、弾力と味が…」
「うーん。多分、鯛か…ふぐのすり身だな。」
二人で研究会をひらいた。
至福の時の贅沢メニューを食べ終わり、焼き栗をダイニングのローテーブルにあけ。汗を掻く程、ギャーギャー騒ぎながら…分ける。
お互いに選んだチョコも準備して…
その頃には、すっかり桃も元気になっていた。
「ねえ。先ずは、チャイニーズティーどう?」
桃が提案する。
「へ…。飲んだ事無いから、賛成!」
「じゃあ、入れてくる。結構ムズいんだよ。これ…驚かせたいから待っててよ。」
「お茶を入れるのがムズいの…?」
私は作業を観たい気持ちと…驚きたい気持ちで、ソワソワしながら待った。
暫くして…。栗を食べるか迷う私に…
「清美、お待たせ。」
桃が有り得ない飲み物を運んで来た…。
透き通ったカップの中には花が開き掛け…
「うわ…。うわ…。」
現実からかけ離れた世界の飲み物に…。
言葉が奪われて出てこない。
「香りを楽しみ…、ゆっくりと開いてから、お飲み下さい。」
桃がソムリエの様な仕草でカップをそっと置いた。
「ふぁい…。」
又、妙な返事を返し、カップをガン見する。
「ハハハッ。ちょっとッ。良いムードが台無しだ!何、その返事…清美?」
「ちょ…。し…静かに。私、今…楊貴妃になってるから。ああ…、香りが立って来た…。」
手で香りを集める私を…
桃が言葉を止め、自分のカップも眺めずに、又、研究している。
「わ…。イソギンチャクみたい…。もう、飲んで良いの?」
桃を見ると…真っ赤になって口を抑えていた…。
「ブーッ!ハハッ。清美…。流石は清美だっ!イソギンチャクかよ?ハハッ。ああ、可笑しい!楊貴妃までは…想像が出来たんだよ。でも…、ハハッ。イソギンチャクはやられたッ!あっ。どうぞ。」
又、無駄に感心…?する桃をほっておいて…
そっと、花を揺らさぬ様にカップに口づける…。
芳醇な香りが鼻孔を覆う…
「ああ…。美味しい。桃…素晴らしい味。」
「うん…。美味しいねえ。清美。」
「今まで生きて来た中で一番に綺麗な飲み物だ。」
私は首を振り、深い溜息を漏らした。
「…。清美が喜ぶ顔を見れるなら、今、俺…何でもしちゃうかも。それ程、清美のその笑顔に癒されるんだ。幸せを感じる。」
桃がカップを手に…言う。
「桃、気を確かに持とう。確実に昨日位から、君は変な世界の扉を開いてるよね?私が桃の為に頑張って喜ばせて、それが嬉しいなら、私の職業上、話しは通るけど、これじゃあ…。まるで逆だよ。」
「だから。自己満足だってば。」
「あの…?その自己の満足を違う人に使った方が良いんじゃないでしょうか?」
困惑に、手は栗へと伸び、食べていた。
「わっ。旨っ!最高ッ!あ…失礼。」
「ハハッ。俺も食べるッ!…。清美、さっき、桃なら彼女出来るでしょ?って言ったじゃん?」
パチパチと栗を剥きながら桃が訊く。
「そうそう。やっぱり、好きで、一人で居るの?」
「…。俺はね臆病者なんだよ。解るだろ?お墓にも行けないでいたんだから。もし、特別な人が出来て又、居なくなったら…?って考えちゃうんだよ。だから特定な人は作らない。清美と同じ。恋愛をした事は無い。」
今度は桃が首を振り言った…。
「私とは…違う。暇が無いのと拒否してきたのでは違う。って言いたいけど。結果、一緒だよね。二人共、逃げてる事に変わりは無いね…。」
張り付いた渋皮を取りながら…
「私も、暇が無かった、余裕が、なんて言ってきたけど、所詮は人を信じるのが怖いだけ。桃も、もし、居なくなったら?なんて言ってるけど、ただ、怖いんだよね?でも本来、恋ってそんな理屈っぽいもんじゃ無いんでしょ?知らないけどね…。人を好きになるのって…止められるもんじゃ、ないんじゃないのかな?」
私は首を傾げ訊き…。栗を口に入れた。
「…。」
桃は栗と格闘している風に見せ…無言で深く考えている様だった。
「私と桃に怖さを乗り切る位の好きな人が出来たら、それこそ、初恋で…。純愛だね?きっと。」
綺麗に開き、ユラユラと幻想的に揺れる花を見つめてお茶をすすり…
「でも。気持ちは解る。桃の恐怖とは違うけど、私は桃が経験談だって言って…日々の喜怒哀楽の話しをしてくれるまでの人生をね、自分を捨てた親を決して許さない。とか…悔しい思いをして、一生人は信じない。って、そんな事ばかりを考えて、生きてきたの。」
一息ついて…
「桃に、薄れてくって言われて…何故か、それこそ突然に、そうかもね。って…。20年近くの恨みが薄らいだ。余りにも、幸せを桃がくれたから…。心の余裕がそうさせたのかもね。でも、この幸せを信じて良いのか?もし…、もし、又、裏切られたら?って、最後は考えちゃって。怖くなる。だから桃の考える「もし、」は、良く解るよ。」
苦笑いをしながら桃を見た。
「もし、を乗り切る純愛か…。出来ると良いなって思う半面、正直な気持ちを言うけど、一瞬で、清美にそんな人が出来たらどうしよう!って不安になったよ。ハハ…。」
桃はまだ…私が居なくなる呪縛から放たれない…。
「だからっ。私は絶対にここから居なくならないのっ。桃はねー、私から沢山の事を貰ったって言ってくれるけど…。私の方が貰ってるよ。今は、物質的な事を言ってるんじゃなくてね。今日、瀬川さんが明るいって言ってくれたのが、本当は、凄い嬉しかった。暗いってしか言われた事が無かったから。その明るさをくれたのは、全部、桃だよ。」
私は止まらずに続け…
「私が魔法使いなら…、魔法の杖をくれたのは、桃なんだから。桃が魔法を掛けて、私は魔法使いになったんだよ。きっと、桃が魔法使いだ…。居なくなたったら私の魔法は消えちゃう。だから、毎日、深夜の12時が怖いし、桃より…いや…。同じ位に、桃が純愛をするのが私も怖いよ。本来は祝わなきゃいけない事でもね。ハハ…。」
私はこんなに、本音を人に話す人間では、無かったのにな…。
「俺も、嘘は言わないよ。出て行けなんて、絶対に言わないし、ずーっと、居て欲しいのも本当。」
開いた花を桃も見つめて…
「瀬川ちゃん。今日、あの人、ずーっと不思議そうに俺を見てただろ?ああ、見えて鋭いんだよ。今まで話してても、飲みに行っても、作り笑いをしていた俺を知ってたと思う。それが突然、真剣に腹を抱えて笑うは、普段から何にも執着しない俺が、「清美、清美」って騒ぐわ。彼にしたら、今の俺は…ジギルとハイドだよ。」
首を竦め、続け…
「終いには、出た事の無いパーティーに行くって言い出した。そりゃー、飛び上がりもするさ。清美が魔法を使ったって思うよな?ハハッ。」
桃の「無駄にご機嫌」が少し戻って来た。
「瀬川さんは普通だよ。私にも、桃が何でそんなに愉快でゲラゲラ笑うのか?何で私になんか執着するのかが解らないもん。ハハ…。」
「何でかね…?俺にも解らないよ。ただ…この清美と過ごすお茶の時間や一緒に食べる食事の時間が楽しみで仕方ない!今、一番、詰まらないのは…、寝てる時だな。ハハッ。」
完全にご機嫌になったらしい…
「桃、一つだけ約束して。私の前でだけは、無理しないで。悲しい時、辛い時、寂しい時、話したく無い時、笑いたく無い時、全部、全部。その時の感情のままで居てね。そして口に出して言って。気を使われるのが、他人行儀で悲しくなるから…。寝ている時、突然、寂しくなっても、起こして。桃から貰った魔法の杖で私が絶対に救うからね。」
私は言った。桃は突然、立ち上がって…
「清美、紅茶を飲むよ。栗が止まらないから、チョコに切り替えようよ。一緒に選ぼう。」
「良いね!私、ティーパックしか飲んだ事ない。桃が選んでよ。」
私は後に続きいつもの様に言う。
「俺は…結局、オーソドックスなダージリンが好きなんだよね…」
沢山の缶や綺麗な陶器の入れ物が並ぶ中から黒い缶にダージリンと書いてある物を開けた。
「じゃあ、その好きを共有させて。」
「了解。」
八分咲きの薔薇を思わせるカップとアリスが出て来そうなティーポットを出し…
「ワンフォーユー、ワンフォーミー、ワンフォーザポット。」
と、桃が優しい声で、缶の紅茶をすくう。
「へー。ポットの分まで…?」
「ハハ…。これが美味しい量らしいよ。」
「なんだか…温かいね。それ。」
「フフッ。温かいよね…。」
紅茶を持ち、ソファーに戻った桃は…
「ねえ、並んで飲んで良い?逆からだと自分の選んだチョコが良く解らない…。」 と、訊いた。
「良いね。もっと温かくなるよね。」
「だよね。フフッ。」
「しかも…。私のチョコ、食べられたら困るし。」
「清美…。言葉ッ。一言余分!」
「だってー。一つづつしか買わなかったんだもん。」
「俺のも食べないでよねッ。栗もだよッ。かなり清美の栗、減ってるしッ。」
「桃は…。二言余分ッ!」
その後は勿論。笑いながらチョコの箱を指差して、俺のだ、私のだと、大騒ぎで食べた。
デパ地下のチョコは…口の中でスーッと溶ける幻味のチョコだった。
ああ…。口が甘さで満たされると辛い物を欲する。
「もーッ。こんな人間じゃあ無かったのに…私。」
私が嘆く…。
「はっ?」
「私は今、次にお茶を入れて、煎餅を食べたいと思っているの。」
「はあ?良いねー。勿論。食べようよ。」
桃が当然の様に言う。
「私、数日前まではね、一日にチョコを一欠片で満足してた。なのに、桃がやったら甘やかすから。甘い物の次には辛い物を欲する。こんなに贅沢な人間になっちゃって…。桃にここから追い出されたら…困るじゃないッ!どーするのさ。」
「はあー?煎餅を食べるのに、そこまでの能書きを言う人は初めてだよ。しかも、俺のせいかよッ。ハハッ。参ったな…、清美には。じゃあ、我慢する?俺は口が甘いからお煎餅を食べるよ。これが又、パリパリで、焦げたお醤油が香ばしいんだ…。」
「わ…私も食べるよっ!お茶入れるっ。全く、言い回しが旨そうだから、余計にたちが悪いよっ!桃は良いセールスマンになれるよねっ!きっと。」
私は立ち上がって…、笑い転げる桃を睨んでから、キッチンに向かった。
お煎餅は軽く香ばしく、お茶がすすむ絶品だった。
余りにも贅沢過ぎるので、夕張メロンは明日の楽しみにしよう。と私から話した。
ゆっくりと、お茶を飲みながら…
「私ね。桃のタキシード姿、何気に楽しみにしてるんだ。桃は私のドレス見ちゃったからねー。」
私が言うと…
「いやいや、清美。明日は、美容院も予約するからね、俺にもまだまだ楽しみは有るし、一番はドレス姿の清美と、パーティーに出るのが楽しみなんだから。俺のタキシード姿なんて…。ラブのママ達じゃ無し…化粧もしないよ、普段と大して変わりない。ハハッ。」
瞬間に桃の女装姿が目に浮かび…。
「ハハッ。化粧!ウケる。桃。似合いそうで怖いんですけどッ!私よりはきっと美人だね?ハハッ。」
「さっき…。フィッティングから清美が出て来た時、びっくりした。誰かと思ったよ。綺麗で…。なんだか、モテそうで嫌だった。犬が骨を隠すみたいに、隠しておきたかった。ハハッ。」
骨…。そりゃー、魅惑的な体型では、無いが…。
「あのさー。お褒め頂き嬉しいのですが…、あれだけの作品を描く先生が…もう少し、素敵な言い回しは無いの?骨かよ!私。」
「犬にとっては宝物だよ。清美。」
悪戯っ子の様な顔で桃が言った。
「はあ…。それは、恐縮です…。なんか…なー?」
煎餅をもう一枚取り…納得しかね、首を傾げる。
「じゃあ、皿に残る最後の唐揚げを自分の皿に慌てて取る様に、キープしたかったよ。かな?」
「はあー?唐揚げ…。もう…。結構ですッ!」
私はバリバリ煎餅をかじり、桃を冗談交じりで睨んだが…
「漆黒の蝶を纏う君が飛び立たぬ様…。両の羽をそっと、包み込む。俺の中だけで羽ばたいて。刹に…祈りながら。」
真顔の桃がそっと囁く…
「かな…?本音はね…。」
思わず…口の動きも止まった。
音を立てる事が勿体なくて…
「フッ。揚羽蝶の真似をして漆黒の蝶を纏ってみても…。華麗に飛ぶ術を知らぬ蝶は俺の周りを離れない。飛び方を教えて…?不器用に羽ばたきながら…離れない。」 真顔の私は…
「ってなっても…知らないよ。ハハ…。全然、駄目だなっ。私は未来じゃないからね、文章力が乏しくて…伝わらない。」 と、下を向く…
本のページをそっと開いた様な桃の切ない言葉に…
躰が甘く痺れた…。
それは初めての感覚で。照れ臭い様だったから…
つたない文章力で誤魔化していた。
「伝わってるよ。清美、凄い伝わった。離れないで良い。華麗に飛ぶ術を知らない清美が、良いんだから。俺。」
桃は言った。
「ハハ…。本当は少し不安。あの素敵なヒールでまともに歩けるかも解らないし、桃は仕事半分なんだから。ずーっと、一緒に居てっ。とも、言えないもんね…。でも、それでも私、パーティーがとっても楽しみなの。フフッ。」
「出来るだけ、一緒に居るよ。いや。居たい。その為に出席するんだから。沢山、清美のリアクションを見なきゃ。楽しみだよ。俺も。ハハッ。」
あの笑顔を見せ…桃はやっと笑った。
「はー。桃は…。又、変な世界に行ってるよ。」
いつものテンションに安心した私は、言う。
「何だよ。変な世界って!人の唯一の楽しみを。ああ…。シンデレラ、見てごらん。12時を過ぎてるよ!なっ?リアルだろ?ハハッ。」
「あーっ!本当だ…。桃と居ると楽しくて、時間を気にしている暇もないや!ハハッ。良かった…。有難うね。一緒に居てくれて。リアルだ!ハハッ。」
私は夢が覚めずにホッとして…
「そうだね…。桃と同じかも?寝る前が、一番不安になるから。寝てる時が一番、つまらないって言ったの、良く解るよ。ハハッ。」
「ねえ、清美。さっき清美が言ったの俺も同じ。俺の前では無理はしないでよ。思った事は口に出してね。俺だって、全力で清美を救うよ。俺が仕事をしててもだよ。清美は特別なんだからね?」
私は…特別なんだ…。凄いな。
「もし、俺が寝ている時、清美が不安になって、俺が起きなかったら、遠慮せずに布団に潜り込んで来てよ。」
「ええーっ?そこは、桃が起きろよっ!私まるで…痴女じゃんっ!」
「ハハッ。痴女ッ!ハハハッ。清美、最高!」
「いやいや…。だから起きろってば。でも、桃は、寂しくなったら、潜り込んでも良いよ。」
「ハハッ。俺だって…痴漢じゃんっ!ハハッ。」
「大丈夫だよ。スタンガン買っとくから。」
「それ…。慰めてくれてないしっ!怖っ。ハハッ。」
馬鹿な会話を終え…
「明日は仕事の後、ヒールの特訓も有るし。寝ますかね?ご主人様。」
「ハハッ。清美、ヒールの特別するの?それは大変だ!じゃあ、一番、詰まらない睡眠に行くか!」
「でも、その前に最高の入浴タイムが有るよ。毎日ね、お風呂が楽しくて堪らないのッ!」
「へー。俺は…、色々考え出しちゃうから…余り楽しくはないかな?」
「いやいや…。いつでもとは言ったけどさ、風呂の最中に呼ばれても流石に困る。それこそ…。リアル痴女だよ。」
「リアル痴女!ハハッ。」
「じゃあ、声掛けてくれれば風呂の外で桃と…、うーん。あっ。尻取りでもやるから。」
自分の貧相な発送に、嫌気がさす…。
「ブッ。尻取りかよ!ハハッ。楽しく入れるかも!」
それでも、桃は楽しそうに言う。
「ボキャブラリー不足で、慰め終わる前に、「ラーメン」とか、言いそうだけどね。」
私は、言っていた。

翌日…。夕方前に草取りをしていると、ラブのママから電話が有り、月曜日に再開だと伝えられた。
「金、土が休みはキツいわーっ!清美も稼げなくて悪いわね…。」
ママは嘆き、私の心配もしてくれた。
「週末休みはキツいですよね…。私は大丈夫です。桃から高給を頂いてますから…。ハハッ。」
私は、言い…。
「あら…。そうね。私も週明けに桃から高額を頂くって伝えておいてよ。ハハッ。宜しくねっ!」
ママがドサクサに紛れて、恐ろしい事を言った。
ガーデンデッキで、執筆の構想を練る桃が…
「ママから?何だって?」
と、私に訊く。
今の言葉をまんま伝えると…
「俺かよっ!ハハッ。参るね、ママにはっ!でも、やったー!って気分。俺。」
「はあ?高額を請求されるのが?」
「違うよっ!清美が休みなのがだよ!ああ…。清美は稼げないから…ゴメン。でも、俺。やっぱり、やったー!だ。」
桃が両手を上げ…
「ハハ…。実は…私も、やったーだよ。ハハッ。ただね、昨日からの贅沢飯で、働かないと明日ドレスが入らない。なんてなりそうで怖いよ…。」
私は難しい顔をした。
朝から金華サバやら、生ハムを豪勢に食べ。
昼には黒豚のカツまで頂いて…
正に、盆と正月が一緒に来た状態だった。
「大丈夫。清美は痩せすぎだから。ああ、じゃあさ、夕飯のデザートは、俺が貰ってあげるよ。」
桃がニヤリと笑って言う。
「ああ。ええーっ!夕張メロンじゃんっ!駄目、駄目ッ!危ない…。「うん。」って言いそうだった。ドレスのチャック開けたままにしてでも、夕張メロンだけは頂きます!お気遣い無用ッ!」
「ええーっ!チャック開けっ放しって…。ハハッ。嫌だなー。俺が清美の後ろ離れられないじゃん。ジェンカかよ…。」
「ハハハッ。二人フォークダンス?ハハッ。座布団一枚!桃。」
間抜けな姿を想像して、笑ってしまう。
「座布団…。ハハッ。山田さん。座布団持って来るついでに、コーヒーも頼むよ。一緒に飲もう。ハハッ。」
「や…。ハハッ。又、私を誘惑するんだね?了解。」
相も変わらぬ馬鹿な会話に安らぎを感じた。
夕飯の後に食べた夕張メロンは…割った瞬間の香りから私を魅了した。オレンジ色に近い果肉はどこまでも甘く、皮まで食べれるんじゃ?なんて思った程で…。
「清美…。随分…。掘るね。」 桃が呆れて呟いた。
明日の美容院の予約は3時からだ。
今日は早めに寝よう。と、二人で言い。
お互いの部屋に戻る。
お風呂に入り、ベッドに潜り込んだまでは良いが…
習慣化されたサイクルに、寝付けない。
先日、桃に渡された本をゆっくりと開く。
そよ風に乗り、彼女の軽やかなヒールの音が響く…
ほら、やっぱり良い事が近づいて来る。
「トクン、トクン。」
彼女の音が俺の躰の音と愉しいセッションをした。
ああ…。彼女は軽やかなヒールの音で良いな…。
私は明日、大丈夫だろうか?桃とセッション出来る程、軽やかな音で歩けるのか…?
突然。初めてのハイヒールに不安を覚えた…。
練習はした。歩けはしたが、軽やかだったかな…?
桃が描く世界に、自分を置き換えて不安が募る。
ん?待てよ。そうか…、どうでも良いんだ。
私は…。桃の彼女じゃないんだから。
やっぱり、良い予感がする様な女の人が桃にはお似合いだよな…。
自分勝手に考え込み…何故か憂鬱になってきた。
「コンコン。」
え?ノックの音…?夢の中か…?
「清美…。ゴメン。寝てる?ああ。寝てたら返事無いか…。」
桃がブツブツ言っている…。
リアルだよっ!
「桃ッ。寝てないよ。どうしたの?」
私は飛び起きて、ドアを開けた。
「清美ーッ。眠れないんだよ。俺…。眠れなかったら不安な事を考え始めてね。だから…」
「ハハ…。一緒だ。ああ、良かった。私も変に考え込む所だった。」
「え?清美も?」
「うん。桃、湯冷めするから、入って。先生に風邪でも引かれたら…明日のご馳走が。ハハッ。」
「ちょっとッ!ご馳走の方の心配かよっ?ハハッ。」
笑いながら桃が部屋に入り…
「ああ…。清美は布団に入ってて良いよ。」
ラグに座ろうと腰を落とした…
私は咄嗟に…
「良いじゃん?ベッド広いもん。二人で入ってようよ。眠れたら眠れたでラッキーだし。スタンガンもまだ、買ってない。ハハッ。」
自分でも、些か呆れる提案をしていた。
「ええーっ!誘惑するの?清美。」
桃が…マジとも、冗談とも取れるリアクションをして、切れ長の目を見開く。
「はあ?いやいや。しないよ。だって、例えばだ。このテーブルで二人で話しをしました。取り敢えず、気が済んで、「おやすみ」って別れました。部屋に一人になって、又、考え出して、同じ事を繰り返す…。ってよりは、隣に居れば直ぐに話し掛けられるし、安心して眠くなるかもよ?だから、ベッドで話しを聞くよ。って事。」
私は一応、誘惑しないと、説明をする。一応…?
「流石、清美は鋭いね。今、話しをしても、何回かここに戻る様な気はしてたよ。ハハ…。うん。その方が良さそうだね。」
桃が立って言い…
「ねっ?私も、泣きながら桃の部屋に行くより気が楽だよ。はい…。どうじょ。」
布団をめくり、ベッドを叩いた。
「うんッ!ああ、もう眠れる気がしてきた。」
ベッドに入り込み言う。
「おい。早いな?単純かっ?」
「だって、二人は温かいもん。」
「だね?ハハッ。で…。どうしたの?」
二人は横になり向かい合う形で、話していた。
「うん…、自分で言った言葉。本当に清美が羽ばたきそうで怖くなった。だから清美に言っておきたくてね…。」
「うん。何かな?」
「明日ね。パーティーで、食べ物だけを見ていてよね。他の物は一切、見なくて良いよ。特に男の人とかさ…話しもしなくて良い。いや、話さないでよ。テーブルの上だけを見て、一生懸命に食べる事に専念してて。それだけ。」
「えっ?それを言いに来たの?」
「そうだよ。」
「ええー。でも…それは絶対に無理だよ。」
「な…ッ。何でッ?だって、清美は食べに来るんでしょ?だったら、出来るじゃんかッ!」
体を起こし掛けて…桃が騒ぐ。
「だって、桃を見たいもん。楽しみだって言ったでしょ?桃が受賞の挨拶するのも、しっかり見なきゃ。後で冷やかす為にね。ハハッ。」
私は桃の肩に手を置き、寝る様に促し言う。
「…。何だよ…。それッ。安心して、嬉しくて…腹立つわッ!ハハッ。」
「忙しそうな感情だなー、おい。ハハッ。」
「清美…は?どうして、眠れないの?」
「いや…、説明出来るかな?ともかく憂鬱になったんだよ。桃のこの本を読んで…」
と、本を開き…ページを見せた。
「私は明日、果たして愉しいセッションが桃と出来るのかな?って考えだして…。桃に似合うのは、そんな心配も不要な、軽やかなヒールの音を普通に響かせる人だよな…。って。ずーんって心が重くなったんだ。もっと、深く、重くなりそうだった時に、桃がノックして助かった。」
私は状態を話した。
「馬鹿だね。俺達は…。馬鹿は酷いか?うーん…。ああ、心配性だっ!」
桃は首を振り少し考えて、言う。
「心配性?」
「だって、二人でお互いに居ない相手を想像して、要らない心配をしてるんだからね。ちなみに、俺は、例え軽やかじゃなくても、清美以外とセッションする気はないからね。」
桃の言葉で私も安心した。
ニッコリ笑う自分が居たのは、特別感が嬉しかったのだろう。
私の感情も桃に劣らず、忙しい様子だ…。
「私もだよ。私も、ご主人様の事と料理の研究だけで、一杯一杯だからね!」
桃も満面に笑みが広がった。
「ああ、良かった。ここに来て。これで眠れるね。」
「うん。じゃあ、電気を消して来る。」
起き上がろうとした私に…
「ああっ!忘れてた。」
「ええーっ!びっくりした…。桃、何ッ?眠気が覚めるじゃん!」
パンッ。パンッ。桃が手を二回叩く。
と、部屋が暗くなった…
「え…。ええーっ!何ッ。何?停電?ま…魔法?」
「清美…。声で目が覚めるよ…。ハハッ。」
パンッ。又、桃が手を叩く。
灯りがついた…。パンッ。
「一回で、一段暗く。」 と、灯りが少し落ち…
パンッ。
「二回目で、消える。」
パンッ。
「又、つく。了解?」
「ウエーッ!わ…私でも?」
「ウエーッって…ハハッ。清美でもだよ。試して。」
私は力一杯、手を叩く。
パンッ。一段暗くなった…パンッ。暗くなった。
「き…消えた!桃ッ。消えたッ!ハハッ。」
「いや…、清美。二回目だから…消えるよ。」
「いやいや、そこは、一緒に喜んでよ!こんな素敵な事を隠してた癖にッ!」
「ええー。隠しちゃいないよ!ただ…、ぶっちゃけ余り使わないよ。これ。両手が必要だし…ただ、寝る時は便利かな?」
「かな?じゃないよ。超便利だよ!全室?」
「うん。そうだよ。トイレやバスは違うけどね。」
「了解。もう一回だけね?」
パンッ。灯りをつけ…
「ああ、興奮した。眠れるかな?じゃあ、消すよ?」
楽しくて、堪らない。
「ねえ、清美。手を繋いで良い?隣に居るって安心したいからさ。」
桃が可愛らしい提案をする。嬉しくて…
「うん。勿論。そうしよう。」 と、私は桃の手を…
「清美…。消してからじゃないと…。」
「ああ!そうか…。」
「なっ?以外と不便だろ…?」
「だねっ。」
「…。ハハハッ。」
二人で眠気も無くなる大笑いをした。
それでも…パンッ。パンッ。灯りを消し…
深い安心の中、手を繋いで眠りについていた。
安心感と、人肌の気持ち良い温かさに…
10時近くまで眠ってしまった!目を開き、隣でまだスヤスヤと眠る桃を見て、又、安心する。
起き上がろうとしたが…ああ、手を繋いでたんだ。
うーん。一本づつ指を剥がし…?
「うーん…。」
桃が寝返りをうつ…、今だ。
慌てて、ベッドから飛び出た。
暫く、固唾を飲んで様子を見たが…大丈夫そうだ。
そーっと、部屋を出て仕方なく、パジャマのままで家事を始めた。
パーティーの為にブランチは、和食にした。
桃からはお寿司屋さんも有ると聞いたが…何故か?私のパーティーに対するイメージは洋食だった…。
ブランチの下準備を終え、今日は2階から掃除を始める。仏壇のお花を新しく変え、洗濯物を持ち下に降りた。
庭で洗濯物を干していると、やはりパジャマ姿の桃が…
「おはよう。清美。ねえ、眠れたの?俺、ど真ん中で寝てたけど…。」
いつもと逆で、桃が心配気に訊く。
「ハハッ。私、久々に10時まで寝ちゃったよ!昨日寝付けなかったのが嘘みたいにね。見て、パジャマで慌てて、家事をしてた。こんなふざけたお手伝いさん…居ないよね?ハハッ。」
「お手伝いさんの部屋で眠り込む家主も、居ないよね…?清美。ハハハッ。」
「ごもっともッ。ハハッ。これ、干したら、次の洗濯物しながら御飯にするね?和食だよ。おけっ?」
「勿論。ねえ、清美。美容院に行く時、この前買ったスカートとブラウスだろうから。出掛けまでそのままで居なよ。俺もパジャマでいるからさ。」
「ああ、そうか…。了解!じゃあ、後で洗濯物はまとめてやるよ。その方が経済的だ。」
「そうなんだ?しかも、俺、お腹空いた!」
「私もッ。直ぐに出すよ。」
私は、ガーデンデッキの桃にお茶を出し…
セットして有った銀ダラを軽く炙り直し、黒豚の冷しゃぶサラダに揚げとジャガイモのお味噌を運ぶ。
「余りお腹一杯にならない様にしなきゃ。」
私の頭はパーティーの料理で一杯だ。
桃は味噌汁をすすり…
「俺はこっちの躰が目覚める料理が大好きだけど。ねえ…?この甘ーい、香りは?」
訊いた。
「ああ、冷凍庫に栗きんとんが有ったから…蒸しパンを作ってるの。美容院の前に軽くお茶をしようと思ってさ。」
私も分厚い銀ダラに舌鼓を打ちながら、言う。
「ヘーッ。美味しそー。楽しみだな。」
「ねえ、桃、美容院って桃が着いて来てくれるのかな?」
「ああ、行くよ。俺もやって貰うからね。」
「ああッ。そうなんだ。良かった。じゃあ、安心。」
「ハハッ。大丈夫。パーティーでも、出来るだけ、一緒に居るよ。その変わりさ…清美も俺を助けてね?」
桃が意外と真面目に言う。
「ええーっ?桃に助けられる事は沢山でも、私が助けられる事なんか有るかな?」
私は戸惑い訊く。
「きっと、有る。」 桃は言い切った。
「そっ?じゃあ、勿論。全力で助けるよ。」
御飯を食べ終わり…
「今日はね。二人で眠った余韻が消えない…。緩やかな味のコーヒーで。」
「フフ…ッ。了解。でも、目は覚めないよね…?」
「覚めたくないから良いんだ。フフッ…。」
又、甘えた顔だよ…。
「美容院で寝ちゃいそうだ。」 
「ゆっくりと…目を開けたら…シンデレラになってるよ。きっとね。」
「じゃあ…又、12時が怖いじゃん。」
「ハハッ。一緒に居るよ。又、気付けば明日になってるさ。」
桃は気楽に答えた…
「だと、良いな。多分、桃が居ればそうなるよね?」
「それか…二人とも、パーティーでお腹一杯になって眠っちゃってたりして…ハハッ。」
「有り得る!ハハッ。」
私は、極、極アメリカンなコーヒー…?を煎れた。
お互いの用事を済ませ…
2時過ぎに栗きんとんの蒸しパンに、渋いお茶を飲み…。
家から程近い、桃が行きつけだと言う、美容院に出陣する。
家に帰り…クルクルと巻いた、素敵なアップのセットを崩さぬ様そっと、ドレスに着替える。
美容院では…。桃の幼馴染みだと聞いている男の美容師さんが…
「何が有った?何の風の吹き回しなの…?授賞式出るなんて!しかも、女の人連れてさ。」
私を驚いて見ながら訊く。
「ハハッ。本当に数日間でね。台風並みの、風の吹き回しだよ。」
「ほー。桃ちゃんの彼女?」
「うーん…。もっと、大切な存在だな。このバレッタ使って、シンデレラにしてね。」
桃の言葉に、それまで黙っていた私は、首を竦め…口を挟む。
「いやいや…。桃。シンデレラって…。素材に無理があるって話しよ!」
「ハハッ。面白い子だなー!」
「だろ?変わってるんだよ。清美は。ハハッ。」
「いや。桃にだけには言われたくない。」
「だよな…。ハハッ。何が有ったか知らないけど…なんか前より良いよ。桃ちゃん。うーん…。肩の力が抜けて、軽くなった感じだね。」
「ええーっ!これ以上、軽くッ?」
私が思わず訊く。
「…。清美は、アフロヘアーだったよね?」
桃は目を細め言う。
「ハハッ。漫才コンビかよっ?ハハッ。ウケる!」
美容師さんは無駄に楽しそう…。
「ウケませんよッ!ああ、桃はパンチパーマだそうですよッ!」
私は目を剥き言った。
「ハハハッ。清美ちゃん、良いねーッ!ウケるわ。」
「だろ?良いんだよ。大のお気に入りなんだ。取っちゃ駄目だよ!ハハッ。」
「え…ええー。いきなりのデレかよ…桃。」
桃の牽制に驚いた美容師さんは、呆れて言った。
「ああ、この頃、この人…、変な世界に足を踏み入れてるんで。気にしないでやって下さい。」
私はまだ、目を見開く美容師さんに言った。
それから私は生まれて初めてのパーマを掛け…
買ったバレッタでアップにした後、アイロンなる物を使い、クルクルにして貰った。
ついでに化粧もして貰ったので、「化粧品が無駄になった。」と桃に苦情?を言ったが。
「これから、遊びに出掛ける時、使おうね?」
ご主人様は…まだ私を甘やかす様だ…。
桃は、あの日に透ける綺麗な茶のカラーをし、髪を整える程度にカットした。
ドレスを纏い…。ショールを羽織り、バックを下げる。
普段とは別人になった鏡の自分に戸惑いながら…。
ヒールを持ち、部屋を出た。
「桃?出来たよー。」
声を掛けながら、リビングに行く。
窓辺に立ち、外を見ていた桃が…フワリと振り返った。
ああ…。綺麗な人だな…。
タキシード姿の桃は、いつもよりよそ行き顔で…。
「漫画の表紙で見る、二次元のカッコ良すぎる、執事みたい…。だね。凄いんだ…桃って。」
訳の解らぬ感想が口から洩れた。
「…。」
「え…?桃?」
「あ…ああ、いや…、清美。店で見た時より、まだ綺麗だから…。」
「ヘヘ…。有難う。桃も、カッコ良くてびっくり!」
「ハハ…。有難う。行こうか…?」
「うん。さー、食べるぞーっ!ハハッ。もし…私が転んでも無視しないでよ?」
「しないよ!転ばせた床に仕返ししてやるよ!俺。」
「ハハッ。なんだそりゃ?ハハッ。」
玄関にヒールをそっと、並べ置く…。
そして、私は夢の世界に誘ってくれる乗り物へと足を滑らせた。

パーティー会場へギリギリに着くと…。
その時点から、既にざわめきが起こり、私の腰に軽く手を回し、エスコートする桃に、視線が集まる。
「ああっ!先生、お待ち致しておりました!良かった。白昼夢だったのかと、心配になってました。あっ。清美さん、先日は、本当にご馳走様でした。昨日の夢に出てくる程、旨かったです。」
正装の瀬川さんが走り寄り、声を掛けてきた。
「ゴメンね。瀬川ちゃん。ギリギリで。」
桃が言い…。
「ゴメンね。瀬川さん、私がトロイから。ハハ…。」
私は自分のせいだと口を添えた。
「いえいえ、来てさえ頂ければ言う事無しです!清美さん、今日は一段と綺麗ですねー!ああ、先生が一番始めに挨拶になりますので。こちらに来て頂いて…。」
「清美。近くの一番前に居てね!何処にも行っちゃ駄目だよ。」
真顔で桃が私に言い聞かせる。
「桃…。幼稚園児じゃ無い。流石の私も、この部屋の中で、迷子にはならないよ…?ハハ…。」
私は苦笑いをする。
「ともかく、駄目。瀬川ちゃん、清美を見張ってて。でも、見張ってるだけだからね。」
「了解致しました!任せて下さい。」
瀬川さんは妙に張り切って答えた…。
「おいおい…。瀬川さんも自分の仕事しろよ…。」
二人の大袈裟な会話に呆れた。
「いえ。先生の仰る事は絶対です!」
「はあ…。」
呆れる私に…又、痛い位の視線が集まっている…?
そして、授賞式は始まった。
難しい賞の名前が読みあげられ…
「桃山未来先生。お願い致します。」
アナウンサーの声に…会場のザワザワとした響めきが交じる。
左程の緊張感も感じさせない桃は、段の中央に進み、挨拶を始めた。
「この度は、大変に素敵な賞を頂き有難う御座います。」 一息、置き、こう話し出した…。
つい、先日の事でした。一人の女性と知り合った。
話しをしているウチに、彼女が俺を「未来」だと知る事になったんです。
すると…。酷く動揺した彼女は一冊の本を持ち出し…俺に手渡しました。
その本には、お菓子の包み紙で手作りのカバーが作られていたんですが…。そのカバーまでもがボロボロになっていて…。
その本は、俺が10年も前に出した処女作でした。
何回も…それこそ、何百回もめくられたであろうページには、手の脂の後までついていて…。
俺は、ページをめくる毎に泣きそうだった。
そんな俺に彼女は…この本が存在しなければ、今の私は居ないかもしれない。その位、未来の本の世界に救われてきたの。有難う。と、言ったんです。
桃は…又、一息つく。
会場からは、ざわめきが一切消え、カメラのシャッターの音だけが聞こえていた…。
静寂の中で響く、桃の甘い声で発する言葉に…
誰もが吸い寄せられていた。
桃は…
「俺は…。自分の感動を何度ともなく、彼女に伝えたんです。作家冥利に尽きると…。俺の方が有難うだと…。」 続けて…話した。
そんな俺に彼女は言いました。
私は、幸運だったの。「未来」と言う作家を目の前にして、大好きだと、伝えられたから…
伝える術も無く、「未来」の世界を愛して止まない人は、沢山居るのだと…。
俺は…それまでも読者の方々には、勿論。感謝して来ましたが…
それを、伝える術からは…、逃げていた。
「ああ、この人が描いた世界なのか…って知る事も読者の楽しみの一つなんだよ。」
と言った、彼女の言葉で、今日、この場に立たせて頂く決心がついたんです。
多くの本の中から、俺の本を手にして頂いた全ての方々に心より、感謝申し上げます。
と、桃は言い…。魅力的な笑顔で続けて…。
「いつも…有難う。そして、この賞を有難う御座いました。読者の方々のお陰です。」
深々と頭を下げ、桃は、挨拶を終えた。
暫くの間の後。お世辞とは思えない拍手で会場が満たされた。
私は桃の挨拶に驚き、照れ臭くもあったが…
それは…自分の言った言葉では無くも感じて…
読者の一人として、熱い拍手を送った。
この場に居られる事に感謝して…。
数名の受賞者の挨拶が済み、桃が段を降りて来る。
と…。ワーッと、本当に、ワーッ。て感じで、集まった取材人の女性達に取り囲まれた。
「あーあー。当分は、駄目だな。まあ、先生の出現は、マスコミに取って珍獣並みですからね…。」
瀬川さんが微妙な事を言い出し…
「軽く食べて待ちましょうよ。清美さん。」
と、言った。
私は桃の人気…?振りに、驚いていたが。
瀬川さんの言葉に、ハッとして振り返ると…
沢山有るテーブル一杯に、目がチカチカする様な、料理が並んでいた。
「ワッ!いつの間に…?凄い…。」
「どうせ、誰も食べないで余るんです。俺達が食べなきゃ。食べ物が可哀想だ。」
瀬川さんは上手い事を言って…
「あそこのローストビーフが切られるのを見張らないといけないので。この辺から責めていよう。」
と、作戦…?を私に伝えた。
「了解!じゃあ、ローストビーフが切られたら、桃を呼びに行くよ。はあ…。頂きます!」
手を合わせた私は、早速、目の前のテーブルから小さなグラスに入った。クラッシュゼリーの野菜カクテルから取った。
瀬川さんが、「ああッ!」と、何処かに走って行く。
仕事だろう…?放っておいて、研究を開始した。
「コンソメゼリーだな?パプリカの…ピクルス?」
ブツブツと、独り言を言っていると…
「清美さん!間に合いましたよ。先生のも!はい。」
瀬川さんがゼイゼイしながら小さなガラスの器を私に渡す…
「え…ええーっ!これはもしや…。」
「ハハッ。キャビアです!俺も大きなパーティーでしか、食べられないから。」
「これが…噂の…キャビア?私、初めて!有難う!瀬川さん。」
「うーん!旨っ。ハハッ。」
「では…頂きます。うーん!本当、旨っ。ハハッ。」
瀬川さんと、二人で笑い合っている…と…。
「清美ーッ。」
遠くから、微かに桃の声がする。あの、声は…
「清美も俺を助けてね?」 桃は言ってた。
私は慌てて…キョロキョロ見回した。
何処?解らない。
「どうしました?」
訊く、瀬川さんを無視して…
「桃ーッ!何処なの?」 思わず叫んでいた。
声のした方に、キャビアを手にしたまま走り出す。
チラッと、桃の薄茶色の髪が見え、上げた手を振る姿を発見した!
急いで走り寄った。までは良いのだが…
どうしたら良いか考えて無かったッ!
「桃っ!あの…。あれだよ、そのー。キ…キャビアッ。キャビアが美味しいよ。早くしないと無くなるからさー。ほら、あーん。」
桃の口にキャビアを押し込み、手を引っ張る。
「んぐ…。ああ、美味しいな。清美。急がないと無くなるんだね?じゃあ…これで失礼致します。」
頭を下げ、私の背中に軽く腕を回した。
遣り取りに、唖然としている女性記者達の中を、やっと抜け、足早に遠い場所まで逃げて来た。
「ああ…。良かった。永遠に続くかと思ったよ…。」
「ゴメンッ。桃。助けるって言ったのに…。」
私は取り敢えず謝る。
「俺…。清美が瀬川ちゃんと仲良く笑って居るのが見えてね。本当は、俺が隣で、清美を喜ばせたり、驚かせたりしたいのにっ!って思ったら…思わず、叫んでた。」
まだ不安そうな桃の両手を包み…
「ローストビーフが切られたら、桃を迎えに行こうと思ってたんだ。本当だよ?いや。私がいけなかったな。離れて、ゴメンね。」
言い訳をした自分が嫌で、言う私に…
桃は激しく首を振り…
「違うよー!俺が清美に料理を研究しろって言ったのに。これは、只の嫉妬だよ。清美には…滅茶苦茶に我が儘いっちゃうね。俺。」
苦い顔で桃は言う…
「当たり前じゃん!雇い主だもん。ふんぞり返って我が儘を言っても良いんでしょ?桃はご主人様だからっ!ハハッ。さあ、勿体ない。早く、私を喜ばせてよ?何から、驚かせてくれるのっ?桃。」
私は、桃の手をブンブン振る。
「ハハ…。ああっ!お寿司が始まってるよ!清美。」
「た…大変!早くッ!行こう。私、ネタ解らないから桃にお任せ!」
「勿論。大トロ、中トロだな。」
「ええーっ!トロさえも食べた事無いのにっ!大トロ?ヤッホーッ!ハハッ。」
私は万歳をした。
「ハハッ。ヤッホーかよ?ハハッ。」
桃が私の手を取り、やっと笑った。
お寿司のコーナーで桃が注文をしてくれ…
私は目の前で、慣れた手さばきで寿司を握る職人さんの姿に釘付けだった。
「うわっ。早っ。桃。早いのに…ゆったり流れる水の様な動きだね?マジシャンみたい。綺麗だ…。」
私は思わず…口に出して言った。
「マジシャン!ハハッ。又、言い得て妙だ!確かに動きが華麗だよね…?清美。」
桃も笑顔になり、言った。
職人さんが少し自慢気に、ニンマリとして。
「嬉しいねーっ!マジシャンは初めて言われたな。褒め言葉が独創的だ。ハハッ。」 笑った。
頭を下げ、寿司を受け取っり…
桃が食べるのを研究してから、私もマネをして、少しのお醤油…むらさきと言うらしい、をネタに付けて口に入れた。
「ンンーッ!な…な…」
口を押さえ、言葉にならない…
ジタバタと、暴れながら悶絶し…。飲み込む。
「ハハハッ。清美。暴れ過ぎ!ウケる、ハハッ。美味しいよね?これ中トロだよ。」
桃はまだまだ、驚かせるよ。と、言いた気に笑う。
「ち…中ッ!これでッ?大トロなんか食べたら…。大丈夫かな?私、踊り出すかもよ?」
「ハハハッ。流石は清美だ!でも…それ、困るよ!俺。ハハハッ。」
桃は、突然、「無駄にご機嫌モード」に突入した様子だ…
そんな大笑いをする桃を、カメラマンが追いかけ…不思議顔で多くの人が見ている。
「うんっ。美味しいよー。清美。どーじょ。」
「い…頂きます…。ンンーッ!ん?んん…?」
飲み込んだ私は、目を見開き…
「と…溶けた。桃、口の中で溶けたよ!」
「ハハッ。夢ネタだよね?清美。」
「うん。そう!夢ネタだよ。わー。驚いた…。」
桃は、そんな私を見てニコニコと笑い。
「あッ。ローストビーフが始まったよ!清美。」
「お肉!あの大きいのだね?」
「うん。並ぼう!ああ、瀬川ちゃんがもう貰った!ハハッ。早っ。」
「ギャー。瀬川さんに負けちゃ駄目だ!急ごう。」
「ハハッ。ギャー?意味不明だよ。清美!ハハッ。」
私を引っ張り急ぎながら、桃が笑う。
何とか間に合い。ローストビーフを受け取った。
他の物は食べなくても…高級食材はやはり人気だ。
「柔らかい!ああ…。困ったなー。美味しくて、勉強している暇がないッ。ソースが美味しいのに…。頭がパニックで!何がなんだか…。」
私は、髪のセットを気にしながら…頭を振った。
「ブッ。清美のパニックが始まった!ハハッ。落ち着いて。ほら…。そこにも、色んな種類のハムが有る。オードブルにしても、セルクルで固めた物だけでも、凄い種類だろ?」
桃が又、私を落ち着かせる様に、肩に手を回し、顔を見ながら、ゆっくりと説明をして…
「ケーキも、半端無い数だ。だから。今日は勉強を中止しようね。取り敢えず、気になる物を端から食べて、特に気に入った物を俺に伝えてよ。覚えておくから、後日、レストランで研究しようね?」
と、微笑み、言った。
「ええー?それじゃあ、今日の仕事にならないよ?唯々、無駄に私が楽しいだけじゃん?」
私は大金を投じて…?連れて来てくれた桃に申し訳なく思い、言った。
「いや、今日の仕事は俺を笑わせて楽しませる事だよ。ちなみに、清美が楽しければ、俺はご機嫌だからねっ!ハハッ。」
と、笑い…。困り顔の私をのぞき込み…
「そこのフグ刺どうよ?」
「ワーッ。フグなの?菊の花みたい。綺麗…」
「ねっ。食べよう!」
と、取り分け、私に渡す。
その後も、ロブスター、生牡蠣、大きなプロシュートハム。目につく珍しい物を端から食べた。
その間も、ちょくちょく…
「未来先生、インタビュー宜しいですか?」
と、女性誌の人などが声を掛けて来たが…
「ああ、スミマセンが、少し後で…。」
桃は断り、私に着いて回っていた。
「ねえ?良いよ、桃?私なら一人で回るし…。」
私は流石に申し訳なくなってきた。
勿論。取材人達に対してだ…。
「嫌だよッ。清美。仕事をサボる気?清美が一人で回ったら…。俺、泣くよ!」
プーッと桃が剥れる。
「ああ!解ったからっ。一緒にお願い致すっ!」
又、ギャーギャー騒がれたら、これ以上…目立つと思い、慌てて…。変な返事をした。
「ブッ。ハハッ。致すって!何ッ?武士なの?清美は。ウケる。ハハッ。」
大笑いさせ…結局は…。目立つ。
「ちょっとー。姫でしょッ!正に、今日の私は姫扱いだよ…。」
桃の私に対する特別扱いに、恐縮して言い…
「ああ。悔しいけどお腹が一杯で…。ケーキと、フルーツしか、もう入らないっ!」
「ケーキと、フルーツは入るんだね…?ハハッ。じゃあ、コーヒーを取って来るからね。先に行ってて、清美。」
桃が言い…先にデザートコーナーへと向かった。
「ええーっ。どれよーっ?参ったな…。」
頭を抱える私に…
「失礼。貴方…、どちらかのご令嬢かしら?桃山先生とは、どういったご関係で?」
私でも見た事の有る、テレビ局のアナウンサーの女性が声を掛けてきた。
うわっ!大きな胸…。流石は、綺麗な顔だ。
なんて、考えてる場合じゃないってばっ!私。
「ああ…。私、先生のお宅でハウスキーパーをしている者です。」
と…答えた。
「はっ?ハウスキーパー?って…。貴方…。お手伝いさんなの?」
呆れた様な声を出す。そりゃそうだよねー。
「ええ。そうなんですよー。ハハ…。」
でも、私は普通に答るしか無く…。答えた。
「な…何で?何で、ハウスキーパーなんかが、パーティーに同席してるのよッ!」
益々呆れて、アナウンサーが強い口調で、訊く…。
「ごもっともです!ハハッ。あの…」 と…。
「俺がッ、どうしても一緒にと頼んだからですよ。清美が行かないなら、俺も行かないって、脅したからですが。それが何か?」
桃がコーヒーを手に、私とアナウンサーの間に、慌てて入って来た。
「はい。清美、コーヒーをどうじょ。」
「ハハ…。有難う。も…先生…。」
「なっ。清美ッ!何だよッ?先生って!ムカつくよッ。キモいッ!何でいつも通りにさ…」
桃がギャーギャー騒ぎ出す。本当にギャーギャー。
「ああー。解ったッ。解ったってば。ウルサいよ!桃。コーヒーを有難うね。さあ、騒がずに二人で、ケーキを食べようね?」
私は首を竦め、言う。
「…。あの、桃山先生?ご存じかしら?アナウンサーの岸と申します。私も勿論。先生の大ファンですわ。今日は先生がいらっしゃると伺い、わざわざ出向いたんですのよ。フフッ。今度、桃山先生の特集を組ませて頂きたいのですが…。局の方でも、イケメン作家として先生に是非、ご出演頂きたいと…」
と、岸さんがベラベラと言い掛けるが…
「ああ…。それは有難う御座います。でも、本を映して頂けるだけ充分です。私は面白味の無い人間ですし。作家の映像など映しても余り面白く無いと存じます。写真一枚で充分なのでは?」
桃が珍しく…、キッツい、切り口上で言う。
「いや…。本より寧ろ、先生自身に女性ファンは興味が有ると思いますわ。それに…」
アナウンサーの岸さんはちょっと失礼な事を言ったが…
私は、それも…有りなんだろうな?とも、思った。
それまで、我慢をしていたのだろうが…
桃の表情がスーッと変わった…。ヤバい…?
「じゃあ、結構です。本に興味が無い方には、俺も興味は無いのでっ!」
失礼な事を言われたから…。と言うのでは無く…
私に対する態度に頭にきているんだと解った。
でもね、桃…世間の見方とは、そんな物でしょ?
私の様に、全てを諦めて来た人間はそんな事、位じゃ傷付きもしないよ…。
しかも、私、本当にお手伝いさんだしね。
ここから先の仕事も有る。桃の方が心配で…
私は咄嗟にコーヒーを置き。
桃のほっぺを両方に引っ張った。
「こらこら。桃ッ。言い方が駄目だよー。しかも、顔が怖いしね?ハハッ。あのさー、桃の容姿から入って、本を大好きになってく人もいるかもよ?そんな人達の事を桃が否定するのはさ、勿体ないじゃんか?しかもだ、君はカッコ良いって褒めて頂いてるんだよ?こんな綺麗な方に!凄いじゃない?ね?今は…桃、変な顔だけどっ!ハハハッ。」 
と、言っていた。
その行動に驚いて、桃は目を丸くした。
「フッ…。ハハッ。止めれッ!清美。ゴメン。だって清美の事をさ…。いやっ。そうだよね。」
私のほっぺを引っ張って…。笑い。
「感情的になり失礼致しました。改めて、お話しは伺います。今はあいにく、ケーキとフルーツの事で頭が一杯なので…ハハッ。失礼致します。」
岸さんに謝り、頭を下げた。
「はあ…。」
アナウンサーの岸さんは、二人の行動と、桃の言葉に、納得いかなそうにしていた…。
きっと、こういう立場の人は…それなりに、自分に自信が有り。中心に居る事や優先される事に慣れているんだろうな…。
でも…桃はもう、謝ったんだ。だから私は桃の気持ちを優先して…。
「ハハッ。やっぱり、桃も?私も頭が一杯っ!」
普通に話し掛けた。
「清美、どうせ頭抱えてたんだろ?じゃあさ、少しずつ二人で分けて食べようよっ?沢山の種類を食べれる様にさ。」
又、私の肩にあいた方の手を回し。微笑む。
「はあー!桃。たまには、良い事言うねー。大賛成だよ。じゃあ、私、モンブランから!」
「たまにはって、何だよッ?へー。意外だな。清美、モンブランからなの?さては、この前のでハマったねっ?じゃあさ、俺は…フルーツショートからいくね。」 
「えっ!ねえ…。桃?」
「解ってるよ。お見通しだ。私、そこのメロンの部分ね。だろ?ハハハッ。」
桃はクイ気味に、首を竦めて言う。
「ハハッ。バレた?私と居る限り、桃は一生、メロンが食べれないかもよっ?ハハッ。」
桃のご機嫌も直り、安心した。
「良いよ。俺は、メロンより清美が好きだもん。なんてねっ!ハハッ。」
ご機嫌は結構だが…デカい声で、危ない事を言う。
「出たよ…。だもん。じゃ無いよッ。この人は…。又、可笑しな世界に入り込んでさー。ハハハッ。んーんっ!桃、やっぱりな…。ここのモンブランも…栗だよ!」
早速、食べながら高級な味に、私が今度は騒ぐ…
「だから。清美。栗だよ。栗のモンブランだもん。」 
「ウワッ。デジャヴかっ?ハハッ。」
「ハハッ。俺も思った!んんっ。旨っ。はい。メロンだよ。清美、あーん。」
自分の口まで、大きく開け…ケーキを差し出す。
「んんっ!旨っ。わ…。桃、メロンだよ!」
可愛いなー。などと思ったのも束の間、メロンの魅力が勝ち…言う。
「いや…。清美。桃かメロンか解らないよ、その言い方じゃ…。清美が今、食べたのは、勿論。メロンだよっ!ハハハッ。」
少し離れ、立ち尽くしていた岸さんは…。
私達の戯れ合いに…、少し怖い顔で首を振りながら、渋々と歩き出した。
「桃山先生、お写真を一枚宜しいですか?」
勝手に撮影をしている人も居たのだが、特別なショットが欲しいのか?又、記者が話し掛ける。
「ああ、ご自由にどうぞ。自然体を取った方がレアでしょう?」 ニヤリとして、桃が答え。
私はそれでも…と、桃から、離れ様とした。が…。
「ねえ。清美、次は?」 
桃は私を覗き込み、張り付いて来る。
「いやいや、桃。それじゃあ、写真が取れんよ。少し、離れなよ。スミマセンね…。ハハ…。」
私はカメラマンさんに頭を下げた。
「嫌だッ。良いじゃんか写っても。俺は、レアチーズケーキかな…?」
桃は完全にカメラを無視して振る舞う。
「でも…。」 言い掛けた私に…
「助けるよね?清美。俺を楽しませるでしょ?」
訴え掛ける様な目で言う。
「はあ…。もう…好きにしなよ。ハハ…。私はクレームブリュレっていうのだよ。」
又、お互いに「あーん。」して、ケーキを食べた。
「なっ…何ッ?桃!あの素敵な物は…?」
私は、フルーツ側に有る、茶色の三角型ぽい物を指した。
「ああ、清美は好きかもね。チョコレートタワーだよ。チョコレートが噴水みたいに流れてる中に、バナナとか好きな物を絡ませて食べるんだ。さっきのチーズフォンデュみたいにサ。行く?」
「ええーっ!チョコレートの噴水!ま…まるで、アンデルセンの世界じゃんっ。勿論。行くよッ!」
「ハハッ。清美。鼻息が荒いよッ。ハハハッ。」
笑う桃をカメラマンが慌てて追いかける。
「猪でも、馬でも、構わない!早く、桃がやって見せて!」
私は、カメラなんか忘れて、桃の手を引っ張った。
「ハハハッ。猪!はいはい。こうだよ。」
桃がバナナをスティックに刺し、ただの茶色の平面に見えた所に入れる…
チョコレートのカーテンが別れ…波打つ。
付けた部分のバナナが茶色に染まった。
「わっ!わー!本当だッ。わ…私もやる!」
私は、桃のマネをしてみた…
チョコレート掛けになったバナナを口に入れると…
「え?もう…もう固まるの?信じられない…。美味しい!これは…。楽し過ぎるッ。」
目を剥き、興奮した。
「でも、清美。これは家に有るよ。」
桃がしれっと言う。
「えっ?なんて?なんて…仰いました?」
聞き間違いだよな…?
「ブッ。だから、この機械が家に有るよ。ハハッ。」
「な…桃!か…隠してたの?イジメか?」
「はあ?イジメって…。隠しちゃいないよっ!だって…普段は使わないじゃん?」
「じゃん?じゃないっ!私は使うよッ。毎日、毎日、使うよっ!」
私は又、鼻息も荒く、言う…
「いや…。糖尿病になるよ。清美、ハハハッ。」
私は玩具に魅せられた子供の様にフルーツにチョコレートを絡ませ食べていた。
桃は白い物を持ち、「あーん。」と、言う。
私は、口を開き…
「新食感!今度は何ッ?杏仁豆腐の餅バージョン?」
「ハハッ。何それー!パンナコッタだよ。清美。」
「これが…?なんてこった…。」 私は首を振る。
「ブッハハッ。清美!今のはオヤジさえ、もう言わないよ。ハハハハッ。」
又、桃が弾けてしまい…目立つ。
「じゃあ、私、ジジイに昇級か?」
「ハハッ。清美、馬鹿だー。ハハハッ。」
「はい。桃、明日の朝は、生の食パン一枚だね。」
「ひ…卑怯だぞっ!食事で脅してッ。じゃあ…。耳は清美にあげるよっ!」
又、バシバシ叩き合い、戯れていた。と…
瀬川さんが苦い顔で…
「あの…。お戯れの所、恐縮ですが…、そろそろ、インタビューをさせてくれと…。」
週刊誌のインタビュアーの女性を連れて…いや、連れられて…来た。
「ああ…。」
桃のテンションが下がる。
「清美さんは僕が…」
瀬川さんが言い掛けたが…
「駄目ー!インタビューこのままで受けますよ。大丈夫ですよね。どうぞ。」
桃は言い切った。
「はあ…。では…。」
インタビュアーが受賞の話しから一応、始めた。
私はさっきの事も有るのです、桃の周りに居たが…ああっ!!網のメロンの山を発見したっ!
驚きに目を剥き、凄い勢いで食べ始める。
瀬川さんも、ケーキなどを食べていた。
「では…先生の知られざる。日常の姿についてですが。執筆活動の時意外はどの様な過ごし方をされていらっしゃいますか?」
受賞や本の事は、読者への感謝を伝えていた桃だったが…
話しがプライベートになると…
「えー。ねえ、清美。俺、何して過ごしてる?」
私に訊く。
其れ処では無い私は…
「えーと…。殆ど、ガーデンデッキで過ごしてる。」
言い捨て、次のメロンを食べる。
「だそうです。おい…。ハハハッ。」
メロンの皮の山を見て、桃は笑った。
「ご自宅の?ガーデンデッキで何を…?」
インタビュアーが桃に訊く。が…
「飯ッスよね?これが又、清美さんの飯が美味いんだ。後は、美味しいお菓子にお茶ですよね。」
今度は瀬川さんがケーキをモグモグして、答え。
勝手に頷いていた。
「だよなー。」 桃も頷く。
「え…と…。じゃあ、夜は…?」
「夜は?清美。」
又、私に訊く。
だから…其れ処じゃないってば!
又、新たなメロンを手にして…
「ええー。執筆が無い時でしょ?ラブじゃん?」
次々に急いでメロンをたいらげながら答えた。
何故なら…瀬川さんがメロンに参戦してきたから…
「ああ、そっか。行き付けの…まあ、半分は家みたいな、飲み屋さんに居ますよ。」
桃は私や瀬川さんが近くに居るので、本人にしたら、意外と丁寧に答えていたのだが…
「はあ…。あっ。桃山先生は、お洒落だと噂で聞きますが、普段はどの様な格好でお過ごしですか?」
インタビュアーが些か、遣り辛そうに訊く。
「だって、清美。」
ちょっと…。忙しいんだけどッ!
メロンをかじり…考えて…。
「えー?格好?どんなって…。チャラい格好?」
私は首を傾げる…。
「俺は、ちなみに殆どジャージの印象。ちょっと、チャラいジャージね。ハハッ。」
瀬川さんも乱入する。
そうだよ。瀬川さんが答えてよ!
メロンが減らないし。
「二人でチャラい、チャラいって、なんだよッ!ハハッ。ちなみに今日は、これになる直前までヒョウ柄のパジャマだった。清美もだけどね…ハハッ。」
タキシードを指し、桃が何故か?自慢気に言う。
流石に…。
「ちょっとー。今の言い方、私までヒョウ柄に、聞こえるじゃん?そんなの持ってませんがっ?」
メロンの手は止めずに抗議した。
「じゃあ、清美。今度、買いに行こうね?」
桃が又、変な世界に行きかけた…。
「いや、丁重に…、ご遠慮申し上げます。」
頭を下げながら、それでも…メロンをかじる。
「そうですよねー。清美さんは、お花とか、ウサギさんですね。」
はあ?
「いや、それも要らねぇー。ハハッ。」
頼むわ。瀬川!呼び捨てかい?私。
その後も、三人で好き勝手に喋り出し…
私は勿論。メロンを食べ続けて…。
「ハハハッ。」 時には三人だけで笑い合い。
「チャラい…ジャージ…パジャマですか…。」
インタビュアーは、半分以上…呆れ気味だった。
それでも、マスコミ魂か?気を取り直して。
「せ…先生は28歳ですよね?かなりのイケメンですが、お付き合いされてる女性は、いらっしゃいますか?」 と、本領を発揮して訊く。
「居ないよね?清美。」
おいっ。私に訊くんかい?
「そこも、私かよッ?あ…。お付き合い…?お客様の事は抜きか…?じゃあ、取り敢えず、居ないって事で。」
私は微妙な答え方をした。勿論。食べながら。
「モテるのに、彼女は作らないんッスよね。先生。興味ないっつーか…。え?まさかの…ホモ?」
瀬川さん…。今のご時世…洒落にならん。
「瀬川ちゃん。勘弁してよね。ハハッ。俺は、男よりは、まあ…。女が好きだよ。」
桃がごもっともな意見を言い…
「でも…。女好きじゃあないよな?飲みに行ってても…、距離を置くって感じがする。」
瀬川さんが悩まし気に言う…。
一旦、口の周りを拭くついでに…。
「へー。そうなんだ。でも、女の子に桃は優しいよね?親身になってあげてる。まあ、まだ男の客は見てないしな…。怪しいか…。」
口を挟んでみた。
「いやいや、清美。ホモじゃないからね。俺。ストレートだから。」
桃も何気にメロンを取った…。ああ…。
私はもっと急いでメロンを食べ始め…。
もう…。インタビューじゃなくて、ガーデンデッキに居る様な、三人の雑談になってきていた。と…
「あのっ!結局は、彼女も、彼氏もいらっしゃらないんですねっ?」
終いにはインタビューアーがサラリと大声で、凄い事を言い、怒り出す。
「だから、居ませんっ!」 三人で口を揃え…
メロンを持って言い切って…。
「じゃあ、そちらの方はッ?」
私を指しインタビュアーの彼女は怒鳴る。
「お手伝いさんです!」 又、三人で口を揃えた。
「な…ッ。はああーっ?」
インタビューは彼女のヤケクソ状態で終わった。
三人でまだ雑談をしていると…
「ああ。社長っ!」
瀬川さんがピシッとした男性に言い…
頭を下げる。
「ハハッ。これは桃山先生、今日は有難う御座います。こちらの素敵なレディーが…瀬川の言ってた方かな?」
桃に頭を下げ、瀬川さんに訊いた。
「はい。こちらがキーマン…?キーウーマン?の田中清美さんです。」
瀬川さんが私を紹介した。
「今回は腰の重ーい、先生を誘って頂いて有難う御座いました。私、こういう者です。いや…、先生が気に入るのも納得の美女だな。ハハッ。」
と、耳を疑う台詞と共に、私の手を取り、握手をして、名刺を渡した。
「あ…有難う御座います。私、決して…誘ってはいませんが…?」
私は一応、受け取り、頭を下げた。
「こらーッ。手ッ!仁科さん!清美だけは、取っちゃ駄目だよ。そんな事すると執筆に障害が有るからねっ!本当だよッ。」
桃が、握手に憤慨し…又、訳の解らない牽制を半真顔で言う。
「怖いなー!それじゃあ、食事にも誘えない。」
仁科社長が冗談…?を言ったが…
「食事ッ!とんでもないッ!駄目ッ。無理、無理だよ。清美はね、24時間体制で俺の物だから。」
「社長もですか…?俺も清美さん、気に入って…」
瀬川さんが突然、言い掛け…
「駄目ッ。他なら全ー部、二人に譲るけど。清美は一分一秒でも駄目ッ。」
クイ気味に桃が遮る。
「それでは…、彼女が気の毒では?清美さんのお休みは?」 仁科社長が言い出した。
「休みは…なしだよ。…。清美、気の毒かな…?」
桃がハッと気付いた様に…不安気に訊いた。
「ハハハッ。気の毒?とんでもない!桃の家では、毎日が休みみたいなものだよ。いや、普通の休みよりも数段、贅沢に過ごしてる。全然、大丈夫。私が居なきゃ、お客様と二人で飢え死にしちゃうでしょ?ハハッ。」 私は笑った。
「飢え死により…。清美が居なきゃ。泣き出しちゃうかもよ。俺。」
又、大袈裟な事を桃は言う。
「ハハッ。珍しい物を見せて貰った。先生に泣かれたら困る。仕方ないかな…。清美さんは、諦めますか。残念だけど。」
仁科社長が笑って言い…。勝手に諦めた。
「ええ…。珍しく、何回も駄目ッ。って言うんですよ。残念ですが。先生の本が出なきゃ、ウチに取ったら非常に困りますから、清美さんは譲ります。」
いや…。勝手に人を譲るなよ。と、ツッコミたくなる様な事を、瀬川さんが言い出した。
私は、社交辞令だとは思いつつも、それこそ…突然に訪れた「モテ期」にボケっとして居たが…
「ねえ、清美。もうお腹一杯だよね?」
桃が、いきなり訊いた。
「えっ?うん。心残りだけど…。入らないよ。」
私は、まだ半分も回っていない食材達に、未練を残し答える。
「じゃあ、帰ろ?」 桃が直ぐに言う。
慣れない場で疲れたのかもしれない…。
メロンを全て、食べ尽くした!私は…
「うん。そうしよう。」
直ぐに、答えて…。
「今日は有難う御座いました。」
瀬川さんが、何故か?私に向かって言う。
「こちらこそ…。本当に美味し…。いや、楽しかったです。ハハッ。」
「是非!是非、又、先生を連れ出して下さいね。」
仁科社長も怖い位の真顔で言う。
「な…ッ。俺が一番弱い、清美を使うとは。卑怯な手をっ!ハハッ。又ね。じゃあ、オヤスミ!」
桃が笑って冗談を言い。私の腰に手を添えた。
なんだか、急いで帰るらしい…?
「あ…オヤスミなさい。」 私も慌てて、言う。
二人を後にパーティー会場を抜けて行ったが…
「ああ…桃。あれも、食べたかった!あ…。あんなのが有ったよーッ!もーっ。嫌だッ!パーティーってさ、二日間とかに分けられない?」
腰に回された桃のタキシードの腕を引っ張り、ブツブツ言う私に…
「ハハハッ。清美。そりゃ無理だ!又、連れて来るからね。でも今度は、お面を被せてね…。」
訳の解らない事を呟いた…
「いや…。それ…食べ辛いよ!」
私は言った。

家に辿り着くと…
「ああ…靴擦れだ。今、気付いたよー。ヒィー。」
私はヒールを脱ぎ、驚いた。
「えっ!清美。大丈夫?痛そう。無理させたね…。」
桃が覗き込み言う。
「いやいや、無理なんかしてないよ。興奮してて今まで、気付かなかったわ。あっ!ヒールは…大丈夫そうだ。良かった。ハハッ。」
「いや、ヒールなんてどうでも良い。俺、絆創膏を張るよ!」
「いや…。お風呂上がりじゃないと、絆創膏が勿体ない!こんなの大した事無い。暫くほっとくさ。」
相変わらずの貧乏性を発揮する。
「ゴメン…。」
桃は済まなそうに、呟いた。
「はあ?謝るなんて…。怒るよ!桃。私、本当に夢の様な時間を過ごさせて貰ったの。楽しくて、楽しくて!謝られる事なんか、一つも無い。」
何故か…私が怒った。
「ええー。俺、怒られるのは嫌だよ。じゃあ、消毒だけしよ?それとも…清美。お風呂入っちゃう?」
桃が首を、いやいやして言う。
「ああ、そうだよね…。どうせ着替えるし、お腹もこなれる…。お風呂入っちゃおうかな?桃は?」
「じゃあ…俺は、シャワーでいいや。」
「えー。私、絶対にお風呂!楽しみの一つだから!しかも、空調…。寒かったよね?」
「うん。確かに…ハハッ。じゃあ。どうじょ。」
お風呂の準備をして…。さあ、ドレスを脱ごうとしたら…
「あ…あれ?ええーっ!どうしよう…。チャックが動かない!」
後ろのチャックが布を噛み…止まってしまった!
私は、ドレスが心配で焦って、部屋を走り出た。
「も…桃ッ!助けてーッ!」
二階に向かって叫ぶ。
ダダダッ。走る足音がして…
虎…。いやいや、豹柄パンツ一丁の桃が階段を凄い勢いで…
「ど…どうしたのっ!清美。何ッ?」
と、叫びながら降りて来た…。
「あ…。ゴメン。チャックが動かないの!」
私は、少し桃の姿に照れながら…、言う。
「ええーっ?はあ、良かった。何事かと思ったよ、何…?食べ過ぎたの?ハハッ。」
桃がくだらない事を言った。
「ち…違うよっ!失礼なっ。布を挟んじゃったんだと思うけどね…。見えないからッ。」
桃の裸の背中をバシッと叩いた。
「痛っ。ハハッ。冗談だよ!ええ…と、これ…ね。」
と、私の後ろに回り…作業を開始した。
「ねえ、桃。大丈夫?絶対!絶対に破かないでよ!破いたら、一生、怨むよ!ゆっくりね…。」
私は何故か、今度は威張った…。
「ちょっとー。頼む態度じゃ無いよなー?ハハッ。」
桃がごもっともな事を言ったが…
「ああっ!笑ってないで、真剣、且つ、慎重に…。」
まだ、威張り。指摘をする私に…
「清美!ウルサい。黙ってて!」
今度は…私が怒られた。
「あ…。スミマセン…」
暫く無言のまま作業が続いて。私は、自ずと緊張を強いられていた…。
「ハ…ハクション!」 桃がデカいくしゃみをした。
「ワーッ!び…びっくりしたっ。桃ーっ。突然、くしゃみしないでよ!驚くじゃんかッ!」
「いや…。清美。くしゃみは突然の物だろ?断っていられないし。ハハッ。ほら、出来たよ。ハ…ハクション!」
と、桃がくしゃみの勢いでチャックを下ろす。
「ああ。桃、有難う!ねえ、お風呂に入ったら?風邪引かせたら…困るからさ。」
私は1階のお風呂を指し、言う。
「ええっ!清美と一緒にっ?」
豹が馬鹿な事を言った。
「ば…バカ者!私は待ってるよっ!桃が…先にどうじょ。って言ったにょ。」
焦って、カンだよ…。
「にょ。って…清美。真っ赤だよ顔!ハハッ。ハックション!」
「桃ッ!ば…馬鹿な事言ってないでっ!早く…。一人で入りなさいっ!」
動揺して…私は豹のお尻を叩いた。
「チェッ。はーい。あーあ、一緒が良いのに…チャックなおしたのにな。」
ブツブツと、危険極まりない言葉を吐き…
桃が私専用のお風呂に向かう。
「全くッ!頭の中、どーなってんのっ?もーっ。お風呂の外に居て話しててあげるからッ。ゆっくり浸かる事!桃、解った?」
私は風呂の中に向かって怒鳴り…
桃の脱ぎ捨てた、豹柄の光沢感満載トランスを、改めて見た。
パンツまで…チャラいんだ…ね。
「清美?ちゃんと居る?」
お湯の跳ねる音に混ざり、桃の声が響く。
「はいはい。大丈夫、居るよ。」
「ねえ、今日、楽しかった?」
又、桃の、楽しい確認が始まったよ。
「勿論。凄い楽しかったよ。初めてのパーマを掛けさせて貰ったし…。ドレスを着て、パーティーに行くなんて。私の人生にこんな事が起こるなんてねー。まだ、夢の中に居るみたいだ…。」
「でも…結局、守り切れなかったよね…。俺。」
「ハハ…。岸さんの事?あのねー。桃。強がりでも何でも無いからね。私はあんなの何も思わない。傷付きもしないんだよー。世の中、そんなもんだ。しかも、事実、お手伝いさんなんだから、普通は不思議に思うって!ハハッ。屁でもないよ。」
「屁…。ハハッ。いや…。清美が止めてくれなかったらヤバかった。久々に…頭にきてたから。」
「しかし…。桃は凄い人気者なんだね?挨拶の後、取り囲まれちゃって…、びっくりした。未来の姿を知らなかったのは、私位なんだねー。ハハッ。」
「あれが…俺は、あれが嫌で行きたくないんだよ。」
「ハハッ。それ…桃、世のモテない男達に、刺されるぞ。ハハッ。」
「清美がさ、人気者なんだね?とか、カッコ良いって褒められてるんだよ?って言うと…そうだよな。って素直に思えるんだけどね…。なんだか、容姿の事だけでチヤホヤされるのはさ、その人達を信用出来なくなるんだよ。中身も見てよ。ってね…。」
「うーん…。言いたい事は解るけど…。私ね。さっき仁科社長が社交辞令でも美女って言ったのが、嬉しかったよ。褒められる事は嬉しい事じゃない?」
「社交辞令じゃないよ。あの人、興味の無い女には声も掛けない。わざわざ声を掛けたのは、本当に清美を美女だと思ったからだ。」
「コンタクトでも忘れたのかしら?ハハッ。」
「笑い事じゃあ無いっ!絶対に興味を持っちゃ駄目だよ。食事なんか行ったら…。嫌だからね。解ったの?清美ッ。」
桃が風呂のドアを細く開けた。
「ワーッ!い…行かないよ。びっくりしたなっ!キチンと入りなさいっ!桃ッ。しかも、誘って来る訳がないじゃない。」
チャプン…と音がした。はあ…。心臓に悪いわっ!
「言いたくは無いけどねっ。俺があそこまで脅さなかったら、99%誘ってたよっ!だから、俺は真顔で牽制したんだ。瀬川ちゃんもだよ。清美を気に入ったのが解ったから、マジで阻止したんだ。」
チャプン…。えっ!何?ああ…。躰を洗うんだ…
「言っとくけど、俺が仕事以外で真顔になるのなんか、あの人達は見た事が無いんだよッ。だから、二人が珍しいって、驚いたんだ。全く!清美がいけないんだよ。」
ガシガシと躰を擦る音が聞こえ…
何故か桃はご立腹の様子…?
「はあ?私ッ?なんで、私がいけないのッ?何もしてないでしょー?」
シャワーの音が、聞こえ…
「清美がさー。綺麗になり過ぎたからいけないんだよ。ああー。やっぱり、隠しておけば良かった。」
桃がシャワーに負けじと声を張り上げる。
「それ…。もしかして、褒めてるのッ?綺麗にしたのは桃でしょーッ。」
私も怒鳴る。
「だからッ。怒ってるんだよッ!皆に、蝶になった清美を見せちゃった自分をねっ!」
「そんな事言うなら、私だってねー!桃が綺麗な女の人達に取り囲まれてるの見た時、寂しかったんだからねっ!」
と、私が叫んで…
ピタリとシャワーが止まった。
「えーっ!清美。焼き餅を焼いてくれたのッ?」
又、桃がドアを…開けようとしたが。私が閉めた。
「コラッ。温まれってばっ!ああ、あれが焼き餅ってヤツ…なの?なんかさ…。いつも、清美、清美って騒いでる桃がカッコ良い顔で、他の人と話してるのが…、寂しかったのっ!ああ…。本来はそっち側の人なんだな…って思い知らされたって感じ?」
私は自分で言っていて…憂鬱になってきた。
「ハハハッ。やった!良かったー!ハハッ。」
突然。憂鬱な私に桃の弾ける笑いが聞こえ…
「なっ。人が憂鬱になってきたのにっ!何がそんなに楽しくて、良かったんだい?桃ッ。」
「だってさ。ハハッ。」
「ハハッ。って…ハ…ハクション!」
私も、勿論。桃に断りも無く…。デッカいくしゃみが、突然に出た。
「あっ!俺、上がるから。ゴメン!清美も寒かったよね!」
と、ドアを開ける。
「ワーッ!ワーッ!待てってばっ!部屋に行く!」
私は慌てて、部屋に戻った。
腰にバスタオル一丁の桃が出て来て。
「清美。早く入って!俺、先にベッドで待ってるからさ…ハハハッ。」
「ば…バカ者がっ!くだらない事言ってないで、サッサと部屋で着替えんかいっ!は…入るよっ!私はッ!全くッ。付き合い切れんっ!」
「へへ…。怒られたよ。清美が怖いから、着替えて来ようっと。」
舌を出し戯けて見せた。
「も…桃ッ!」 私が怒鳴り。
「キャーッ!助けてー!」
やっと、バカ者は部屋を出て行った。
私は風呂が冷めると勿体ないから、急いで支度を持って、脱衣所に行く。
ドレスとヒールの緊張が解け。
はあ…。体が息を付く…
お風呂場に入りお湯に足を入れた。
「ギ…ギャーッ!痛ーいっ!」
「どうしたのっ!清美ッ?」
ドアが開き掛け…
「ウ…ウワーッ!」 ザブンと風呂に飛び込んだ。
「な…何でッ!居るのよ…。桃ッ!もーッ!キチンと服を着てきたのッ?」
「うん。ちゃんとジャージ、着たもん。俺。」
「もん。…じゃなくてさ…はぁ…。どうした?」
「こっちが訊きたいよ。清美。ねえ、今の悲鳴は?大丈夫?」
「ああ、すっかり、靴擦れを忘れててさ。超痛かったから、跳び上がった!ハハハッ。」
まだ、ヒリヒリする足を見て…言った。
「うわ…痛そう…。あ…。あのね。さっき、清美が憂鬱なのに、何が楽しいのかって訊いたから。くしゃみで中断しただろ?」
「ああ。そうだ!何で楽しそうに笑ってたのさ?」
私は思い出し、問い詰める。
「俺はね。清美が瀬川ちゃんと楽しそうにしてるから、俺の事なんか忘れちゃって、楽しんでるんだな…。パーティーに来るのは、誰とでも良かったのかな…?って。悲しくなってたんだ。」
私はそっとお風呂から出て、躰を洗う。
「そうしたら、清美が、焼き餅を焼いててくれたって聞けたから…。もう、俺、嬉しくてっ!楽しくなってきた。笑ったのは、嬉し笑いだよ。ハハッ。」
桃が理由を言い…
「ハハッ。そうなのか。そう、私、焼き餅を焼いたんだよねえ。あのさ…。お互い風呂の最中に話してて…変だよね?ハハッ。」
私はシャワーを使い始め、又、怒鳴る。
「だから、言ったじゃんかっ!」 桃が叫んだ。
「はあ?何をッ?」
「一緒に入れば、こんなに大声出す必要ないだろ!」
私は、ピタリとシャワーを止めて。
「桃、普通の人々なら、そこは…、出てから話せば良いのにね?でしょ…?バカ者ッ。」
「えーっ?清美、普通、そこは…じゃあ、今度は一緒に入ろうね?桃。だよ。」
「普通…。じゃねぇーよっ!それッ。私、上がるからっ!大人しく、ダイニングに居なさいッ。全くッ。怒鳴ったら喉が渇いたわっ!」
「チェッ…。ハハハッ。了解!清美。ビール飲もうねっ。楽しいなッ。ハハハッ。」
スキップでもしていそうな…?桃の明るい声が遠ざかり…。ドアの音がした。
私は、会話にのぼせそうになりながら、ヨタヨタと風呂を出て、ジャージを着た。
はぁ…。疲れが取れる所か…躰の疲れは取れたが、
刺激度が強な会話に、些か、精神的な疲れが増していた。
本当にそうかな…?
こんな絡みが楽しくて仕方がないんじゃないのか?
実際…冗談を言って笑い合う。なんて幸せが今までの生活に有った例は無いのだから…
これは…幸せ疲れとでも言うのかな?
「ねえ、清美ー!まだー?早くー。泣くよ、俺。」
桃の甘えた声がする。
この人は一体…。一日に何回、「清美。」を繰り返す事か…?
こんなに名前を呼ばれる生活も初めてだよな…?
「ハハッ。はいはい。今、行くよッ!泣かないで待ってて!」
私は部屋を出てダイニングへと、ニコニコしながら向かっていた。

久しぶりに、ラブへの出勤だ。
今日のチャームは何にしよう…?
数日間の仕事と言えぬ様な生活に…久々に、まともな仕事をする感じの緊張感が有り、買い出しの為、早めに家を出た。
色々と買いながら、ウロウロしていると…
「あらっ!清美?薄化粧とパーマで解らなかった。顔が…。ああ、早いわねー。おはよう。」
声に振り返ると、ママが手を振り言う。
「あっ!ママ、おはよう御座います。久しぶりの出勤だから…。」
「ゴメンねっ。長く休ませちゃって。清美。…。もう、終わる?ちょっと、そこの喫茶店にいきましょうよ。喉が渇いたわ。付き合って。」
「えっ?はい…。」
と、レジを済ませ、ママと喫茶店に入った。
アイスコーヒーを頼み、喉を潤して…
「ねえ、どう?桃と上手くやってる?」
ママが訊いた。 
「はい。良くして頂き過ぎて。申し訳ない様です。昨日も、受賞パーティーに連れていって頂いて。」
私は答えたが…
「まあっ!あの子がパーティーにっ?」
「えっ?ええ、怖い位の値段のドレスとか、買って貰っちゃって…。」 私が言うと…
「そんなの良いけど…。清美。あんたは本物の魔法使いだわ…。」
ママが首を振り、呟いた。
「あの…。パーティーの事、皆さん驚くんですが…」
私は…流石に不思議になって訊いた。
「そりゃそうよ。うーん。あの子ね。18の時、作家デビューして、まあ、あの顔じゃない?騒がれてねー。結構、マスコミに追い回されたのよ。調度…。家族の事で、軽く鬱になってた時期だったから、トラウマになっちゃったのね…。それ以来。一切、メディアに出なくなった。って訳よ。」
ママが当時を振り返り…
「そうで無くても、両親の事で…聞いてるわよね?うん。何故、一緒に居てあげられなかったか…?ってね。自分を、ずーっと責めてきた所が有るのよ…あの子は。」
「だって…!」 私は言い掛けたが…
「そうよ。仕方の無い事。だけど、桃の考え方は…俺を残して、きっと心配している。って思うんでしょうね?一緒なら、両親は安心したのに。って。」
ママは窓の外を眺めながら…
「それでも、両親がご存命だった頃から、一緒に生活をしてきた祖父母が居たから、まだ良かったの。でも…18の時、一人になったでしょ?自分だけ残されてしまった…。その事を認めたく無かったんでしょうね?だから、お墓には行けなかったの。お墓を見てしまうと、皆がこの中に入ってしまった。と、認めざるを得ないから…。」
私は、氷が溶ける程…動きを止め聞き入っていた。
「桃が20の時だったわ、当時の担当さんに連れられて、ラブに初めて来たの。綺麗な顔立ちなのに…、なんて悲しそうな目をした子だろう。って思ったわ。そこからよ…。家が近かった事も手伝って、常連になったって訳。それに、あの子の闇の部分が…私達の店に調度だったんでしょうね…。」
「…。解ります。」
ポツリと呟いた。
「そうね…、清美も解るでしょうね。桃は…。毎日来ては色々な話しをしてね。家族の話しも聞いた。私達は…それでも、お墓参りには行きなさいよ。って、何回も言ったのよ。でも、桃は動けなかった。いえ…。私達に、動く手伝いは出来なかった。」
ママは、自嘲気味に首を振り…
「それが…お墓参りに行ったって言うじゃないっ?やっと動けたのねっ!って感動しちゃったわよ。清美のお陰よね。その上、あのマスコミ嫌いをパーティーにまで連れ出すなんてっ!魔法使い以外では考えられないじゃない!ハハッ。」
ママが豪快に…嬉しそうな笑い声を上げた。
「違います…。そんな大層な事じゃ無くて…。きっと桃は私を見ていて、世の中には自分より可哀想な人が居るんだな?って思ったから私に同情して、良くしてくれてるんだと思います。ハハッ。」
私は、水に薄まったアイスコーヒーを吸った。
「ねえ?清美。本当にそう思ってる?桃が同情で貴方に良くして、自分の寂しさを紛らわす様な事をする子だって思う?いいえ、思って無いわよね?」
返す言葉も無い…。
「…。」
「貴方を初めて見た時、ああ…。この子は今まで世の中を恨んで生きて来たんだな。世の中を諦めて来たんだな…。って思ったわ。でも…今の顔は違う。桃と貴方は…お互いの寂しさを埋め合う関係なのかもしれない…。でもね、清美。人生には、それも有り。なのよ。うん。有りなのよ。フフッ。良い顔になってるもん。貴方。」
ママが私の頬にそっと手を置いた。
「ヘヘ…ッ。実は…毎日、清美、清美って、何回この人は私の名を呼ぶんだろう?って…。楽しくて仕方が無い。」
私は涙目になって言った。
「ハハッ。それも…、ウザいわねッ。ハハッ。さーあ、清美、清美って騒がしいのが来るから、大評判のチャームを仕込んでちょうだい。ウチが儲かる様にねっ!ハハッ。行きましょ。」
「はいっ。ハハハッ。」
ママと二人でラブに向かい、西日がキラキラと反射して輝く道を歩いて行った。
さあ、仕事だ。
先ずはジャガイモを茹でる。
玉葱のスライスを水にさらしておく。
しゃぶしゃぶ用の豚肉としめじ、エノキ、チンゲンサイを茹で、冷蔵庫で冷ます。
ポン酢をゼラチンで緩めに固め…冷やして。
冷蔵庫から取り出した、キノコ、チンゲンサイにサラシ玉葱を混ぜ合わせ色味を綺麗にだす。
後でお肉と黄色に赤のパプリカ数本を乗せ…搾り器でジュレを掛けるだけ。冷しゃぶが出来上がり。
むきエビを叩き、すり身の様に粘り気を出す。
塩胡椒、お酒を少々と混ぜ合わせ…練り。
サンドイッチ用のパンを三等分、軽くトーストした物にタップリとエビを塗り付ける。
後は揚げれば、エビの揚げパンが出来上がり。
茹だったジャガイモを潰す、タップリのバターとタップリのブラックペッパー、塩少々で微塵切りベーコンを炒め、潰したジャガイモと混ぜ合わせ…フライパン一杯に広げる。
焦げ目が出来るまでほっておいて…
カレーのスプーンでラップに取り、茶巾に絞る。
後でラップを剥がしジャガイモ茶巾の出来上がり。
私は、朝の家事を終え、まだ桃が起きぬ間に、読み掛けていた本を取り出した。
椅子に座り…又、ページを開く。
フワリフワリと、ワルツの海風に乗る鳥達。
合わせる様に緩やかな彼女のパーマが揺れた。
幻に触れるが如く、そっと手を伸ばした…
フワッ…。
俺を取り巻く世界の色が優しく変わり行く…。
私は、思わず…、自分の髪に手を当てた。
「良い顔になってるもん。」
ママが言った言葉を思い返していた…。
私は、今までの日々をどれだけの、顰めっ面で過ごしていたのかな…?
「ハハッ。」 思わず小さな声で笑う。
眉間に深く皺を寄せ、稼がなくては…。とか、他の人は良いな…。と、自分をやたら哀れみ、人を羨むばかりだったよな?
「いつかその悔しさが、過去になっていくと、良いね。穏やかで優しい時間を重ねて…。」
そうだ…以前、桃もが話してたっけ、私も…。過去になってきたのかな…?
カランコロンッ。ドアが開いた。
瞬間的に、桃じゃないと思おうとしていた。
違った時に、ガッカリするのが嫌だから…。
期待はしたくない。
ハハ…。やっぱり、変わってないか?私。
「清美ー!来たよー。早く、顔見せてッ!寂しくて泣くよ。俺。」
桃だったよ。しかも、又、泣くだよ…。
「ハハッ。」 私は笑っていた。
「だからさーっ!ママ、来たよ。でしょッ!泣くなら、ビール頼んでからにしなさいよっ。全くッ。」
「ああ…。ママ達、居たの?」
「居るわよっ!当たり前でしょっ!憎たらしいわ。始めっからビール2本ねっ。」
明美さんが言い。
「清美、桃のチャームは柿の種で良いわ。しかもピーナッツも抜きでッ!種のみで良いわよ。」
真紀さんも、キッチンに来ながら言う。
これだけ言われても…
「ねえー!清美。居るの?」
大声で叫び続ける。
「ちょっ…。ウルサいよッ。桃。油を使ってるからさ、お待ち下さい。お客様ッ!」
「なんだよー!お客様ってッ。清美。」
「もーっ。大人しくして下さいッ。ご主人様ッ。」
「はーい。チェッ。怒られてばっかり。」
「ハハッ。昨日もパーティーで怒られたの?桃。」
ママの声がする。
「ええーっ!情報、早っ。」 桃が驚き。
「実はね、隠してだけど…。私もね、魔法使いなのよっ!ハハッ。」
ママが言う。
「ええーっ。魔女じゃなくて?」
桃…。こらーッ!心の中で怒鳴る…。
「あら、清美。桃がお帰りよ。」 ママが言い。
「はーいっ。了解でーす。」 私は即答した。
「嫌だーっ!嘘だよ。あっ!美魔女だよ。美魔女!」
「ハハッ。今日も高くつくわね?桃。はいよ。お待ちかねのチャーム!」
真紀さんが揶揄い…
「さあ、やっと、乾杯よ。」 明美さんが言う。
「待ってよ!清美。ちょっと、顔出してッ!」
「もーっ!馬鹿者!はい。」
私は、一番端からちょっと覗いた。
「ああ、良かった。本当に居るね!ハハッ。お待たせッ。さー。乾杯しよう。」
「ビールの炭酸が無くなると思ったわよっ!乾杯。」
「全く、清美病ね。乾杯。」
「日々、テンションが上がってくしね…。乾杯。」
皆に言われ放題言われても…
「乾杯ッ!美味しいそうだねー。清美!頂きますッ。ハハッ。」
ブレない桃であった。って感じだ。
その後も「清美。」を幾度となく繰り返し…、私に怒られていたが…。数日間の休みに、店の再開を待ちわびたお客様の来店で桃は帰っていった。
ラブからの帰り道…。ガードレールに座る桃を発見して、驚いたッ!
「ど…どうしたのっ!何か有った?」
慌てて駈け寄り…、私が訊く。
「ハハッ。ラーメン食べたくない?」
意外過ぎる、素敵な提案に…
「食べたいっ!ラーメン大好きッ。お腹、ペコペコだよ!でも…。やってる所、有るの?」
「有るよ。ハハッ。屋台だけどね。」
「屋台ッ!初めて。嬉しいッ。なんか、お酒飲まないと悪い気がして、行った事無かったの。」
私は大喜びで桃の後に着いて行き…
「今日ね、出勤前に偶然、ママに会ってね、喫茶店でお茶したの。パーティーの事、知ってたじゃん?ハハッ。良い顔になったって言われた。」
話した。
「ああ、それで知ってたんだ。魔法使いなんて言ってさっ。ハハッ。ほら、あそこだよ。」
桃が指した方向に赤い提灯が見えた。
「わーっ!やってる。良かった。急ごう!」
私は桃の手を取り引っ張って走る。
「ハハッ。清美。ラーメン屋は逃げやしないよ。」
「解らないじゃない!このラーメン屋は、車輪がついてるんだからっ!」
「ハハッ。ごもっともッ!」
ラーメン屋は逃げなかった。
「今晩は。俺。大盛り!清美も?」
桃は常連らしく…。言う。
「も…勿論。ハハ…。」
当たり前の様に訊かれ…一人で、照れた。
「おっ!久しぶりのお出ましだな?」
マスター?が声を掛ける。
「うん。ずーっと、家に居たから。ね。」
と、桃は私を見て言った。
「珍しいね。ハハッ。綺麗な人連れて。」
マスターがそれこそ珍しい事を言った。
「ヘヘ…ッ。取っちゃ駄目だよ。」
始まったよ…。
「馬鹿言え!人の物に手を出す程、飢えてねえよ!俺はこう見えても…。このままだわっ。ハハッ。」
「ハハッ。じゃあ、モテるね?」
桃が言うと…
「はい。お待ちッ。褒められたから、チャーシューオマケだ!なんてな、閉める所だったから。オマケしといたよ。ハハッ。」
ラーメンを作る作業を珍し気に、じーっと見ていた私は、出て来たチャーシュー沢山のラーメンに感動して…
「わーっ!有難う御座います。嬉しいなー!頂きますッ。」
と、大喜びで言った。
「嬉しいね。清美。有難う御座います。頂きます!」
「ああ、美味しいッ!」 
私は、久々の外で食べるラーメンに感動した。
「ね。美味しいね。清美、なると、好き?」
「味も見た目も大好きッ。」
「じゃあ、あげる。」
「ええーっ!良いのッ?有難う。」
「美しいねー。」
マスターが突然、言い。
「清美の事?余り見ちゃ駄目だよ。」
桃が…呆れる事を言った。
「仲良き事は美しきかな。だよ。二人の仲が良いからさ。ハハッ。人生は、同じ物を食べて、「美味しいね。」と、微笑み合える人が居れば、上等よっ!」
わー。素敵な言葉…。本当だな。
「本当。確かに、それだけで…充分に幸福だ。」
私は感心して、頷く。
「深いな…。全くだ。じゃあ、俺は毎日が上等だ。」
桃が私を見て、微笑んだ。

ここ数日の、幸せな気分を壊す事件は、その日の朝に起こった。
10時前に起き出して、家事に勤しんでいたが…
ピンポン。
チャイムが鳴る。
「清美さん、瀬川です!は…早く開けて!」
瀬川さんの声が聞こえる。
「は…はい。」
私は慌てて、玄関に走りドアを開けた。
「スミマセン!ああ…。先生は?」
瀬川さんが汗だくで…訊いた。
「ど…どうしたの?桃ならまだ寝てるよ。」
私は、瀬川さんの形相に驚いていた。
「これ…全く、ふざけてる!」
一冊の週刊誌を私に渡す。
開いて有るページを見ると…
「受賞作家は変態かっ!桃山未来…知られざる乱れた私生活。ロリコン、ゲイ疑惑!」
と、書かれている…
唖然として、記事を読み進める…
以前、大手家事派遣会社に勤めていたAさんによると、毎日の様に未成年らしき女性や時には、男性を家に連れ込んでいたと言う。
「2階で何をしていたやら。御飯を運ばされただけなので知りませんがね。そのまま、泊まっていくんだから…。ねえ。」
と、Aさんは言葉を濁らせ、嫌悪感を露わにした。
先日の受賞式にも今、働いているハウスキーパーを同伴させていた。
「彼女もきっと、無理を強いられていたのでは?」
夜中に帰宅し、食事を作らされたり、規則正しいとは、到底言えない乱れた生活に付き合わされていた当時の大変さを苦々しく語った。
綺麗な世界を描き出す、受賞常連作家の変態性が浮き彫りになった。
雑誌から目を上げたい私に…
「きっと…。今にもマスコミが押し掛けます。先生に早く、伝えないと…。」
瀬川さんが心配そうに言う。
私は…猛烈に腹が立ち、言葉も出ない。
見えない相手に届くとばかりに雑誌を睨んでいた。
が…、早く手を打たなければならない。
又、マスコミに酷い目に合わされる桃を思い…心が痛んだ。
いやっ。絶対に、私が守る。絶対にだ。
「解った。ダイニングに行って、窓とカーテンを全部閉めて、待ってて下さい。」
私は静かに言い、2階へと向かった。
大きく、深呼吸をする。部屋をノックして…。
「桃ーっ!大変だよ。クソくだらない事が起きた!」 と、声を掛ける。
「へっ…?清美?ど…どうしたのッ?」
バタバタと、音がして寝ぼけ眼の桃が、慌ててドアを開けた。
「ハハッ。可愛い顔してっ。ゴメンね。寝てる所。」
私は桃の頭に手を乗せ…言い。
「な…?良いけど、どうしたの?」
繰り返し、訊く桃に雑誌を渡した。
「瀬川さんが下に来てる。マスコミが押し掛けるだろうからってさ。」
「はああ…。結局、こうか…。ハハ…。参るね…。」
「はあっ?何、それ?参るね…。じゃないでしょ!冗談じゃないよっ!これじゃ、私とパーティーに行ったせいで桃がこんな目に合った。って、ずーっと桃に対して、すまない気持ちで居なきゃいけないじゃんかッ。私が。だよッ。」
「ち…違うよっ!清美のせいじゃないっ!」
「ねっ。だったら、結局こうか…。じゃ無くて、絶対に間違いだ!でしょ?そう伝えてハッキリさせない限り、私の罪悪感は消えないからね。後、私も言いたい事を言わせて貰うからっ!」
私は言い切り…。
「清美…。」
「全く。こんなクソみたいな事で、私の家事を中断させやがってッ!桃との、優しくて…楽しいブランチと、お茶の時間を奪いやがってッ!絶対に許さないんだからッ!」
少々、言葉使いが荒くなった。
「清美…。」
「ほらっ!決戦に備えて、山盛りの勝負飯を食べるよッ!ライオンさんのお腹も鳴きそうだしねっ?ハハッ。早く、支度して降りて来て。」
気合いを入れた私に…。
「清美…。怖いね。ハハハッ。」
桃は目が覚めた様で…。
「当たり前でしょっ!頭にきてるんだからッ!私みたいなの怒らせると、一番怖いんだからねッ!全くッ!…。ハハハッ。」
私は息巻いた。
「ハハッ。直ぐに行くよ。鰻でも食べなきゃ足りないねッ!ハハッ。」
桃はすっかり普通になり…提案する。
「鰻ッ!良いねー!食べよう、それ、食べよう!」
私、自分の事では世の中を諦めて来た。
でも、桃を悪く言うヤツだけは許さない。
一生、味方でいると言った誓いを新たに、やたらと足音を立て、キッチンに向かった。
「あ…。先生…大丈夫ですか…?」
やたらと、不安そうな瀬川さんに…
「大丈夫に決まってるでしょッ?何も桃は、悪い事はしてないんだからね。ただ、今から特上鰻を美味しく頂く為に、ウルサい蠅達を遮ってるだけよっ。瀬川さん!」
「…は…はいっ。」
私の剣幕に姿勢を正す。
「鰻ッ!食べるでしょ?浜名湖の鰻だよ。」
「勿論ッ!大盛りで、頂きますっ!ハハッ。いや…参るな。流石は、清美さんだ。」
「これから、戦だよ。腹が減っては戦が出来ぬ!って言うしね?ハハッ。お茶飲んで待ってて。」
私はお茶を二人分出して、鰻を準備した。
「いやいや、瀬川ちゃん。騒ぎで悪いね。ハハッ。久しぶりのプライベートショットだからね、勝負服にしたよ。俺。ハハッ。」
桃が…ヒョウ柄のシャツに目の覚める様な赤いパンツで胸をはだけて、降りて来た。
「ハハッ。俺は、鰻が食べれるならいつでもお願いしたい位ッスよ!社では騒いでますが、きっと大丈夫です。なんてったって。俺達には最強兵器の清美さんがいますもんね。」
「ハハッ。全くだね。…。怖いよね?清美。」
桃が声を潜めて言い…
「ええ。驚く程…。」 瀬川さんも小声で言う。
「はーい。君達、薄いサンマの開きだったよね?私は、鰻を3枚ねッ!」
「ス…スミマセンッ!」
二人は声を合わせて謝った。
「ハハッ。宜しい。はーい。出来たよ!」
「頂きます!ウワー!デカいッ。感激です。」
瀬川さんはすっかり騒ぎを忘れ鰻に夢中だ…。
「ねっ。頂きます!んんー!旨っ。フワフワだね。」
「ハハッ。旨っ。まさか…マスコミも俺達が鰻を食べて、感想言い合ってるなんて、想像もつかないだろうな!ハハッ。」
「そう考えると、益々、旨いッスねっ。ハハッ。」
「旨い物が有って、皆で笑い合えれば上等よっ。ハハッ。」
私は、ラーメン屋のマスターが言った言葉を思い出して言った。
ピンポン、ピンポン。
チャイムが連打され…。来やがったな!…失礼…。
「桃山先生ーっ!いらっしゃるんでしょ?開けて下さいよー。」
無遠慮なデカい声が聞こえる。
私は、二人を手で制し、席を立った。
そして、インターホンに向かい。
「今、御飯を食べているの、少々お待ち下さいね。」
と、普通に言った。
「はっ?」
「食事中だからっ、静かに。お待ち下さい!と、お願いしてるんです。じゃあ、後ほどねッ。」
「はあ…。」 マスコミが黙った。
私は席に戻り、ガツガツと鰻を食べ始めた。
「ハハッ。流石っ!清美だ。カッコいいね!」
桃は手を止め、首を振る。
「ええ。惚れますよね…。」
瀬川さんは羨望の眼差しで私を見た。
「なっ…駄目だよッ!瀬川ちゃん。清美は駄目。」
桃は箸を振り回した。
「馬鹿な事言ってないで、早く、食べなさいっ!ああ、美味しかったーッ!ご馳走様。」
丁寧にアタマを下げ、言った。
「ええーっ!早っ。」 桃が目を剥き…
「俺さえ…まだ食べ終わらないのに…」
瀬川さんが呟いた…。
「ああ、私ね。ご立腹だと早飯になるの。ハハッ。コーヒーでも入れるよっ。冷凍のパイ生地で、栗きんとんのパイを山ほど今日は焼いてみたよ。私は食べるけど…皆、食べる?」
「はい。頂きます!」
瀬川さんがクイ気味にきた。
「ハハッ。早っ。俺も食べるッ。」
ピンポン。又、チャイムが鳴る。
私はインターホンに向かい…
「お待たせ致しております。只今、デザートに差し掛かかりました。後、少々お待ち下さい。」
「はあ…。」
マスコミは呆れた声を出した。
私はコーヒーを注ぎ、栗のパイを添えて配った。
三人で雑談をし、コーヒーをすすって居ると…
ん…?ガヤガヤとざわめきが聞こえて…。
「なんだか…。外が妙に…騒がしくない?」
「本当だ…。何すかね?」
「ああ!テレビつければ解るじゃん?」
桃が言い…
三人で顔を見合わせて、頷く。
テレビには…何とっ!先日、ウチで、ナポリタンに感動して帰った女の子が写っていた!
「ああっ!この子、この前の子だよね?清美。」
桃が私に訊く。
確かに…。金髪はすっかり黒髪になり制服を着ているので…、雰囲気が違う。
彼女がマスコミに取り囲まれ…
「私、頭にきたから、学校までお母さんに迎えに来て貰って来たんだけどッ!この雑誌、馬鹿じゃないのっ?嘘ばっかり。桃はこんな人じゃ無いよ。私、この前まで家にも帰らないで、まあ、不良してたの。風呂も入らなくて、腹ペコで居た私を桃が家に連れて来て、汚れた服を洗濯してくれた。イヤラシい事なんか、何一つ、されてないからねっ!」
腰に手を当て、力説する。
「お手伝いのお姉さんが、又、魔法使いみたいな人でさー、超美味しい料理を作ってくれたんだ。二人共、普通の大人みたいに…家へ帰れとか言わなかった。だけどね。二人を見てて、美味しい料理を食べてたら…家に帰って親に謝ろうか?なんて、気になってたんだ。私がそう言ったらさ、駄目なら戻って良いって言ってくれた。」
彼女は振り返り、母親を指さし、続ける…
「私の親なんか、すっかり桃の大ファンになっちゃったんだから!これだけは、絶対に言いたかったのっ!きっと、こんな騒ぎになってると思ったから、来て良かった。この雑誌、嘘だらけだからねっ!」
雑誌を叩き、長々と一生懸命に、訴えてくれた。
「あの…。」
何だか、オドオドとした男の子が、授業中の様に手を挙げる。カメラが移り…
「あれっ?この子、知ってるよ。ああ、元気で良かった。ハハ…。」 桃が言う。
「お…俺も、桃に助けられたから…。雑誌を見て、久しぶりに頭にきて。俺が言わなきゃって…。桃が救ってくれた命だから。桃が、家に取り敢えず来て…。お茶を飲んで、ご飯を食べて、風呂に入って、寝てから。まだ、死にたかったら、止めない。って…。自分の両親が亡くなった話しをして、残された人の方がずーっと苦しむんだって…。俺、死ねなくなってた。この雑誌を書いた人も、話しをした人も、桃みたいに…人の痛みが解る人じゃないですよ…。これは、全くの嘘だ。」
怒りと言うより、悲しいのか…?激さず、淡々と、彼は語る。
「そうだよねーっ!絶対、他にも居る…」 と…
「ハイッ!ハイッ!わ…私もッ。私なんか、自分のせいだったらどうしようって、淡くって走って来たんだからねっ!桃に謝ろうと思って来たけど、テレビ局が来てて、良かったーっ!絶対に、この雑誌、許せないっ。自分みたいに救われた人を、集めて抗議に行こうと思ってたんだよ!」
金髪の女性がゼイゼイし、挙手して割り込んだ。
「そうですよねーッ!頭にくる。」
「私、雑誌を破り捨てたかった!こんなの嘘ばっかりでさ。」
「あんな、神様みたいな人を傷付けるなんてっ!言っておくけど、きっと、まだまだ沢山の人が出てくるよ!」
それぞれに話し出し。
マスコミは桃が救った人々の出現と…。雑誌の事実無根さに、唖然としていた…。
私は…
「さて、そろそろ…。皆で出てくよ。彼等に会わなきゃ、ねっ。桃。」 と、涙を拭き言った。
「ハハッ。全くです。デザートも終わりましたし。」
「ああ…。そうだね。皆で、行きますか?ハハッ。」
私達は、玄関を開けて堂々と出て行き。
桃が彼等に声を掛けた。
「ハハッ。久しぶりだねー!皆、元気してたっ?」
私は、ナポリタンちゃんに手を振り…
「あー!お姉さんッ!今度は私が助けに来たかったんだ。頭に来たからっ。」
と、抱き着いて来た。
「頭に来たよねーっ!私もだよ。私も桃を助けたかったんだけどさー、すっかり、皆に先を越されちゃったッ!ハハッ。ねえ、ガーデンデッキでお茶にしよ。お母さんも一緒に。ねっ?」
「ハハッ。清美、それ良いね。皆、どうぞ。」
桃が仲間の皆を誘った。
「ねえ、桃。話した人と雑誌をさー。訴えなよ!」
「そうですよ!訴えられても当然だ。」
「だよねー!まだまだ沢山、集まるよねーッ!」
まだ怒りが収まらず、皆が、言い出した。
私は…
「ハハッ。桃はねっ。訴えないよ。人間、誰しもが間違う事が有るって、知ってるから…。そして、きっと間違った人が反省するだろうって、信じる心も持ってる人だからね。さあ、お茶にしよ?」
と、言い…。腰に手を当てマスコミを振り返り…。
「ああ、私も一言だけ。ここのお宅のハウスキーパーです。パーティーの事以外でも、何一つ、桃から強制された事は有りませんから。こんなに素敵な家で働ける事、誇りに思ってます。こんなにも皆から愛される人の元に居られる事が、最高に幸せです。じゃあ、お茶の時間ですので、失礼致します。静かにっ!お帰り下さいね。」
頭を下げて…、言い切った。
今まで、出番?のなかった瀬川さんが前に出て…
「何か、まだ、言い足りないなら、担当の俺に訊いて下さい。先生の事や清美さんの事なら、良く知ってますから。」 と、言い。
「瀬川ちゃんッ。清美の事は、余分だよ。全く、油断も隙も無いんだから。」
桃が瀬川さんを睨む。
「ハハッ。桃、お姉さんの事が好きなんだねっ?」
ナポリタンちゃんが、冷やかした。
「そう!大好きなんだよー。参ってる。ハハッ。」
桃は…頭を搔いて言った。
「桃は…。又、変な世界に行ってるよ…。さあ、皆さんどうぞ。」
私達は鳩が豆鉄砲状態のマスコミと、張り切っている…?瀬川さんを残し…家に入った。
家では電話が鳴っていて…又、マスコミか?と、
「もしもしっ!」
力んで?言ったが…
「あ…。ああ、田…中さん?ご苦労様。ライフサポートの社長です。先生はいらっしゃる?」
社長かよッ!
「あ…。はい、今、変わります。桃。ウチの社長…」
「は?あそ。もしも…いえいえ、辞めた人じゃないですかー。良いんですよ。凄い、助かってます。こちらが有難うですよ。ハハッ。では。」
桃は電話を切り…。お茶を準備する私に…
「この度はスミマセン。だって、ご丁寧だよね。ハハッ。」 伝えた。
その後、ガーデンデッキで歓談し、戻った瀬川さんも交え、皆ですっかり仲良くなり帰って行った。
「あーあ、結果、楽しいお茶会になったね。ハハッ。清美。お疲れ様。今回も有難う。だ。」
桃が伸びをしながら言った。
「楽しかったよね。ハハッ。有難う?全ては、桃の人徳の成すところだよ。私は…ただ、お茶を入れただけだ。」
お茶会の片付けをしながら私は言う。
「…。清美。二人でゆっくり、お茶を飲もう?俺が、ハーブティーを入れるよ。」
「有難う。桃にハーブティーを入れて貰うの、楽しみの一つなんだ。ハハッ。じゃあ…私、リクエストする。ローズヒップが良いな。」
「ハハッ。そうなの?了解!」
私の言葉に嬉しそうな桃は、ニコニコと作業を始めていた。
片付けも終わり、二人、ガーデンデッキでローズヒップをすする。
「ふー。決して…お客が嫌な訳じゃないけど、二人になると落ち着くなぁ。不思議な感覚なんだけど…数日の事なのにね…。ずーっと、長い時間を清美と二人で過ごして来た様な気がするんだよ。俺。」
桃は、やっとリラックスして見えた…。
「ハハ…。私が言って良いのか、解らないけど、確かに、二人になると落ち着くよね。私も思ったよ。この何日間かを、二人きりで居たから、それに慣れちゃったのかなー?ハハッ。」
と、言った。
「俺がね。さっき、有難う。って言ったのは、今日、清美が居なかったら多分、何も反論しないで家に引きこもって…。雑誌の事を曖昧なままにしていたと思うからだよ。」
桃はカップを手で回し…言う。
キラキラと、光にルビーレッドの色が揺れる。
「ああ、又、こんなもんか…。ってね。しかも、大変だー。ってオロオロされてたら、俺も瀬川ちゃんも、多分、一緒にオロオロしてたよ。清美がビシッと怒りを露わにしてくれたから…。俺は悪く無い。って思えたんだ。」
と、続けて言った。
「フフッ。だと、思ったの。実は、ラブのママから聞いてた。マスコミに追い回されて、メディアに出なくなった事。だから、何を言われてても…、多分ね、諦めると思った。」
私はカップを持ち上げ…陽にかざす。
「私も、世の中の全てを諦めて来た人間だから、気持ちは解るんだけど。自分の事ならね、桃と同じで諦めたんだけどさ。私は、一生、桃の味方でいる。って言ってから、まだ何一つ、出来て無いな?って思ったの。」
下を向き…
「これは…ちょっと、図々しいんだけどさ。私が気に病むって言い方をすれば、絶対に桃は動く。って思ってね。ハハ…。図々しいね?」
苦笑いで桃を見る。
「いや、その通りだよ!清美が、私の罪悪感は消えない。って言ったから、真実を言う決心をしたんだからね。何だ、お見通しだったのか…。」
桃は感心した様に言った。
「それと、桃には、私の様に人を信じられない。なんて、思って欲しく無かった。騙されても、酷い目に会っても変わらない桃で居て欲しかったからね!でも。私が味方で居なくても、沢山の味方が桃には居るんだって事は、すっかり忘れてたの!ハハ。」
自分を呆れ…
「もうさー。私がッ。私が守るッ。て、鼻息荒くなっちゃってね!ハハッ。今、思うと笑えるね?勇ましかったでしょ?ハハッ。」
照れ笑いで…言う。
「うん。勇ましくて、心強くて…。眩しかった。俺まで強くなれるパワーを感じた。ここで逃げるのは間違ってるよ。って、力一杯、背中を押される、パワーをね。きっと、清美からじゃなきゃ受け取れなかったよ。結果、誰かが助けてくれたとしても…。自分から、「違う。」って、行動しようと思えたのは、清美が味方だったからだ。」
桃はじっと私を見つめる。
「だって、約束したじゃない。居なくならないし、一生味方だって。これからも変わりないよ。」
私も桃を見て言った。
「ええーっ!じゃあ、俺。一生幸せじゃん。」
「ハハッ。そうなの?それは…知らないよ。」
めでたい男だ。私は首を傾げ、肩を上げた。
「ねえ、清美?前に人を信用するのが苦手だから、まだ俺の事を気に入ったかは、解らない。って言ったじゃん?まだ…信用出来ないかな?気に入って無い?俺の事。」
ああ…。勤め始めた頃に言ったよな…
「ハハッ。本当だ。凄い前の事の様に感じるねー。私がさっき、マスコミに言った事を聞いていなかった?この家で働くのを誇りに思うし、皆から愛される人と居られるのを幸せに思うって言ったでしょ。勿論。今はもう、桃の事を誰よりも信用出来る。大のお気に入りだよ。ハハッ。」
私は正直に答えた。
「良かった。そうか…。ハハッ。安心した。」
桃はホッとして、胸に手を当てる。
「そんなの…。一緒に居て解るでしょ?」
「だって…、俺ばっかりが、清美、清美って騒いでてさ。助けたられてばっかりだし。厄介だと思われてるかな?って心配になったんだよ。」
カップを見つめ、ボソッと言った。
「俺ばっかりが助けられてるって…?私なんか、人格が変わる位、桃には助けられてるよ。自分でもびっくりしてる。私って、こんなに明るかったんだ?ってね。どんどん強くなるし!ハハ…。」
私と桃は、雑誌騒動でなくなった、いつもの優しいお茶の時間を埋める様に…、二人で話しをする。
後日。その雑誌にはお詫びと訂正の記事が載った。
雑誌を瀬川さんから渡された桃は…。
「これは、清美が促した謝罪だね。」
言い、微笑んだ。
騒動と、優しいお茶の時間の後、暫くしてから、二人で軽くパスタを食べて…。
私はラブに出勤した。
桃は、それでも疲れたのか…?
「今日は清美の帰りを家で待つよ。」 と、言った。
ラブでは騒動の事を訊かれ、心配をしていた皆に、一部始終を話した…。
「ハハッ。清美。あんたは、魔法使い、確定ね!」
ママが又、桃の変わり様に驚き、言った。
「あんたも疲れたでしょ?このメニューなら、盛り付けるだけだから、大丈夫。暇だし…、今日は上がりなさい。桃と居てあげてよ。大丈夫。後日、桃から、しっかりと貰うから。ハハッ。」
ママは仕込みを終えた私の料理を見に来て、又、怖い事を言い…
閉店までのいつもと変わらない日給を頂いて…
「有難う御座います。じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます。ハハ…。」
と、私はラブを後に家に向かった。
スーパーで、軽く買い物をしながら、桃が驚く顔を想像して…笑みがこぼれた。
その顔を見たくて…そーっと、鍵を開けよう。
などと悪戯っ子の様な事を考えていると…
パッと魔法の様にドアが開き。桃がいきなり、飛び付いて来た…。
「ウワーッ!なっ…」 こっちが驚かされた!
「お帰り、清美。もーっ!遅かったじゃんかっ!心配したよ!俺。」
桃が言う…
何でーっ?ああ…。ママかッ!
「ハハ…。ママから訊いたの?驚かそうと思ったのにさ…全く。こっちが驚かされたよ。ハハッ。買い物をして来たの。ゴメンね。心配掛けて。」
キッチンに向かい、纏わり付く桃に苦笑する。
「ママが…偉い目に有ったわねー。私からのプレゼントが今、そっちに向かってるからね。って、電話を寄越したんだよ。俺、嬉しくて。ちょっと用事をしてから、ずーっと、玄関に居たんだ。ハハッ。」
私の回りをクルクル回り、桃は話す。
「ねえ、清美。今日の御飯は何かな?」
「それなんだけどさ…、実は私ね、すき焼きや、鍋って…食べた事が無いの。施設だと、人数的に無理だから。で、今日はすき焼きにしようと思ったんだけど、良いかな?桃は、やり方知ってる?材料だけは揃えたけど…。お肉は有るしね。」
「そうか…。初すき焼き、良いねッ。自信は無いけど…。任せて!」
桃は微妙な事を言い出した。
「え?嫌だよ。自信無いなら、せっかくのお肉が…」
「大丈夫だって!任せてよ!近代機器に…。」
と、携帯をあげる。
「ブッ。ハハッ。それなら任せたッ。」
そこから、私はコンロや鉄鍋を見つけ出して…
桃が読み上げる通りに、「割り下」なる物を、作っていった。
グツグツと、良い匂いが立ち込める。
私は、近すぎる位の位置で、食い入る様にじーっと鍋の様子を見つめていた。
「ハハッ。清美。もう、良いよ。溶き卵に付けてから、食べてみて。」
桃が声を掛けた。
「い…頂きます!えーと…。」
「やっぱり、清美、お肉からだな!早くしないと固くなる。」
「は…はいっ!…!んんーっ!美味し過ぎるーッ。」
「ハハッ。んんーっ!美味しいねーッ。」
「ねえ、お肉、ここに入れて良いの?」
「良いよ。ああ、葱も、もう、おけっ。んんーっ!」
「んんーっ!美味しい!桃。これ、楽しいねーッ?これがすき焼きか…。ああ、幸せ。」
溶き卵に甘辛い割り下が絡んで…。何よりも、二人で向かい合って鍋を突き、出来立ての物を口に運ぶ事が私には、堪らなく楽しい。
「俺も…。俺も久々に家ですき焼きを食べた。一人じゃやらないからね。清美。本当に幸せだよ。」
「そうか…。一人じゃね。んっ!味の染みた焼き豆腐が美味しいよ。はい。桃も。」
「有難う。んっ…。熱ッ。熱いッ。でも、美味しいね。清美。」
熱さに涙目になった桃が言う。
「ハハッ。危ないな、桃。フーフーしてからだよ。」
「うん。フーフー。ハハ…。子供かよ?俺。清美の前じゃ子供だな…。ねえ、清美。冬は沢山、鍋をやろうよ。色々な鍋をさ。二人で食べよう!」
又、桃は清美病だな…?
「うん。楽しみ!桃は?何鍋が、一番に好きなの?」
熱々の鍋を思い…訊いた。
「何でも。清美と二人で食べるなら、何でも絶対に美味しいんだから。現に今、食べてるすき焼きが今まで中で、一番に美味しいもん。」
「ハハッ。私。生まれて初めてのすき焼きだけど…きっと私もこのすき焼きが一番だよ。桃と食べるのが私は大好きだから。」
肉の旨さに…。素直かッ。私。
「じゃあ、俺は?俺の事は…大好き?清美。」
桃は乗り出して来て、訊く。
「勿論。それもきっと、一番に大好きだよ。」
素直だよ…。私。
「全く一緒だな。俺も、勿論。清美が一番に大好きだからねー。ああ、楽しいっ。」
桃は大変、素直な私に、満足気な顔でニコニコしていた。
同じ様な話しを繰り返し訊き、話す事で桃は安心したいのだろうと、感じる…。
何故なら、私も繰り返し呼ばれる名前や、繰り返されるお互いを大切に思う気持ちに安心するから…。
相手を疑わず、「一番に大好き」そんな言葉を言える自分に少し驚き…。むず痒い気持ちでいた。
二人で向かい合い突く鍋は。私の硬化した心までをも温めていく様だったから。
すき焼きの後、桃はキッチンに向かい…。
「実はね。隠しておいたんだけど。ママからの電話を終えて直ぐにさ、ケーキ屋さんに行ったんだー。メロンのムースと、清美が好きなモンブランを買っておいたよ。勿論、明日の焼き菓子もね。」
と、ケーキの箱を見せた。
「ええーっ!嬉しいっ!有難う。桃。でも…、メロンのムース?そんなの…この前は無かったよね?」
「ハハッ。ケーキ屋さんは、季節の限定が有るのも楽しみの一つなんだよ。清美。」
「そんな…。じゃあ、こまめにチェックしてないといけないじゃん。」
「そうだよ。お客様がその為に来てくれるでしょ?」
「なるほどね…。じゃあっ、片付けしてから、食べて良いのっ?」
「うん。一緒に食べようね。清美。」
「うん。今、終わるから待っててね。毎日、必ず1回以上は桃に驚かされるなー。しかも、嬉しい驚きばっかり。些か、普通に働いている人に申し訳無い気持ちになるわ。ハハ…。」
私は立ち働きながら言った。
「そんな事、無いよ。清美は俺が家事の手を抜けって言っても、絶対にしないじゃん。本当なら…俺、清美を誘って水族館や、動物園とか、遊園地にも行きたいんだけどさ…。誘えないでいるんだ。」
桃は紅茶を選びつつ、苦情まがいに言う。
「ええーっ!水族館や、遊園地?わーっ。行ってみたいな…。大きな動物園も憧れるっ!え…?何で…誘ってくれないの?」
私はほぼ、自分がここで働いている立場だという事を忘れ、憧れていたアミューズメント施設の羅列に興奮し、桃に訊いた。
「だって…。誘ったら、そこに行く為に清美は早起きをして家事を済ませるだろ?清美の睡眠時間が減るし、遊んだ後には、ラブの仕事も有る。清美の負担が大きくなるだけじゃん。」
桃は苦々しい顔をして…。
「じゃあ、日曜にって思っても…。日曜位はゆっくり、休ませてあげたい…と、考えちゃう。結局は、ラブのボーイさんが治るまでは、無理かな?って考えてたんだよっ!」
桃は、茶器を出して紅茶をサラサラと入れ…
「清美が手抜きをしないで、一生懸命働くせいだ。」
と、剥れた。
「ハハ…。参るな…。桃が優し過ぎて、参る。なんで私の事なんかをそんなに考えてくれるの?本来、こんな訊き方さえも図々しいんだけど。私にしたら、マジ不思議なんだよね。」
私は、自分の事をこんなに一生懸命、考えてくれている、桃を流石に不思議に思う。
「俺の方がマジ不思議だよ。気付くと、清美の事ばっかり考えてる。」
茶葉の開きを確かめながら、首を振る。
「ラブの帰り道…。新しい店が有ると、今度、清美と来よう。ケーキ屋さんに行くと、ああ、清美の好きなメロンだ。毎日、仏壇に手を合わせても、今日、清美がね。まるで清美の報告会だよ。」
自分の行動に呆れ、首を振る。
「しかも、小さい頃…皆が両親と行った話しを聞かされて、大っ嫌いになったはずの、遊園地や水族館、動物園さえも。あの頃行けなかった分を清美と、取り戻しに行こう!なんて…。今までなら考えもしなかった事を考えて、挙げ句。一人でニヤニヤするんだよ。」
茶器をトレーにそっと置き。
「些か…。自分がキモい。ハハハッ。どーよ?」
ダイニングのテーブルにお茶の準備が出来た。
「どーよ?って言われても。そうだな…。「変」だよ。ハハハッ。」
「清美。失礼だよ。ハハッ。飲もう。今回はアプリコットティーだよ。ねえ、清美。早くケーキを…開けてみて。」
私の頭は、既にメロンのムースか…モンブランか、食べる順番を迷ってグルグルしていた。
箱を開けて…又、びっくりした。
モンブランの上に、又してもチョコレートプレートが乗っていた…。しかも…
「清美、大好き!」 
と、大っきなハートが書いて有る。
「ハハッ。驚いた?俺の気持ちっ。可愛いでしょ?」
桃は悪戯っ子の様な瞳を私に向ける。
「ハハ…。もーっ!今度、恥ずかしくて、あのケーキ屋さんに行けないじゃんかっ。一体さ、どんな顔でこれを頼んだんだ?って話しよっ。全く…。嬉しくて…。笑えるよっ!ハハ…。」
どうも私は…。チョコレートプレートにかなり…弱いらしい。
涙目になりながら桃に苦情?を言った。
「俺も、実は…。恥ずかしかった!ハハッ。でも、清美が驚く顔が見たい気持ちが勝っちゃった!」
「困ったね…?このご主人様は、いつになったら変な世界から戻って来るのやら…。」
戻ってなんか欲しく無いと、思っている癖に…。
私は、後、一歩の、素直な気持ちが言えずに…
いつもの様に…首を振る。
「えー。俺はきっと、もう一生戻れないよ。清美がこっちの世界に来てよ。ねっ。」
桃はカップを持つ手を止めて、真剣に言った。
「ふぅ…。じゃあ。一生、お供しますかね?そっちの世界に。私も。」
私は首を傾げて、やっとの思いで言った。
フッと、気付く…。アプリコットティーの甘い香りがダイニングに満ちている。
甘い時間の中に居る様なカップに顔を近付ける…
「甘い香りだろ?」
「うん。初恋の紅茶だね。甘くて…ちょっと酸っぱい香りがする。」
私は微笑む。
「じゃあ、俺の紅茶だ。絶賛、清美に初恋中だからね。俺は。」
桃は真顔だ…。
「じゃあ…。私の紅茶でも有る訳だ。なにせ同じ世界の住人だからね。私も。さあ、モンブラン食べよっと、このプレートは、メロンムースに立てるよっ。見ながらケーキを二つ食べて、一番、最後…。大切にゆっくりと、桃の気持ちを噛みしめながら…食べるんだ。」
私は自分の言葉に照れて…プレートを移す。
「清美…。なんか、俺。心臓がヤバい事になってるんですけど…。」
桃が赤い顔をして、心臓を押さえる。
「わ…私なんか…。頭がヤバい事になってるよっ!」
私は自分でも感じる程、真っ赤になって怒った…?
「ブッ。ハハッ。こんな時にまで笑わせないでよ!清美。モンブランを食べよ。きっと、栗の味がするよ。ハハッ。」
「だからー。もっと黄色いモンブランが有るのッ。マジで、それは栗の味なんかしないんだからっ!…ハハッ。頂きます。んんーっ!やっぱり、栗だ。」
「ハハッ。清美。楽しいねっ。んんーっ!栗だ。」
「さては、馬鹿にしてるな?ハハッ。」
「ねえ、清美の誕生日は?いつなの?」
桃が唐突に訊く。
「ああ、ほら。私、捨てられてるからさ。施設に置かれた日が誕生日ってなってるけど…本当はいつなのかね?解らないんだよね。ああ、桃、ゴメン。とか要らないよ。マジでその言葉を気にする年齢は超えちゃったからね。」
本当にもう、気にもならない事だから…言った。
「嫌だねー。そんなの誕生日じゃないよ。そんな日の事は祝いたくない。良し。清美、覚えてる?清美のアパートに行った時、新しい人生のスタート地点かもよ?って俺が言ったのを。」
「勿論。だって、後で、本当にそうだなー。って、思い返したんだもん。私。」
「あの日を誕生日にしようよ。5月14日…5、いつ、までも、14いちよんで…無理やり、一緒。いつまでも、一緒。今年から、清美の誕生日ね。俺は10月2日だから…10…02で…とわに。永遠に!」
桃の…無理やり振りに呆れ…
「ハハハッ。いつまでも、一緒。永遠に?凄いね。誓いの言葉みたい。ハハッ。」
思わず、笑っていた。
「そうだよ。俺の…純愛の誓いの言葉だよ。清美。」
桃がアプリコットティーみたいな甘い顔で微笑む。
「5月14日…新しい誕生日だ。正直…私もずっと思ってた。なんで、捨てられた日が誕生日なの?って…でも、それを否定してくれる誰かが自分に現れるなんて…。思いもしなかったから。ハハ…。泣いちゃう位、嬉しい。新しい誕生日を有難う。桃。」
桃を見て、私も微笑み…
「私も。純愛を誓う。いつまでも、一緒。永遠に。」
「人生には、それも、有りなのよ。」
ママの言葉が頭を過る…。有りなんだね?ママ。
私は心で呟いていた。
「これからさ、今日のすき焼きみたいに、俺と清美が、今まで出来なかった事を、沢山、沢山、一緒にやろうね?二人でさ。」
桃が長く綺麗な小指を差し出した。
「うん。桃…。先ずは、デートに誘ってよ。お気遣いは嬉しい。でも、やっぱり家事の手は抜けない。けど…デートの為に無理をする事も、私には今まで出来なかった事の一つなの。誘ってよ。桃。」
私も…綺麗とは言い難いが…。小指を差し出した。
桃はニッコリと無邪気に笑い、小指を絡めた。
「清美。俺、一番目のデートに誘うよ。今日、一緒に俺のベッドで眠むらない?二人の事だから…さっきのは夢?って考えるのが目に見えてる。ハハッ。又、行ったり来たりするより、初めから一緒に居てリアルだって実感させてよ。如何ですか?」
桃が提案…?した。
「ごもっとも!90%以上の確率で、私は夢だって考えるね。ハハッ。賛成ッ。ただし…」
「だ…大丈夫だよ。俺、まだ何もしないから!」
桃が真っ赤になって目を見開き…言った。
「いや…。この後少しだけ、朝食の下ごしらえをさせてね?って言おうとしたんだけど。私。しかも…まだって…。超リアルじゃん。…。ハハハッ。」
私は真っ赤な桃が、堪らなく可愛くて、可愛くて。
腹を抱えて、笑い出した。
「き…清美ッ!言い方が、紛らわしいんだよッ。しかも、超リアルじゃん。って…。そっちが超リアルじゃん。もーっ!あっ。甘さ控えめ。旨っ。」
益々赤くなり、メロンムースをヤケ食いして言う。
「ハハッ。桃ッ。茹でタコも顔負けな程、真っ赤だよ。ハハッ。ああ…。メロンだ。旨っ。」
「茹でタコ…って…ブッハハッ。又、言い得て妙だな!しかも、勿論。メロンだよ。清美。メロンのムースだもん。ハハッ。」
「美味しいーっ!ねえ?この…上に有る丸いメロンって、メロンをスプーンで、くり抜くんでしょ?一体、その後の残った部分はキチンと食べてるのかな…?気になって仕方ない。捨てる位なら、そのままカットで乗せてよ!って感じ…。」
私は眉間に皺を寄せ、訴える。
「ハハッ。流石は清美!考える事が違うねッ。メロンが好きにも程が有る。もしかして、俺、メロンに負けてたりしてーっ?ハハッ。」
「え…。」 言葉に詰まった。
「え…。ええーっ!メロンの勝ちっ?メロンの勝ちなの?清美ッ。」
益々、目を見開き、ギャーギャー嘆く。
「ハハ…。嘘…だよ。」
「ちょっとーッ!返事が弱いじゃんッ。もーっ!絶対にメロンなんか、買わないヨッ!フンッ。」
桃は腕を組み、言い切った。
「ああー。駄目ッ。桃の方が100倍好きだよ。本当だよ。だって…メロンは無くても耐えられるけど、桃が居ない生活は、もう考えられないもん。私。」
私は必死に言った。
「え…。そう。俺が居ないと耐えられないの?そうなんだ…?ヘヘッ。」
いきなりのデレかよ…。単純か?
「そうだよ。私ね、桃に呼ばれるのが好きなの。桃が「清美」って言うのを聞けない一日なんて…。寂しくて嫌だな。例え、そこにメロンが無くてもねッ。ハハッ。んんーっ!美味しい。」
照れ隠しに、メロンムースを食べながら言う。
「清美ーッ。好き、好き、大ー好きッ。そっかー。」
桃はやたらと頷き、ニコ…いや、ニヤニヤした…。
「ねえ、桃。今日さ、2階のお風呂に入って良い?」
「ブッ。ええーっ!い…いきなり?き…清美。俺はね、キチンと…」
アプリコットティーを吹き出し掛け…。桃が言い掛けて…。私は、タオルを渡し、腰掛けて…。
「いやいや、勿論。一人でだよっ!だって…テレビも有って…。」
「ああ…。ジャグジー?はあ…。びっくりした。心の準備がね…。」
「桃。心の準備が…って、普通は女性が言わない?ハハッ。そう。それ、ジャグジーに入ってみたいの!良い?」
私は日々、掃除の度にテレビで見た事の有る。ブクブクが出るお風呂なのかな…?と、気になって仕方がなかったのだ。
今度、桃にお願いしようと、思っていた。
「ハハッ。だよね。勿論、良いよ。そうしようね。じゃあ、朝の準備したら、もう、入る?入れてくるけど…?ああ、清美。風呂上がりに軽くビールでも飲もうよ。」
桃が言い、立ち上がる。
「ハハッ。ジャグジー?にビール?贅沢だなー。じゃあ、軽くおつまみも作るね。では、お風呂、宜しくお願い致します。その前に…このプレートを味わうねっ。」
私は、最後に取って置いたプレートを大切に頬張った。
「清美。美味しい?俺の気持ち。」
桃はじーっと私の口元を見つめて訊いた。
「メロンも負ける程、甘くて…。美味しいね。」
私は答え、微笑む。
「お…俺。お風呂…。入れて来る。キツっ。」
桃はブツブツ呟き…
「え?ああ、宜しく!ハハッ。」
私も立ち上がり、キッチンに向かう。
桃が…「了解。清美ッ。」 と、寄って来て…
私の頬に、優しく触れるキスをした。
「ガーッ!照れ死にしそうッ!俺。じゃあねッ。」
と、凄い勢いで2階に退散?した…。
見掛けとは大違いで…無駄に純情だ。ハハッ。
いつも、普通に抱き着いて来る癖に…
とか、思いつつも…暫くはボーッと立ち尽くし…
流しの前で、桃の顔を思い出す。
「こ…こっちが照れるわッ。その態度!しかも、口に出すなよ!全く…。可愛いんだからッ!」
一人でブツブツ言い、ガシガシと皿を洗う。
「ええ…。俺が、可愛いいの…?清美ってば。嬉しいなぁ…。全くッ。」
バッと振り返ると…モジモジと桃が立っていた。
「キ…ギャーッ!な…何ッ!この人ッ!な…なんで居るのヨッ!」
私は驚きと、照れと、腹立ちで…下を向き、手を振り回した。実に忙しい…。
「パッ…パパッ。き…清美ッ。泡っ!泡と水が飛んで来るってッ!」
桃の叫び声に、ハッとして、見ると…
桃の頭の上や顔から、服にまで泡が飛び散り…。
びしょ濡れになっていた…。
「ええーっ!どうしたのッ?桃!」
「ええー…。どうしたのって…ブッハハッ。清美ーッ。お前がやったんだろ?手を見てよッ。」
桃に言われ…初めて、気が付いた…。
「ああー。ご…ゴメンッ。だってーッ。いきなり立ってるからさーっ。2階に行ったんじゃないのッ。勝手にキスだけしてッ!」
私は焦りから、怒鳴って言った。
「キ…キスした。言うなよーッ。は…恥ずかしがるだろっ!俺。」
「ブッ恥ずかしがるだろっ!って…ハハッ。言い回しが変だよ。作家先生っ!ハハッ。」
「ビールをねッ!ビールを取りに来たんだよッ!2階の冷蔵庫にストック無かったからさっ!」
桃がもう、風呂上がりかと思う様な顔で怒鳴る。
「ああ、調度、良かった。カラスミってこのままかじるの?調理するの?」
「いや…。塩分が結構有るからね。そのままはかじらないな。薄くスライスして食べるんだけど…。大根のスライスに挟むとか…。じゃあさ、スライスしたのを一枚食べてみて清美がアレンジしなよ。」
やっと普通に?戻って桃が答えた。
「そっか…了解。ねえ、桃、濡れたから先にお風呂入っても良いよ?」
「ええー。一人でぇ?いやいや、違うよ!清美とお話ししながら入るんじゃないの?って意味だよ。だって…又、色々考え出したら嫌じゃん?」
「ああ、そっか…。じゃあ、急ぐから。待っていようね。もう直ぐだよ。」
「うん。こっちの生ハムとか、運んでおくね。なんかさ、2階でって…又、新鮮で楽しいねっ。清美。」
「私、初めてだもん!楽しみッ。自分の準備もしてから、直ぐ行く。」
私はカラスミをスライスして、一枚、食べた。
「ヘーッ。旨っ。じゃあ…」
と、先ずは…桃が言った大根のスライスに挟んだ物を作り。
余りをジャガイモの千切りと炒めた物にチーズを絡めて、焼いた。
朝の準備も終わり、カラスミの料理と先日、デパ地下で買ったラスクなどを持ち、2階に上がる。
「桃、開けて。運んで来たよ。」
「はーい。どうじょ。」
桃がドアを開く。
「私、支度を取りに行くから…先に入ってたら?直ぐに来るよ?」
「でも…。清美が先に入りなよ。乳白色の入浴剤にしたから見えないよ。清美がお風呂の中に入ってから、俺が使い方を説明しなきゃ。」
「ああ、そうか…。了解。直ぐに来る。」
私は走って支度を取りに行き、2階に戻った。
「じゃあ、入ったら声を掛けるからね。」
広い豪華な脱衣所で、服を脱ぎ、お風呂に入った。丸い形の大きな浴槽に静かに入り…
「ワーッ!凄いなー。これだけで充分、贅沢だ…。」
私はお風呂の広さに感動し…。あっ。呼ばなきゃ。
「桃ーッ。入ったよ。どうじょ。」
声を掛けた。
「は…はいっ。」 返事の声が裏返る…。
「ハハハッ。桃、笑える。」 
ガチャッ。ドアが少し開き…
「い…良い?清美。入るよー。」
恐る恐る…桃が入って来る。
「これだけで充分、贅沢だけどね?ハハッ。」
「ハハ…。え…えっと、これがテレビね。」
ザブン…。私は手を伸ばし…
「これ?」 と、テレビを付けた。
「ウワーッ。」 桃が叫んで…
「ええーっ?何ッ!」
「だって…清美が動くから…。」
「いや…。動かなきゃ、操作、出来ないし。」
「ハハ…。そ…そうだね。でね。こっちがジャグジーで…、こうやってね…。」
「ウワーッ!」 私が叫んだ。
「ええーっ!な…何ッ!清美ッ。」
「だって。いきなり、お尻にブクブクって…」
「いや…。ジャグジーだからさ…ブクブクなるよ。」
「あ…ああ、びっくりした…。」 
「こっちがびっくりだよ…。で…、こっちが…。清美、良い?横からシューッとなる、驚かないでよ。ほれ。で、押すと段々ね…」 桃は予告をした。
「ハハハッ。桃。ハハッ。」
「ええーっ!なっ…」 
「ハハッ。桃、くすぐったいッ!ハハッ。」
私はゲラゲラと笑った。
「ブッハハッ。清美ッ。もーっ!驚かさないでよ。ハハッ。くすぐったいの?」
シューッが止まった。
「ああ…。桃、ジャグジーって、恐ろしいね?」
「ハハッ。ウケるっ!何さ、恐ろしいって。」
「ああっ!」
「ワーッ!だからっ!今度は…?…。え…。」
私は、唖然と…テレビを見つめた…。
桃が私の視線を辿り…テレビを振り返る。
「ああっ!清美だっ!」
テレビには…パーティーの時の写真がどアップで写し出され…
桃が甘えた笑顔でスプーンを手に、私にケーキを「あーん。」してる様子が写し出されている。
「ゲー…。私、間抜けな顔してる…。もう少し、良い写真無かったかね…?桃は良い笑顔…。」
私は自分の写真写りにウンザリして、呟いた。
と、今日の映像が写し出され…
「ああ、私も、一言だけ…」
と、手を腰に喋る自分の姿を唖然として見ていた。
桃も、驚きの余り…風呂に身を乗り出して、一心にテレビを見つめていた。
「授賞式のパーティーで、高級ブランドの最新ドレスに全身を包み。桃山先生に同伴され、先生の婚約者か…?どちらかのご令嬢なのか?と囁かれていた。ハウスキーパーさんは一転、エプロン姿で取材人に対し記事をこの様に否定。家の中に戻られた模様です。一体…。何者…」
「あっ。ヤバっ…あ…。アアーッ!」
ザブンッ!桃は手を滑らせ浴槽に頭から真っ逆さまに突っ込んだ!
「キャーッ!も…桃ッ!大丈夫ッ!桃ッ!」
私は慌てて、抱き起こす。
「ゲッゲホッゲホ…。あっ。飲んじゃった…。鼻、痛い…。ウ…ウワーッ!ゴメンッ。清美ッ。ゲホッゲホッ。」
全身ずぶ濡れになり、慌てて後を向き…。むせ込みながら、桃が叫ぶ。
「フッ…ハハハッ。桃…。ハハッ。大丈夫…?ハハッ。駄目だーッ。ハハハッ。可笑しい。」
私は…壊れ…?笑い出してしまった。
「ちょっ…ちょっと、テレビッ!ゲホッ。」
桃はむせながら、テレビを気にして…。
「いや…。桃山先生の事を「桃。」って呼んでますよねー?もしや、御親戚の方…?」
テレビの司会者の男性は、首を傾げる…
「いやいや、私、親戚と違うし。」 私は突っ込む。
「親戚の方に…ケーキを「あーん。」しますかね…?しませんよ。しかも、先生の表情は…。」
アナウンサーの女性が、首を傾げる。
「ゲホッ。そうだよ、親戚にはしねぇーだろう。ゲホ…。したら問題だよ。」
桃もテレビに向かって同調する。
いやいや、テレビの解説より…。風呂の中の状況に問題が有るだろう…?
私は大笑いのせいで、我に返り…思う。
「雑誌は間違いの様ですね…。普段からミステリアスな桃山未来の謎は深まるばかりです。さて、次の話題は…」
話題が切り替わり。桃が、そっと振り返り…
「ゲッ。偉い事になってるね…。清美。ゲホッ。」
と、言い…
「いや…桃。時に、君自身の方が、偉い事になってるよ。ハハッ。ねえ、私、開き直った!服を脱ぎなよ。こうなりゃ、二人で入っちゃうしかないって。桃も、心の準備なんて言ってないで、開き直りなさい。ねっ?」
私はまだむせている桃に言った。
「ええーっ!でも…俺はね。清美とキチンと話し合ってから…」
「ああー。ウルサいッ!話してる暇が無いっ。私、もう。のぼせそうなのッ!早く脱いでッ!」
私はプチプチ言う桃のティーシャツをまくり上げ、怒鳴る。
「ギャーッ!清美!ゲホッ。す…スケベーッ。」
「スケベッ?ハハハッ。ちょっと、女かよッ!早くしないと…、裸で伸びた私を風呂から運び出す羽目に合うからねッ!クラクラしてきた…。」
真っ赤な顔で頭を振る。
「は…はいっ。脱ぎます!」
焦った桃は服を脱いだ…。
「じゃあ、私、先に洗うから。脱いで、そこに固めておく事。」
ザッバンッ。私は思い切り良く…?風呂を出た。
「ワーッ!き…」
まだ、ギャーギャー言いそうな桃を睨み…。
「桃ッ!ウルサいよッ!」
ボディーソープを泡立て、知らん顔でガシガシと、躰を洗い出す。
「ケホッ…。」
桃が大人しくなり…まだ、少しむせている。
流しながら、静けさに、振り返り…
「桃。大丈夫なの?気持ち悪くない?…って。こらーッ!桃ッ、人をガン見しないッ!」 
又、怒鳴る。
「は…はいっ。って…そんなの無理だよ…清美。普通は見たいだろ?いや、見ちゃうだろ?」
「…。だろ?じゃないのッ。わ…私だってねー、覚悟が出来る前に、こんな事態になっちっちまって…。て…照れてるんだからっ!ガン見されたら、私が…恥ずかしがるだろっ!やめれってばっ。」
「ハハッ。恥ずかしがるだろっ!って。俺のマネだね?清美ッ。はぁ…。綺麗だねぇ…。」
「ば…馬鹿な事、言ってないで。ハイッ。桃の番だよっ!私も、じーっと、見てやるからっ。」
私はシャワーで流しながら言ってやった。
「ああ…。ゴメンッ。もう、見ないからッ!清美も見ないでしょ?ねっ。駄目だよ?」
桃は慌てて、後を向いた。
「手遅れだよ。桃君。さあ、上がりたまえ。はっはっはー。」
桃を脅して仕返しをした。
「清美の意地悪ッ!ジャグジー、最強にしてくれるわッ!馬鹿ッ!」
桃は首まで赤くなりながら、渋々と、あがった…
ともかく、無駄に純情な男なのだ…。
「ああ…。気持ち良い。私、慣れてきた。桃、これは気持ち良いね…。」
交代して、浴槽に入った私は、やっとジャグジーを堪能しながら言う。
完璧に背中を向け…気なし、小さくなりながら、慌てて躰を洗う桃だったが…。私の呑気な言葉に…
「ハハ…。もう、くすぐったくない?自分で調整してね。ねえ、清美。楽しい?」
と、泡だらけの頭で振り向き…。又、楽しい確認をした。
「楽しいね。愉快だよ。今日は色々有り過ぎた。挙げ句に…今、この始末だよ?何故か、二人でお風呂に入ってる。愉快だよ。ああ、桃、入って。」
流し終えた桃に言い…
「ハハッ。清美。この始末って…。」
桃が浴槽に入り…
「桃は?楽しい?」
訊き、私は…薄ピンクの頬でニッコニコ顔の桃を見て。訊くまでも無かった…。と、思った。
「うんっ。俺、楽しいッ!ああ…。そうだ…他のチャンネルッ!」
桃は思い出し、慌ててチャンネルを変えた…。
「うわ…。やってるね…。ハハッ。清美、可愛い!」
バックに…私がチョコレートタワーの前で調度、大口を開け…食べようとしている所を桃が笑顔で見ている写真が写し出されている。
「ちょっ…何で!人が食べてる所ばっかりっ!ああっ。桃、下に書き込みが出てるよ。」
「へ…。本当だ。」
コメンテーターが…
「アクセントカラーをお揃いの色にしてますね…」
解説している下に…
視聴者からの書き込みが流れている。
私も、桃のおかげで援交やめた。雑誌、許せない!
DV彼氏と別れた。桃がおかしいって言ってくれたから。雑誌の事、許さないっ。
俺、優しくなれた。桃みたいになりたかったから。確認不足な情報をながすなっ!
両親の有難みを桃から教えて貰った。話しをしたヤツ、出てこいっ!
私も現場で叫びたかった!今、生きてて良かった。桃、有り難う。
あの作品を描く桃山先生が、雑誌の様な人である訳が無い。あなた方は、先生の作品を読んだ事が御座いますか?
桃山先生、応援してます。くだらない雑誌に負けないで!次回作、超楽しみッ!
まだまだ…流れ続ける沢山の励ましや感謝の言葉…
私は、桃を心から自慢に思った。
「先程から、凄い量の書き込みがきています。しかし…。どれだけ多くの若者が「桃」に救われてきたのでしょうね?現代社会における…」
桃は、微笑みながら書き込みを目で追っていた…
私は…。
「グハッ!見たいのに、限界っ!先に上がるね。ごゆっくり。」
ザバンッ。と、立ち上がり…些か、湯あたり気味で、脱衣所に出る。
直前にクルリと振り向くと…。桃と目が合う、パッとテレビを見た桃に…
「こらーッ!」 と、怒鳴る。
「て…テレビを見てたもん。俺。」
又、もん。だよ…。
首を振りながら…着替えを終え、部屋に向かった。
100インチらしいテレビをつけ、ソファーに寄り掛かる。
飽きもせず、色々な番組で桃の話題が取り上げられている。
それにしても、あんな写真ばっかり…。いやいや、そうじゃなくてっ。あんな雑誌のデマから、パーティーの事になり、話しが大きくなってる事に驚く…
桃のレア度?と、知名度に改めて驚かされていた。
口を揃えて、メディアでお目に掛かるのは、何年ぶりですかね…?と、言っている。
下世話な番組では…私のトータルコーディネートが幾らか?などの話しも出ていた。
勿論。桃が私に合わせた、ポケットチーフが話題に上がる。
「偶然は有り得ないでしょう?桃山先生が合わせたのでしょうか?」
司会者が言う。
「そうですよー。桃がマネしたんですー。べーッ。」
私はテレビに向かい、舌を出し言ってやった。
「ハハッ。何やってるの?ハハッ。お待たせ。清美ッ。ああ、喉渇いたーッ。ビール、ビール!はい。清美もどうじょ。」
桃がビールを配り、私の隣に腰をおろした。
「乾杯ッ!」 ビールを合わせ、一気に飲む。
「テレビまだ、やってるの?清美。嫌だったら、ゴメンね。すっかり、時の人になっちゃってさ。」
桃がテレビを気にしているのは、自分がどう言われているか?ではなく、私の事で何か、失礼な事を言うのではないかと気にしてくれているのだと解っていた。
マスコミを信じ切っていない桃らしい気遣いだ…
私は…
「桃、私の事なら気にしなくて大丈夫だよ。例え、マスコミに何を言われても、全然、気にもならないから。前にも言ったけど、桃が思う以上に強いからね。私は。」
桃が気にしない様に言っておいた。
「違う。違うんだよ。清美。例え、清美が気にしなくても、俺が嫌なんだ。俺のせいで、清美が悪く言われたり、酷い目に合わされるのだけは、どうしても許せないんだよ。」
桃は顰めっ面で言った。
「はい。解った!消そう。私と桃が知らなきゃ無い事と同じじゃん?今日だって…。瀬川さんが来なきゃ、雑誌の事も知らなかった。マスコミが押し寄せるまで、二人でイチャイチャと、お茶してたよ。」
私はテレビを消して、肩を竦めた。
「ハハッ。イチャイチャしてたの?ハハッ。」
桃がやっと、笑う。
「そうだよー。桃と私の普段の会話なんか…恥ずかしくて、とても人には聞かせられないよ。桃のデレ加減が酷くてね…。ハハハッ。」
私は冷えたビールが通る喉の心地よさに、酔い加減で言った。
「だって…。こんなに人に執着した事が無いからさ。自分の動向が面白くて仕方ないんだよ。俺。」
「解る!私は…自分がむず痒い感じだけどね。それがやっぱり、面白い。ハハッ。」
桃は水の様にビールを飲み、早くも2本目を持ち出した。
「清美。これ、美味しいね?カラスミって…チーズに合うんだねー。」
「ああ、良かった。使い慣れない高級食材に少し、戸惑った。ハハッ。」
カラスミ大根を一口かじり言い…。
「んん。食感が良いね!この組み合わせ。」
「どれ?」
桃が私の口に残こるスライスに顔を寄せ…。
キスをしながらかじった。実に器用だ。
いやいや!そうじゃなくて…私は驚かされ、目を丸くした。
「ん…んん。ほ…本当に、お…美味しいね。」
熟れたトマトの様な顔で、桃が言う。
そこまで、照れるならしなきゃ良いのに…プッ。
私は口に残る大根をかじり。やたらと、ビールを煽る桃の口を見ていたが…
突然、気持ちが突き動かされた。
「解らなかった…。」
「えっ…?」
「良く、解らなかったよ。」
と、桃の唇に…顔を寄せ、キスをしていた。
微かに苦いビールの味がする。
呆然としている桃に…
「うん。桃。良く解かったよ。ファーストキスが甘酸っぱい味ってのは、あれ嘘だね。その時に飲んだり、食べたりしていた物の味だ。私のファーストキスは、ビール味。現実なんて…。そんなもんだよねっ!ハハハッ。」
私は言い、ビールを飲んで…落ち着いた。
「ねっ?も…」
桃が喋る私の唇にキスをする…。
長く…。ほろ苦いのに溶ける程に甘いキスを…。
「俺のファーストキス。琥珀が躰を染めて…甘い痺れが、時計の針を止めてしまう。現実と幻の狭間に迷い込んでしまった様な味のキスだった。」
桃が囁いた。
「現実と幻の狭間…?素敵な時間だね…。未来の世界だ…。そんなキスを貰えた私は幸せ者だな。」
「清美。俺…」
「んっ?待って…。ファーストキス?えッ。桃、ファーストキスなの?そんななのに?」
私は、言葉を思い出し…突っ込む。
「なっ…。そんななのに?って何ッ!ファーストキスじゃ問題でもッ?」 桃が真っ赤になり怒る。
「いや…。だって、面接の時ここに来て、いきなりキスシーンを見せられてるし…ねぇ?」
イヤラシい横目で見て、言った。
「だーッ。あれは…、ほっぺに挨拶のキスだろっ!」
目を白黒させ動揺しだした。
「だーッ?挨拶の…?え?桃、外人さんなの?」
「本国の人だよッ。だって、向こうが勝手にしてくるキスはノーカンなんだよ!俺がしたくてするキスがファーストキスなのッ。」
真っ赤なままで、余りの力説に振り回した手でビールを倒し…
「わああーっ。」 青くなった。
色んな色に変わる男だ…。じゃなくてっ!
「あーあーッ!私、雑巾持って来るからっ!」
ムードも何も有ったもんじゃ無い。
部屋に戻り、ビールを拭き取りながら…。
「意外。嬉しい意外だけどね。決して私は、桃が遊びで誰とでも…って考えたんじゃないけど、普通にモテるから、キスもしてると思ってた。」
桃も手伝いながら…
「特別な人は作らない。付き合った事が無いって言っただろ?俺はねぇ、特別じゃなきゃそんな事はしないって決めてるのっ。今だって、キスをしたら、清美を抱きたいって思っちゃったからね、ちゃんと、プロポーズし…。あっ。」
桃が口を押さえ…
「しまった…。」 呟いた様だが…
あんぐりと口を開け…。目も開け…鼻の穴も開け…いや、それは元からだ…。
他に開ける所が無い位に、色々と開けた私だが…。
息は止めていたらしく…
「クッ…プハーハーッ。こ…殺す気?ハーハーッ。」
ゼイゼイと息をして…。
「いや、こっちが、死にてぇ…。色々なシチュエーションや、色々な言葉を…作家のプライド…?か?未来を好きな、清美の為に考えていたんだ…。ビールを拭きながら雑巾片手に、言うシチュエーションは、その中には無い…。」
二人は、雑巾を手に…。四つん這い状態で固まり…見つめ合っていた。
フッと私は目を反らし…。
「今さ、桃。何か言った?ちょっと、私…。聞こえなかった。」
セッセとラグを拭く。
「いや…。何も言ってないよ。」
桃もセッセと拭いて…。無言で作業を続けたが…。
「いやいや…。無理だろうッ。ハハハッ。」
桃は雑巾を床に投げた。
「だよね。ハハハッ。」
余りの白々しさに、私も笑う。
「ぶっちゃけ、俺にとっては笑い事じゃないんだけどね。もーっ。水族館とかさ、スカイツリーとか、せめてッ。夜景の見えるレストラン?ああ。もう、ベッドの中か、さっき一緒に風呂に入ってる時の方が、まだマシだったよー!自分で溢してなんだけどさーッ。ビール拭きながらって…。どーよ?もーッ。俺と結婚してよ。清美。」
ヤケクソ気味に桃が言った!
「ブッハハハッ。私はね。こんなシチュエーションが良いな。だって、綺麗な言葉なら普段から沢山貰ってる。素敵な景色は、これから桃と二人で景色や風景だけに集中して見たい。美味しい料理の最中も、勘弁だよ。味が解らなくなって…、シェフに失礼だもん。だから、こんなハプニング中が一番。「はい」って、答えやすいよ。しかもっ!照れないでね。どーよ?ハハハッ。」
とは言え、私は少々照れて…。ラグの毛が心配な程、ゴシゴシしながら!言った。
「はいッ?…ハイ?」
「いや…。桃。語尾は上がらない。「イエス」だよっ!あのさーッ。プロポーズの返事を聞き返さないでよねっ!恥ずかしがるだろ?私ッ。ああ…。桃、それは…。」
見ると、桃が拾った雑巾で額を拭いていた…。
「ああ…。アーッ。雑巾…だ。」
やっと、自分の行動に気が付いた様だ。
「ハハハッ。カイカイになるよー?もう、拭き終わるから、顔を洗ってきなよ。」
「そうだね…。顔をね…。洗った方が良さそうだ…」
ユラユラと、バスルームに向かって行った。
私は桃が居なくなった部屋で、改めて思い返し…。
「ウェ…。マジか…?ええ…。マジだ。」
訳の解らないうめき声を、小声であげ…。
心臓の音を確かめたり…。
意味も無く、髪型を直したりしてみた。
グゥーッ…。こ…こんな時に腹が減るんかいッ!
いやいや…。緊張感からの…気のせいだな?
グゥーッ。減るんだ。はいはい。
自分に呆れつつ、私は雑巾を手にバスルームに向かい…。
「ねえ?桃。」
鏡の前に立ち尽くす桃に声を掛けた…。
「桃…。何?自分の顔に見とれてたの?」 言った。
「な…っ。違うよ!今、夢じゃないかって…。」
グゥゥーッ。え?えっ?どっち?私?いや…。
「あっ。こんな時に…。ハハ…。」
桃が自分のお腹を抑える。
「ハハッ。私もッ。私も今、お腹がなってね。こんな時に…。って自分で呆れてた!桃と一緒だ。」
自分の腹じゃない事に安心して、笑う。
「ハハッ。一緒?良かった。緊張感無いヤツとか、思われたかと…。清美。腹減ったーッ。ハハッ。」
桃も安心した様に笑い言う。
「私も、腹減ったーッ。オツマミじゃあ…足りないねっ。ねえ、さっきのすき焼きの余りでうどんを作るよ!御飯食べたから、「〆のうどん」とやらを食べなかったじゃん?卵とじで、どーよ?」
私は提案中にも又、お腹が鳴った。
「ハハッ。本当だ。清美も鳴った!うどん、良いねーッ。ネギやお肉も又、足して。ガッツリ食べるよ!俺。」
「じゃあ、作ってくるからね。」
「清美と一緒に行くんだ。俺。作るの見てる。」
私はそれも楽しいな。などと思ったが…
「ええー?別に良いよ。ついて来てもッ。」
何故か…突然、ツンデレ?た。
二人で又、バシバシと叩き合い。イチャつきながら1階に下り…。
チャッチャとうどんを作った。
「はい。出来た。旨そうッ。ハハッ。自画自賛!」
「早っ。清美は…マジで手早だよね?お見事…。」
「あの…。うどんを入れて卵でとじただけですが…」
私はうどんを運び…照れじゃなく、本当に呆れた。
「それでも、モタモタするもんだよ。清美は、全ての作業が早いよ。」
階段を上がりながら桃が言う。
「ああ…。テンポは有るかも?例えば、このうどんは、さっき話している時に頭に作業をイメージしてた…。それがね、出来る時と出来ない日は有る。出来ない日は、最悪。嫌になる程、作業も遅いんだよ。乗らないってヤツ?」
桃がドアを開けてくれ、テーブルに配った。
「ああ、濡れてる所。除けてね。」
「じゃあ…。」
と、桃がビッタリ私にくっ付く。
見ると…ニッコンニッコン満面の笑みだ。
「…。熱いから、お互いの肘、気を付けて食べるようね…。」 ぼそりと言う。
「うんっ。頂きまーす!フーフー…だね?清美。」
「ハハッ。そうだよー。フーフーね。」
二人でハフハフと、ボリュームたっぷりのうどんをすする。
「フーフー。さっきの清美の話し、良く解る。同感だよ。構想が走る時はね、ペン…?まあ、パソコンだけどさ…作業も走る。でも、止まったら最後、全っ然、出て来ないし…手も止まる。そんな時に描かなきゃいけない事も、稀に有るけど…。進まないよーッ。驚く位にね。」
桃がうどんをすすり…続ける。
「だから、乗らない時は出来るだけ仕事は止め。さっき…プロポーズにO.K.貰ったから、言わないとって思ってた。構想が走り出すと、作業部屋から出られない時も有るんだ。それこそ、何時間も何日もって事も有る。そーなった時はゴメンね。」
私もフーフーとうどんを食べ…
「何?ゴメンね。って。そんなの当然だし…。部屋に桃が籠もったら、逆に。ああ…。未来の世界が生まれているんだな。ってワクワクするよ。でも、御飯は?今から訊いておきたい。」
と、訊いた。
「基本…。俺が下にいく時、以外は何も要らない。後は…携帯で頼むかも…。」
「了解。その時は、私も未来の世界に行ってるよ。楽しみにページをめくってる。私、同じ世界に居るからね。桃。」
「ああ…。俺、毎日が幸せ過ぎて。描けないかも。」
「ええーッ!じゃあ結婚を止めるッ。嫌だもん。」
「ええーッ!描けます。描きます。描かせて頂きます!だから…結婚するよね。清美?」
桃が焦って言う。
「ハハハッ。するよ。する。結婚したい。ああ…。これで二つだよ。」
フーフーしながら桃が…
「二つ?って何が?」 訊いた。
「ハハ…。私の田中って名字は、園長先生の名字なの。なんか…。人からの借り物みたいに感じててね。前に桃が人の家に居るみたいって言ったのと、同じ感覚かな?でも、結婚したら、私の…。本当に私の名字が出来るでしょ?あっ。もう、桃って呼ぶの変だよね?私も。桃になるじゃん。ハハッ。」
私は話し…
「新しい誕生日。新しい名前。二つもだ…。幾ら稼いでも、お金で売って無い…。欲しかった物を二つも、桃が私にくれたんだよ。」
と、微笑み言った。
「いや、清美、忘れてる。もう一つ…。お金で買えない、凄い物を俺達は手に入れる。「家族」だよ。」
桃が…。キラキラした目で微笑んだ。
「ああ…。そうか…家族になるんだったね。ハハ。家族だって…。凄いや。」
私の目は又、涙脆さを発揮してウルウルした。
「凄いよね。多分、お互いに。もう、一生…。持てないと諦めた物だったのにな。」
桃も、しんみりとして…言った。
「ママがね。私に言ったの、桃と私は…。お互いの寂しさを埋め合う関係なのかもしれない。だけどね、人生にはそれも有りなのよ。って…。桃がこっちの世界に来いって言った時。ああ、有りなんだな。って、そう思えたから、私は返事が出来た。」
私は泣く寸前で立ち直り?ママの言葉を伝えた…。
「あの人って…。人の事ばかりを考えて生きてるよね。いや…。違うか?人の痛みを解っちゃうんだな。しかも、闇方面?が特にね…。これって、意外とキツい。でも、俺達はママに感謝だな。家族になれるから。」
桃は、食べ終わった食器を重ね…
「だから、明日もラブで清美に頑張って貰わないといけない。もう、寝ようか?家族、二人でね。」
と、言った。
「うんっ。桃は…。売り上げ貢献だね。ハハッ。」
私はリアルな事を言った。
「全くだ。参るね。ハハッ。片付けよう。手伝う。」
二人で1階に食器を下げ…。
寝る準備を終えて、私の大きなベッドのまだ、2倍近いと思える。ベッドに入った。
少々、緊張気味の私に…
「清美…。俺は正式に婚姻届を出すまで、手は出さないからね。キ…キスはしちゃったけどさ…。安心して、ゆっくり寝てね。」
桃が又、見掛けからは想像がつかない、律儀な?事を赤い顔で言い出す。
「ハハッ。手は出さないって…。なんだか、付き合いに関しては、ボキャブラがいきなり…リアルだよね?桃って。「触れない。」とか、未来なら言いそうですがね。ハハッ。」
私は笑い、緊張が解れた。
「ハハッ。そうだね!自分でも…。一杯一杯でさ。後で、思い出しては…。ああ、あそこは、ああ言うべきだった!とか…。しょっちゅう、頭を掻きむしるんだよ。ハハッ。」
桃も笑い出す。
「要らない。そのリアルが、私に現実を伝えてくれるから。未来の言葉は…小説と区別が出来なくて又、不安になるよ?私も…。一杯一杯だからさ。ハハッ。お休み。桃。」
私は桃の唇に触れた。
「ガーッ!キツっ。いやいや。お休み。清美…。」
桃は、もがいた?後、私にキスを返した。

夕方、買い出しを済ませ、ラブに出勤した。
出掛けに桃は…
「ママにお礼も言いたいし、後で顔を出すからね。いってらっしゃい。清美。」
と、甘いキスで送り出してくれた。
ニヤニヤと歩き、ラブの前まで来て…何か、違和感を覚える。
「あれ…?まだ、看板が出て無い…。」
普段は、開店前に点灯していない看板を店の外にママが出して置くのにな…?
「お早う御座います…。」
一応、そっと言い、店に入った。
見た事の無い、高齢の婦人とママが向き合って座っていた。
え…?と…。
「清美。こっち…。」
抑えた、明美さんの声が聞こえ。一番、奥の席から、明美さんと真紀さんが手招きをする。
私は一応、軽く頭を下げて、奥に小走りで行く。
真紀さんが直ぐに、唇に手を当て…。「しぃー。」
と、無言で私に示した。
私は只、頷き、二人の隣に腰を下ろした。
私達からは、婦人の後ろ姿と…。哀しげなママの顔が見えていた。
「貴方がッ、身を引いてくだされば…」
婦人の怒りに満ちた声がして…
カランカランッ。勢い良く、店のドアが開く。
「こんな事だろうと思ったんだっ!帰れッ!帰ってくれっ!俺の気持ちは絶対に変わらないよ。母さんが何を言ってもねっ!彼女をこれ以上、傷付けるのなら、俺は母さんを許さない!」
怒鳴り声を上げ…男の人が入って来た…。
「い…勇さん。落ち着いて…。」
ママが慌てて立ち上がり、勇さん?を制した。
「な…。貴方が居るせいよっ!前の勇はこんな子じゃなかったわ。ああ…ああ…。」
わめき…。婦人は泣き出した…。
「スミマセン…。取り敢えず。勇さん、座って。」
勇さんはママの横に渋々と腰を落とし…
「勇ッ。こっちに来なさいッ!イヤラシいッ!吐き気がするわッ!」
まだ、泣きながら婦人がわめく…。
こっちが…吐き気を催すわッ!私は、カチン。カチン来ていたが…。無表情でいた。
「はあー。母さん。俺はねッ。」
カランコロン…。ドアが又、開き。
「おーい。ママーッ。ボケたの?看板が出て無いじょー。え…?」
チャラ男のお出ましだ…。慌てて私は立ち上がり、桃に、「しぃー。」と示し、手招きをした。
桃は…、一瞬の間の後、真顔で奥に来た。
私の横に座り…。様子を見守る。
「…。母さん。俺はね。幾ら母さんが彼女を傷付け様とも、変われないんだよ。俺は、女を愛せない。いや、彼女以外は、愛せないんだ。」
勇さんは言い含める様に話すが…。
「止めてッ!止めて頂戴。聞きたくも無い!吐き気がするって言ってるでしょ!ああ…、一人息子を何で、こんなお化けみたいな人に取られるなんてッ!お父さんが具合悪くなったのも、全部、貴方のせいよっ!ああ…。」
勇さんが何かを言えば言う程、泣き叫び…
ママに罵声を浴びせる。
ママは…只、哀しそうに俯いていた…。
「いい加減にしろよっ!親父の具合が悪いのは、病気のせいだ。誰のせいでも無いだろっ!母さんがそうやって彼女を傷付けるからさッ、俺は…。親子の縁を切るって彼女に言ったんだよッ。」
勇さんが興奮して言い…。ママが肩に手を置く。
一つ、大きな溜息をつき、ママに向い、頷き…。
「そう言った俺に、彼女は…。冗談じゃないわ。だったら私、別れるわよ。自分の両親を捨てる人なんか好きになった覚えは無いもの。って言ったんだぞ。クッソーッ。」
勇さんも泣きながら…
「親父が病気だって話したら、俺は何も言って無いのに。いつでも、お店は辞めるからね。って。自分が俺の親の面倒をみるって事が…。どれだけ、母さんからこうして、罵声を浴びせられるかを解ってても、躊躇、無しに言ってくれたんだよ。」
独白の様に勇さんは話し続けていたが…。
「じょっ…冗談じゃないわっ。こんなのに、みて貰ったらお父さんの具合が悪化しますよッ。私だって、死にかけても世話になんかなるもんですか!一人で死んだ方がマシよッ。ねえ、勇ッ。目を覚ましなさいッ。隣の奥様がお見合いの話しを持って来てくれたのよ。どんな腐った女でも、この化け物より良いわよっ!」
ババアは…失礼。婦人は、まるで聞く耳を持たず…口汚くママを罵り、バックから、お見合い写真を取り出そうとした。
「母さんッ!俺は…」
「ハハハッ。馬っ鹿らしい。いつまで続くの?この幸せそうな親子喧嘩。」
桃が突然、笑い出す。
全員が驚き、固まった。
いち早く、ママが…
「桃、今は…口を出さないで頂戴。お願いよ。」
桃を制した。
「嫌だ、お断り。俺は、他人の口出しする問題じゃ無い事だって、100も承知で言ってるんだよ。俺、客だからママより偉いし。おばちゃんの耳が腐りそうな汚い言葉も、もう沢山だ。」
私達ブレーンは、ブンブンと頷く。
「あのね。親子喧嘩が出来るのは凄ーい、幸せなんだよ。親が居なくなりゃ、喧嘩も出来やしない。おばちゃんさー。旦那が入院して、ウチに一人で寂しいから、勇さんに戻って欲しくなったんだろ?」
今度は、私だけが強く頷く。
「一人は、本当に寂しいよな?俺も解るよ。死にかけても世話にならないって?今でさえ、寂しいのにさ、具合でも悪くなってみろよ。痛いよー。喉が渇いたよー。一人で言ってみても、答える人も、労ってくれる人も居ないんだぜ。部屋に一人だもん。」
桃が首を振る。
「け…結構よ…。一体、チャラチャラした格好で何よ、貴方も、化け物の仲間?」
バ…婦人が汚い物を見るように桃を見て、訊く。
「勇さんには悪いけど、このおばちゃんには、こう言った自己紹介が適してるかな?俺はね。年間、億の金を稼いでる。作家先生だよん。あのさ、おばちゃんは勘違いしてるけど、女の嫁が来れば幸せだと思ったら大間違いだよ。おばちゃんみたいなタイプは凄い、いじめられるよー。」
桃は、ママ達の居るテーブルの隣のテーブルに腰を下ろした。
「勇さんも嫁の言いなり。おばちゃんは、旦那の看病をしながら、疲れ果てて家に帰っても、居る場所も無く。小ーさくなってるんだ。嫌だよねー。」
桃の言葉に段々、小さな返事になりつつも…
「結構よぉ…。」 まだ、おばちゃんは言う。
「ところがだッ!ママが嫁なら大丈夫。ママはね。勇さんと一緒に居られる事以外には、何一つ、望みやしない。ましてや、その事をご両親に、心からすまなく思ってるんだよ。だから、おばちゃんは旦那の看病に行っても、洗濯物を持って帰り、「お願いね。」とママに渡すだけ、家の中でも、「ちょっと、お茶頂戴。」「私、御飯は和食が良いわ。」それこそ、威張り放題だよ。」
話す、桃に注意が集中する中を、私達もジワジワとすり足で近くに寄って行った。
「何故なら。勇さんが大切に思う人を、ママは心から幸せにしたい。と、望む人だからだ。勇さんも、他の家庭の様に、尻に敷かれる事も無く。大好きな人と大好きなご両親と、前の様にニコニコ笑って、笑顔で生活が出来るよ。おばちゃんは、他の人より、ラッキーな人なんだよ?」
遂に、私達は桃が座るテーブルの席についた。
「おばちゃん…。勇さんは真剣だよ。本当に居なくなっちゃうよ。もう1回だけ言う。親子喧嘩が出来るウチが幸せなんだ。俺なんか、もう出来ない。」
私は思わず、立ち上がり…。
「そうよっ!私なんか、初めから親が居ないんだからねっ。親子喧嘩も出来ない。一人で死んだ方がマシ?そんな、バチ当たりな事が言えるのは。息子が居るからだ。本当に一人になったら、言う相手さえ居ないんだからねッ。お…おたんこなすッ!」
言い過ぎ感の有る、口を挟んでいた。
「ブッ。清美。おたんこなすは…言い過ぎだし、今時、言わない。ハハッ。あのさ、ママッ?ママもママだよッ。何、小さくなってるの?人生最愛の人と別れるかどうかの瀬戸際なんだよ?もっと、必死になれよ!いつまで、すまない。って気持ちだけで居るつもりなの?伝わらない。それじゃあ、強い気持ちは伝わらないよ。私が絶対に、家族の皆を幸せにしてやる。って胸を張って、言い切れよッ!」
明美さんが立ち上がり…。
「そうよッ!今のママは情けない。勇さんと別れたくない強い気持ちが有るのなら、もっと、醜態をさらしなさいよ!この悪態だらけのおばちゃんに、嫌がられようとも、あなたとも一生一緒に居ます。って言ってあげなさいよ!」
言って…腰を下ろした。
「勇さん、あなたも駄目。ママは正しいよ。ご両親と縁を切って、本当に二人が幸せになれると思うの?「ノー」だよね?ずーっと、二人の心にはご両親の事が引っ掛かるに決まってる。ましてや、一人しかいない息子なんだからね。逃げるなよ。ママを幸せにしたいんだろ?だったら、ご両親の前でママが微笑んで居られる努力を、諦めるなッ。」
順番通り…?真紀さんが立ち上がる。
「そうよッ!私なんか、両親と笑って居られるまでに何年も説得したわ。勇さんさー、言いたかないけどね。このおばちゃんが当たり前なのよ。おばちゃんの反応が当たり前ッ。でも、私達は…当たり前じゃなかったんだから。嫌われても、なじられても、解って貰うまで、必死に説得するしかないのよ。笑い合えるまで、何百回でもねッ!」
言い、座る。
口を出すなと言ったママや、当事者の勇さん、お母さんは…。外野勢に押され…。
説教をくらった様に、三人でうなだれていた。
おばちゃんが顔を上げ…。
「あなた…。ご両親は?」 ママに訊く。
先程までとは違う落ち着いた声に、ママは少し驚いた様に…。
「もう…。他界致しました。」 寂し気に首を振る。
「ふぅ…。じゃあ、私達が…。家族になってあげるしかないのかしらねっ。勇。」
苦々しい顔を装い、勇さんに言った。
「か…母さんッ!ああ。ああ、そうだね。正美…。」
勇さんは、ボロボロと泣きながら…。
ママの手をしっかり握った。
「有難う御座います…。お母さん。」
ママも泣いていた。
「さあー。ママ。今日は休みだろ?俺達は、皆で飲みに行くからね。存分に、親子喧嘩してよ。」
「ハハハッ。そうね。桃のおごりでね。」
明美さんが桃の肩に腕を回し… 
「ハハハッ。私、腹ペコだわ。ああ、張り紙しとくわね。ママ。」
真紀さんが奥に走り、走り書きをして戻った。
「私も、腹ペコ!豪華に行きましょうよ?桃の年収を聞いちゃったしね。ハハハッ。」
と、桃の背中を押しながら私達は、家族、三人を残し、店を後にした。
私は一人、この頃の、なんて忙しい事だろう…?
今までのクソ詰まらない日々が、一昔も前の様に感じていた。
「焼き肉?」 桃が振り向き、皆に訊く。
「賛成!焼き肉。焼き肉!特上霜降りカルビッ!」
私達三人は声を揃え、足も揃えて、桃に続いた。
真紀さんが、「ママって、正美っていうのね…。」
呟き。「知らなかったね。」 全員が言い…
「ハハハッ。」
幸せな心が弾ける笑いを繁華街に響かせた。

「あのさー。毎日…。こんなに事件が起きなかったよ。今までの私の人生では。」 
私はしみじみと言った。
二人で家に帰り着き、又、ギャーギャーと騒ぎ、お風呂を済ませた後…。
「今日は、モリンガハーブティーだよ。香ばしくて飲みやすいからね。」
と、桃が入れてくれた緑色の綺麗なハーブティーをすすり、私は深い溜息をつき、言う。
「うん。前に清美との生活を緩やかに波打つ丸みを帯びた曲線だって例えたけど…。連日、これじゃあ…。ワニの歯だ。」
桃も溜息をつき、呟く。
「ハハハッ。言い得て妙だ!ジグザグ過ぎるよね。穏やかな時間と事件が交互に襲ってくるんだもん。ああ、ねえ、ラブは閉じるのかな?」
「うーん。どうだろう?もし、閉じるなら…。明美さんや真紀さんの仕事先を、瀬川ちゃんにでも聞こうかな?まあね、既に、ママが考えてるんだろうけどね。」
桃が言い…。
「俺はさー。あんな事、普段は口を挟まずに見守る人間だったのにな…。アツくなったのかな?しっかし、清美。あんな時まで俺を笑わせるんだね?おたんこなすは…ないだろ?」
「あれでも遠慮した方だよ。だって…。桃が来る前から、カッチン、カッチンきててさー。あの時、桃が口を挟んでなきゃ、私が口を挟んでた。でも…。そこには格段の違いが有るんだけどねー。」
私は自嘲気味に言う。
「格段の違い?って何?」 桃が訊く。
「桃の場合は、勇さんのお母さんがあれ以上、暴走しない様に、勇さんとの仲が悪化しない様に、ママが哀しい言葉を聞かなくて良いように…。全てが人を思って言い出した事。私が言おうとした言葉は、只、単に、お母さんの考えや言葉に腹が立っただけの事。言葉の中の深さが格段に違う。」
私は遙かな草原を想わせる様な、透き通るグリーンのモリンガハーブティーを見つめ言う。
「あのさ…。清美さん、俺は…どんだけ偉い人なんでしょうかっ?ハハッ。俺だって、腹が立ったから言っただけさ。」
桃は苦笑して言った。
「フフッ。しかも私の旦那様は、人一倍の照れ屋さんであった、丸。ハハッ。桃の言葉には「愛」が有るもん。人を思っての事じゃなきゃ、自分の年収なんか…桃が自慢気に言う訳が無い。お見通し!」
私は桃が人の為を思い、言いたく無い事を言ったのに、感心していた旨を?伝える。
「はあ…。清美の前でこれ程、駄目駄目振りをさらしていても、俺を偉い人だとしかとらないんだね?清美…もしかして、俺の事が凄い好きなんじゃないの?」
「あっ。バレた?フフッ。」
「…。ダーッ!明らかに、俺の方が大好きじゃん!あのね。俺、6月1日に婚姻届を出したいの。6月でジューン1日の1を英語のIにして…。」
桃が又、こじつけを言い出した…。
「ジューン。アイ…。純愛ッ!…。ハハハッ。この作家先生の頭を割って、どれだけロマンチストか見てみたいよ!凄い発想だね。純愛ッ!そっちこそ。どれだけ私が好きだって話しよ。ハハッ。」
私は実のところ…かなり。感動していた。
無駄に…素直になる事が苦手な私であった。
「どんだけ?無理、無理。測れないよ無限だもん。だってさー。プロポーズが、雑巾片手にだったからね、結婚記念日位はキメたかったんだ。ハハ…。お陰で自分の首を絞めてるけどね…。キツっ。」
桃が顔を顰める。
「ねえ、桃。キツっ。て言うなら、無理に我慢しなくても良いんだよ。そりゃ、初めての事だから、私にも覚悟が必要だ。そうだな…。三日前位に言って貰うと助かるかな?」
私は考えて、言ってみた…。
「ブッハハハッ。三日前ってさー!歯医者の予約じゃ有るまいし…。言えねぇよ。あの…。三日後に行います。って俺が言うの?スッゴい、嫌なんですがッ!ハハハッ。絶対に可笑しいだろ?それ。」
桃が腹を抱えて笑い出し…。
「その、桃の言い方が可笑しいんだよッ。例えば、そろそろ、どーよ?とかさ…。いや…。それも…何かな…。ハハハッ。どーよ?って嫌だわ。どーじょ。って答えそう!ハハッ。」
私は、自分の発言にウケて笑う。売れない芸人の様になってきた…。
「そろそろ、どーよ?…。ハハハッ。それ又、言えねぇよッ。ハハッ。俺が入籍してからって決めてるんだ。キツっ。も、楽しむのっ。今のうちにね。」
桃が又、違う扉を開いたのか…!言い出した。
「マゾ…?まあ、桃が決めてるのなら良いよ。ただ、私は決めてないからさ、襲うかもね。桃を。ハハハッ。」
私は桃をからかい、言った。
「だ…駄目ッ。誘惑に負けそうだから、止めてよ!」
真っ赤になり、ハーブティーをガブ飲みした。
「さー?ハハッ。明日はママから連絡が有るだろうし、そろそろ寝ようか?襲うといけないから、別々に寝る?」
私はズルい人間になってきたのかな…?
そんな気も無く、桃の答えを知り、言ってみた。
「ええーッ。嫌だよー!一緒に寝る。もう、ずーっと一緒に寝るんだ。」
やっぱりね。これが聞きたかったんだよ。
今まで、愛された事の少ない人間は、人の愛情を相手の言葉で確認したがるんだよね…。
桃が自分を好きでいる事を楽しみたいのだ。
恋愛初心者なので、この位は許してやって欲しい。
なんて、色々言い訳をして…。
「ハハッ。はい、はい。そうしようね。」
仕方がないなー。と言わんばかりに…
私は、答えたりしてみた…。

桃の腕からの脱出に成功して、セッセと家事をこなす私に、案の定。ママからの電話が有った。
「お早う。清美。桃は…まだお休みよね?昨日はお騒がせ。ハハ…。」
ママは少し照れ臭そうに私に言った。
「いえ…。私こそ…、お母様に失礼な事を言ってしまい、スミマセンでした…。」
私は言い過ぎた自分の捨て台詞を思い出し、ママに詫びた。
「ハハッ。おたんこなす。ねッ。あの後、久しぶりに聞いたって、皆で大笑いになったわよ。…。有難う。皆のお陰ね。でね…。お店を閉める事に決めたわ。清美にも、本当に悪いけど…。」
ママが言い辛そうに切り出した…。
「ママ。調度良かったの!実は私も、桃と結婚になりそうです。」
私は思わず、言ってしまった。
これ…桃が言いたかったかな…?
「まあ…。いつの間に…?」
驚き過ぎていたのか、逆に静かな声でママは訊く。
「ハハッ。昨日、言おうとしたら…。あの騒ぎでしょ?流石に…。言い出せなくて。ハハッ。」
昨日の気まずさを消す為にわざと言った。
「ハハッ。それは、失礼したわねー!あの状況じゃあねぇ…。ハハッ。」
そう、終わり良ければ全て、笑い話だ。
「でしょ?ハハッ。ママから…。人生それも有りだって言われたから…だから、有りなのかな。ってね。結婚を決めました。私が有難う御座います。だし、ママのお陰です。ハハ…。あっ!桃が起きて来た。勝手に報告しちゃって、叱られるかな?ハハ…変わりますね!」
寝ぼけ眼で、「清美ぃ。お早う。居ないんだもん。」
などと、甘えた声で言う桃に…
「ばっ…馬鹿。ママから電話!あっ。結婚の事、言っちゃった。へへッ。はい。」
「ええーッ。俺がさ…。」
こっちも、案の定。目を剥き苦情を言う桃に電話を押し付け…サッサとその場から逃げた。
「もーッ。ああ、お早う、ママ。あーあッ。俺が、驚かせたかったのにさー!」
桃がママにも苦情を言い出した。
私は離れた安全圏で舌を出して…。「べーっ。」無言でやった。
桃が益々、目を剥き…。ママとの電話を続けていたが…
その目は明らかに…
「後で、覚えてろよー!清美。」 と言っていた…。
私は、両手を万歳して、キッチンに逃げた。
聞き耳を立て…。そっと、朝食の準備を始める。
「うん。良かった!じゃあ二人共、行くお店が決まってるんだね?そうか。…。今までさ、人の幸せばかりを願ってきたんだから。これからは沢山、幸せになりなよ。ママ。」
桃が優しい声で、桃らしい言葉を掛けている。
私はサラダを盛り付けて、じゃあ、桃は私が幸せにするからね。
なんて、大層な事を考えていた。
桃は、「うん。今日も行くよ。後でお店でね。」
と、電話を切った。
料理が出来上がり、私はセッセとガーデンデッキに運んでいたが…。
「清美ーッ。良くも俺より先に…。」
走り寄り、ガーデンデッキの私をくすぐる。
「ギャーっ。くすぐったいよー。止めれッ。ゴメンなさい。 だってママが店を閉めるのをすまなそうに言うからさ。思わず、調度良かった!って言っちゃったんだよ。だから、話さざるを得なくて…。」
私は逃げながら言い訳をする。
「ああ…。そっか。実は、清美から話したには、理由が有るとは思ったけどね。成る程ね。」
桃は苦情を言う事も出来なくなって、頷く。
「ハハ…。桃が驚かせたかったよな?とは、思ったんだけどね。でも…。こう言うのは、早い者勝ちだよな。ハハッ。」
私は又、余分な一言を発した。
「…。仕方が無いと思った自分を後悔したよっ!清美ーッ。ハハッ。」
桃が思い直し、怒ったが…終いには笑い出す。
私達は又、気持ちの良いガーデンデッキで朝食を楽しんだ。
二人の笑い声に幸せを噛みしめ合いながら。
庭では、桃と私の服が風に戯れダンスを踊る。
私が考えた事もなかった幸せの風景が普通に有る。
今日は、どんな事が起こるかな?楽しみ、考える自分が居る。
今までは…。これ以上、嫌な事や悲しい事が起きない様に…。と、身を縮め、下を向き…生きて来た。
今、ガーデンデッキから空を見上げて季節を愛でる自分が、ひとまわり大きくなったと感じていた…。
もっとも…。食生活が変わり、贅沢三昧で…実質、大きく?なっているよーな…?ハハ…。
「ねえ?清美。俺ね考えたんだけど…。昨日、執筆中は部屋から出ないって、話したでしょ?」
ぼーっと幸せを感じていた私に、桃が言い出した。
「うん。」 私は頷く。
「作業部屋に、ソファーを入れるからさ、清美。そこで本を読んでいてよ。フッと、頭に浮かんだんだ。俺が机に向かって居て、後ろのソファーでは清美が、静かに本をめくる。そんな空間で本を描きたいって。勿論。清美の家事が終わってからで良いんだよ。」
桃は想いを巡らす様に空を仰ぎ、言う。
「良いの?うーん。想像では綺麗な光景かもしれない。でも、実際は…。咳やクシャミもすれば、トイレにも出入りするだろうし…。おならも出たり…」
私は超現実主義振りを発揮して、言う。
「ハハハッ。おならまで言うんかいッ?清美。リアル過ぎるよッ。ハハッ。大丈夫だよ。清美と同じだよ。乗り出したらそんな物音気にならない。」
私も想像してみた、別の場所に居るよりもそれはしっくりとくる光景だと思える。
「じゃあ、一度、やってみて…。桃が仕事をしづらい様なら止めるって事にしようよ?」
遊びではないのだから、それが良いだろう。
「そのかわり、清美も本当に気を使わないで好きにしててね。どっちかが気を使うんじゃ、続かないだろうからさ。」
「了解。」
この先に有る生活の提案を桃がする事で、私は結婚がリアルなのだと、実感出来る。
結婚するんだな…。
「ああっ!大変ッ。」
「ええーッ!何ッ?」
「幸せ過ぎて、忘れてた!2倍の給料が、無くなるんだよね?私。」
本当は…、違う事が言いたかったのだが…
「ええーッ。今、そこかよッ!清美…。」
桃は驚き?呆れ?言う。
「って言うのは冗談だけど…。えーと。私、仕事は辞めて良いのかな…?」
なんだか…。桃がお金持ちだから、私が仕事をしないのが当然だと思ったと、思われたくなくて…?言い辛かったのだ…
「清美が嫌じゃなければ、辞めて欲しい。どうしても…時間が不規則な事に変わりは無いし…。いつでも一緒に居て欲しいんだけど…。駄目?」
桃は私に取ってのベストアンサーを言ってくれた。
「私もッ!私もそうしたい。専業主婦なんて、贅沢だけど、常に桃と居たいから…。私、多分…桃が思ってる以上にこの結婚が幸せなの。どんどん、欲張りになっちゃって…。困る。」
私なりに頑張って少し、本音を喋った。
桃が清美。清美、言っててくれるから、目立たないだけで…。私はリバウンド状態に、今までの一人で過ごした時間を埋め、追い抜くが如く、桃と一緒に行動していたくて仕方が無いのだ。
本来の甘えたは…桃ではなく私かもしれない。
しかも、自分から愛情を求める言葉を言うのは、まだ怖い。だから…桃からの言葉が聞きたい。
「俺は、困らないな。俺にどんどん欲張りになる清美が嬉しくて仕方ないんだもん。今の言葉なんか…体が甘ーく痺れるよ。清美ッ!大好き。」
桃が私を抱き締めた。
ほら、私の聞きたい言葉は、全部。桃から言ってくれるんだ。
でも…いつまでもツンデレてばかりでは、桃も離れてしまうかもしれない。
「きっと…。私の方が好きだよ。今だって…。頭に心臓があるみたいに、ドキドキするもん。」
たまには正直になってみる。
「ギャーッ!キツっ。キツっ。キツっ。止めてよ!清美ッ!可愛すぎるッ!踊るよ、俺。」
桃はジタバタ暴れた。
「いや、踊ってる場合じゃ無いよ。桃。」
この辺で、いつもの私に戻って…。
「あのさー。毎日のシンデレラ生活に浮かれて忘れてたけど、私、会社員だった。ここで働いてるんじゃん?会社に辞めるって言わなきゃいけない。」
私が話し出した本末は、この話しだったのだ。
「ああ…。そうだったね。」 
やっぱりな…。桃も忘れていたか…。
「それがさー。このお宅に来る前に会社から、大口の顧客だから、逃したく無いんだ。って言われて…「私は、絶対に辞めたりしませんっ。」って…。言い切ったんだよね…。辞めるつもりは無かったよ…。まさか…結婚するなんて…。考えも及ばなかったしねっ!あーあ。」
私は凄い剣幕で主任に言い切った、自分の言葉を思い出し、頭を抱える。
「そうか…。ちょっと待ってて。電話する。」
桃は立ち上がり、部屋の中に戻る。
暫くの後。桃が戻って来た。
私は片付けを済ませ、コーヒーを煎れていたが…。
「清美。全部。おけっ。」
桃は私に抱き着いて、言った。
「は?おけっ?」 不思議顔の私に…。
「瀬川さんが来月から新社屋に移るって言ってたからさ、新社屋のクリーニングを清美の会社に無理矢理、お願いした。ハハッ。元の社屋を借りる所に、そのままのクリーニング会社を使う様にして貰ったからね。そっちも被害無しだよ。今、清美の会社にも電話して、清美をお嫁さんに貰うから契約は解除だけど、瀬川さんのビルを頼むって話したよ。そっちの方が売り上げ的に良いからね。どうぞ、どうぞって。寧ろ、喜んでた。ハハハッ。」
桃は言った。
自分の力を誇示し、無理矢理頼む事だけじゃ無く、前のクリーニング会社の仕事にまで気を配った桃らしい采配に私は感心した。
それにしても、主任…どうぞって…。自分が役に立っていなかった様で…。チラッと…ムカついた。
「有難う。桃。お見事です。流石は、私の旦那様!」
私は桃にキスをする。
「へへ…ッ。旦那様って…。嫌だな…清美。キスなんかして…。へへ…。」
クネクネと体をくねらせた…。
「はい。ラクダさんが出来たから、二人で飲もう。デレ男君。ハハハッ。」
私はトレーにコーヒーを持ち、サッサと横を通り抜けてガーデンデッキに向かう。
「うん!調度、ラクダさん気分だった。流石は、ウチの奥さんだ。ハハッ。」
私はクネクネしなかったが、私の回りを桃がクルクルしているのを可愛すぎる!…と思ってはいた。

5月31日だ…。今日を持って「ラブ」が閉店となる。
だからといって、特別な何かをやる訳では無い。
「普通が良いのよ。」 ママは言った。
常連のお客様で普通に賑わい、あの独特な陽気さの中、閉店に近づき…。
それでもと、桃に押され、ママが挨拶をした。
「ハハ…。皆様、長らくの御愛顧、有難う御座いました。13年前、この店を始めた頃は、ここまで続くとも思わず…。10年経つ辺りからは…辞める日が来るとは思わず…。営業して参りました。」
店のドアがそっと開かれた。ママは少し、目を見開き、挨拶を続けて…
「私が…自分の中の女性に気付き男性を捨て生きていくと決めた頃…。周りから、世間から…心無い言葉を浴びせらる事が当然、多く…。ああ。人間の口から、人の励みになったり、心が温まる様な愛の有る言葉のみが発せられるのなら、もっと、もっと幸せな人で溢れるのに…。なんて、柄にも無い事を考えまして…そんな想いを込めて店の名前を「ラブ」と名付けました。皆様のお陰で、愛のある店になり今日の閉店を迎える事が出来ました。」
ママが少し、言葉に詰まり…。
「本音を言えば、まだまだ皆様の多くの愛に包まれて居たい…。でも、世界一、大好きな一人の人との愛に生きる事を選びました。本当に今日までの御愛顧有難う御座いました。皆様の御多幸をずーっと、ずっと…。祈ってます。」
頭を上げたママの頬に綺麗な涙が一筋溢れた。
大きな拍手が店内を埋める…。
「お疲れ様。正美。」
ママの旦那様が花束を渡す。
ママは抱き締め泣き出出してしまった。
先程、ドアが開き入って来た他店のママ達から…
「お疲れ様。幸せにね。」
「幸せにね。もう幸せ者だけど!」
などと、労いと祝福の言葉が掛かる。
「有難う…。でも、どうして…?」
不思議顔のママに…
「桃が来てね。今日が最後だから…って。本当に良いお客様を持って、幸せな経営者だったわね。ハハッ。お疲れ様。」
ママに花束を渡し、ハグした。
キッチンの隅から覗き見ていた私も涙ぐみ…拍手を送る。
そして、又、流石は私の旦那様!と、自慢に思い頷いた。
当の桃を見ると…。優しい顔で微笑み…ハンカチを出して涙を拭いている。
人の喜びも、悲しみも、自分の事の様に受け止め、共感する…。
この素敵な人と生きていく幸せに、ワクワクが止まらない!
もう、12時を回り、6月の1日になっている。
閉店の後、婚姻届を提出しに行く事になっていた。
今日から私は、「桃山清美」。
シンデレラストーリーは誰にでも起こりうるのだ。
笑顔で埋まる店内を見ながら考えていた。
他店のママ達に取り囲まれている桃と目が合って…ウィンクをしてくる…。
「全くッ。チャラいんだからっ!」
一人、呟き…桃のパンツの様に赤くなった…。

婚姻届を提出し、夜中の道を仲良く手を繋ぎ…。我が家に向かう。
「腹、減ったね。清美。」
「うん!減ったねー。未来。」
「ステーキか鰻だな…。」
「ええーッ。良いけど…。そんなに、腹ペコかい?」
「うん…。まあね。喉を通るかは、解らないけど…」
「はあ?」
家に着き、桃が玄関を開けた。
私は…少し、立ち止まり…
「どうしたの?清美?」
未来がドアを開けたまま、訊く。
「いや…。今日から、私の家なんだな…。ってね…」
「…。そうだよ。俺達の家だ。清美…。末永く宜しくね。」
未来が微笑み、私を抱き締めた。
「こちらこそ、末永く宜しくね。未来。」
と、キスをした。
「グワーッ。こ…これ以上、緊張させないでよっ!」
「え?緊張…。って?」
「ああ…、良いから。入って!早く御飯にしよう!」
「ハハッ。変なの。はいはい。」
私はキッチンに行き、支度に取り掛かる。
かなりお腹が減っている様なので一番早く、副菜も要らない鰻を作る。後は、お豆腐と三つ葉のお吸い物を出した。
未来は2階でお風呂などの準備をしている。
急いだ割には…遅いな?
「おーい。未来ー!出来たよー。」
私が声を掛け…。「はーい。清美、今、行く。」
返事があった。
2階から未来が降りてきて…。
「うん。やっぱり、鰻だよね。」 頷いた。
「は?まあ、一番早いからね…。頂きます。」
「そ…そうだね。頂きます!」
二人は食べ始めたが…。
「未来?溢してるよ。」
「あ…ああ。ハハハッ。嫌だな…。」
「なんか…。ボロボロ、溢してるけど…。具合悪いの?」
手が震えている未来を見て、熱でも出たのか?
心配になり訊く。
「いやいや!元気だよッ。鰻で益々、元気さッ。ハハハッ。」 答える。
「じゃあ、良いけど…。無理しないでね。今日は、お風呂を軽く済ませて、早くベッドに入ろう。」
私は疲れから具合が悪いのかと思い、言う。
「ブーッ。」 未来が吹き出す。
「ウワーッ。何ッ?」 驚いた私は訊く。
「いや…。失礼。落ち着いて、食べよう。」
「…。そうだね。」
変な感じの未来と鰻を食べ終わり…片付けを終えた。
ビールなどを持ち先に上がった未来が…
「清美ー!お風呂出来たじょー。」 声を掛ける…。
ん…?どうやら、普通に戻った様子だ。
「はーい。今、行くねー。」
支度を持ち、2階へ上がった。
泡だらけの洋画に出て来る様なお風呂に、テンションが上がり…。ひとしきり騒いで入った後…。
「清美…。バスタオルだけで…、ベッドに行こう。」
未来が静かに私を誘う。
「うん。そうしよう…。ああッ。未来!私、緊張するよーッ!ハハッ。」
私は緊張を和らげる為、口にした。
私の笑いに緊張が和らいだ様に未来が…
「ハハッ。緊張してるのは俺だよ!御飯も食べた気がしなかった。ハハッ。でも…カッコ付けてもそれまでだ。って、さっき、やっと落ち着いてきた。」
未来が笑い言った。
「ええー。未来が緊張したの?」 訊く私に…
「はあーっ?俺だって、初めての事だもん緊張するよ!人並みにはね。」 と、言う。
内心…「は…初めてッ?桃も初めてなのッ?」と、思ったが…。特別な人としか、キスもしない桃なら当然の事か?と、思い。
男の人の方がプレッシャー半端ないだろうな?だから、さっきから落ち着かなかったんだ?と、考え…
「ハハッ。お互いに緊張してたんじゃ、楽しめないからさ、上手くいかなかったら又、チャレンジ?しようよ。一生、一緒なんだもん。焦る必要ない!」
私は自分と未来に言い聞かせる。
「だよねっ!清美…。チャレンジって…。ハハッ。」
未来はやっと、大きく笑い…
「二人で行こう。」 囁いた。
「うん。…。あっ!待って。ちょっと、私に先に行かせてよ。」
「え?」
「ベッドで待ってるから。じゃあね。」
私は未来を置き去りに、慌てて上がった。
ベッドに行き、シーツなどの寝具を黒に変えた。
ゼイゼイしながら、ベッドに入り込む…同時に未来が部屋に入って来た。
ベッドに入り…「明かり消すよ。」と、手を叩く。
二人は甘いキスを繰り返し…。未来が下に降りていく…、感じた事も無いような興奮が体を駆け巡り、全身の力が抜けていく…。繰り返し駆け巡る興奮に、「ああ…。」声が漏れる。
叫び出したい痛さと、未来の熱さを感じ…何とかこうとか…。終了した。
「ああ…。ぶん殴ろうかと思った位、痛かった…。」
「ハハハッ。良かった。ぶん殴られなくて!始め…俺もキツかった!でも…気持ち良いッ。」
「私も。気持ち良いッ。ハハハッ。」
二人は甘いキスをした。
「ねえ…?何で先にベッドに?」
未来はずーっと訊きたかった様で…。
「ああ、ハハハッ。これ。白いシーツは汚したく無かった。」
「ええーッ。凄っ。そんな事…。考える余裕有ったの?清美…。」
未来が目を丸くした。
「元プロのハウスキーパーですからッ。ハハッ。」
私はドヤ顔をして言う。
「恐れ要りました。」
未来が頭を下げる。
「ハハハッ。」 二人で笑い出し…。
「本音は…もう一回って、言いたいけど…。初めてを大切に味わいたいからね。」
未来は私を撫でながら言った。
「うん。又、ねッ。シーツを変えさせて。未来、先にシャワー浴びてよ。」
「うん。清美…。ゆっくりと、シャワー浴びたら、下に来てね。俺、下に居るからさ。」
「えっ?2階で飲まないの?」
「うん…。下で一旦、落ち着こうよ。」
「はい…。了解…。?」
未来がシャワーを浴びに行き、私はシーツを変えた。
私もシャワーを浴び、1階に降りて行く。
キッチンの灯りは消えていて…「未来?」
声を掛けた。
「清美。ガーデンデッキだよ。」窓が開いている…。
私は、ガーデンデッキに足を向けた。
「え…。えー。凄い…。どうしたの?これ…」
ガーデンデッキのテーブルには、色とりどりの素敵なキャンドルが並び…夢の世界。
「清美。ここに座っててね。」
未来が椅子を引いて私を座らせた。
自分はキッチンに行き…キャンドルの輝くデコレーションケーキを持って戻った。
私の前にケーキをおき…
「どーじょ。」 いつもの言葉を掛けた。
見ると…。
「遙かを感じる時間を清美と…。」
と、描かれたプレートの横には可愛らしいウサギがダイヤの指輪を持ち、立っていた。
言葉も無く…見つめる目には、抑える事も堪える事も出来ないまま…涙がボロボロ溢れ出す。
「きっと幸せにするよ。清美。」
未来が私をバックハグしながら、指輪を手にして…
「指、出して。」 そっと、未来は囁く。
無意識に出した右手に…
「…。いやいや、普通は…左手だよ。清美…。ブッハハハッ。」
「はっ?そうなの?何ッ。決まってるの?」
「決まってるんだよね…。ハハッ。ムードがぶち壊しだな!ハハッ。左手貸して。」
「は…初めから、左手出してって言いなよッ!未来がいけないんだよ!もー。はい。」
私は勢い良く左手を出した。
「はいはい。どーじょ。」
未来が首を振り、私の薬指にリングをはめた。
「ああ、ピッタリ!流石は俺だ。」
自画自賛した未来を無視して、指に輝く、大きなダイヤの指輪を見つめていた…。
幾ら?…。心を過るが…流石に訊けなかった。
きっと、心臓に悪い数字だから!
「星より…輝いてるね…?未来…。有難う。もう、充分、幸せだよ。世界一、幸せだよ。私。」
私はやっと、我に返り桃に言う。
「まだまだだよ。もっと、清美を幸せにする!宇宙一番ね。ああー。焦った!ほら…。もう、明るくなっちゃった!この演出を薄暗いウチまでにやりたかったからさ。」
「ハハッ。それで、夕飯、急いだのかー。その前にベッドでもやらなきゃいけなかったしね?」
私は納得し、頷く。
「き…清美!やらなきゃいけなかったってッ!こ…言葉ッ!ひ…一言、余分ッ!」
未来が真っ赤になり、ギャーギャー言った。
「えー。だって、そうじゃん。じゃあ、未来は、もうやらないんだね?」
私は…又、愛情を確認したくなり、わざと言う。
「だ…駄目ッ!やりますッ。やるよッ!やらせて下さい!」
ほらねっ。ベストアンサーを、必ず未来は言ってくれるんだから。
「ハハッ。ちょっとー。又、言葉がリアルになってますよ!未来先生。ハハハッ。」
グーゥ…。今のは…。わ…私だっ!
「ハハハッ。実はさっき、俺も腹が鳴った。ハハッ。軽く、お茶してから、2階で飲み直そうよ。」
「うん!デコレーションケーキ美味しそうでさー!未来。私…」 言い掛けた私に…。
「私、このメロンの所ねっ。だろ?ハハッ。ウチの奥さんは俺と同じ位にメロン好きだからねッ!」
未来が言い。
「そんなことないよっ!…。少しだけ、未来が上だよっ。」
「…。有難う…。清美…。」
「ハハハッ。ハハハッ。」
未来が入れてくれた、ローズヒップが二人の笑いにキラキラと幸せそうに揺れた。

お昼に起き出し、1階の家事から始める。
普段と変わりない生活にこそ、又、幸せを感じる。
朝食の仕込みを終え、洗濯物を干す。
昨日のシーツのシワをパンパンッ。と、叩く私に…
「清美。おはよー!体、大丈夫なの?」
2階の窓からヒラヒラと手を振り、甘えた顔の未来が声を掛ける。
「お早う。未来。全然、平気だよー!強いて言うなら。お腹が空いた!ハハハッ。」
私は手を繰り返し、笑う。
「俺も!ガーデンデッキ?」
「勿論!用意するね。」
私はキッチンに戻り準備を始めた。
昨日から、ステーキにデコレーションケーキと…
もたれた胃に優しい,純和食。
冷静のさっぱりした卵寄せ、カレイのしぐれ煮、水菜とカイワレ、スライスオニオンの和風サラダ、キャベツと揚げのお味噌汁には、勿論。エノキの微塵切りを入れた。キュウリの浅漬けを切り、ガーデンデッキに運ぶ。
着替えた未来が下に来て。
「流石!清美。和食が食べたかった。美味しそうだねー!食べよう。」
私に寄って来て、キスをして…。言う。
まだ、少しだけ照れる私は…
「うん。私も、和食が食べたかった。以心伝心?」
と、答える。
「うん!そうだね。きっと。清美。頂きます!」
「頂きます!」
又、未来の褒め言葉をBGMに、笑いふざけ合いながら食事を楽しんだ。
食事の後…。「ねえ。清美。俺、コーヒーを持って仕事部屋に行くからさ、まだソファー無いけど…」
と、未来が言い掛ける。
「ソファー無くても大丈夫。2階のお掃除が終わったら、本を持って…。未来の部屋に行っても良い?」
私は未来がそう言いたかったのかな?と、思い言ってみた。
「うん!そうしてよ。清美が近くに居ると、捗る気がする!清美もコーヒー持って、ねっ?」
未来がやはり嬉しそうに言った。
「解った。じゃあ、勝手に入って、勝手に飲んで、勝手に未来の世界に行くからさ。桃…。あっ。未来は、勝手に作業を続けててね。ハハッ。ってかさ、未来は良いよね?「清美」に変わりないんだから。私は、まだ「未来」呼びに慣れないッ!」
私は密かに、作業部屋で静かに過ごす。その空間を楽しみにしていた。
「ハハッ。清美。「桃」でも良いよ。二人ってさ、勝手にしてても楽しいねっ。」
未来は言うが…。
「家では良いかもしれないけど…。やっぱり、未来って呼ばないと変だよ。直ぐに終わらせて行く。そのかわり、駄目なら、正直に言う事。遊びじゃ無いんだからね。約束だよ?」
「勿論。だって、新作も清美に愛して欲しいもん。意外と、気合い入ってるんだよ。こう見えてもね。ハハッ。」
そうだ…この人は「未来」なんだ…。適当な仕事などする訳が無い。
「本当に。楽しみにしてる。未来先生。ハハッ。」
「グワーッ。プレッシャー半端ないわ!俺。ハハ…じゃあ、後でね。清美。」
未来は言いながらも、構造が走っているのだろう、良い顔をしている。
安心した私は、片付けと、2階の掃除を手早く済ませた。
自分のコーヒーと、もう読み終わり掛けている。未来がお勧めの「遙かを感じる時間を」を手にして…。
もう、一冊は直感で読みたいと思った本も持った。
全ての本に既にカバーは掛けてもある。
未来が綺麗なラッピングペーパーを沢山、買って来てくれたのだ。
題名を読み、感じたイメージのペーパーを掛ける作業が又、楽しかった事ッ!
桃のお勧めで読んでいる今のお話しは、「青い月の夜に」が可愛らしさと、美しさを感じた作品なら、幸せと先に有る未来を感じる作品だ。
悲しみから逃げる為じゃ無く、幸せを感じて欲しくて描いた。と、言った。未来の言葉そのものの作品だと感じていた。
初めに…桃と作品が繋がら無かった私だが、今、未来と過ごす日々、交わす言葉に彼の作品を強く感じる。未来の行動に本の世界のときめきを感じる。
ロマンチシストで純情な未来こそが、この本達の作者だと思える。
人は見掛けに寄らない。なんて、当を得た言葉だろう?なんて…。少し失礼な事を考えつつ、未来の部屋へと、足を運んだ。
そっと、ドアを開け…。心地の良い緊張が有る部屋に入った。
未来は振り返り、いつもの甘えた顔ではない、凜とした顔で軽く微笑んだ。
いつも通りの、面白味のない笑顔を一応、返し…。
ローテーブルのラグに腰を下ろし、そっとコーヒーの入る素敵なマグをを置いた。
私が本のページをゆっくりとめくる音と未来のパソコンを打つ規則正しいキーボードの音意外には、何一つ聞こえてこない…。
こんなに気持ちの良い静寂は…今まで私の中に存在した事が無かった。
本の…未来の世界にのめり込む。
読み進めるスピードが増し、最後の章も終わりに差し掛かった。
ページを勿体ない様にゆっくりとめくった。
ーーガーデンデッキの上では、満天の空にキラキラと輝く星達が二人を優しく見守リ…
彼女の前に置かれた、デコレーションケーキの上では、永遠を誓う輝きでダイヤモンドが光を放ち続けていた。
驚く彼女に、彼がそっと囁いた。
「遙かを感じる時間を二人で…。」ーー。
はあ…。私はそっと本を閉じ、頬を伝う涙もそのままに…。
ロマンチシストにも程が有る、未来の背中を見つめていた…。
「あーあ。清美。腹ペコッ!」
と、振り返り…。
「ええーッ!ど…どうしたの?」
訊いた未来に、私のお腹が…グゥ…。と、答え…。
「は…腹ペコで、泣いてたの?清美…。」
未来は又、目を丸くする。
「ば…っ馬鹿!未来はパンの耳ねっ!」
「ええーッ!柔らかい、具沢山の部分だよ!俺。」
「又…デジャヴか…?ハハハッ。」
そう。私と未来が純愛で、遙かを感じる時を過ごそうとも…。
リアルとは、こんなもんだ!


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