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通勤はきらいだけど通勤時間はすきな話

わたしは今の仕事がすきじゃない。よく「嫌い」という言葉で表現するけど、それはわかりやすくするためであって、本当は本業とさえ言いたくないし、どうでもいい存在なのだ。そちらの都合で働かなくてよくなったら、ありがとうと言うくらいの。

どうでもいい存在なのに、生活の中で優先順位は1位なのがわたしがとっても嫌いなところだ。

「通勤」というものがある。最悪な時間だと思う。だって、どうでもいいのに間に合うように準備して、間に合うように運転して、どうでもいい時間に自ら向かって行っているのだ。滑稽としか言いようがない。

でも、「通勤時間」は好きだったりする。家にいるときは、常にネットやSNSに触れている。サロンの仕事だったり、自ら手を挙げてやらせてもらっていることだったり、やること・やりたいことがあるのだ。

だから、家にいるときは思考する時間は取れないし、思考してるだけの時間があるのはもったいないと思う。

その、家ではうまいこと取れない時間を作り出しているのが、通勤時間である。

車で通勤しているので、目と手を自由に使うことはできない。その中でできることといったら、音楽を聴いて現実逃避するか、思考するかなのだ。

ちょっとした疑問を声にしながら、こうじゃないか、ああじゃないかと言いまくって考えがまとまってくる。なんとなく腑に落ちる答えが出たとこで新しいnoteが生まれる。

noteの毎日更新を支えているのが通勤だと思うと、またさらに滑稽さが増した気がする。




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