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「多文化共生のまちづくりと文化観光施策の可能性」 レポート公開 :第一回 白老文化観光推進セミナー開催

10月21日(木)、しらおい文化創造空間「蔵」で「第一回 白老文化観光推進セミナー 多文化共生のまちづくりと文化観光施策の可能性」を実施しました。

文化観光の連携を戦略の肝とする新たな法律「文化観光推進法」や各地域の様々な成功事例や課題にふれながら、白老町における文化観光や創造的な取り組みの可能性について考えるセミナーです。

第一部:太下義之氏による講演
第二部:白老町民によるディスカッション

第一部:太下義之氏による講演

講師は、文化政策研究者であり、同志社大学教授の太下義之(おおした よしゆき)氏。文化政策や文化観光の専門分野での第一人者であることや、2年連続で白老町へ視察訪問されているご縁などから、お越しいただきました。
この講演では大きく2つ、①文化観光政策について、②白老町が取り組む多文化共生のまちづくり、についてお話いただきました。
(以下、講師の太下氏による講演内容を要約し、スライドの一部とともに紹介します)

①文化観光政策について

文化観光はなぜ重要なのか?

文化資源にはいろいろな魅力がありますが、それらの魅力を多くの人に認識してもらわなければ、保存・継承が困難となります。魅力を人に知ってもらうためには、文化資源をさらに磨き上げて魅力あるものにし、来訪者が来て観光してもらうことが必要です。多くの観光客が来ると、地域経済が活性化し、活性化した一部がさらに文化資源の保存や継承費に再投資されるようになります。そういった好循環サイクルが回ることを目指していくことが、文化観光の根本的な考え方なのです。

文化観光推進法


文化観光推進法

上記の文化観光の考え方を踏まえて2020年に施行されたのが、「文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光の推進に関する法律(通称:文化観光推進法)」です。

地域の様々な文化資源を磨き上げることで、文化についての理解を深める機会を充実させ、これによる国内外からの観光旅客の来訪を促進することにより、文化観光の振興や地域の活性化の好循環を生み出すことが目的です。

特徴としては、拠点になる施設(=文化観光拠点施設)を定めるということ。文化観光拠点施設とは、博物館などの文化施設のうち文化についての理解を深めるための解説・紹介をおこない、観光関係者と連携することにより地域における文化観光の推進の拠点となるものです。ただ単に文化観光を推進するのではなく、拠点施設を核として、文化を中心とした観光を進めていくという事です。

文化観光拠点施設


地域観光を活性化するアートイベントの事例

文化的な祭典・イベントを実施することで、地域観光の活性化を図るため「国際文化交流の祭典の実施の推進に関する法律」が、2018年に施行されました。この法律ができた背景には、全国のさまざまなアートイベントの事例がありました。

➀大地の芸術祭(新潟県越後妻有(えちごつまり))
日本のアート系イベントの先駆け。もともとは観光地ではない中山間地帯でしたが、棚田やトンネルといった自然や日常の風景の中に現代アートを設置することで、景色が変わって見え、多くの観光地が訪れるきっかけとなりました。このイベントが非常にインパクトをもって発信されたので、他の多くの地域でもさまざまな取り組みが始まりました。

②瀬戸内国際芸術祭(岡山県~香川県にまたがる瀬戸内海の島々)
瀬戸内海の島々の美しい風景の中に現代アート作品を設置し、観光客に島々を巡ってもらう試みです。プロデューサーはベネッセの福武總一郎氏。過疎化が進む地域に人を呼び、地元のおじいちゃん・おばあちゃんに笑顔を戻すことを目的として始められました。3年に1度の開催ですが、延べ100万人もの観光客が訪れただけではなく、滞在中に島の魅力を体感し、リーピーターができたり、さらには島に移住する世帯も出てきたりと、大きな反響を呼びました。

③奥野東国際芸術祭(石川県珠洲市)
珠洲(すず)市は能登半島の突端に位置する、人口1万5000人程度(白老町と同程度)の小さな自治体です。アーティストが地域に入って、空き家やバス停の待合所、能登半島の突端である美しい海辺にアート作品を展示したり、地域の文化をアーティストが読み解いて作品にしたりしています。

④北アルプス国際芸術祭(長野県大町)
北アルプスの自然をうまく生かした芸術祭。北川フラムさんがディレクションをしています。

⑤札幌国際芸術祭(北海道札幌市)
残念ながら昨年は中止になってしまいましたが、北海道ではここが有名です!(注釈:札幌国際芸術祭2020は中止になりましたが、中止になるまでの経緯や参加作家の構想、資料等を公開する展覧会を別途開催しています)

⑥REBORN ART FESTIVAL(宮城県石巻市)
3.11の被災地である石巻を中心に開催。津波の被害を相当受けましたが、そこに今後の希望を象徴するアート作品を設置することで、地域のシンボルとなっています。

➆中之条ビエンナーレ国際現代芸術祭(群馬県中之条町)
中之条町は小さな温泉町。温泉街をうまく活用して地域の人とコラボレーションしながら地域密着型のアートイベントを開催しています。開催時期には多くの人が中之条町を訪れます。

他にも、都市型のアートイベントとして、「さいたま国際芸術祭」や「横浜トリエンナーレ」、六甲山をハイキングしながらアート作品を鑑賞する「六甲ミーツ・アート芸術散歩」(神戸市)、岡山市の街中に芸術作品を展示する「岡山芸術交流」、「愛知トリエンナーレ」など、さまざまな国際的アートイベントが日本の各地で開催されています。


世界各地のアートイベント事例

日本のアートイベントの歴史はまだ浅いですが、世界では非常に古い歴史があります。

➀ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展(イタリア)
1885年から実施されており、最も歴史が長いとされるアートイベント。

②ミュンスター彫刻プロジェクト(ドイツ)
彫刻といってもいわゆる「考える人」のような一般的に想像される彫刻作品だけではなく、むしろ全然違った形をしており、社会の見え方が変わってしまうような体験を提供するプロジェクトが多いです。例えば、水深の深い川にコンテナを沈めて、橋もないのに歩いて渡れるようにしてしまうなど。

日本のアートプロジェクトの特徴

➀非常に多く開催されている!
数えてみると日本全国で200以上の地域でアートプロジェクトが展開されており、能登半島の突端や北アルプスの山の中、群馬県の小さな温泉街といった人があまり行かない地域でも実施されていることが日本特有です。こういった背景もあり、「国際文化交流の祭典の実施の推進に関する法律」が作られました。

②空き家や廃校をリノベーションした施設活用
大きなイベントを開催する際、大きな公共工事を伴うことが一般的にはイメージされますが、日本のアートプロジェクトの多くは、空き家や廃校を改装・改築して開催されています。リーズナブルなコストで実施しているのです。

③作品をつくっていくプロセスやコミュニケーション自体がアート作品
芸術祭というと、出来上がった作品を置くというイメージをもたれるかもしれませんが、現代アートにおいては作品の概念自体が変わってきています。出来上がった作品を設置するのではなく、創造のプロセスや観客とのコミュニケーションそのものが作品なんだという考え方になってきています。

④アートイベントの効果が文化振興に留まらない!
アートイベントの目的・効果が、文化だけでなく、教育、観光、産業活性化、地域再生など、総合的な政策分野に拡大しています。


「オーバーツーリズム」問題

日本政府としての観光の大きな目標は、訪日外国人旅行者数を2030年に6000万人にすること。世界の観光大国に仲間入りし、訪日外国人の旅行消費額、さらには日本人の旅行消費額も増やしていくというのがビジョンです。

「訪日外国人旅行者数6000万人」達成に立ちはだかる大きな壁
新型コロナウイルスが世界を襲う前、日本には4000万人に迫る勢いで外国人が訪れていたのですが、実はその大半が、いわゆる”ゴールデンルート”という東海道新幹線沿いの1つのルートに集中して日本を旅行したのです。首都圏空港から入国し、東京に宿泊、富士山を見て京都に寄り、大阪または東京に戻って出国するというルートです。

その結果、特定の観光地や都市に外国人が集中しました。特に京都は外国人の集中が顕著。多くの外国人が移動にバスを利用した結果、市民がバスに乗れなくなるという事態も起こっていました。これが「オーバーツーリズム」。現状のままでは、もうこれ以上観光客を受け入れられない、したがって6000万人の目標に到達できないという状態です。

新しい「ゴールデンルート」を作成
旧来のゴールデンルートが既に飽和状態で、これ以上外国人を受け入れられないので、観光庁は新しいゴールデンルートを公募型で審査をして新たな日本の観光モデルルートを設置したのです。北海道においても超広域のゴールデンルートが2つできています。

「持続可能な観光」は日本だけでなく、世界的に最大の課題
現在はコロナ禍で外国人観光客は減っていますが、コロナ直前の2018年には、「持続可能な観光」が喫緊の課題でした。コロナ収束後、観光が動き出すと、再び大きな課題となるといわれています。2019年に北海道倶知安町で開催されたG20観光大臣会合でも「持続可能な観光」が大きなテーマでした。


「プラス・トーキョー」戦略

オーバーツーリズム問題を解消して、訪日外国人旅行客6000万人を達成するためには、全国の空港をフル稼働させ、できるだけ地方に分散して滞在してもらう事が必要です。東京に行きたい外国人に関しては、(地方から入国した上で)地方から「プラス」で東京に立ち寄ってもらう。それが最も効率的な観光施策です。この「プラス・トーキョー」戦略は、全国の政令都市町会で政策として採択されています。


②多文化共生について

多文化共生の考え方は、文化政策にとどまらず、政策全般において重要な概念です。多文化共生の概念が散りばめられた法律や、その法律ができるまでの背景を見ていきましょう。

「文化芸術基本法」が2017年に制定された
国の文化政策の基本である「文化芸術基本法」が2017年に制定されています。これは、文化芸術の振興にとどまらず、観光、まちづくり、交際交流、福祉、教育、産業その他の関連分野における政策を法律の範囲に取り組むことを定めた法律です。つまり、文化振興というものが、文化のための文化振興ではなく、様々な施策と連携・連動していく総合政策であるということを定めています。

「文化芸術推進基本計画」に盛り込まれた多文化共生の考え方
「文化芸術基本法」ができたことにより、国は「文化芸術推進基本計画」を定めることになり、また地方公共団体では「地方文化芸術推進基本計画」を定めることが努力義務になっています。多くの地方自治体では、それぞれ独自の文化振興計画を策定しているのが実態です。

「文化芸術推進基本計画」は、4つの目標と3つの戦略で構成されています。この中に多文化共生に関連する概念が多く散りばめられています。例えば以下の目標・戦略です。

目標➀文化芸術の創造・発展・継承と教育
劇場・音楽堂などの文化ホールは、講演会やお芝居、コンサートを開催するだけの場ではなく、社会参加の機会を開く社会包摂の機能を持っており、さまざまな社会的課題を解決する場として、その役割を果たすことが求められているということが書かれています。

目標③ 心豊かで多様性のある社会
これはまさに社会包摂そのものです。多様な価値観を尊重し、他者との相互理解が進むという社会包摂の機能を文化はもっています。だから子供から高齢者、障がい者や在留外国人の全ての人がこれを享受できる環境を整えるべきだということが述べられています。

戦略④多様な価値観の形成と包摂的環境の推進による社会的価値の醸成
こちらも社会包摂です。地域の包摂的環境推進による文化芸術の社会的活動の醸成を測るといわれています。


多文化共生に関する様々な政策が社会に浸透

平成の終わり頃、こういった概念が様々な形で社会に浸透普及しました。例えば、以下の形が挙げられます。

障害者差別解消法
障がい者に対する差別を解消するため、2016年に施行された法律です。一番大きなキーワードは「合理的配慮」。

これは、ハンディキャップのある障がい者に対して、できる範囲でできる限りのフォローをやっていこうということ。例えば、今日のセミナーの中で、聴覚障がいをもつ参加者がいたとしたら、手話通訳を付けられたらベストですが、お金も手間もかかってしまうのでできないかもしれない。でも事前にスライドのレジュメを渡しておくことなら比較的簡単にできます。これが合理的配慮です。

この法律が追い風になって、当事者たちがNPOを立ち上げ活動する流れが生まれています。さらに、2018年には「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」が制定され、障がいがあってももっと文化を楽しめるように、さらには障がい者が創作活動する時にはバリアを除いていこうということが定められました。

アイヌが先住民族であることが法律で明記
2007年に先住民族の権利宣言が国連で採択され、この流れの中で2008年、日本ではアイヌ民族を先住民族とすることを求める決議が国会でされました。

この流れに乗って2009年、アイヌの古式舞踊がユネスコの文化遺産に登録されました。そして2019年、「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」でアイヌが先住民族であることが法律で明記されました。それに基づいて、アイヌ関連の政策が今展開されており、「ウポポイ(民族共生象徴空間)」もその中に位置づけられます。


多文化共生に関するキーワード

多文化共生のキーワードを個別に見ていきましょう。

文化多様性(Cultural Diversity)
ユネスコは文化的多様性に関する世界宣言をおこない、条約にもしています。日本はまだ批准していませんが、多くの国が批准しており、文化的多様性が重要であるという事がユネスコで決議されているわけです。

インクルージョン(Inclusion)
言葉そのものの意味は、「包含、包み込む」こと。障がいや課題があっても、地域で資源を利用して市民を包み込んだ共生社会を目指すということ。最近では「ソーシャル インクルージョン(Social Inclusion)」という言い方をされることもあります。

社会的包摂(Social Inclusion)
第二次世界大戦後の1970年代、ヨーロッパ諸国が低成長になり、失業や不安定雇用により貧困が生じ、格差社会となりました。そうした中で社会から排除された人たちをきちんと社会参加できるようにすべきだという概念で提唱されたものです。

ユニバーサルデザイン
障害の有無、年齢、性別、人種等にかかわらず多様な人々が利用しやすいようあらかじめ都市や生活環境をデザインする考え方。

バリアフリー
もともとは建築分野において段差等の物理的障壁の除去を指すことが多かったですが、今ではより広く障がいのある人の社会参加を困難にしている社会的、制度的、心理的な障壁の除去という意味でも用いられ、「ユニバーサルデザイン」と近い概念になっています。

ノーマライゼーション
1950年代のデンマークで、知的障がい者の入所施設の生活が極めて非人間的であったことを問題視し、知的障がい者の生活条件を一般市民と同じにするべきであるとした考え方。


クリエイティビティと多文化共生

社会学者のリチャード・フロリダは、都市地域の発展のためにはクリエイティブな人たちが集まる必要があるということを提唱しました。

クリエイティブな人たちが集まるために最も重要なキーワードは、Tolerance(寛容性)。クリエイティブな人たちは、普通の人とは違う、少し変わった感性をもっており、その人たちが楽しく暮らせる都市というのは、変わった人たちを寛容に受け入れられる都市ということです。

「寛容性」そのものはなかなか測れない指標なので、代理の指標として「ゲイ・インデックス」をリチャード・フロリダは考えました。ゲイが多い都市=ゲイが差別されずに暮らすことのできる都市=寛容性が高く多文化共生した都市ととらえました。そして、実際にゲイが多い都市は非常にクリエイティブに発展しているということを実証したのです。

すなわち多文化共生は、これからの地域発展の大きな鍵になるのです。このリチャード・フロリダの考え方は、今の基本的な都市発展の理論の一つになっています。


第二部:白老町民によるディスカッション

第一部で研究者の太下氏にお話いただいた文化観光や多文化共生について、それを実際に白老でどう生かすのか、生かすためには何が必要なのか、何が実現できそうなのかなどをディスカッションしました。

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ディスカッションのメンバー

佐々木美保さん:白老町出身で民泊やカフェ「ラナピリカ」を運営しています。

村上英明さん:白老商業振興会の理事長で、写真館「カメラ撮影のむらかみ」の社員です。

谷地田未緒さん:札幌出身で、昨年のウポポイオープンより白老町に引っ越し、国立博物館の学芸や国際交流の仕事に従事しています。

米本智昭さん:虎杖浜の観音寺の住職で、病院で患者の心のケアなどもおこなっています。

上記の4人の白老町民に加えて、
太下義之さん:第一部でもご登壇いただいた文化政策研究者で、同志社大学教授。文化政策や観光経済振興の専門分野の第一人者です。

山岸奈津子:白老文化芸術共創や札幌国際芸術祭の広報をしており、今回の司会を務めます。


「札幌国際芸術祭の活動で一番面白いと思うのは、町のことが好きになること」(山岸)

私はアートなんて全く分からない中で、札幌国際芸術祭の広報として関わってきたのですが、文化芸術の何が良いかというと、町のことが好きになることです。アーティストが私の知らなかった札幌のことを知っていて、教えてもらった時に「札幌ってそんな面白いことがあったの?!」と発見することが実際にありました。
それがきっかけで町がより好きになったり、今度はその話を私が友達や観光客に話せるようになるという体験を通して、またその町を好きになったりと、もっと面白くしていこうという原動力になりました。


「そういった経験でいうと、谷地田さんも同じような経験をされているので、お話をお聞きしたいです。」(山岸)

「白老町はこれもやってるよ!とチェックBOXをチェック☑できる率がとても高いなと思いながら、太下先生のお話を聞いていました」(谷地田さん)

大学・大学院では、文化政策や芸術とまちづくりを学びました。また白老に来る直前は、東京藝術大学の、地域とまちづくりとアートを担っていくアートマネージャーをどう育成していくかという研究をしている大学で、教員をしていました。太下先生にはかなり以前からお世話になっています。

第一部では、太下先生にお話しいただいたことが、白老地域に当てはめるとどうなるかについて考えながら聞いていました。

オーバーツーリズムについて
「人が来すぎて大変!」というのが、まさに戦後のポロトコタンの状況でした。街で来訪者が増えすぎて、街から離れたポロト湖畔に移動して「ポロトコタン」と呼ばれるようになったのが1960年代。そして旧アイヌ民族博物館がオープンした1980年代後半には、既に60万人以上がポロトコタンを訪れておりましたが、1980年代にこの人数なので、オーバーツーリズムだったのだと思います。それが今度国立の「ウポポイ(民族共生象徴空間)」になり、今はコロナ禍で来訪者は落ち着いていますが、白老町のアイヌ文化を見に来る来訪者は、まさにオーバーツーリズムとバランスを取り戻すことの繰り返しだったのだと思います。

また、国の方針や法律に関する太下先生のお話の中で、白老町は「これもやってるよ!」「これもやってるよ!」とチェックBOXをチェック☑できる率がとても高いなと思いました。

☑文化観光推進法について
文化観光推進法は、芸術だけではなく、文化財を保存・活用する博物館などの文化観光拠点施設を使ってくださいという法律です。白老町に当てはめると、国立博物館が出来ましたし、国指定の文化財は「白老仙台藩陣屋跡」「アイヌ古式舞踊」の2つあり、どちらも博物館や文化財を観光・文化と一体として活用しています。

☑劇場や文化ホールを活用しようという法律
しらおい創造空間「蔵」は先端事例です。文化財的な価値のある石蔵を活用して官民共同でアートセンターを運営しています。

☑国際芸術祭で芸術を通じたまちづくりを海外から人を呼んでやろう、廃校を使ったり空き店舗を使ったりして地域の資料を生かそう、商店街など地域にも繋がろうという取り組み
白老に当てはめると、まさに「白老文化芸術共創」のこと。また、全体で盛り上げていこうという商店街の活動があったり、お寺がコンサートをやっていたり、(今はコロナ禍のため外国の方はこれませんが)国際芸術祭をやっていたり、全てチェックが付きます!

☑クリエイティビティと多文化共生
アイヌと和人という民族の違いだけではなく、障がいのある方、黒人、性的マイノリティなど、みんなが自分の特徴を誇らしいと思っていて多様な人のいる町が、文化の発展していく町。それが、まさに今白老の目指す地域像で、障がいのある方や病気のことなどは、米本さんがたくさん活動されています。

山岸さんが言っていた「アートはよく分からないけど、町のことが好きになるっていうのが楽しい。それをさらに外の人が一緒になってやるのが楽しい。」ということ、そしてアートを通じて、みんながお互いの違いを認め合えるというところが、白老はとても素敵だと思いました!


「谷地田さんから、外から見ていると白老には全部あるように感じるという事でしたが、同じ”外から来た人”として米本さんが感じる白老の可能性はありますか?」(山岸)

「虎杖浜が煌めいた時代の写真を展示すると、地元の方たちが目を輝かせて、様々なエピソードを語りだしたのです!」(米本さん)

先日、虎杖浜で「ウイマム芸術プロジェクト」という写真展があり、その中で私が受けた衝撃をお話します。

虎杖浜が煌めいた時代の写真をお寺に置いたり、廃屋に貼ることによって、地元の方たちが目を輝かせて、「これは俺だ!」とか、様々なエピソードを語りだしたのです!札幌・東京・大阪などから来た知らない人に対して、地元の人が「これ分かる?この船がね、港がなかったからね、」と学芸員になって話をしていました。

第一部では「作品をつくっていくプロセスやコミュニケーション自体がアート作品だ」というお話もありましたが、まさにそういった関係性が新たに紡がれているところを目の当たりにしたことが、一番衝撃的でした!

地元の方が私のようなよそ者の住職に、いろいろな事を教えてくれます。最初はいい話しかないのです。右肩上がりで魚がどんどんとれる、船を出せば出すほど魚がとれるからどんどん船を出す。しかし時代は変わり、魚がとれなくなった、もしくは跡取りがいない。新聞で「消滅可能性都市」と書かれるなど、自分たちが今住んでいるにも関わらず自分たちの存在が否定されるような現実がたくさん溢れている中で、今回の写真展を目の当たりにして、あの時の煌めきをただみんなに知らしめたわけではなく、そこから紡がれる新たな物語がたくさん出てきました。

昔はみんなで漁をしていたけど、今では新住民もいて漁師を継がない人もたくさんいる。「みんな」という言葉が成り立たない中で、社会的包摂の逆の「排除」も起きている。しかし、写真展で漁師に光を当てたことは、今住んでいる方たちの生きていることを承認してあげたことと、昔生きていた人たちを承認してあげたことになります。包摂というのは、ある意味で「みんな」というものがなくなったけど、住民たちがそれを認めて差し上げる事だと思います。

写真展は終わりましたが、「写真を残したい!」という声も出てきています。夕張から来られた方は「これを夕張でもやりたい!」と言っていました。崩れゆく中で、ただ終わっていくものではなく、そこに価値を与えて、みんなで大切にしていくことが大切だと思います。


「佐々木さんは一度道外に出た後、白老が好きで戻ってきて、民泊ではアーティストの受け入れもされる中で、感じるものはありますか?」(山岸)

「昔話を、会話だけで終わらせるのではなく、みんなに知ってもらいたいし、残っていけばいいなと思います」(佐々木さん)

私は夫の上海への単身赴任がきっかけで白老町に戻ってきて、(計画的にというよりかは)できることを探しながら今の民泊や「ラナピリカ」の形にたどり着きました。

白老生まれ・白老育ちとして、ウポポイはもちろん好きなのですが、文化資源の保全について思ったことがあります。ウポポイ建設によって、アイヌ文化の保存や観光客が来るきっかけになる施設だとは思います。ただ、ポロトコタンを全部壊して、新しい施設としてウポポイを建設したという過程があったので、白老町民としては古いものも残して欲しかったという気持ちはあります。

「ラナピリカ」を開いたことによって、地域の昔話を聞く機会も増えました。以前ポロトコタンの民族博物館で働いていた時に来ていた着物を「これお店で飾って」と言って持ってきてくれるおばあちゃんがいたり、昔の写真集の中で天皇皇后両陛下が来た時の写真を見て「ここに写っているのが私だよ」と話してくれる方がいたりします。その昔話を、会話だけで終わらせるのではなく、みんなに知ってもらいたいし、残っていけばいいなと思います。

今までの文化が保存されている所が白老では少ないように感じていて、文化を残していったり、一度消えてしまった文化を復活させたりできるといいなと思います。


「村上さんが『自分の子供の時のものって全然残っていない』と話していたことについて詳しくお聞きできませんか?」(山岸)

「僕らの子供の頃は、自然豊かな所で走り回れて楽しかったなという思い出があります」(村上さん)

僕が小学生の時は、国道自体が商店街を通っていて、今海沿いに走っている通りは平たい海岸でした。海岸には、身長の5倍くらいの長さの昆布が並んでいて、昆布の上を走って怒られました。石山地区もきれいに整備されていない時、砂利道を自転車で走っていって、木を揺さぶるとクワガタが落ちてきて…など、遊ぶ所がとても豊富にあって、僕らの子供の頃は、自然豊かな所で走り回れて楽しかったなという思い出はあります。


「太下さんは、4名の方がお話されたことの中で、印象的だったお話はありますか?」(山岸)

「白老全体を写真のアートの町にしてもいいんじゃないかと思います」(太下さん)

米本さんがご紹介された「ウイマム文化芸術プロジェクト」は、大変素晴らしいと思いました。単純に写真の展示光景としても美しいですし、さらにかつての本当の虎杖浜のリアルな光景でもある。地域の再発見ができる素晴らしい展示でしたので、是非残して欲しいですし、毎年定期的に開催したり、大町商店街でも同じような企画をしたりして、この白老全体を写真のアートの町みたいな形にするのもいいと思います。北海道東川町も写真の町で有名ですが、広域で札幌や東川とも組んで、写真の好きな人を日本中から呼ぶくらいのことを考えてもいいと思いました。

谷地田さんがお話しされたチェックBOXについて。白老は十分にポテンシャルがあると思うので、あとはそれを上手く繋いでいくことだと思います。ただ、きっとそこに難しさがあるんだろうなという気がします。

佐々木さんが「ウポポイができたことによって無くなったものがある」と話されていましたが、国の施設ならではの難しさもあると思います。地域としては本来もっと上手く連携したいと思っていても、国ならではのハードルの高さがある。そこは、町が前面に立って地域を代表して繋いでいただくなど、いろいろなやり方があり得るので、是非生かしていっていただきたいですね。


「ここからは、こういうことがあれば白老がもっと面白く、もっといい町になりそう!ということを軸にディスカッションしてみたいと思います」(山岸)

「大きな物語ではなく、個別の小さなそれぞれの物語に対して、それでいいんだよ!とみんなが認めていく仕掛けが必要です」(米本さん)

大きな物語ではなく、個別の小さなそれぞれの物語だと思います。「ウイマム文化芸術プロジェクト」の話になりますが、みんなが語っていたのは、それぞれの体験に紐づけられた履歴でした。まさにそれが「オッケーだよ、それでいいんだよ」というメッセージになると思います。

包摂や多文化、多宗教などいろいろな言葉がありますが、あなたはそれでいいんだよ!というメッセージや、前向きな形でみんなが認めていくような仕掛けが、今白老に住んでいる人たちが幸せになるには必要だと思っています。


「地元の人に、外からくる変な人を受け入れて欲しい」(谷地田さん)

私は、世界中いろいろな所に住みましたが、今は白老が世界で一番面白いと思っています。外からこんな風に思っている人が来ているということや、外から見える魅力を、「うちの町なんて~」と思っている地元の人に感じて欲しいです。

アートとかよく分からないものをやりたい人がいて、それを地元の人が面白そうだと思って受け入れてくださると、どんどん面白くなっていくと思います。「変な人をウェルカムして欲しい!」というのが、私が白老に期待することです。


「まずは難しく考えずにに、楽しいこと、敷居の低いことをできる人からやっていけばいい」(佐々木さん)

日本人は難しく考えすぎて、これはどうしたらいい?あれをするには、どうしなきゃいけないんじゃないかというのを議論しがちですが、難しく考えるよりも、できること、楽しいことをやって発信できればいいんじゃないかと思います。


「民間が頑張れよ!町民が頑張るよ!行政が頑張るよ!ではなく、民間・町民・行政の3者が力を合わせながら進んでいけたら明るくなると思います!」(村上さん)

私は仕事柄、地元の小学校でも仕事をしますが、少子化で統廃合になる学校を多く目にしています。この人口減少が続くと、商売にも影響し、いつか廃業になる恐れもあります。いかに少子化のスピードを抑えられるかが大事なのですが、それはもう「民間が頑張れよ!」「町民が頑張るよ!」「行政が頑張るよ!」というのではなく、こういう時だからこそ3者が力を合わせて進んでいけたら少しは明るくなるんじゃないかと思います。


「人口減少は日本中いろいろな所で課題になっていますが、太下先生の考える、文化政策においての打開策はありますか?」(山岸)

「東京都豊島区では、アートで住民をうまく巻き込んで活性化に成功した事例があります」(太下さん)

東京都豊島区が「消滅可能性都市」に入ってしまい、その時の区長がそれを知って、「アートで都市を活性化する」ということを宣言しました。ある種のイメージ戦略で、都市のアイデンティティを打ち出すためだったのだと思いますが、とにかくアートで魅力づくりをしていくと掲げ、「国際アート・カルチャー都市構想」としていろいろなことをやった結果、人口はプラスに転じました。

大事なことは、地域住民が「本当にやってよかった!」と思えること。それがないと都市は活性化しません。豊島区はうまく地域住民を巻き込んでいたのです。年会費(個人の場合は3000円)を支払うと、区長からの「豊島区国際アート・カルチャー特命大使」の任命書と名刺がもらえ、さらに区内のさまざまな文化情報がもらえます。大使になるとみんな喜んで名刺を配って歩いてくれます。

また、区のお金で運営するとなると予算が必要になりますが、会員制なので予算をかけずに運営できました。今では1500人くらいの規模となり、黒字会計になったのです。お金が余った分、匿名大使の人が区内で文化活動をする際に補助金を出して還元できるようにもできました。

地域住民を巻き込んでいくと、おのずと活性化するという一つの事例だと思います。


「この町でできることはいろいろあります!」(米本さん)

お寺に精神看護師やソーシャルワーカーを招いて無料の相談会を開催しています。その時に看護師が言っていたことは、海外では精神疾患などがある人は芸術や舞台などのアート鑑賞が全て無料になるのだそうです。なぜなら、アートを体験すると心が感動して一歩出せるようになるから。一歩出せるようになるのは、アートの力なんだと思います。

(都会から離れた)この町でもできることはいろいろあります!
例えば教育。10月30日には「熱中白老JCスクール」という講座を開催しました。この町でも学びを続けていけるんだということを是非知って欲しいです。

「米本さんが活動されているまちづくり委員会では生涯学習という観点でいろいろ取り組まれていますよね。アートも生涯学習の一つの切り口として活用できそうです」(山岸)


「しらおい創造空間「蔵」が拠点になるといい」(谷地田さん)

「アートといってもよく分からない!」という人も、きっかけは何でもいいと思っています。よく分からないアートだけど、今まで繋がっていなかった人と繋がるというものがあってもいいですよね。そういう場所に「蔵」がなればいいと思います。

11月3日に「NPO法人しらおい創造空間『蔵』創設記念日特別シンポジウム」を開催しました。来春白老町に「星野リゾート 界」がオープンするので、世界から白老を見ている星野リゾートの方も招いてお話を伺いました。


「1~2カ月に1回、渾身の1枚は写真館でプリントすることをおすすめします」(村上さん)

「ウイマム文化芸術プロジェクト」の展示されている写真は山崎壽昭さんのものですが、山崎さんは亡くなる直前まで写真を撮り続けられて、病院からフィルムが送られてきて現像していたものでした。スマホに残っている写真データは、スマホが壊れてしまったら見られなくなってしまいます。ぜひ1~2カ月に1回、渾身の1枚は写真館でプリントすることをおすすめします!


「面白いことを思いついたら、是非ラナピリカに来てやってください!」(佐々木さん)

「ラナピリカ」はスペースは狭いですが、写真展でも、お茶入れるのでも、歌を歌うのでも何でもできますので、面白いことを思いついたら、ぜひお店に来てやってみてください。


「高齢化をポジティブな発想に転換するところに、アートが関わる余地がたくさんあります」(太下さん)

白老も高齢化率が高いですが、高齢化に関して社会は今とてもネガティブな報道をしています。例えば高齢ドライバーの車両事故や、老々介護、年金問題など。でもこれは絶対に変えられない未来です。

絶対に変えられない未来に対しては、暗く捉えるのではなく、ポジティブに発想を転換することが必要です。そこにアートが関わる余地がたくさんあると思います。例えば日本の文化は、儒教精神だけではなく芸事の世界などでも、高齢を貴ぶ文化があります。世阿弥が「花」という表現で使った言葉で「歳を取れば取るほど華やいでくる」というポジティブな考え方があります。歳を取ると機能が衰え、ネガティブになるという西洋の考え方とは対照的です。

日本は世界に対して「高齢社会が豊で楽しい社会である」と文化の力で発信していく役割があると思っています。白老も高齢者が多いのであれば、むしろそれをポジティブに捉えて、そこに文化やアートがどう向き合えるかという大きな挑戦をしていただきたいと思っています。


座席が足りなくなるくらい、たくさんの方にご参加いただいた「第一回白老文化観光推進セミナー」となりました。面白い講演会だったという声もたくさんいただきました。

セミナーの様子は以下より視聴できます!

ぜひ次回のセミナー開催もご期待ください。

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白老文化観光推進実行委員会 


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