【短編小説】廃園間近の遊園地でデートしたらいろいろな「エモい」に出会った話
1
母譲りのフリルつきのピンクの洋服とかハンカチ、そういう「かわいらしい」ものが私はぜんぶいらなかった。
たとえばランドセル。姉のは真っ赤だったけど、私は無理を言って黒にしてもらった。少し昔にはトイレの看板みたいに性別で色分けするのが、ランドセル業界の絶対の決まりごとだったみたい。馬鹿らしい。そういう色分けって資本主義国の連中が赤狩りとかで特定の思想を弾圧したのと、大して違わないと思う。
あと、私はあの進研ゼミのコラショっていう生き物は気持ち悪くて昔から嫌い。聞いた話だけど、あれは天然皮革の材料になってしまった動物たちの悲しい怨霊なんだ。体皮の赤色は、これまでに流れた動物の血の色。
ちなみに、ぜんぶの色の中で私が一番好きな色が黒だってことは、今も昔もずっと変わらない。赤は好きでも嫌いでもない。
嫌いなことでいえば、髪を長く伸ばすこと。まあ、それだけが理由じゃないと思うけど、髪を刈り込んでるせいで色んな人に女らしくないねって言われてきた。だからといって、今まで損をした思い出はないし、それにそんなこと言う人っていうのはつまらない人間に決まってる。「その髪型、パンク・ロックが好きなの?」とか、冗談みたいな口調の質問。あのさ、見りゃわかるじゃん。好きに決まってる。
高校を卒業してしまえば、ひとの生き方にあれこれ口出ししてくるような俗物たちとはあるていど距離を置ける。「あんまりクールぶってると、男が近寄ってこないよ」とか、こういうカスみたいなアドバイスに、私はなんて返事すればいいわけ? 心配してくれてありがとう、呪われろ。って、言えばよかったの?
だから、義務教育ってのは本当にろくでもないんだ。悪夢だよ、このご近所づきあい。しかも、一人になろうとするとすぐにコミュニケーション能力云々言い出して、無理矢理どうでもいい人間と喋らせようとしてくる。引っ込み思案だと社会に出てから損することになるから、とか。ギャーギャー楽しく騒ぐのがコミュニケーション能力なのだとしたら、それ、私は全くいらない。無駄に群れて野生動物のふりをする人間っていうのが心底気持ち悪い。
だけど「どっち?」って聞かれるのは、全然大丈夫。私も聞くことあるし。さすがに、メトロでたまたま隣に座っただけみたいな人にいきなり聞くのは異常だけど、知り合いとか友達に聞くのはべつに変じゃないと思う。むしろ、そこを一か八かで突撃して、結果お互いにわけのわからない怪我するみたいなことになったら最低だし。
2
遊園地といえば、子どもかカップルかその両方が必ずいるものだけど、ここにはそもそも人間がいなかった。スタッフの影がかろうじて視界の隅に入るくらいで、あとは大きな木が生えてる。そういえば音楽が聞こえない。時間が止まってしまったみたいに静か。
「静かだね」
べつに大きな声で言ったわけでもないのに、そこら中が音に飢えてたみたいに私の声をパーク内に響かせた。
「アトラクションが動いてないからね。よくある景色だよ、徹底した経費削減なんだ」
彼はぐるっと首を回して辺りを見渡して、
「いいじゃんね、エモいね」
と。ちかごろの彼はレトロっぽいものを見ると、スプリンクラーみたいに「エモ」「エモ」「エモ」と撒き散らすようになってしまった。彼自身の脳が経費削減しているみたい。
「まずは腹ごしらえでもしよっか」とのことで、私たちは鳩しかいない屋外の食事エリアまでずいずい歩く。途中、電源が入っていないようにみえるアトラクションがションボリした顔で私たちに視線を送ってきたけど無視した。
でも、百円入れると音楽といっしょに動き出す、動物を模した小さな車のようなアトラクションのスペースに惹かれた。人間の子どもに乗られるために作られた動物たちが、遊ばれた挙げ句に捨てられそれぞれがそっぽを向いて静止して、それがなんとも言えない哀愁を放ってたから。
「見てこれ、去年マリエンバートで、みたいだね」と言ってみた。
「去年? 有り得ん……、それって……、なにのなに? いったいなんのこと?」
彼は混乱してしまった。
「昔の映画のタイトル」
「ああ、映画ね! 昔って、どれくらい昔?」
「うーん、60年くらい?」
「ああ、歴史だ」
「歴史だね」
「歴史好きなんだっけ? 歴女とかいう」
礫状? どういう意味だろう。
「違くて、単純に映画が好きで」
「歴史映画?」
「ロブ・グリエ」
「どっかの地名?」
「人間」
「かっこいい名前だ」
「そうでもないよ」
「そう?」
「だってアンドレイ・タルコフスキーとかのほうがかっこよくない?」
「わかる。アベンジャーズとかは見ないの? 最近の」
「見るけど」
「やった! おれ、ファルコンが一番好き」
彼はにこにこしながら「誰が一番好き?」と聞いてくる。
私は、若い頃のスカーレット・ヨハンソンが好き。
とくにホアキン・フェニックスと共演した映画のスカーレット・ヨハンソンが……。
「でも、空飛べないよ?」
「飛べないから、いいの」
「そうなの?」
3
西日のせいで、パラソルの影はテーブルの上じゃなく、わけのわからない地面の上に移動しているから暑い。日焼けする。ご飯を食べてるあいだずっと眩しくて、両目を皺みたいに細めておかなくちゃいけなかった。
食事はキッチンカーで買えた。
彼は、フランクフルトを二本に大盛りポテト、焼鳥モモのタレを2本テイクアウトしていて、私の目の前で信じられないくらいガツガツ食べてた。部活終わりみたいな猛烈さ。私はアメリカンドッグにした。店員は信じられないくらい愛想が悪くて「ん」という一音しか発さなかった。
「どうしてここにしたの?」
私はアメリカンドッグの分厚すぎる生地に歯を食い込ませながら聞いた。
「ちょっと待って」
彼はポテトの油の付いた指を持参してきたらしいウェットティッシュで拭いてから、首からかけていたスマホの画面を見せてきた。
「廃墟寸前のエモスポット1選」の見出しが踊る、NAVERまとめのページだった。
「完全にこれの影響なんだ。廃園になる前に、一回は来てみたくて」
アメリカンドッグは科学薬品の味がする。
「どこが良いの?」
ちょっと意地悪な聞きかたをしてみる。でも彼は目を輝かせて、
「ここで働いている人には悪いけど、廃墟になりかけてるっているのがとても魅力的だよ。枯れ落ちる直前のしなびた花みたいな。10年前のとしまえんとかも、本当は閉園する前に行ってみたかったけど間に合わなかったんだよね。あのときは悲しかったなあ。」
と言う。
さらに彼はテーブルに乗り出すようにして顔を近づけて何か言おうとするから、私も顔を寄せる。彼は低い声で、
「じつはね、一度だけ閉園後の遊園地に忍び込んだことがある。つまり廃墟だね。大学のときの友だちと4人で行ったんだけど全員、あれを見たんだ」
「あれ?」
私たちの顔は鼻と鼻が触れそうなほど近い。彼の顔は私の顔とすれ違うようにして、口を私に右耳に寄せてささやく。一音一音を慎重に区切る声。私は彼の言葉を聞いた途端、耐えきれずに思わず吹き出してしまった。
彼は不服そうに体を自分の椅子に戻すと手持ち無沙汰で、フランクフルトの串を持ち上げ、なにもせずそのまま元の皿の上に戻した。心なしか、口をとがらせているように見える。
「だけど、ほんとうの出来事だよ」
「そう?」
「めちゃくちゃ怖かったんだ。一緒に行ったやつらに電話すればおれが嘘ついてないってわかるよ」
「べつに疑ってないよ。それに、口裏合わせてるかもしれないし」
「そんなに言うなら、今日このあと一緒に行ってみる? 絶対に見れるかどうかはわからないけど、運が良ければ見れるかも」
「保険かけてる」
「違うって」
「じゃあ、蛍の夕べみたいなものかもね」
「そうかも! 乳白色に発光してる姿はとってもきれいだった。……、じゃあ、決まりにする?」
「いいや」
「ん? いいやっていうのは行くってこと?」
「いや、いい」
「行かない?」
「ああ、いいや」
「……わざとやってるね?」
「私、”風物詩”ってあんまり興味ないの。旬の食べ物とかも、いちいち、鬱陶しいなって思っちゃうタイプ」
「だけどさ、蛍よりも良いものだよ」
「がっかりするだけ」
彼は眉尻を下げ、口角を上げた。
「それならもう、僕のことを嘘つき呼ばわりできないよ?」
それは少し残念だけど、別の口実を探せばいい。
4
驚くべきことに、彼は、夕日に合わせて観覧車に乗りこむという計画を立ててた。そうすることによって、「エモ」が最大限引き上げられるらしい。
だけどまだ日没まで時間がある。私たちはちらちらと西日の色のうつろいに目配せしながら、ホコリと鳩の糞をかぶったようなアトラクションに乗って時間を潰した。けど、反重力を使ったアトラクションが全盛の時代、こんなシンプルに位置エネルギーと運動エネルギーを交換するだけの揺りかごなんて、あまりに前時代的で弱すぎた。
で、結局ゲームセンターに移動した。
夕方の薄暗がりの中で、さらに古臭いアーケードの画面がぴかぴか光ってる。いまはまだ太陽の方が明るいけど、夜になったらここの方がきらきら輝いて見えるのかも。モノクロ映画を見てるみたいな懐かしさがあって、正直悪くなかった。彼はまたあの言葉を発した。
レースゲームで二回連続で対決したら小銭がなくなった。
「両替してくるね」
待ってるあいだハンドルから手を離していたら、唐突に画面にアニメーションが流れだして、このゲームの90年代的世界観とか、改造車を使った真夜中のカーレースに熱狂する個性的なキャラクターたちを説明してくれた。全然頭に入ってこなかったけど、なんとなく楽しげな雰囲気は伝わる。ハイウェイを羽の付いた車とか、車輪が6つくらいついたバイクとか、とても正気とは思えない乗り物同士、ガツガツぶつかり合いながら走ってゆく。海面はゆらゆらと揺れて、走り抜けてゆく乗り物が発する原色の光を反射してる。ビルの間には異様に大きい満月が怪しげに浮かんで……、そのとき、なにか言い争いをするような彼の声が聞こえてきた。今まで聞いたことのないような強い語勢。
様子を見に行ってみると、彼は腕組みをして両替機を睨みつけてる。
「なにしてるの?」
「ぼくは1000円入れたんだよ。なのに、お金が戻ってこない」
すると両替機がほこりをかぶったような機械音声で、
「オコマリデシタラ、マイクノソバデ、ハッキリモノヲイッテクダサイ」
と言う。彼は私に肩をすくめてみせた後、言われた通りに顔を近づけて、
「か・ね・を・か・え・せ」と、一言づつ、区切って、言った。
「ヨクワカリマセン。モウイチドオネガイシマス。モゴモゴシタモノイイハ、キキトレマセン」
「さっきからずっとこんな感じなんだよ。人間より手癖が悪い」
「手なんかついてないじゃん」
彼はじとっとした目で私を見た。
「なけなし、なんだよ?」
私もマイクらしい黒い円形のメッシュ張りになった場所に顔を寄せて訊いてみる。
「ど・う・し・て・ぬ・す・む・の?」
「イッテイルイミガワカリマセン。モット、ハ・ッ・キ・リ・ユ・ッ・ク・リ、デキマセンカ?」
「あ・な・た・が・ぬ・す・ん・だ・の・ね?」
「タイオウゲンゴハニホンゴ、エイゴ、チュウゴクゴ、デス。ジシンノゲンゴヲ、ゴカクニンクダサイ」
「こ・の・く・そ・ど・ろ・ぼ・う」
「マタノゴリヨウ、オマチシテオリマス」
「このポンコツじゃ埒あかないから、スタッフ呼ぼう?」
私は誤押下防止カバーの付いた小さなボタンを押した。これでスタッフにつながると思ったのに、また同じ機械音声が聞こえてきた。
「スタッフニオツナギスルノニ2ジカンカカリマス」
この両替機を蹴り飛ばしたい。もし壊れれば、警報が鳴ってスタッフも飛んでくるだろうし。
「2時間なら、別のところで時間潰して待とうか」
と、彼はため息をつきながら、思いのほか前向きだった。
「でも、2時間はおかしいよ。なにを基準にしてるのかわからない。デフォルト値で2時間が設定されてるのかも」
「なんのために?」
「知らない。いたずら? 2時間って言って、諦めさせるつもりかも」
そのとき、スピーカーからノイズ混じりの声が聞こえてきた。
「あ、すみません。緊急ボタン押されました? いかがされました? ご要件は何です?」
どこかけだるげなその声の主はたぶん人間。
「千円札を入れたんですけど、小銭が返ってきません」
「ああ。小銭切れですね。今からそっち行くんで、待っててください」
「どれくらいかかります?」
「5分で行きますよ」
7分後、黒いポロシャツを着た若い男がやってきた。
「どうにも人手不足で。すみませんね」
「この両替機、ぜんぜん話が通じないんですよ」
「ああ、もう年寄りなんです。耳が遠くなっちゃって」
「リプレイスしないの?」
スタッフの男は寂しそうに微笑んだ。
「一つの仕事しかできない機械なんです。粛々とお金を細かくするだけ。それにこのご時世キャッシュレスで仕事は減る一方です。同じ型はとっくに廃盤で替えパーツも手に入りませんし、もちろん、新機種なんてありません。受注も開発も終了。完全に過去の機械なんです」
「でも、マシンなんてそういうものじゃないですか? 今じゃ誰もiPodつかってないのと同じで。昔はみんな大事にしてたのに」
「もちろん、そういうものです。でもだからこそ、そういう不条理にさらされた機械の心根が少しくらいひねくれてしまうのも、仕方ないのかもしれないですよ」
「なるほど、エモいですね」
なぜか丸め込まれた彼は、しみじみそう言った。
スタッフは両替機の腹を開いて、持ってきた小銭をそこに突っ込んでいる。
気づけばそろそろ夕日が地平線に溶け始めている。私たちはお金を返してもらって観覧車へ。
5
ここでも経費削減。スタッフがいない代わりに、乗り降りを図説する電子看板が立ってる。
賽銭箱のようなところに乗車料金の500円を入れるんだけど、なんか、良心を試されてる気がしてちょっと気に食わない。
私たちはちょうどやってきたピンク色のゴンドラに乗り込んだ。
向かいに座った彼が額の汗を拭いながら言う。
「わくわくするね」
べつにしない。観覧車なんて、何が楽しいのか全くわからない。遠くからくるくる回る様を見ていたほうがましだと思う。それだって退屈だけど。
「見てよ、もうこんなに高く上がってる!」
彼は喜々として窓から地上を指差す。はじめて飛行機に乗った子どもみたいに。
にしても、暑い。窓は落下防止のために小さく開くようになっているけど、そもそも風が全く吹いてない。それに加えて西日が嵌め殺しの窓からまっすぐ差し込んでくる。
私のスキニーのレザーパンツの内側はもう汗まみれ。ワックスで立てた髪の毛も倒れてきてるのが、鏡なんて見なくてもわかる。
彼はサウナの中みたいに顔中に汗をかいてるし、それこそ、玉のように浮き上がってくる腕の汗を、蟻でも観察してるみたいにじっと眺めてる。サウナで暇なときにやるやつみたいに。
「あつい」
思ってることを口に出してみたけど、なんにもならない。
まだ、半分にも達してない。早く降りたい。
夕日だって、眺めるにまだまぶしすぎる。
「古い観覧車だから、きっと平均気温とかの常識がずれてるんだなあ」
だなあ? なにその言い草。
「まさか。温暖化なんて昔から予測されてるでしょ」
「予測はされてても、危機感がなければどうしようもないよ」
「てことは、このマシン、作られてから一度もアップデートされてないの?」
「レトロな良さを残してるのかも」
「嫌いだな、そのレトロって言葉。ポンコツってことじゃん」
「ほんとうなら、エモいはずなんだよ」
彼は腕で汗を拭う。でも、吸水性なんてないから実質、汗を位置を顎から腕に移動させてるだけ。そろそろ半分、観覧車の一番高い場所に来るタイミングで彼が立ちあがって、さっきまで座っていた向かいの席から私の隣に移動してくる。
「暑苦し」
私はすり抜けるようにして、さっきまで彼が座っていた方の席に移動する。
「待ってよ」
彼がまた移動しようとするから、
「近づかないで、ただでさえ暑いんだから」と言う。
「もっと近くで話したいんだ」
「これくらいでちょうどいいから」
彼が動くと、それに合わせて私も動く。ゴンドラが風に吹かれる木の実みたいにグラグラ揺れた。
「なんで近づくの?」
「半分過ぎたから……。それに大事な話が……」
面倒くさいので、私は少し強い声を出す。
「ちょっと。いい? 私の目を見て。わかる?」
彼の汗の流れる顎をつかんで、強引に視線をあわせる。
「ん」
「私の目の色。見て。何が言いたいのかわかるよね?」
彼が視線を泳がせる。
「でも、これじゃ中途半端になっちゃうよ」
「中途半端? 大丈夫、完璧にクソ暑いよ。それともなに、もっと暑くしようとしてるの?」
「違うよ。大事なのはムードなのに」
そう言うと、彼はやっと私と視線をあわせた。その薄茶色の瞳の奥には特に何も観えないし観ようとも思わない。ただ、きれいな色だなとは思う。
「ああ、もうだめだ」
彼は私の手を払って、うなだれながら椅子に座った。
「だってさ、”ムード”が気温を5度くらい下げてくれるなら協力したいけどさ、そうじゃないでしょ」
私としても、多少同情してしまう。でも、まあ、仕方ない。
彼が聞こえるか聞こえないかくらいの声で「ロマンが無いんだ」とつぶやいたのはちゃんと聞こえた。
私も座ろうとして、ふいに天井にボタンのようなものがあるのに気づいた。それは、ON/OFFと書かれたボタン。
今はOFFになっている
これだ、これは完全に冷房装置のスイッチだ、と思った私はすぐにスイッチを入れた。
ヴーン、と低い駆動音が聞こえてくる。勝った、と思った。そのときの私たちは、隠しきれない期待に満ちた表情で互いを見合っていたと思う。
でも、すぐにその駆動音が全然べつのものだとわかった。
それは言ってみればただのノイズで、ノイズの上から被さるようにあとから流れ出したのは、経年の効果で高低音が丸くなって聞こえるタツロー・ヤマシタの歌声だった。
冷房の夢は絶たれたわけだった。
「どうして?」
彼が絶望に満ちた顔で言う。きっと私も同じ顔をしていたと思う。
タツロー・ヤマシタは「太陽のえくぼ~」と歌っている。
……、太陽のえくぼ? それって、なにかの比喩?
知らないし、どうだっていいけど、ちなみにゴンドラは地上につくまで永遠に同じ歌しか歌わなかった。
どうして一曲だけなの?
なにが目的なのかだけでも教えて欲しい。
目的はいったいなに?
6
灼熱の観覧車、やっぱり古い機械っていうのは信用できない。無垢な顔して、平気で殺しにかかってくる。
こうして終わってみると、あえてそうしたとはいえ、ぜんぶ彼に任せてなにも口出ししなかった私にも多少の責任があったのかも、と思えてくる。直接的なことを言うのはかわいそうだけど、病気の子どもにゼリーに混ぜた薬を飲ませるみたいに、飲み込みやすく言ってあげることはできたはずだから。逆に、言ったら傷つくかな、と思って言わないでいるのは、薬を嫌がる子どもに言われるがままになるのと同じ。そのせいで、病気は悪くなる一方だろうし、最悪の場合には死ぬかも。
そもそも私たちは平日は仕事があるから、毎週末に会って遊ぶようなことはお互い望んでない。いつだったかカフェで友達が「たまにだから、うまくいってるだけってこともあるよ」って屈託もなく言ってきたことがある。それは私への嫉妬とかでもなくて、要は結婚したら毎日一緒にいることになるんだから、その前にしっかり「全部の項目」の査定をしておきな、という忠告。友達として。
一理あるけど、いままで彼と同じ家で暮らしたいとは思ったことがないし、仮に結婚したとしてもたまに会うくらいでいいんじゃないかな?
私は一人でいるのは好きなほうで、たったひとりのパートナーと一生連れ添うことが美談みたいな風潮は好みじゃない。凹凸が組み合うことで一つの正方形になって、それによって人間が「完成」するみたいな、グノーシス主義みたいな感じなの? よく知らないけど、そんな、パズルじゃないんだから、とは思う。そんなにうまくいかないでしょ。
つぎは再来週に会う約束だけがあって、中身はまだ白紙。私はいまベッドで横になって、彼の顔を羞恥心で真っ赤に染めるような最高なプランを考え中。
今回プランを立てるのは私なんだから、デートが終わるまで彼に文句を言う権利はない。
文句を言ってきたらむしろ思惑通りだけど、きっと我慢してくれるはず。それでこそ、今回ちゃんと我慢したかいがあるんだ。
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